人間辞めてしまった事に気がついた
「わかった、ちゃんと説明して貰おうか」
俺はダンジョンの9階層出入口前で、スケさんからの説明を聞く事にした。
『そうですね、時間もありませんし、さくっと説明していきます。
先ず、犯人は人間じゃありません、警察が捕まえるのは無理です。
被害者が女子高生だったのも、新月の夜の犯行も全くの偶然です。
最後に、4人目の被害者から微量な魔力の痕跡を見つけました、犯人を追う事は可能です。
ですが、5人目の被害者は現状では助けられません』
「犯人は人間じゃないって、本当に吸血鬼だったのか?」
『いいえ、寄生蟲です、本体は非常に小さい昆虫型の魔物です。
首筋から侵入して、脳幹に寄生して血液と一緒に生命力と魔力を奪い続けるんです。
他の世界の人間に比べたら少ないですが、この世界の人間にも魔力はあります、その保有量は男性よりも女性、特に10代の女性が多く保有しています。
魔力に関しては、ワタシがこちらで過ごして確認しています、科学が発展した分、魔力を使わなくなって退化していったんでしょうね。
寄生蟲が寄生して、宿主の生命力と魔力が尽きる期間が約30日、新月なのは偶々期間が被っただけなんです。
血液と共に、生命力と魔力を全て奪われた宿主は当然死にます。
嫌らしいのは血液や生命力、魔力が殆ど失くなっても、寄生されてる間は寄生蟲がいなくなるまで動き続けて、次の寄生先を探す事です。
それまでは、脳と寄生蟲によって生かされ、普段と変わらない行動、言動が出来るんです。
寄生された瞬間は、寄生蟲から魔力が脳への干渉で軽く記憶が飛んで、宿主は死ぬ瞬間まで自分が寄生されてる事に気がつきません。
つまり、4人目の被害者は5人目の被害者に寄生蟲が乗り移った後の残骸です。
4人目の被害者が見つかってから、すでに22日目が経っています。
5人目は血液も生命力も魔力も、もう殆ど残ってない状態だと思います、寄生されてすぐなら寄生蟲を取り払えば、簡単に助けられたんですが』
スケさんの説明を聞いて、俺はなんとも言えない気持ちになる。
「遺体を見ただけで、よくそこまで分かったな」
『向こうの世界にも同じ魔物がいます、ワタシは管理機構に造られた時に、スキルと魔物の知識を詰め込まれました。
スキルと魔物の知識だけなら、アーカイブにも負けません』
「寄生蟲は異世界から来たって事?」
『分かりません、さっきも説明しましたけど、この世界の人間にも魔力がありました。
管理機構が管理している世界は無数にありますが、元は一つで分岐と合流を繰り返して、無数の世界になったとされています。
元が同じなら、この世界に元から魔物が居てもおかしくありません。
遺体から確認した魔力から、多少の差異はあってもワタシの知る寄生蟲でまちがいないでしょう』
「スケさんのいう通りの犯人がそんな魔物なら、警察に捕まえるのは無理だな。
言っても信じて貰えないだろし、俺達で何とかするしかないんだな。
出来れば、5人目の子も助けたかったな」
『マスターなら、そう言うと思いました、現状では助ける事は出来ませんが、回復魔法を進化させて、治癒魔法をレベル3まで上げれば、5人目の被害者も助けられますよ。
ただし、血液と生命力、魔力が全て失くなる前に助ける事が出来たらですが』
くそっ、スケさんが頭の中でニヤリと笑った気がする、考える時間を減らして、実際の選択肢を一つしか提示しないなんて、詐欺師の手口と一緒じゃないか。
「だからダンジョンから帰らかったんだな」
『ふふふ、何もしなくてもマスターが責められる事はないんですよ、最悪6人目の被害者は防ぐ事が出来ます』
「そういう問題じゃないって、分かってて言ってるからスケさんは達が悪いと思うぞ。
治癒魔法レベル3にするまでに必要なポイントは?」
