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虹の麓に  作者: にな
14/20

紫電3

黒い狼は音を立てて地を蹴ると、宙で首を激しく振りながらルキウスに飛びかかった。長い顎が開かれ、鋭い牙が男の首筋を狙って閃く。

ルキウスはその場から一歩も動かず、上体を大きく捻ってかわした。

狼が着地してすぐさま方向転換し、今度は低く飛んでルキウスの脇腹を食い破ろうと狙いを定める。振り返ったルキウスはそれに素早く反応し、避けると同時に、狼の体に剣で一撃を叩き込んだ。確かな手応えが皇子の手に伝わる。短い獣の悲鳴が鼓膜を叩く。

転がるように草の上に落ちた狼は、しかしすぐに立ち上がった。毛についた水を落とすように、ぶるりと身を震わす。皇子に斬られた胴体からは、正体不明の煙がいっそう激しく立ち上っていた。

やがてそれが弱まり、周囲の煙の量と同調する頃には、ぱっくりと開いた裂け目はきれいに消えていた。毛を逆立てて皇子を凝視する瞳には、血に飢えたもの特有の眼光がらんらんと灯っている。

巨大な狼は、うろうろと左右に歩いて相手の虚を突こうと機会をうかがっている。敵の攻撃に堪えた様子もなく、そればかりかもっと闘志を煽られた様子で、執拗に皇子の喉笛を狙っていた。


皇子は狼に向かって薄笑いしてみせると、鞘を腰帯に挿し、懐の中を手早く探った。隠しの中から目当てのものを探し出したルキウスは、間髪入れずを狼に向かって投げつけた。投げつけられた指輪が見事眉間に命中する。狼が小さく悲鳴を上げる。宙を舞った指輪の輝きを見て、なぜかアリョークも一緒に悲鳴を上げた。

(白金の、それも皇家の証しの指輪を、何てことに使うんだ!)

草むらできらめく、値段を付けたならとんでもない額になるであろう指輪を見ながら、アリョークは目眩を覚えた。

一方、礫を喰らった狼は、いっそう怒りを燃え上がらせてルキウスに飛びかかった。その突進を予想していたルキウスは、低く構えて柄を握った。重い鉄の鞘を外さないまま、狼の顎を狙って下から剣を跳ね上げる。下顎を斜めに打たれた狼は、壁に叩き付けられ、そのままずるりと地に落ちた。魔性のものとはいえ、頭への攻撃はかなり効いたらしい。なんとか立ち上がろうとしているのだが、傍目にも後ろ足がふらついてがくがくと震えているのが分かった。


「つまらんな」

ルキウスは不機嫌に呟くと、草の上でへたり込んでいるアリョークに向かって、振り返らないまま声を上げた。

「魔法使い、こいつも斬れば増えるのか?」

「は、はい?」

「この前おまえが出した鳥は、斬れば斬るほど数を増やしただろう。これもそうか」

以前に彼女がなけなしの度胸を振り絞って皇子を脅迫した時の魔法のことを言っていると思い当たり、アリョークは慌てて声を張り上げた。

「わかりません、これはわたしの意志で出したものではありませんから」

「ふうん」

皇子は立ちすくむ獣の傍にさっさと接近すると、ためらいなく剣を振り上げた。

「では、試してみるか」

言うなり、雷が閃くような速さで刃を翻す。アリョークは短い悲鳴を上げた。皇子に刎ねられた狼の首が、目の前にぼとりと落ちて来たのだ。飛んで来た頭からは、血の代わりにどろどろとした黒い煙が激しく立ち上ってくる。胴体と離ればなれになっても、なおぎらぎらと光る獣の瞳の不気味さに、狼の分身であるはずのアリョークは半泣きになった。


狼の頭から出てくる煙は、やがて大きく膨らんで、明確な形――置き去りにしたはずの体の輪郭をとる。がくがくと頭を震わせながら、狼は新しく生えた体で立ち上がった。一度、大きく頭を振る。皇子に傷つけられる前の姿と、なんの変わりもない。アリョークが視線を投げると、ルキウスの傍に残った体の方にも、新しく頭が生えていた。こちらもぴんぴんしているらしく、早速目の前の男に噛み付こうと姿勢を低くして構えている。

