39:毒使い、また絡まれそうになる
―――ピコピコ。
ギルドから出た私たちを背後から付けて来るやつらが居る。
ウサミミの『気配察知』がそう言っている。
「もふもふ」
こら、やめなさい。ピコるウサミミに反応するんじゃない。
あんた買ったばかりの自前のネコミミあるでしょうが。それで我慢しなさい。えっ、ネコミミはピコらないって? 知らんがな。今はそれどころじゃないんだよ。
「ポロリン、ネルト。歩きながら聞いて。後ろから付いてくるやつらが居る」
「えっ」
「振り返らないで。で、このまま王都から出てもそこで襲われたら堪らないから、今のうちに接触するよ」
「……どうするの?」
「相手の出方次第だけど、向こうが仕掛けてきたらポロリンはネルト守って。私が前に出るから、出来ればそのままギルドに駆け込んで欲しい」
「わ、わかったよ」
王都の大通りは人が多い。よほど集中しないと距離が離れた追跡者に気付けなくなる。
むしろ裏道に入って近づいて来てから接触すべきかな。
人が少なく、それでいてすぐに逃げられそうな場所……お、こっちの裏道でいいか。
そうして少し進むと案の定近づいてくるのが分かった。
私は立ち止まり、振り返る。
「なんだ、バレてたのか。斥候職じゃねーよなぁ、そんな大剣持ってるくらいだ」
そう言いながら近づいてくる筋肉ダルマ。
そいつの一歩後ろにはあのギャル男が居る。
私はポロリンとネルトの前に出て、布に包まれた魔剣を手にした。
「あんたも【唯一絶対】の人? 勧誘ならお断りだよ」
「そっけねえなぁ。まぁその通りなんだがな、悪い話しじゃねーぜ? お前らも自分の職やスキルを把握すんのに苦労してんだろ? それに協力してやろうってのさ」
筋肉ダルマは大仰に手を広げ、そう言って来る。
後ろのギャル男はこちらを睨みつけるだけだ。
お前、少なくとも勧誘目的で来てるんなら睨むんじゃないよ。営業職を勉強してから来い。
「いいか? 『職決めの儀』を終えたばかりの十歳が自分の能力も把握せずに冒険者になったって、すぐに死ぬぜ? これが一般職なら問題ねえ。先達がいるからアドバイスも貰える。ギルドで訓練も出来る。情報もすぐに手に入るだろうさ」
そりゃそうだろうね。
正直、私が転生者じゃなくて普通の十歳児だったら、固有職になった段階で学校ルート一直線だったろうし。
少なくとも独力で職とスキルを検証して冒険者になろうとは思わなかっただろう。
「だが固有職は違え。どこにも情報はねえし、大っぴらにギルドで訓練も出来ねえ。アドバイスっつっても管理局か学校の専門教師くらいだろう。絶対に行き詰まり、結局能力の把握もできず、強くもなれねえ。冒険者として大成できるはずもねえんだ」
言ってることは正しく当たり前の事なんだけどねぇ。
「だから固有職は固有職同士で助け合ってるのさ。それが普通ってもんだ。俺たちゃお前らを手助けしようって事だ。な? 悪い話しじゃ―――」
「話しが長いよ。私たちは勝手にやるから勧誘は結構。前も言ったけど?」
「はぁ……ったく」
「だから言ったじゃないっすか、ベルバトスさん。こいつ全然ノらないって」
「しゃーねーな、今日のところは―――」
筋肉ダルマがそこまで言いかけた所で、その後方から声が響いた。
「何をしている貴様ら!」
二人が後ろを振り返る。
私たちもその声の方向を見た。
白銀の鎧と青い修道女のローブを合わせたような独特の姿。黄金の髪を束ね上げ、青く鋭い目つきをした美人が歩いてくる。
「ベルバトス! ギャレオ! 何事だ!」
「ミルローゼ……チッ、ただの勧誘だよ。もう帰るとこだ」
ミルローゼと呼ばれた女性がこちらに歩いてくるのを避けるように、筋肉ダルマは舌打ちしながら私たちから遠ざかる。
ギャル男はバツの悪そうな顔をしてからミルローゼを睨みつけ、次いで私たちも睨みつけると、筋肉ダルマの後を追って去って行った。
ミルローゼは私たちの傍まで来ると、話しかけて来た。
「はぁ……まったく。君ら、彼らに変な事はされなかったか?」
「まぁ変な事と言うか……傲慢な勧誘と言うか、恐喝に近いと言うか……」
「やはりか……すまない、身内が迷惑をかけた。やつらには厳しく言っておく」
「身内? じゃあ貴方は【唯一絶対】の……」
「ああ、クランマスターのミルローゼと言う」
クランマスター!? トップじゃん!
聞けばこのミルローゼさんが立ち上げたのが【唯一絶対】というクランらしい。その目的は固有職の相互協力と保護。
しかし人数が増えるにつれて派閥のようなものも出来てきた。
筋肉ダルマの派閥は強引な新人勧誘で人数を増やし、自分の勢力を強めようとしているそうだ。
「何やらそれ以外にも怪しい動きもあるらしい。私も目を光らせておくが、君たちも気を付けてくれ。何かあればギルドや私を頼ってくれ」
いや、何とかしてよ。あんたリーダーでしょう。
それこそギルドや衛兵や管理局に話しておくべきでしょう。
えっ、憶測で動くわけには行かないって? それで動かれたら迷惑なんですが?
「第一、管理局の固有職担当局員は数が少ない。君たちも分かるだろうが固有職と局員の接点というのは定期的な報告に限られるのが普通だ。一個人の監視に当てるなど到底頼めるものではない」
……私、監視されてるんですがね?
……有名クランからも普通じゃないって言われるほどなんですかね、【毒使い】の危険性ってのは。
ミルローゼさんからは「今度改めてお詫びさせてくれ」と言われたが、関わりたくないのでやんわり断っておいた。
クランとか入らないんで、普通の冒険者させて下さい。
♦
「なんか余計な邪魔が入ったけど、今日の本題、ネルトのスキル検証やるよ」
「ん」
「大丈夫かな、もう付けられてないよね?」
王都を出て南の森、いつも練習に使っている場所までやって来た。
ポロリンはあれから、また筋肉ダルマたちが絡んでくるんじゃないかとビクついている。
その内股で怯える仕草やめなさい。あなた、筋肉好きでしょう?
ま、それはともかく今日はネルトの冒険者デビューの日。
なのに依頼も受けずに検証及び特訓です。時間を見て適当に魔物狩ったり採取したりすればいいしね。
ちなみに検証のお題はこちら。
①<空間魔法>グリッドで認識した″視認できない″空間に<念力>は働くのか
②<念力>に″物を動かす″以外の用途はないのか。具体的には攻撃・防御に使えないか。
③<念力>で自分を動かす事はできないか。
と、こんな感じです。
「……なんかボクの思ってた<念力>と違う。昨日聞いた話しと全然違うよね」
「うん、あれから私も考えたんだけどね。<念力>の可能性を」
「おー」
「ピーゾンさんの発想力って言うか、想像力って言うか……ボクらと全然違うよね。さっき
【唯一絶対】の人が言ってた″普通″っていうのとピーゾンさんが違いすぎて……」
そりゃ普通の十歳児とは違うしね。さらに言えばこの世界の人間とも思考回路は違うし。
まぁ固有職同士で助け合うってのは同じなんだから勘弁して欲しい。
そんな事よりさっさと検証しよう。
安心しなさい、下級MPポーションもあるぜよ。
ドゥーデドゥデーン、ドゥードゥデドデーン




