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図書館相談案内人  作者: 雪印火花
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勉強の意味 後編

「こんにちは、司書さん」


 呼びかけられた声に反応して本を閉じる。顔を上げると細めの男子学生と活発そうな男子学生の二人がこちらを見下ろしていた。


「こんにちは、遥君、大和」


「おう、今日は何の本読んでんだ?」


「大和、挨拶には挨拶で返すべきではないかい?」


 大和は一瞬固まったがすぐに不貞腐れたように返す。


「はいはい、こんにちは。いいだろう別に初対面でもないのに」


「親しき中にも礼儀ありっていうだろう。挨拶はしていて損はないよ、僕はされなくても気にしないけどね」


「じゃあなんで言ったんだよ」


「君のためを思ってね」


 クックッと笑うと揶揄われていたことに気付いたのか大和が顔を顰める。


「性格悪いぞ、何読んでるかくらい素直に教えればいいのに」


「間違ったことは言ってないつもりだからね、正義は我にありだよ。それよりも今日は遥君の先週の件についてかな」


 遥君は思い出したようにカバンから本を取り出すと僕に渡してくる。


「はい、司書さんに渡された本を読んできたのでお話をさせてもらおうと思って」


 話す遥君の顔は悩み事が解決したような明るさはない。


「どうだい、遥君が今まで読んだ本と大して変わらないことしか書いていなかっただろう」


「ッ、はい。正直この本を読んで僕の悩みが解決するようには思えませんでした」


「まあそうだろうね。じゃあ改めて遥君の悩みを確認しようか」


 元々読んでいた本を片付け、机の上は遥君に返してもらった本だけになる。

 図書室の空いている椅子を2つカウンターまで持ってきて二人を座らせる。


「遥君は、好きなことである勉強がどうしても将来生かせないことが悲しい。そのせいで好きだった勉強も手につかなくなって悩んでいる。間違いはないかい?」


「はい、その考え方で合っていると思います。すいません、自分でもよく分からなくて」


「問題ないよ、結論から言おうか。勉強を将来全て生かすことなんで不可能だ。勉強したことが仕事に生かせるのなんてごく一部だろうし、自分の勉強が自分のためになることなんてなかなか無いよ。」


 遥君は悲しそうに目を伏せている。このような答えはいろんな人から聞いていただろうし想像ついていたのだろう。


「でもね、自分の勉強が人のためになることなら結構あるんだ」


「え?」


 うつむいていた遥君の顔が上がる。


「遥君は僕の渡した本を読んでどう思った?勉強は将来の選択肢を増やすためだ、社会に出て仕事をするための訓練だみたいなことが書いてあったと思うけど」


「そうですね、そんなことは知ってる。僕が知りたいのはそんなことじゃないって思いました」


「じゃあ何が知りたいんだい?」


「何度も言ってるじゃないですか、それでも僕は好きなことを何かに生かしたいんです!」


 泣きそうな顔で遥君は話す。


「じゃあその思いを誰かに伝えればいい」


 遥君の勢いが止まる。僕が何を伝えたいかよく分かっていないのが見て取れる。


「この本には書かれていなかったことを遥君がまとめて誰かに伝えればいい。同じ悩みを持っている人がいればその思いを生かしてくれるかもしれない。知識も同じだよ、自分が知っていても使うことのない知識なら誰かに分け与えればいい。その誰かがきっと生かしてくれる。そうすれば君の知識は生かされたことにならないかい?」


「なるんでしょうか…。だとすれば僕は本を書く仕事に就くのが正解なんですか」


「さぁね、僕は僕の視点からしか語れないから正解は分からないよ。分かったつもりにはなれるけどね」


「だったらどうすればいいんですか」


 明確な答えを得られないからか遥君は落ち込む。


「分からないなら実際にやってみるしか無いんじゃないかな。どれだけ遥君から思いを伝えられても、まったく同じ境遇に僕が立ったとしても、遥君の気持を僕が分かることは無いよ。せいぜい遥君の思いを想像して分かったつもりになるくらいだよ。」


 分からないことは分からないと告げる。無理だと思うなら無理だとはっきり言う。言われた遥君からしたら残酷なことかもしれないが、相談を受けた側として正直に答えるのが誠意だと僕は思っている。だから絶対に遥君の気持ちが分かるとは僕は言えない。


