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図書館相談案内人  作者: 雪印火花
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勉強の意味 前編

「おはよう、今日は何を読んでるんだ?」


 声をかけられてふと顔を上げる。

 そこには最近になって話すようになった男子学生が椅子に座った僕を見下ろしていた。


「おはよう大和、今日読んでいるのは植物図鑑だよ。近場でよもぎを見かけたから酒に漬けたんだ。ほかにも使えそうな薬草があるかなと思って」


「酒?お前酒を飲むのか、そんな風には見えないけど」


「はは、多少は飲むけどね。よもぎのは飲むんじゃないよ。蚊に刺されたところに貼ると痒み止めになるんだ。これから暑くなるし、蚊も増えると思ってね」


「相変わらずよく分からない知識を持ってるな。ところで今日は友人が相談があるらしくて連れてきたんだが聞いてくれないか?」


 読んでいた植物図鑑に栞を挟んで片付ける。

 友人の大和の友人というのなら話を聞くことはしてもいいだろう。


「いいよ、力になれるかは分からないけどね」


 大和は頷くと図書室から出る。少しすると少し気弱そうな細めの男子学生を連れて戻ってくる。


「こいつなんだ、遥っていうんだが勉強で悩んでるらしくてな。少し相談に乗ってやってくれると嬉しい」


「2年の山瀬遥って言います。どうぞよろしくお願いします」


 遥君は緊張しているのか少し早口で自己紹介すると勢いよく頭を下げる。


「力になれるかは分からないけどね、できることなら協力するよ。この学校で司書をやってます。よろしく」

 

「は、はい。よろしくお願いします。えっと…お名前は?」


「僕は僕だよ、大和みたいにお前でも、君でも好きに呼ぶといい」


「はぁ…、では司書さんと」


 少し戸惑いながら司書さんと呼ぶことに決めたようだ。


「相変わらずお前は名前を教えてくれないのな、先生に聞いても分からないっていうし。名前くらい教えてくれてもいいだろうに」


 遥君の横で大和が不貞腐れたように言う。


「ごめんね、自分の名前はあまり好きじゃないんだ。それに使わなくなって長いから今更呼ばれても他人のような気がしてね。それなら好きに呼んでもらった方がいいんだ」


「そういうことならこれ以上は聞かないけどさ…」


 僕は大和のこういうところが好きだ。自分の興味より相手の都合を優先してくれる。その上で普段と変わらずに接してくれる。当たり前のことだけど当然のようにしてくれる人は今どき少ないと思う。


「ところで勉強の相談だったよね。僕はそこまで賢いとは思わないけど、どこか分からないところでもあるのかい?」


「えっと、勉強が分からないっていうのもあるんですが勉強することの意味が分からなくなったっていうか。いえ、僕自身勉強は好きな方ですし先生方の言う将来の選択肢を増やすってことも分かるんです。ただ選択肢が増えたってことはその分無駄になった知識も増える訳じゃないですか。勉強が好きな分、それが生かせないことが増えると思うとなんだか悲しくなってしまって…」


「こういうことなんだ、勉強が分からないっていうんなら俺と勉強するとかでもよかったんだが。お前なら何か参考になれると思ってな」


 話を聞いて少し考える。


「つまり遥君は勉強することは好きだけど、それがどう頑張っても生かせないことが出てくるのが悲しいと。頑張った分に対して帰ってくる結果がどうしても少なくなってしまうことが」


「多分そういうことだと思います。すいません、自分でもよく分かってなくて…」


 遥君は悲しそうに眼を伏せる。

 おそらく好きだったことにやる気を出せない現状に戸惑っているんだろう。


「うん、少し待っててくれるかな」


 そういうと僕は席を立つ、カウンターの奥の普段表に出していない本を保管している部屋に入る。中は薄暗く物置のようだが僕が毎日掃除しているため埃っぽいようなことはない、物が多いのに落ち着いた、不思議な感覚のする静かな部屋になっている。

 僕は本棚から一冊の本を取り出すとそれを持って二人の元へ戻る。


「お待たせ。遥君、本は好きかい?」


「好き…だと思います。あまり読みませんが、読み始めると最後まで読んでしまう方です。」


「十分だよ、遥君にこの本を貸してあげよう」


 遥君に先ほど持ってきた本を渡す。飾りっ気のない薄い青い表紙に白字でタイトルだけが書かれた本だ。作者の名前すら書かれていない。


「勉強のメリット、デメリットですか」


「うん、本の貸出期間は1週間。読めるかい?延長することもできるけど」


「読めます。けど、こういう本は何度も読んでいて…」


「読むだけさ、それで何か考えろとは言わない。よく分からないならよく分からない、無駄だと思うなら無駄と言ってくれればいい。ただ読んで一週間後にここでまた話をしよう」


 遥君は何も考えなくていいという僕の言葉に少し疑問を抱いたみたいだったが、少し考えると頷いてくれた。


「分かりました。ひとまず読んでみようと思います」


 遥君は僕が渡した本を持って図書室から出ていく。


「あれなんか変わった本なのか?」


「本に普通なんてないよ、一冊一冊に似たようなことは書いてあっても同じことは書いていないからね。あの本もどこかで読んだことがあるような内容が少し違った書き方をしてあるくらいだよ」


「じゃああの本を読んでも変わらないんじゃないか」


「それは遥君次第だよ。どんな本を読んだって、誰かからどんなことを言われたって、どうするかどう思うかは本人次第だよ」


「お前の言うことはよく分からない。もっと簡単に教えてやればいいのに」


「そういうことだよ」


 大和は僕の言葉に首を傾げていた。なんにせよ遥君の悩みが解決するかどうかは一週間後だ。

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