49:毒使い、筋肉ダルマと戦う
【魔法使い】を<念力>で一時的に倒したネルトはネコネコロッドを手に周囲を伺う。
左手方向には倒れた【魔法使い】と、麻痺している【剣士】。もう一人無事な【剣士】も居たがポロリンが応戦するようだ。
こちらは任せて問題なし。倒れた【魔法使い】だけを気にしていればいい。そうネルトは顔を右に向ける。
右手方向は同じく麻痺した【剣士】が一名。そして混乱した【弓使い】とそれを抑えようとする【剣士】。
前方の【唯一絶対】の二人にはピーゾンが突っ込んでいる。
ピーゾンの心配など微塵もしない。この数日でよく分かった。あのコは普通じゃない。常人とはかけ離れた何か異質な存在だ。
そんなピーゾンが聞けば「お前が言うな」とでも言いそうな事をごく自然に思ったネルトは次の標的を決める。
【弓使い】とその対応に苦戦する【剣士】。この二人だ。
ネルトは離れて格闘している二人に向けて杖を向ける。
「グリッド。<室内空調>」
<室内空調>は室内限定のスキル。屋外では使えない。
それをグリッドで補う。
グリッドはネルト以外には不可視の格子空間を作り、その内部を″認識″する<空間魔法>だ。
ネルトはグリッドの格子空間を″部屋″だと認識し、その内部に<室内空調>を使用した。
<空間魔法>と併用して初めて、<室内空調>はエアコン以外の機能を持つ。
「な、なんだ? 急に暑く……いや、熱っ!?」
急激に温度が上がった事に驚く【剣士】。みるみるうちに汗が吹き出して来る。
魔法攻撃か、と思うが何のダメージも受けていない。周囲に変化もない。
一体何事だと不思議に思う。まさか自分も対面する【弓使い】と同じように混乱したのか、と。
「えっ……ぐっ……今度は急に寒く……っ!?」
溶岩地帯にでも居るかのような熱さから一転、今度は急激に寒くなった。
途端に息が白くなり、歯はガチガチとうるさい。汗で肌に張り付いた服が凍り付くような感覚。
【剣士】は膝から崩れた。もう剣など持てない。身を縮めるようにして蹲る。【弓使い】も混乱しているが同じように動けないようだ。
朦朧としてきた頭で何が起こったのか考えるが答えなど出ない。
そこへ無慈悲な言葉が告げられた。
「<念力>」
蹲って地面に付けていた頭を、不可視の手が叩きつける。
【剣士】と【弓使い】が伏したのを見て、ネルトはグリッドと<室内空調>を解いた。
<室内空調>は限定空間内の気温を調節するスキルだが、設定するその温度差はもはやエアコンと呼べるものではない。
砂漠では昼と夜の気温差が40℃にもなる場合があると言う。しかしこのスキルはそれ以上。溶岩地帯と雪山ほどの差が出る。それも急激な変化だ。
いくら強靭な肉体を持つ冒険者であっても、魔法などなしにこの温度差に耐えるのは不可能。人間の肉体構造的に無理だ。心臓の機能にダメージが入る。
ポーションホルダーから下級MPポーションを出し、グビッと一気飲みする。
ピーゾンの考えの元、この悪魔的攻撃手段を得たネルトはいつもの無表情で次の標的を探した。
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「来やがれウサギがっ!」
「ウサギを嘗めるんじゃないよ!」
ギャル男を倒した私はその足で筋肉ダルマへと向かう。
まるで「筋肉こそが俺の鎧だ」と言わんばかりの軽装。だが両手にナックルを嵌めている。
腐食毒でダメージ受けてないのかもしれない。結構いい武器なのかも。
ただはっきり分かるのは、こいつが【拳士】系の職だという事。
まぁ私みたいに【剣士】と偽った【毒使い】と同じような可能性もあるけど……そんな非効率なことしないでしょ。自分で言うのもなんだけど。
少なくとも『拳』が攻撃手段なのには違いない。
「<闘気纏い>! うらぁっ!」
うわっ! なんか青白いモヤを噴き出し、筋肉ダルマの身体を包む。モヤと言うか煙と言うか、色付きの風って感じ。
<闘気纏い>って事はこれが『闘気』なんだろう。オーラか! オーラバトラーか!