「だからこれは僕の意見だ。君の気持ちを理解してない、でも理解したつもりになって考えた僕の意見。的外れなことを言うかもしれないし、君の思いを逆なでするようなことを言うかもしれない。それでもいいなら話をするよ。」


「…、分かりました。司書さんの言っていた前提を踏まえたうえで話を聞かせてください。その意見に対して文句を言ったりはしませんから」


「別に文句を言うくらいはいいんだけどね、ただ力になれるとは限らないってだけで」


 遥君の許可も取れたので一息ついてから話を始める。


「君たち学生がこれから生きていく社会は今みたいな解決できない問題がいくつもある。その時の対処は2つ。足掻くか、諦めるかだよ。最初に遥君に教えた方法は足掻く方法だ。これは正しい方法か分からないし、結果も出るか分からない。でも分からないということは可能性は残ってるってことだ。今の悩みを抱えたまま、解決に繋がるかも分からない方法を考え試し続ける。最後まで解決できないかもしれない。もしかしたらさらに別の悩みが出てくるかもしれない。でも、解決できない問題を解決したのは最後まで足掻く人だよ。」


「だったら僕は最後まで!」


「話は最後まで聞きなよ、聞くだけならタダだ」


 1つ目の対処に飛びつこうとした遥君を止める。足掻くのはいいことだけど焦るのがいいことでは無いからね、少なくとも今は。


「次は2つ目の諦める方だ。諦めるって言うと悪い感じに聞こえるけどね、ほとんどの人はこっちを選んでいると思うよ。問題を諦める、逃げるってことは言わばリスクの軽減だ。問題解決に割く時間を別の何かに当てる。今ある問題を受け入れ、それ以上のメリット得ることや、問題を解決するのではなく被害を減らすために行動する。足掻くことでは得られない何かを得る可能性を模索する方法だ。大部分の人がこちらを選ぶということは効果がある可能性も高い。」


 話に一区切りつけ、息をつく。遥君は悩んでいるのかじっと机を見つめている。


「ふぅ、少し話を大きくしすぎたね。今回の遥君だと勉強を生かしたいと思い続けて行動をするか、全てを生かすことを諦めるかだよ。生かしたいと本を書いてみるのもいいだろう、もしかしたら僕の思いつかないような解決策にたどり着くかもしれない。でも、何も得られず解決策を探す間悩み続けるだけになってしまうかもしれない。今回の悩みは諦めてみるのもいいだろう、悩みを忘れるように勉強以外の趣味を探してみてもいいし、生かせないと割り切って好きな勉強を続けてもいい。でも、うまく忘れられたとしてもふとした時に思い出すかもしれない」


「司書さんならどっちを選ぶんですか?」


「諦めるね。学校から与えられた最低限の勉強をして、空いた時間は…大和と遊んでみたりするかな。僕は臆病な人間だからね、もしかしたらになんて賭けられない。解決できたかもしれないと夢を見ながらその夢から目をそらすように別の何かに力を注ぐよ」


 僕が即答で諦めるといったことに遥君は目を丸くする。諦めるなという人は多くても諦めるとさっさと決める人は今までいなかったのだろう。

 5分か10分か、遥君はしばらく悩むとやがて苦笑いしたような顔でこちらに顔を上げた。


「しばらく勉強から離れようと思います。大和と遊んだり…ここで本を読んだりしてみようと思います」


「そうかい、本を読みに来てくれるのは歓迎するよ」


「でも、諦めはしないです。しばらく遊んで、日々の勉強でふと思い出したときにまた悩んで。その時には教えてもらった方法で解決できるか試してみようと思います」


「うん、その方法が上手くいくといいね。何かあればまた相談に乗るよ。力になれるかどうかは分からないけどね」


 遥君の悩みは解決していないけれど、悩みに押しつぶされるようなことはなくなったと思う。


「遥君は大和と遊ぶらしいけど、大和は何して遊ぶつもりなの?……大和?」


 返事に答えない大和の方を見ると机に突っ伏して寝ている。

 僕たちが真剣に話をしていたというのに大和は…。遥君とは仲良くなったけど、元はといえば大和の頼みだっていうのに。


 僕はカウンターの引き出しを開けると黒のマジックを2本取り出して遥君に笑いかける。


「ひとまず、勉強の息抜きにどうかな?」


 遥君は一瞬きょとんとしたものの、すぐに声を殺して笑うと僕からマジックを1本受け取った。

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