48:毒使い、ギャル男と戦う
「行くよ! 走って!」
じりじりと囲もうとする六人。最奥には筋肉ダルマとギャル男が居る。
そこから離れ、包囲を抜けるように私たちは三人固まって後方に少し走った。
私は殿でバックステップしたまま左手を連中に向ける。八人全員が範囲に入るように。
「<毒雨>!」
開幕は私から。初手、距離をとりながらの<毒雨>。麻痺毒ではない、腐食毒だ。
本当はこちらの情報を出したくない。私が【毒使い】だって事も、魔剣を持っている事も。
でも能力の分からない固有職を含めた手練れと思われる八人。出し惜しみは出来ないでしょ。
「うおっ! 茶色い雨!?」
「お、俺の剣が煙を……!」
「鎧が! なんだこれは!」
腐食毒は人体には影響しない。でも装備している武器や防具は別。
物によって差があるらしいけど、少なからず鉄を錆びさせたり、皮製品を腐らせたり、布を溶かしたりはするだろう。
怖いのはまず剣だからね。切れ味くらいは鈍くしておきたい。
突然の雨と装備破壊で動揺する奴らに追撃をかける。
「<念力>」
「<毒雨>!<毒感知>!」
「<挑発>!<魅惑の視線>!」
ネルトは<念力>で六人のうち、【魔法使い】を優先的に排除。<毒雨>の中でも<念力>を使えるのは確認済みだ。
不可視の手で【魔法使い】を頭から押し倒し、さらに地面に頭を叩きつける。これで気絶してくれれば良し。出来なくても詠唱できない状態であれば問題なし。
私は追撃の<毒雨>。これは麻痺毒の黄色い雨だ。
八人全員が麻痺るとは思えない。むしろ手練ればかりだったとしたら抵抗値も高いだろうし、レジストされるだろう。あわよくばの保険だ。
おっ、【剣士】が二人麻痺ったかな? ラッキーだね。
ポロリンは奥の【弓使い】に<挑発>でこちらを向かせた上で<魅惑の視線>。<挑発>にしても<魅惑の視線>にしても人間相手に効くかは分からない。レジストの可能性もある。それでも一応やる。
六人で怖いのは【魔法使い】と【弓使い】だと思っていた。私たちは遠距離系に弱い。
いや、私は避けるしネルトの念力盾もあるけど、接近戦に比べれば練度が低い。特にポロリンは弓矢をトンファーで防ぐとか出来なさそう。魔法なんて以ての外だ。
だから最優先で倒すのはその二人。
「!? う、うわああああっ!!!」
「お、お前どうしたんだ! くそっ!」
「押さえつけろ! 混乱してやがる!」
よしよし。【弓使い】は混乱したらしい。ラッキーだね。
<挑発>は効いたのか分からないけど、少なくとも<魅惑の視線>は効くってことだ。
ここまでは想定通り。自分たちが有利だと思い込んで油断してた奴らに初撃・二撃と叩き込み戦力を奪う。武器の腐食と、遠距離要員二名の脱落、おまけに麻痺が二名。
私は魔剣を背中から引き抜く。
見据えるは最奥の筋肉ダルマ。ギャル男は後回しだ。
<毒雨>が止むのを待って、一気に走る!
「くそがっ! あいつら嘗めた真似をっ!」
「俺の服が……! あんのガキどもがあっ!」
筋肉ダルマとギャル男も腐食毒の被害にあっているらしい。麻痺はないか。チッ!
