仕事に集中してるんだ
剣聖は飛んできた大剣に持っていた剣を沿わせ、勢いをそのままに、俺の方に飛ばしてきた。
俺は飛んできた大剣を避けながら柄を掴み、剣聖との打ち合いを続ける、剣聖の剣が耐えられなくなって折れてた 試合は終了、権田は戦いを見てずっと凄い凄いを連呼していた。
「兎さん、剣聖の兄貴、凄かったです、俺には動きが速くて何がどうなってるかよく分からなかったけど、兎に角凄かったです」
俺と剣聖が戦い終わって、権田がそう言いながら近づいてくる。
「剣が折れなかったら俺の勝ちだった」
「いや、折れてなくても俺の方が押してただろ」
「お前は力任せに剣を振り回してるだけだし、攻撃を当ててたのは俺の方が多かった」
「本気で当てたら死んじゃうから手加減してたんだ、本当なら俺の圧勝でした」
言い合う俺達に苦笑いをして権田が話を続ける。
「どっちも凄いですよ、帰還者とか覚醒者ってやつなんですよね、俺も成りたいかった」
「成りたいって成れるもんじゃないしな、普通の生活が出来なくなる奴だっているし、羨ましがるもんでもねぇぞ」
「それは、剣聖の兄貴が持ってる側だから言えるんですよ、普通じゃない力に憧れない人なんていないっすよ」
権田が、剣聖に力説しているのを聞いてふと思い出す。
「それで魔法使いに協力してたくらいだからな、権田は」
「ちょっと、兎さん古い話を持ち出すの止めて下さいよ。
でも、あの薬のお陰で俺ら普通の人よりも身体が丈夫な気がするんですよね」
「そんな怪しい薬に手を出して、ひとつ間違ってたら死んでてもおかしくないぞ」
「その前に、兎さんに魔法使いごと潰されたんで、大丈夫ですよ。
今は真っ当な仕事をしてますから、安心して下さい」
居酒屋で、魔法使いについてはリッチというアンデッドだった事も話している。
「それじゃ、俺はそろそろ帰りますけど、御二人は喧嘩しないで下さいよ」
「喧嘩じゃない、俺が兎に稽古をつけてやってるんだ」
「は?俺が剣聖のストレス発散に付き合ってやってるんだろう」
俺と剣聖がまた睨み合うと。
「俺、本当に行きますんで、剣聖の兄貴は良かったら今度、俺にも稽古をつけて下さい」
「おい、なんで俺には稽古とか言わないんだよ」
俺が言うと、権田が気まずそうな顔をして目を逸らす。
「そりゃ、お前は力任せでも技術なんて全然だからだろう」
『剣聖の言う通りです、最初の頃よりは戦い方も上手くなりましたけど、まだまだ能力値頼りの戦い方をしてますからね。
人に教えるレベルではとてもじゃないけど言えないですよ』
まさかの頭の中からもスケさんのダメ出しが聞こえてきた、事実なので言い返す言葉もない。
俺が黙っていると権田に。
「兎さんが相手だと、間違って殺されそうなんで」
とトドメを刺された、俺には呪魔法という手加減もあるし、なんなら聖魔法で権田を強くすれば大丈夫なはずだ。
『マスター、今、聖魔法で権田を強化すれば大丈夫って思いませんでしか?