「これでいい」

まさに自分の思い通りに事を運んだ皇子は、獣よりも飢えた目を細めた。


その数を二匹に増やした狼たちは、しばらくの間うなり声を上げて皇子の隙を窺っていた。狙われている皇子の方はというと、狼たちを挑発するように、二匹の間をゆっくりと歩き回っている。彼がちょうど二匹の中間点に来た時、まるで合図し合ったかのように、狼たちが黒い毛を振り乱して一斉に皇子に飛びかかった。皇子は素早く身を翻し、二匹の攻撃をかわす。獲物を仕留め損ねた狼たちは、すぐさま体勢を整えて間を置かず次の攻撃に移った。矢のように飛び出して来た二つの影。皇子はそのうちの一つを避け損ねた。布が裂ける音が響く。皇子の二の腕に、新しい爪痕が残っていた。


口の端を釣り上げて二匹の相手をする皇子を前にして、アリョークはただ立ちすくむしかなかった。

(笑ってる……)

アリョークは茫然と皇子を眺めた。

皇子は笑っていた。新しい遊びを見つけた子供のように楽しげに、しかし、その目には狂気と凶暴な光を宿して。彼の青い瞳が、研ぎすまされたナイフのように輝いている。

自ら窮地を作り上げ、綱渡りの命のやり取りを楽しむルキウスが、アリョークには信じがたかった。

彼の中には死への恐怖がない。それは、突き詰めれば生への執着がないのと変わりがないのではないか。

そうではない、と思いたかった。彼はあの黒馬の死を悼んでいた。だが、今の彼を見ていると、ほんの少し前に見たばかりの血の通った人間らしい姿が、翳んで見えなくなってしまいそうだった。

アリョークとて、自らが真っ当な人間だとうぬぼれた事はない。人として生まれ落ちたのに、人と交わっては生きていけない。他人と細々としたつながりしか持てない。自分は壊れた人間だと、時々アリョークは考える。

(この人も、壊れている)

自分とは全く違う方向に狂っているルキウスに、アリョークは胸のうちがざわつくのを感じた。




雲がわき上がる青空のもと、死闘は未だ続いていた。ルキウスは二匹の狼を前にして、じりじりと後退していた。その太い腕から、血が滲んでいる。かすり傷ばかりだが、その数は十数カ所に増えていた。

「殿下、どうかお止め下さい」

無駄だとは思いつつも、アリョークは叫んだ。

「早く傷の手当を、この気候で放っておいては、浅くとも膿むかもしれません」

「黙っていろ」

予想通り、ルキウスは彼女に目もくれなかった。

「邪魔をするのならおまえから始末してやろうか、魔法使い」

「そうすれば同時にあなたのお相手をしている狼も消えますよ」

ルキウスの脅しに、アリョークも負けじと言い返す。しかし、ルキウスは少し笑っただけで、構えを緩めようとはしなかった。

狼たちは連携を覚えたらしく、二匹同時に多方から襲いかかったり、一匹が敵に飛びついている間にもう一方がその背後を狙ったりと、変化のある攻撃を繰り出してくる。それでも、彼は結界の外に逃げようなどとは欠片も考えなかった。

ルキウスの顎から、ぽたりと汗が流れ落ちる。彼は素早く襟元を緩め、夏にしては厚手の上着を一気に脱いだ。そして何を思ったか、剣を草むらに投げ捨てた。

「何を――!」

アリョークが驚いて悲鳴を上げた瞬間、武器を失った皇子に向かって、狼たちが一斉に草を蹴った。一方はルキウスの太ももを、一方はその喉笛を狙って、宙を飛ぶ。ルキウスは目をかっと見開くと、上着を一匹の頭に投げつけた。空中で広がった布が、狼の頭を包んで視界を奪う。その間に、皇子は腿に向かって来た狼の牙を避けた。すれ違い様、狼の後頭部に鞘で渾身の一撃を叩き込む。獣が哀れな声を上げて地に落ちた。ルキウスは更に布の中でもがいている狼に駆け寄り、頭のあたりを思い切り蹴り上げた。片割れと同じ声を上げ、狼が地に落ちる。すかさずその頭を掴み上げると、重量などものとのせずに、先ほど鞘で打った狼の方に投げる。頭部に痛烈な一撃を喰らった獣たちは、折り重なって草の上に倒れた。

