手を見つめた
影からスッーと現れたリッチが、棘がだらけになった俺を見下ろして笑った。
影の棘が体から抜けていく痛みに、思わず声が出てしまう。
「まだ生きているのか、生命力も大したもんだ、いい実験体になりそうだな」
リッチが油断して俺に近づいた瞬間、俺はリッチの足を掴んだ。
「悪足掻きをっ」
俺の手を振り払おうとするリッチの注意を、スケさんが惹き付ける。
四方を浮遊して囲む剣にリッチの視線が向いて、足を掴んだ手に聖魔法の破邪の力を込めた。
リッチの足首が塵になって崩れ落ちた。
「がぁああ、何をした、俺の足が、お前何をしやがったぁぁあ」
痛みはないのだろうが自分の足がなくなった事に、また、リッチが叫び狂う。
影が目茶苦茶に暴れ回り、手当たり次第触れるものを破壊している。
リッチがなりふり構わずに逃げようと影に潜る前に、俺は影を振り切ってリッチの頭を後ろから鷲掴みにした。
「や、止めろ、止めてくれ」
リッチの表情は後ろからは分からないけど、声からは怯えが伝わってくる。
必死で影に潜ろうと伸ばした手を、スケさんの愛用の大鉈が切り飛ばす。
影魔法を使うには、影に触れているのが条件なんだろう、俺の影には聖魔法のバフが破邪の力を帯びているから潜れない。
現状を理解したのか、リッチは抵抗をするのを止めて大人しくなった。
「『お前はなんの為に実験や薬を作ったんだ』」
今回は俺の気持ちを優先して、魔法使いと呼ばれたリッチを止める方を優先してくれた、スケさんの疑問を最後に聞いておく。
「お前らが俺をこんな風にしたんじゃないか、それなのに、なんの為?だと、馬鹿にするのもいい加減にしろ。
どうせ、お前もいつか俺みたいになる」
そう言って、リッチは自分の身体に出来た僅かな影から、影を伸ばして来た。
リッチを掴んでいた手に聖魔法を使う、破邪の効果でリッチが崩れていく。
「あはははは、ザマぁ‥み‥ろぉ‥‥」
崩れた身体が風に飛ばされて、積もった塵の中に見慣れた魔石が残っていた。
「最後のリッチの台詞なんだったんだろうな」
『わかりません、お前らって誰かと勘違いしたみたいですね。
知りたい事が知れないまま、また、新しい謎が増えてしまいました。
今度は、リッチの様なアンデットを作り出す誰かですか‥‥』
「まるで、アン○レラ・コーポレーションだな」
『何ですかそれは?』
「ゲームの話だよ、ウイルスでゾンビを作り出す架空の会社」
『なるほど、確かに似てますね』
そんな話をしてると権田が走って来た。
「魔法使いは死んだんすね」
「『ああ、終わったから帰るぞ』」
サイレンの音が倉庫に近づいてくる、リッチとの戦いでウサギの被り物はボロボロ、服は穴だらけの血だらけ怪しさ満点だ。
倉庫の現状と合わせれば、間違いなく俺は捕まるだろう、権田も新しく仕事を始めるつもりなのに今捕まるのはデメリットしかない。
手際よく慣れた感じで逃げる権田の後ろ姿を見て、今さらの心配だとも思ったけど。
俺も捕まりたくないので、隠密を使って倉庫から足早に遠ざかった、権田とは現地集合現地解散だ。
翌朝、身体を解しながらいつも通りの朝を過ごす、治癒魔法を使って完治しているはずなのに、身体中が痛い様な気がする。
『まったく、マスターの無茶には肝が冷えました』
スケさんには肝なんてないじゃんなどと突っ込んではいけない、昨日から何度も同じ説教が続いている。
「すみません、避けきれないと思ったので、逆にリッチを油断させる罠に使おうと思って」
この言い訳も何度も説明している、影に潜っている時よりも直接聖魔法を使った方が、破邪の効果があると思った。
『たまたま上手くいっただけです、影は防御の手段が少ない危険な攻撃でした』
スケさんの言う通り、影には実体がないから念動や透過も通用しない、なのに攻撃はちゃんと作用する、実に魔法らしい理不尽で不思議な攻撃。