聖魔法で強化しても、技術は身に付きませんよ、マスターももっと剣聖から技術を学んで下さい』
心を読まれた、スケさんに新しいスキルなんてないはずなのに、剣聖の技術が凄いのは認める、俺なんてやっと刃筋を立てる事がなんとか出来る様になったくらいだ。
それだけで、魔剣の切れ味もあって巨人系の魔物を切断出来ている。
権田が帰ったのを確認して、剣聖が真剣な顔で俺に質問をしてきた。
「お前の能力ってどこまでの怪我を治せるんだ?」
「死んでなければ大抵の怪我は治せると思う、急にどうしたんだよ」
真剣な剣聖を茶化すような事はせず、ちゃんと答えた、剣聖ならスキルの詳細を少しくらい話しても大丈夫だろう。
「それなら、聖女と同じくらいか‥」
剣聖は口の中だけで呟いたつもりだろうけど、俺の耳にはしっかりと聞こえてしまう。
「聖女がどうかしたのか?」
俺の質問にハッとなって剣聖が俺の顔を見る、そして観念して覚醒した日の事を話し始めた。
剣聖が能力に覚醒したのは、大学の合格が決まって家族で合格祝いをした帰り道。
たちの悪い車に煽られて、ついには後ろから追突されて、運転していた父親は車から降りて抗議をして剣聖も必死で抵抗したらしい。
後部座席で妹を守る様に抱えていた母親が警察に連絡はしたが、警察が来るまでの時間はとても長く感じた。
その時の剣聖には戦う力もなく、父親と共にほとんど抵抗出来ずに暴行されて動けなくなってしまう。
周りは見て見ぬフリで助けてくれない、暴行相手の意識は次に、後部座席で震えていた妹には向かい、母親を押しのけて、妹が車から引き摺り出されて暴行されそうになった時に、剣聖の能力が覚醒した。
泣いて抵抗する妹を押さえつける男の腕が、宙に舞って鮮血を撒き散らす、同時に男の喉もパックリと裂けて声にならない声を口から血の泡と一緒に吐き出していた。
ただ覚醒したばかりの剣聖の刃は、近くにいた妹にも襲いかかっていた、妹の方は抵抗して男の身体を押し退けようとしていた手首から先と、男の喉を切った余波が運悪く首の動脈を。
2人分の血が道路に広がり血溜まりを作り上げ、襲った方も、襲われた方も時間が止まった様に動けなかった。
パトカーが駆けつけ、薄情と思えた野次馬達の誰かが呼んてくれた救急車も、パトカーと大差ない時間で到着する。
妹と暴漢の男が救急車に乗せられて、軽傷の母親が妹の救急車に付き添い、父親が担架に乗せられて救急車に運ばれる途中で剣聖は意識を失った。
次に目が覚めたのは病院のベッドの上、父親は隣のベッドでまだ眠っていて母親と妹の姿はなかった。
痛む身体に鞭を打って病室から出て、ステーションで案内を聞いて、集中治療室の前で椅子に座って俯いている母親に声をかけた。
母親の話では妹は一度心肺停止の状態から奇跡的に一命を取り留めたらしいが、出血が多過ぎて目を覚まさないかもしれないとの事。
後から奇跡ではなく、剣聖がいた組織、庭番の聖女が回復をして命を救った事を聞かされたらしい。
警察や病院関係には庭番の耳があり、たまたま剣聖が能力に覚醒したのを知った頭が、交渉材料に妹の命を救ってくれた。
頭に誤算があったとすれば、妹の身体は聖女により完璧に治療されたのに、妹は目を覚まさなかった事。
何が理由で目を覚まさないか分からず、剣聖との交渉は失敗するかと思ったが、延命治療の為の費用を理由に剣聖は仲間になってくれた。
両親は娘の治療を剣聖に出させる気は無かったようだけど、母親は妹に付き添わないといけないので働く事は出来ず、剣聖が大学に通いながら稼ぐには庭番は都合が良かった。
もちろん、両親に裏組織に入った事なんて言うはずはなく、病院に直接治療費を支払う分と、親に渡す分とを分けてもらい。
そんな生活が、剣聖が大学入院してから卒業して働き始め、最近まで続いていた。
報酬の中には頭に妹の為の魔道具を頼んでいて、何回か聖女に立ち会ってもらって頭が用意してくれた魔道具を使ったが、妹が目を覚ます事はなかった。
「そんな時に、うちの会社で新しい企画だ、脳波を利用した翻訳プログラム、普通の翻訳機能なんて従来品でも十分事は足りる。
重要なのは脳波を利用するから、言葉を使わない動物とも意思の疎通が出来る事だ、ウノハナはそうやってプログラムを売り込んできた。
ペット市場で、今までのペット翻訳のオモチャだってそれなりの売上を上げている、企画が成功すればペット愛好家は飛びつく。
それに、言葉を話せない俺の妹が眠ったままで何を思っているか分かるかもしれないしな。
その為に企画は絶対に成功させたい、だから組織も辞めて仕事に集中してるんだ」