そこで再び、草むらに投げた長剣を悠々と拾い上げる。ルキウスは敗者たちに歩み寄ると、一寸の躊躇もなく、二つの頭を串刺しにした。

明るい空に似合わぬ断末魔が森を震わせる。アリョークもまた、木々と一緒に身を震わせた。しばらくびくびくと蠢いていた狼たちは、やがて煙のように消え去った。






「……なかなか、面白かった」

ルキウスは顎から垂れる汗を手の甲で拭った。ぼろぼろになった着物を無造作に拾い上げる。貫くものを失った剣を抜き取り、上着で拭いながら鞘に納める。彼は草むらで尻餅をついている魔法使いに気付くと、彼女の方に歩み寄った。

「おい、大丈夫か」

「……ええ」

アリョークは差し出された手を不審げに眺めたが、それでもその手をとって立ち上がった。ルキウスは上着を再び身に纏ったが、すぐに顔を顰めた。生地が傷を擦って痛む。おまけに、上着は裂け目だらけだ。

「おい、あの狼はおまえの分身なのだろう」

「ええ、まあ、そうですが」

「では、奴らのやったことはおまえの責任だな。これをどうにかしろ」

もう一度脱いだ上着と腕の傷を見せつけながら、ルキウスはアリョークに言い放った。

「わたしは確かに警告いたしました。最初のお怪我以外は、全部殿下の自業自得でしょう」

皇子のふるまいで精神をすり減らしたアリョークは、ふてくされてよそを向いた。彼女の生意気な物言いに、皇子は一瞬顔を顰めたが、ふと思いついたように口を開いた。

「魔法使い、おまえ、本当に大丈夫か」

珍しくこちらを気遣っている様子で訊ねてくる皇子に、首を傾げる。大丈夫もなにも、自分は怪我はおろか、戦闘に参加さえしていない。したくもない観戦のおかげで、大層嫌な汗をかく羽目になったが。

「……? いえ、ですから、わたしはなんとも……それより殿下こそ、」

「あの獣どもは、おまえの魔力の化身なのだろう?」

彼女の言葉を無視して、ルキウスはじろじろと魔法使いの小柄な体を観察した。

「それを殺されて、おまえの体には何も影響がないのか」

皇子の言葉に、アリョークは青ざめて自分の胸に手を当てた。そうだ、仮にも分身を消されて、この身が何の余波も受けないなどということがあるのだろうか。彼女は無言で自分の手首を押さえた。脈は通常よりもすっと速い。だが、それが狼が消されたことによるものなのか、それとも急激な緊張によるものなのかが分からない。彼女はおろおろと自分の身を探り、どこにも異常がないことを確認すると、ほっと息をついた。

「なんだ、なんともないのか」

ルキウスは手の中で長剣の柄を弄びながら、上着を肩にかけた。その声あまりにも呑気な響きを持っていたので、アリョークは目の前の男に殺意を覚えた。

「わたしの体に影響が出る可能性に気付いていながら、あの狼にちょっかいを出したのですか」

「ああ」

拳を震わせながら問うたアリョークに、ルキウスはあっけらかんと頷いてみせた。

「狼どもを斬っても、おまえは痛がったり苦しがったりはしなかったからな。多分死なないだろうと踏んで、殺した」

「多分……」

なんとも無責任な予想である。遊びの一環に自分の命が賭けられていたことに、アリョークの怒りは頂点に達しようとしていた。

彼女は皇子に背を向けると、つかつかと家の入口の方角に向かった。

(やっぱり、この人には血も涙もない。少しでも同情したわたしが馬鹿だった)