そこから繰り出される拳撃。連撃。リーチもあるし速さもある。
「ちいっ! ちょこまかとォ!」
ま、当たらないけどね。威力と速さがあっても攻撃の出所がバレバレだから。
フェイントとか足技とか入ると難しくなるけど、殴るだけなら避けるの余裕です。
試験官のネロさんの攻撃の方がよっぽどヤバかったよ。
回避ついでにカウンターで軽く当ててみる。
―――ガッ!
かったい!? 何これ、オークキングより固いじゃん!
「効かねえよ! そんなんじゃ俺の『闘気』は破れねえ! 【闘気使い】を嘗めるんじゃねえぞ!」
ご丁寧に自分の職を教えてくれるのか……。固有職の秘密主義はどうなったのか。
つまりは『闘気』によって防御力を上げてるってことか。いや、攻撃とか敏捷とかステータス全般かも。
『闘気』使うのにMP消費してれば時間切れ狙うんだけど……MP使ってない可能性もわずかにある……かな?
ま、考えててもしょうがない。
やられる前にやりましょう。
覚悟はいいか? 私はできたよ!
私は魔鉈ミュルグレスを正しく握った。もう峰打ちはしない。死にたくなかったら『闘気』切らすんじゃないよ!
―――ブンッ! ブンッ!ブンッ!
「ええい! くそっ! なんで当たらねえんだっ!」
―――ヒュン! ズバッ!
「があっ! てめえ……っ! やっぱその魔剣……っ!」
うん、斬れる。
もうお終いにする。
―――ヒュン! ズバッ!
「ぐあああっ!!!」
右足を斬り落とした。うわぁ……やっぱ人を斬るのは嫌だなぁ。
もんどりうって倒れている筋肉ダルマに向けて、左手でピストルの構え。
「<毒弾><毒弾><毒弾>」
……ずいぶん掛かった。『闘気』は抵抗値の上昇効果もあるんじゃないか?
とりあえず麻痺った筋肉ダルマの右足に虎の子の中級ポーションをぶっかけておく。止血だけしか効果ないだろうけどね。
周りを見回す。
どうやら八人とも倒したらしい。
ポロリンとネルトは……うん、大丈夫だね。良かった。
「ピーゾンさん! 大丈夫ですか!」
「うん、そっちも大丈夫そうだね」
「ん」
「とりあえず私、麻痺ってないのを麻痺らせておくから、悪いけどポロリン、南門の衛兵さん連れてきてくれる? 襲撃してきた【唯一絶対】の二人と帝国スパイが六人、麻痺ってるから運んで捕らえてくれって」
「うん、了解! すぐ行って来るね!」
「ネルト、ホークアイをすぐに発動。様子見してる仲間がいたら厄介だから」
「ん。―――『ホークアイ』」
この後、ポロリンが連れて来た衛兵さんたちは、荷車で筋肉ダルマたちを運んで行った。
以前に固有職狩りに襲われたことがあった旨を説明し、今回の件も職管理局に伝えてもらうようお願いする。
ネルトの『ホークアイ』で周囲を伺ったけど、怪しい人物は見つからなかった。まぁ念の為だったからいいけどさ。
筋肉ダルマたちとつるんでいたのがこの六人だけだったのか、もっと協力者がいたのかは分からない。
この近くに居なかっただけで、遠くに居るのかもしれない。
望遠鏡みたいな魔道具とか『千里眼』的なスキル持ってたらもうどうしようもないし。分かんないから諦めましょう。
トンボ返りとなった冒険者ギルドでも一応説明しておいた。相手が【唯一絶対】って大手クランだからね。ギルドに報告しないわけにはいかない。
小声で話したんだけど受付嬢さんの狼狽えっぷりがヤバかった。
大事にしたくなかったんで、報告だけしてすたこらさっさです。
あー、もう今日は疲れたなー。
「なんか美味しいものでも食べて帰ろうか。宿の夕食じゃなくてもいいでしょ」
「ん!!」
「そうですね、精神的に疲れたから甘いのと野菜たっぷりシチューみたいな……」
「肉!!」
ネルトの反応は非常に良い。
ポロリンは相変わらず趣向が女の子なんだよなぁ。
「うむうむ、んじゃ良さげな店を探しましょうか」
「「おお!」」
ドゥーデドゥデーン、ドゥードゥデドデーン