でも連れて来た連中が何人かいきなりやられたからご立腹らしい。このままキレててくれると楽なんだけど。
「ウサギっ! お仕置きが必要だなぁっ!」
「ベルバトスさん! 俺がいきます!」
ギャル男がそう言うと、筋肉ダルマと横並びになり、右手を握って私に向けた。
武器も何も持ってない。装備も鎧でもローブでもない。戦い方が分からない。
ただ……
「死ねやっ! <指爆>!」
親指と中指をこすり合わせ「パチン!」と鳴らせる。
すると走る私の位置で何かが爆発した。
ボゥンッ! と空気を破裂させたような音と共に出た衝撃波は当たれば私の頭を吹き飛ばしてもおかしくはない。
「よ、避けた!? うそだろ!?」
慌てるギャル男。続けて右手を横にずれた私の進路へと向ける。
私はギャル男が攻撃してきた事で標的を筋肉ダルマからギャル男に変えている。
魔法か何か放つのは想定していたよ。明らかに前衛タイプじゃないしね。
ご丁寧に右手でその方向を示し、指パッチンで攻撃の合図してるんだから……
「避けるに決まってるでしょうが! この指パッチン男が!」
「魔剣だと!?」
「な、なんで俺の職が【指パッチン師】だと……! 見えない爆発だぞ!? なんで避けられる!?」
これだけ近づけば魔剣だとバレるか。筋肉ダルマが警戒している。
いや、それよりもギャル男の職に笑いそうなんだが。【指パッチン師】って何よ。
そういうネタ職枠はうちのパーティーで間に合ってるんですよ!
―――ドゴォン!
<指爆>を避けつつ、持ち前の俊敏で一気に近づいた私は、ギャル男の顔面めがけて魔剣をぶち当てる。もちろん峰打ちだ。
魔物相手に峰打ちの練習はしたけど、死んだらゴメンね!
「ギャレオ! くそがっ!」
そのままギャル男は仰向けに倒れた。よし! 一人終わり!
続けて筋肉ダルマへと走る!
「来やがれウサギがっ!」
「ウサギを嘗めるんじゃないよ!」
♦
ピーゾンが最前線で戦う一方で、後方のポロリンとネルトも戦っていた。
相手は固有職狩りと思われる六人集団。そのうち二名は麻痺で脱落。
【魔法使い】はネルトの<念力>で倒れているが、気絶しているかは分からない。油断は出来ない。
【弓使い】は混乱状態となり、近くの【剣士】に攻撃を開始。これも【剣士】の攻撃か気付けにより回復される恐れがある。
現状、実質的にポロリンたちに攻撃できるのは【剣士】の一名のみ。「くそっ!」と歯噛みしながら剣を振りかざし、何かしらの【魔法使い】と思わしきネルトへと走った。
「<挑発>!」
効くかどうか分からない<挑発>をその男に放ったポロリンが間に入る。相手をするのは自分だと、ネルトを守るのは自分だと言わんばかりの行動だった。
果たして<挑発>が効いたのか、それとも邪魔だっただけなのか、男の剣はポロリンめがけて振り下ろされた。
―――カンッ!
白銀と思われる男の剣は、同じく白銀のトンファーによって防がれる。
男の驚きは一瞬。
華奢な美少女に自分の攻撃が防がれた事、トンファーという変な棒きれで防がれた事。
しかし男もプロだ。すぐに連続して攻撃を仕掛けた。
―――カンッ! カンッ! カンッ!
斬り下ろし、斬り上げ、横薙ぎ、全てが防がれる。
次第に男の表情も歪んでいく。いくら固有職だとは言え、十歳の少女にこんな防御能力があるものかと。
しかし対するポロリンは息を乱さず、視線を揺るがすことないまま、こんな事を考えていた。
(威力はそこそこだけど、速さはピーゾンさんの半分以下かなぁ……。やっぱピーゾンさんは色々とオカシイと思うんだよなぁ。……あ、早く倒さないと!)
途端に真剣な眼差しとなったポロリンに対する男は一瞬たじろぐ。
ポロリンは今まで″防ぐ″ことをメインにしていたトンファーを″弾く″ようにし、男の剣をかち上げると、半歩前へ。完全に男の懐へと侵入した。
「ハートアタック!」
右手のトンファーを前に出す、右ストレート。
いつも叩きつけている長い部位ではなく、短い部位の先端を前に殴りつける。
<セクシートンファー術>によって最適化されたその動きは体重を乗せ、見る者を魅了する妖艶なもの。
―――ドゴオオオン!!
男は胸に強烈な打痕を残し、後方へと吹き飛ばされた。
「うわっ! やりすぎちゃったかな……。あ、そうだ! ネルトさんの援護に!」
慌てて振り返るポロリン。
そこではネルトが一人、孤独な戦いを繰り広げていた。
ドゥーデドゥデーン、ドゥードゥデドデーン