アリョークは憤慨しながら思った。

さすがのルキウスも、彼女の怒りに気付いたようだった。だがそこは根性悪の彼のこと、むしろ嬉しそうにアリョークの後を追う。

「おい、おまえ、怒っているのか」

「喜んでいるように見えますか?」

「何をそんなに怒っているんだ」

「お分かりになっているくせに、わざわざ聞かないで下さい。さあ、さっさと傷の処置をいたしましょう」

いつになくきつい口調のアリョークに、ルキウスはにやりと笑って、馴れ馴れしく肩を抱いた。途端に彼女の顔が苦々しく歪む。ルキウスはそれを見て、ますます上機嫌になった。




「おい、沁みるぞ」

「傷口に薬が沁みるのは当たり前でしょう」

アリョークは平坦な声で答えながら、ルキウスの腕に仕上げの包帯を力を込めて巻き上げた。再び家の中に戻った二人は、食堂で傷の手当を行っている最中だ。

「狼の肉が食えると思ったのに、あてが外れた」

ルキウスがどうでもいいことを呟く。

「……もし食べられたとしても、きっと臭いですよ」

「大体おまえの家には、どうしていつも肉がないのだ。用意しておけと言ったはずだ」

彼女に腕を預けて、ルキウスは日頃の不満を口にした。しかし、徹底的に虫の居所が悪いアリョークは、とりつく島もなく首を振る。

「時々お出ししているでしょう、魚の燻製を」

「おれは獣の肉が食いたい」

「ご勘弁を。わたしは肉の匂いが駄目なのです。だから肉料理も出来ません」

けんもほろろな返答に、ルキウスは眉を跳ね上げたが、それ以上何も言わなかった。慣れない馬での道のりと魔物との戦闘で、さすがの彼も疲れたらしい。皇子は大口を開けて皇族らしからぬ欠伸をした。


包帯を巻き終えたアリョークは、深くため息をついて、額の汗を拭った。

(なんか、調子悪いな)

ほんの少し、体がだるい。皇子の生還と暴走が立て続けにあって、気疲れしたせいかもしれない。妙に頭が痛んだ。

「……食事の支度をいたします」

そう言うと、アリョークは重い腰を上げ、水を汲むために外の井戸に向かった。

(早く食事済ませて、早く寝ちゃおう)

ずきずきと熱を持つ額を押さえつけて、アリョークは外への扉を押した。




+++++++++




その夜、いつものようにアリョークの寝室を奪ってまどろんでいたルキウスは、何者かに揺り起こされた。

顔に当たる硬い、すべすべとした感触。ばさばさと忙しなく羽ばたく音。

仕方なく首を起こすと、胸の上に陣取った鳥の影が見えた。

「……おまえか」

ルキウスが寝台から身を起こそうとすると、大きな影は寝台脇の物入れの上にぴょんと飛び移った。黒い羽が闇に溶け込んで、金の瞳だけが魔法をかけられた宝石のように浮いている。

脇にあった火打ち石で燭台に火を灯す。暗がりの中にその姿が浮かび上がると、「やあ」と挨拶でもするように、雄鷲が一声鳴いた。

「随分早かったな」

手を伸ばすと、当然のように手の上に飛び乗る。雄鷲の足には、細く折りたたんだ紙がくくりつけられていた。

それを外し、火の傍で広げて見る。ルキウスは闇の中で薄く笑った。署名のない手紙には、彼の計画が予定通りに進んでいることが記されていた。

手紙を読み終わると、細かく千切って燭台の火にかざす。手紙が黒煙を上げて燃え、やがて灰になった。


一仕事終え、また眠りにつこうとしたルキウスは、騒がしく羽ばたき続ける雄鷲を睨み付けた。

「おい、静かにしろ。おれは寝る」

そう言って燭台を消そうとしたが、当の相手はいつまで経っても落ち着かない様子で騒ぎ続ける。元より寝起きは機嫌が悪いルキウスは、しばらく鷲を静かに見つめ続けた。そして、雄鷲が近くに来るや否や、電光石火の早業で首根っこを掴んだ。

