幕が下りた後の話
全ての片づけが終わってひと息をついたのは王宮の一室。
侍女が淹れてくれた美味しい紅茶を飲みながら、ようやく終わったと苦笑いするのは三人同時だった。
「ふふ、二人ともお疲れ様」
「ヴィヴィッド嬢こそ。悪役令嬢おつかれさま」
「あまりピンとは来ていないけれどね。ああいう感じで正しかったのかしら」
「態度や言葉遣いとかなにかこだわりがあるのかもしれないけど、王子の婚約者であるということが最大のポイントかな?どうやら彼女、殿下に一番ご執心だったみたいだしね」
少し砕けた話し方をするカルツはソファに全身を預けてくつろいでいる。
人払いがしてあるとはいえ、王宮でその態度がとれる彼は大物だといつも思う。
「そうね。でも、本当に殿下が噛んでしまった時はどうしようかと思いましたわ」
「うっ……す、すまない。本当に、直前でヴィヴィと目が合うとは思わなかったんだ。緊張するのは分かっていたから必死に逸らそうと頑張っていたんだが……」
「いえ、逸らした方が説得力ありませんからね」
「いやーでも俺は絶対、殿下はどっかで噛むだろうなと思ってたよ。なにせ打ち合わせの時ですら一度もスラスラ言えなかったんだよ?本番やらかすのは目に見えてたよ」
「……殿下、一度も言えてなかったんですの?」
「…………うん」
またシュンとしている。
公務ではきちんと王子然としていてご令嬢たちに大人気ですのに。
「結果良ければそれで良し、としましょうか。過去を振り返ってばかりではいけませんもの。ただ…一番奥までは潰しきれませんでしたから、殿下には責任をもって私を守っていただきましょう」
「それはもちろん!!ヴィヴィには誰も指一本触れさせない!」
「誰も、は困りますわ」
「……触れさせたくない」
「はいはい、イチャイチャするのは後にして。本来であれば婚約破棄後に予定していたものを簡略化して捕り物をするしかなかったんだから、殿下にはちゃんと責任は取って貰うし、それに加えて魔法師団も騎士団と協力してヴィヴィッド嬢の身の安全を確保するよ」
二人並んで座っていると殿下が二人の世界へ引き込もうとしてくるので危なかったですわ。
呆れたような声のカルツが横から割り入って今後のことを話し出す。
「本来なら婚約破棄されたヴィヴィッド嬢がすぐにパーティーを後にし、その帰路の最中に誘拐することが男爵側では予定されていた。その誘拐はあたかも暴漢に襲われて消息を絶ったと見せかけようとしたみたいで、結構な人数を捕らえたんだけど……どうも連れて行こうとした先は隣国だと分かってね」
「隣国……ということは何かしら交渉のタネにしようとしたのかしら」
「そこまで洗い出すには時間が足りなかった。でも、こちらを探って来る奴の中にあっちの影がいたから、王家が絡んでるのは確実だろうね。というか、ヴィヴィッド嬢が狙われて、かつ連れて行く先が隣国ならば最有力候補だ」
「……つまりは」
「あんの色ボケ王子の仕業かっっ!!」
ガンッとカルル殿下が机に握りこぶしを振り下ろした。
とても口が悪いが仕方がない。私だってあちらの王子には辟易しているのだ。
「はぁ……隣国が何故男爵と懇意にしているのか分かりませんでしたが、利害が一致していたのですね」
「隣国の第一王子は随分とヴィヴィッド嬢にご執心だったもんね。我が国に何かしら理由をつけては訪れては会おうとしてたし。でもまさか強硬手段を取るまでとは思ってなかったよ、あの王子は戦争でも起こしたいのかな?」
「我が国と戦争とは、良い覚悟をしているな」
「カル、謹んでください……しかし、本当に計画がなされてたら戦争勃発は避けられなかったでしょうね。お父様が勇んで隣国に向かう姿が思い浮かびますわ……」
「アルメリー公爵は……血気盛んだからな……」
「宰相なのにな……」
三つのため息が重なる。
ヴィヴィッドの父親であるアルメリー公爵は自他共に認める程に娘を溺愛しており、更には宰相にして魔法師でもあり、ストレス発散に魔法をぶっぱなすような人なのだ。
「公爵が乗り込んでいくような事態に発展しなかったのは僥倖だ。だが、隣国の尻尾の先までしか掴めなかったから、今回の話は全て国内で処理をすることになるだろうな。ヴィヴィが狙われる危険は去ってないことになる。ということは……」
「お父様が乗り込んでいく可能性がまだ残っているということですわ」
「もうとっとと結婚しちゃえばいいんじゃないの、二人が」
「「えっ」」
「えっ、じゃないよ。二人とも学園は卒業したんだから、結婚できるでしょ?陛下も王妃様も手ぐすね引いて待ってるって聞いてるぞ」
「そ、そうですわね……学園生活は、その、ずっと気を張ってましたので……」
「私も……ヴィヴィと居る時間があまりにも少なかったから、やっと一緒に居る時間を増やせるとばかり気をやってしまって……そうか、結婚……」
「準備が色々かかるから、最短でも一年後くらいになると思うし、その間は二人一緒に居てくれれば守りやすいから存分にイチャついてくれていいよ。ちゃんと二人一緒に居てくれるならね」
「イチャついてって……」
「二人一緒……」
カルル殿下と顔を見合わせると、殿下の顔が真っ赤に染まっている。
私もかなり顔が熱く感じるので一緒のような顔になっているのだろう。
でも、殿下も私も学園生活を送った約三年間。ずっと舞台の上にいたのだ。
今まで一緒に居る機会が減っていた分を取り戻しても良いと思う。
警備面の上でも。だから決して一緒に居たい気持ちだけではないのだ。
嬉しさで顔が緩んでしまうのはこの場だから許してほしい。
「……殿下、よろしくお願いしますね」
「ああ、結婚までも、結婚後もヴィヴィをしっかり守ると誓うよ」
その後、結婚までの一年の間に隣国といざこざが起きたりなんだりしたが、戦争ほどの大事には至らずなんとか結婚までこぎつけて二人は仲良く暮らしましたとさ。
改稿して投稿しました。
婚約破棄の話を短めに書いてみたいなと思って勢いのままで書いているので色々矛盾があるかとは思いますが、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。