『478000ポイントです』
「部屋に帰ってたら、絶対に間に合わなかったポイントだな。
朝ギリギリまでどんどん先に進む、スケさんは念動の届く範囲の敵は片っ端からお願い。
下に進むなら、ステータスの能力値にも状況に応じて振っていく、478000ポイントからしたら、俺の能力の向上に使う分なんて誤差だろ」
『わかりました、マスターが先に進む決心をしてくれて嬉しいです』
「絶対バカにしてるだろ、この事件が解決したらダンジョンで無理なんてしないからな」
俺はスケさんの事を恨みながら、10階層に足を踏み入れた。
トレントの擬態をスケさんの透視で見破って、そこら辺の木を折って、即席の鈍器を両手で振り回してオーク達を潰して回る。
簡単な怪我は回復魔法で治し、聖魔法のバフで無双していく。
10階層からの魔物は毒持ちの大ヘビ、スケさんが動きを止めて頭に木の棒を叩きつけて、怯んだ所に目から木の棒を突き刺してトドメを刺す。
オークを木の棒で殴り倒して、武器を奪ったら武器が消える前に投擲して他のオークにダメージを与える。
出会う魔物を全滅させる勢いで進んで、10階層で出入口とは違う門を見つけた。
『どうやら階層ボスですね、11階層への出入口は門の先にあります』
「初めてのボス戦が、装備が木の棒の行き当たりばったりなんて、思ってもいなかった」
『ユニークスキルに空間収納があったので、ポイントに余裕があれば取得してみてはどうですか?』
「取得に必要なポイントは?」
『30000です』
「余裕が出来たら考えるよ」
本当に余裕が出来たら考えよう、空間収納ってアイテムボックスだよね。
感覚が麻痺してるけど、30000ならすぐに貯められる気がする。
そんな事を考えよながら、門を潜ってボスに対峙した、目の前に体長4mを超えるミノタウロス。
俺の身長くらいの刃が付いた斧を持っている、鼻息は荒く目は血走っている。
オークキングとか毒大ヘビからレベル上げ過ぎだと思います、勝てる気がしない。
潜った門は閉じて、どちらが死ぬまで開かないらしい、逃げ場もない。
「スケさん体力と筋力と知力に300ポイント、魔力に200ポイント割り振ったらどうなると思う?」
『合計1100ポイントですか、バランス悪いので魔力にも300振って下さい。
どうせ誤差の範囲です、使った分は稼いでくれれば問題ありません。
全項目+256ですか、ミノタウロスくらい何とかなると思います』
言葉と同時にスケさんがポイントを割り振り、身体の感覚が急に変わる。
ミノタウロスの斧を避ける為に飛んだら、壁にぶつかった、ミノタウロスは俺を見失っている。
俺は壁にぶつかっても、思ったよりも痛くない、一応回復魔法をかけて、未だに俺を見失ったままのミノタウロスに向けて壁を蹴って突っ込んだ。
勢いを乗せたドロップキックが、ミノタウロスの巨体を反対側の壁まで吹き飛ばした。
ミノタウロスは壁に身体か半分埋まっても、まだ生きていて半身を引き抜こうと踠いている。
俺はミノタウロスが吹き飛ばされた時に落とした斧を拾って、ハンマー投げの様に身体を回転させてミノタウロスに投げた。
斧は回転しながら飛んで、ミノタウロスの腕を落として、胸に深く食い込んで止まった。
ミノタウロスの断末魔の雄叫びが、部屋中に響き渡る、まだ叫ぶ元気がある事に驚いたけど、俺は耳を塞ぎながら、斧を蹴って壁まで押し込んだ。
ミノタウロスの口から大量の血が、俺に落ちて来て視界が赤く染まった。
「臭いッ、気持ち悪いッ」
俺が悪態をついている間に、ミノタウロスは光になって消えて、魔石と壁にめり込んだ斧が残った。
『その斧はボスドロップですね、魔石は300ポイントです』
俺は斧を引き抜いて軽々と肩に担ぎ、完全に人間を辞めてしまった事に気がついた。