「おまえ……煮込み肉にしてやろうか」

人間の言葉の意味など解っていない鳥は、相変わらず何かを知らせるように短く声を上げる。


ルキウスは眉をひそめた。この鷲は、以前にも何度かこういう不自然な騒ぎ方をしたことがある。そういう場合は大抵、近くに敵がいたり、寝所に毒蛇が忍ばせてあったりと、ルキウスの身に何か危険が迫っていることが多かった。先の鷹狩りの時も、この鳥が警戒の声を鳴らしていなければ、林の間から放たれた矢に気付くのが遅れて死んでいただろう。

ただし、近くにフクロウやその他の雄鷲の気を引くような動物がいただけだった、という場合もあるのだが。


ルキウスは燭台を持ち上げて、注意深く部屋の中を見回した。本棚と小さな物入れ、机、椅子。その他には何もない、がらんとしたアリョークの部屋。特に異常はないと確認し、ルキウスは緊張を解きかけた、のだが。

「なんだ、あれは」

扉に目をやった彼は、小さな声で呟いた。扉と床との間にある隙間。そこから、黒い煙が漏れ出している。

(火事か?)

真っ先にそのことを考えたが、すぐに打ち消した。それならば、木材が燃える臭いが鼻につくはずだ。辺りからは先ほど燃やした紙の匂いがわずかに漂うだけで、きな臭い匂いはしない。

ルキウスは寝台から立ち上がると、枕の下に隠していた懐剣をふところに収め、机の上の長剣も手に取り、腰に差した。

「騒ぐな、行くぞ」

雄鷲の嘴に人差し指を押し当てると、彼は大人しく翼を畳んで主人の肩に収まった。


用心深く扉を押す。燭台をかざすと、澱のような黒煙が漂う廊下が照らし出された。足元に溜まる煙を、蹴るように足で掻いてみる。もちろん手応えなどなく、煙は彼の長靴にまとわりつくように漂うだけだった。一見何の変哲もない煙に見えるが、下方に溜まるというのは妙だ。

ルキウスはゆっくりと廊下を進んだ。先に行けば行くほど、黒い煙は濃くなっていく。

(あいつならば、これが何だか分かるだろうか)

ルキウスは、まずはアリョークが眠る部屋を目指した。


かつて彼女の師の自室だったという部屋の扉を押す。中に入りこんだルキウスは、顔をしかめた。その部屋の中には、いっそう黒煙が濃く垂れ込めていた。部屋の四隅が見えないほど、煙が重く漂っている。

「おい、魔法使い――」

ルキウスはアリョークを呼ぼうとしたが、すぐに口をつぐんだ。

部屋の奥に、黒煙の塊がある。人の大きさほどのそれは、虫の繭を思わせる有機的な形をしている。嫌な予感がして、ルキウスはずかずかとその繭に近寄った。煙を払いながら、その塊の中心を手で探る。……やがて、黒煙の合間から、アリョークの白い顔が現れた。

「おい、起きろ、魔法使い」

彼はなんとかアリョークの肩を探り当て、体を揺すった。だが、彼女は苦しげに呼吸を繰り返すばかりで、目を覚まさない。その表情に違和感を持ったルキウスは、彼女の額に手を押し当てた。

(熱い)

見た目はいつもと変わらず白いのに、その熱さは尋常ではなかった。

(もしかしすると、この煙は……)

アリョークのこの高熱と、何か関係があるのだろうか。


そう考えたとき、雄鷲が鋭い声で叫んだ。

瞬間、緩やかに漂っていた煙が、突然ごうっと音を上げて大量に吹き出す。

黒い疾風のように目に突き刺さる煙に、ルキウスは思わず、顔を庇って一歩後ずさった。轟音が耳を叩く。何も聞こえない。

(アリョーク)

ルキウスは、何も見えない中で必死に手を伸ばした。

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