それにリッチの影は、リザードマンから回収した武器や防具を簡単に破壊する威力がある。
あの時の棘はスケさんには防ぐ術がなかったので、運が良かったというのもあながち間違っていない。
「治癒魔法があるから、大事な部分さえ守ればなんとかなるかなって」
頭の中で大きなため息が聴こえてくる、俺は癒しを求めてスマホのメッセージを確認した。
娘からのメッセージを読んで癒され、ネットニュースを確認して固まった。
ネットニュースなんて、普段はあまり見ないけど昨日の件が何か載ってないか気になっていた。
倉庫街謎の破壊、原因は爆発事故か、何かしらの組織の抗争かそんな見出しでのニュース載っている。
警察が駆けつけた時には誰もおらず、被害者も無し、周辺の防犯カメラので映像から重要参考人としてウサギの被り物した俺がアップされていた。
スキルの隠密で、誰にも気づかれずに帰って来たと思ったのに、カメラにはばっちりと写っていたみたいだ。
倉庫から離れる時に誰にも気づかれないから、気にしていなかった、権田の方が上手く逃げたみたいだ。
ウサギの被り物を取る時は、周りを気にしていたから大丈夫だと思うけど、防犯カメラは盲点だった。
憂鬱な気分のまま、事務所で作業をしていると少しテンションの高い渡辺さんに話掛けられた。
内容は倉庫街のウサギの男の話、ネットで飛び交っている情報に目眩がする。
話してるうちに、噂好きの田中さんと佐々木さんも加わって盛り上がる。
俺はそういう情報には疎い事をアピールして、そうそうに離脱した、これ以上は精神的に耐えられない。
疲れきった帰り道、元嫁から連絡があった、メッセージのやり取りはしているが、直接電話をしてくるのは珍しい。
『もしもし、今大丈夫?』
「ああ、大丈夫、何かあった?」
『う~ん、ちょっとね、良かったら今から飲まない?』
「美月は?」
『美月なら、テストの打ち上げに友達の家でお泊まり会だって。
明日はテスト休みだから、そのまま遊びに行くみたい』
「楽しそうだな」
『ええ、中学からの友達とも、高校で新しく出来た友達とも仲良くやってるみたいで安心したわ』
「わかった、じゃあ飲みに行くか」
そうして、元嫁と待ち合わせて駅前の居酒屋で飲む事になった。
話の中心は娘の事、合間にお互いの近況、普段飲まないけど楽しい時間を過ごしていた時に、後ろの席から聞いた事のある声が聴こえてきた。
酔っ払って大きな声で、昨日の事を仲間達に話している。
「マジで兎さん凄かったから、何をしてるの全然見えないのに、周りがどんどんバラバラになってくんだよ。
最後には血だらけになった兎さんだけが立ってて、俺が駆けつけたら、終わったから帰るぞって格好良かったぜ」
後ろで飲んでた権田の話で、楽しかった気分が一気に下がっていく。
そんな俺の様子を見て、少し酔っている元嫁が権田達に注意をした。
「貴方達、貴方達だけが飲んでるんじゃないんだから、もっと静かにしなさいよ」
他のお客さんは遠巻きに俺達と権田達を見ている。
「なんだ、ばばぁ、うるせぇぞ」
権田の仲間が元嫁に言い返す、パリンっ、俺の持っていたグラスが割れた音が居酒屋に響いた。
「ちょっと、大丈夫」
「大丈夫、大丈夫、すみません、拭くもの持って来て貰っていいですか」
さっきまで睨みあっていた元嫁の意識がこっちに向く、俺はおしぼりでテーブルの上を拭きながら店員を呼んだ。
「おい、タカシ、揉め事起こすんじゃねーよ。
すみません、おねぇさん、ちょっと酔って興奮してたみたいで。
俺ら、もう帰るんで、ゆっくり飲んでって下さい」
そう言って、権田達は居酒屋を出て行った、俺達も酔いが覚めたので帰る事にした。
元嫁を家まで送った後、俺はグラスを割った自分の手を見つめた。




