たぶん人間
これなら温泉地までも1時間かからない、日帰りで戻って来るとは思わなかった。
「スケさん、狼男を俺方に誘導出来るか」
『もうやっています、追加のゴーレムも出します。
予測よりも狼男の動きが早いです、残して来たゴーレムが全て破壊されるまで、あと約6時間。
さらに早まるかもしれませんが、間に合います』
「本当にレベルアップしてるみたいだな、狼男ってどんな魔物?」
『ランクCの獣人です、基本的には風系統の魔法が得意ですけど、人並みの知能はあるので他のスキルを使う個体もいます。
一番の特徴は身体能力が高い事です、特に速度はランクBでも通用します。
これはワタシの知識内の情報です、成長の早さが以上なので今回の狼男は特殊なスキルを持つ個体か、この世界固有、違う世界からという事もあります』
「つまりは未知の狼男として要警戒って事か」
『情報不足ですみません、まさかこんなにあっさりとゴーレムが見つかって壊されるとは思わなかったので。
次はもっと隠密性能も強度も優れたゴーレムを作ります』
「‥‥ああ、ほどほどにな」
俺はなるべく直線で進もうと山の中に入っていく、鬱蒼と生える木をすり抜けて走った方が、舗装された山道を走るよりも早い。
『マスター、追加のゴーレムも何体か壊されましたが誘導に成功しました。
このままの速度で走って、15秒後に狼男と接触します。
それと、娘様は本当に運が悪いようですね』
「はぁ、なんだよそれ?」
そう言いながら、木々の間から山道に飛び出した瞬間、飛び込んで来た映像は狼男とガードレールにぶつかるバスの轟音だった。
ガードレールを突き破って、片方の前輪が落ちた状態で止まっているバスと、それに歩いて近づいている狼男。
スケさんが状況確認した感じでは、バスの運転手や乗客には死者重傷者は居らず、ほとんどの人は気を失っているようだ。
『すみません、マスター、ゴーレムの数が少なくなった事と、狼男に集中していた事でバスの存在に気がつくのが遅れました。
あれは娘様の学校のバスです、今日が合宿の最終日で帰る途中だったみたいですね』
「美月は大丈夫なのか?」
『はい、少し膝に擦り傷が出来たくらいです』
しかし、本当に娘は呪われてるくらいに運が悪くないか?
俺の方に誘導してたから、施設から帰るなら確かに狼男とバスは同じ方向を目指す事になるけど。
こんなドンピシャのタイミングでぶつかるなんて、あと1分でも先か後にずれていれば回避してたかもしれないのに。
しかし終わった事は仕方ない、俺は狼男に向かいながら、バスから出て来ようとする人達に向けて叫ぶ。
「バスから出るな、じっとしてろ!!」
声に反応してバスのドアの前に止まる学生達が、俺と狼男の姿を確認して悲鳴を上げた。
そりゃそうか、俺はウサギの被り物出し、向こうは本当に狼の頭だしな。
「なんだよアレ、人間?」
「俺知ってる、ウサギの方は倉庫爆破の犯人だろ」
「じゃあ、あの黒い方が正義の味方かよ、とてもそうは見えないけど」
悲鳴を上げた後は、窓からこっちを覗きながら好き勝手な事を話している、無駄にいい聴覚が学生達の声を拾ってしまう。
声に反応したのは狼男も同様で、俺の方に振り返るなり襲いかかって来た。
2mを超える巨軀に黒い毛皮と真っ赤な眼、白い牙が生えた口で器用に笑い、嬉しそうに爪を振り下ろす姿は目で追えなければ確かに黒い影にしか見えないだろうな。
狼男の爪がアスファルトを削り、空振りに終わった自分の爪を見て狼男が雄叫びをあげる。
別にスキルでもなんでもない只自分の気持ちを昂らせる為の雄叫び、それを聞いて、さっきまで窓からギャーギャー騒いでいたバスの中が静かになった。
人間にほとんど無くなりかけてきる動物としての本能が、狼男の雄叫びを聞いて生物としての差を感じて恐怖で声も出せなくなったんだろう。
雄叫びをあげた狼男は再び、俺に襲いかかってくるが速さはあっても攻撃は単調、噛みつこうとしたり爪を振り回すだけ。
俺は避けながら狼男を無力化する為の隙を探す、スケさんの解析だと、目の前の狼男は98%人間らしいので殺すのに躊躇いがあったからだ。
これで人間とも思ったけど、昔から狼男が人から変身するのは有名な話しではある。
因みにスケさんの解析は、神眼レベル8で覚えた鑑定視の能力、スケさんには解析してもらった後に、バスの引き上げ作業をしてもらっている。
乗客を乗せた大型バスを動かせるとか、スケさんのには驚かされてばかりだ。
それにしてもこの狼男は変だ、さっきから重力の魔眼や呪魔法のデバフが一瞬効いたと思ったら効果が消されてしまう。
それどころか、効果が消えた後には動きが良くなっている気がする。
狼男の攻撃を躱して懐に入ろうとしたら、着ていた服が裂けて後ろに飛び退く。
爪は完全に避けたはずなのに、すると届かないはずの距離から狼男が爪を横に振るう。
『マスター、しゃがんで下さい』
スケさんの声も慌てて屈むと、不可視の何かが山肌を固めたコンクリートを切り裂いた。
そういえばスケさんが狼男は風系統の魔法を使うとか言っていた事を思い出す。
俺には風で何で物が切れるのか原理がさっぱりわからないけど、魔法だからが答えだ。
単調ながら牙、爪、風と攻撃の種類が増えた事で一段と無力化するのが難しくなった、おまけにこっちの魔法は無効化される。
殺す気の相手に、殺さないように捕まえるのは難しい事を実感する、不用意に避けた狼男の爪から風魔法が放たれて、バスへ向かって飛んでいく。
「しまった」
俺は慌ててバスへ向かおうとしたが、狼男が邪魔をする、コンクリートをきり裂ける威力ならバスの窓から覗いている人間は助からない。
慌てた俺は邪魔な狼男をつい力任せに殴ってしまった、アスファルトの上を弾んでガードレールを突き破って落ちていく狼男。
惨状を覚悟してバスを確認したら何事もなく無事だった、いつの間に引き上げと終わっている。
『風魔法ならワタシが防ぎましたよ、バスを任されたんですから当然でしょう』
頭の中でドヤ顔のスケさんが想像出来るけど、本当に助かった。
『それより、狼男の確認に行きましょう』
言われて、手加減なしで殴ってしまった事を思い出す、手には殴った感触が残っている。
「バスは?」
『警察と救急に連絡してる人が何人かいました、残っていると逆に捕まりますよ』
「わかった」
俺は壊れたガードレールから飛び降りて狼男の所に向かった。
山の中でグチャグチャになった狼男を見つけて側に立つ、首が反対に曲がって顔が半分潰れている、俺が殴った痕だろうな。
あの勢いで地面やガードレールにぶつかって、軽い傷しかついてないのが狼男の頑丈さを証明している。
恐ろしいのはこの状態でもまだ生きている事だ、放っておけばそのうち死ぬ事になるだろうけど。
「『誰だ?』」
スケさんの言葉を代弁する。
「それの回収に来たんですよ、敵意はありません」
木の影から出て来た数人が俺と狼男を取り囲む、顔は変なマスクで隠していて分からないけど、スケさんも人間だと言っているので、たぶん人間。




