最悪な気分だよ
この為に苦労したんだ、間に合ってくれよ。
俺は寄生蟲から取り返した血を生命力と魔力と一緒に、少女の首筋の傷に押し当てる。
治癒魔法の淡い光が、傷口から血と一緒に少女中に流れ込んでいく。
少女の心臓は止まっていて首筋に触れた時すごく冷たかった、俺はダメかもしれないと思いながらも全力で治癒魔法を使い続ける。
少女の全身に光が巡る、トクンッという小さくか弱い心臓の音が俺の耳に届く。
動き出した心臓は徐々に力強く脈打つ様になって、それに合わせて少女の顔色が良くなり、首筋から伝わる体温が温かくなった。
俺は倒れていた少女を、公園のベンチに運んで寝かせ、少女の額に手を置いてもう一度治癒魔法を使った。
脳に血液が回らないと後遺症が出ると聞いた事がある、折角助けたのに後遺症なんて残って欲しくない。
治療法とか脳の仕組みとかよく知らないから、取りあえず頭に治癒魔法をかけようと思って、額に手を置いた。
少女の体を光が包み、首筋の傷も倒れた時に着いた擦り傷や痣も綺麗消えて、ベンチの上で只寝ている様に見えた。
少女の瞼がピクピクと動く、俺は目を覚ます前に姿を消した。
少女が助かってホッとした、長い時間治癒魔法を使っていた感じがしたけど、スマホで時間を確認すると公園にいたのは、ほんの5分程度だった。
ついでにスマホには娘からのメッセージで、『本当は何であそこにいたの?』と届いていて、やっぱり散歩という言い訳は通じていなかった。
俺に似ず聡い娘だから、疑いながらもあの場は合わせてくれた、あそこで時間がかかっていたら、寄生蟲を取り逃がしてしまったかもしれない。
少女を助けられたのも、娘の好判断のお陰だといえる、決して親バカではない。
とにかく少女を助けられて良かった、後は後遺症がない事を祈るだけだ。
俺は家に帰り、恒例のダンジョン転移を経て久しぶりに、何の心配もなくぐっすりと寝られた。
新月の夜、当然吸血鬼事件は起こらなかった、犯人が捕まっていないから警察の捜査はまだ続くし、ネットでも無責任な推理が飛び交っている。
被害者の家族は、犯人が捕まらない限りやり場のない怒りと悲しみをを抱えていくんだろう。
寄生蟲の事を公表しても混乱を招くだけだし、そもそも誰も信じてくれないと思う。
寄生蟲は潰して血を取り出した時に消えてしまったし、魔石も手に入らなかったから証拠になるものは何もない。
「吸血鬼出なかったですね」
新月の次の日、昼休みに渡辺さんが少し不満そうに話した。
「被害者が出なくて良かったじゃないですか」
「そうなんですけどね、遺体が見つかってないだけなんじゃないかってネットニュースもありますし。
犯人が捕まらないと、事件は起きなくても不安は消えないじゃないですか」
「それは‥、そうですよね」
真相を知っていて、渡辺さんのいう答えも想像していただけに言葉に詰まる。
「吸血鬼じゃなくても、犯人がちゃんと捕まって欲しいです、警察には頑張って貰わないと」
「‥‥、俺もそう思います」
俺だけが一方的に気まずい昼休みを過ごし、午後の仕事を終えて家に帰ると、玄関の前に娘が座っていた。
「どうしたんだ美月、部活の練習はいいのか?」
俺が声を掛けると娘は立ち上がり、不機嫌そうな顔を向けてきた。
「この前の事ちゃんと説明して貰おうと思って、メッセージだと無視されるから直接聞きに来た」
毎朝のメッセージを適当に誤魔化していたら、娘は直接ここに来てしまった。
気になった事をは、はっきりさせないと気がすまない性格と行動力は元嫁と同じだ。
「取りあえず中に入って待っててくれ、コーヒーしかないから何か買って来るよ」
「コーヒーでいいよ、ちゃんと話してくれたらすぐに帰るし」
「俺、コーヒーはブラックしか飲まないから、砂糖もミルクもないけど大丈夫か?」
「コーヒーくらい、ブラックで飲めるわよ、馬鹿にしないで」
そう言って娘は部屋に入って行った、元嫁はコーヒーには砂糖もミルクも多めだった、娘は元嫁とよく似ている、きっとブラックコーヒーはダメだろうな。
ダンジョン用に買ったスポーツドリンクが、空間収納に入ってたはずだから、それを出す事にするか。
さて、俺は嘘が下手だし、本当の事も話せないのにどうやって説明したらいいかな?、俺が共用通路で悩んでいるとドアが開いて。
「お父さん何してるの、早く」
「ごめん、今行くから」
部屋に入るのが遅いと娘に怒られた、コーヒーの為に電気ポットで湯を沸かし、冷蔵庫から取り出す振りをして空間収納からスポーツドリンクを出してあげた。
「冷蔵庫に1本あったから、これでいいか?」
「うん、それでいいよ」
娘は俺からスポーツドリンクを受け取ってホッとしていた、やっぱりブラックコーヒーはダメなんだろうな。
「で、本当は何であそこにいたの?」
「散歩で」
「それはもういいから、私、学校から歩いてここまで来たけど、目茶苦茶遠かったよ。
お父さんが、運動不足解消で歩くのは無理があるから」
俺は上手い言い訳が思いつかずに、娘から目を反らして黙ってしまう、電気ポットがお湯が沸いた事を報せる音が部屋に響く。
俺はちょうどいいと、コーヒーを入れにたちあがろうとして、娘と目があって動きが止まる。
「本当に偶然、通りかかっただけなんだ」
嘘じゃない、寄生蟲を追って娘と気づかず標的を移す為に偶然通りかかった、本当の事を全部話さない、これが俺の精一杯だった。
娘は俺の目をじっと見つめてくる、俺は今度は目を反らさない様に見つめて返す。
「わかった、もういい、お母さんが言ってた通りだった。
お父さんは、優柔不断で流されやすいけど、誰とでも仲良く出来て、誰とも争わない。
でも、本音は誰にも言わない、本当に誰も信じてないって言ってた。
話してくれる気がないって分かった、話したくない事を無理に聞こうとして、ごめん」
「いや、美月が悪いわけじゃないから」
「私、帰るね」
「送って行こうか?、そうしたら散歩出来るって証拠になるだろ?」
「いいよ、1人で帰るから、ここまでだって1人で来たんだし」
「そうか、気をつけて帰れよ」
「うん、コレありがとう、またね」
娘は開けてないスポーツドリンクを手に帰って行った、俺は娘を見送りに玄関まで行き、そのまま娘がいなくなった後も、娘が帰って行った方をボーッと見ていた。
元嫁と別れる時もこんな雰囲気だったのを思い出す、いつも元嫁は悪くないのに先に謝ってくれた。
元嫁の大人な対応に、ごめんって言われる度に責められてる様な気がして、余計に何も言えなくなって会話がどんどん減っていった。
『マスターは、ワタシの事も信じてないですか?』
「スケさん、今、そういう事聞くのは意地悪過ぎないか」
『失礼しました、和ませようとしたんですが失敗でしたね』
「わざとやってるだろ、しかし、娘まで元嫁みたいに嫌な気持ちにさせるなんて、全然成長してないな、俺は」
折角、吸血鬼事件が解決したのに、最悪な気分だよ。




