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#37 酒場での出会い

「俺も今回は忙しかったんだよ!」


 ダンジョンから戻ってきたところで、ギルマスに責任を追及すると逆切れされた。

 どうにも、今回の冒険者が壊滅した件は相当に波紋を呼んだらしい。


「いつもお前らの面倒だけ見てるわけじゃねぇんだ。少しは時間をくれ」


 いつも余裕のある彼が、今回は珍しく憤慨している。

 とはいえ、多少の罪悪感は感じているらしく、クロモリさんには「手が回らずにすまなかった」と謝っていた。


「お前が面倒をみてくれて助かったよ。昨日護衛を頼んだやつも今は別のところを回っていてなぁ」


 とにかく人手が足りていないのだと彼はいう。

 何に忙しいのかはよくわからないが、確かにギルド内の職員もえらく減っていた。


「とりあえず、彼女もご飯を食べれるようにしてください。そればっかりは俺でも無理です」


 ルーキーが口をきいたところで、信用されないだろうことは目に見えている。

 わかったわかったといい、ギルマスは彼女を連れて食堂へ向かった。

 俺はバイトもひかえているので、ひとまずここでお別れだ。

 クロモリさんは別れるときにこちらに小さく手振ってくれた。

 いくらか仲良くなれていると信じたい。



  *



 酒場は昨日に引き続き、少し静かだった。

 この店の常連で死んだ者は少ないはずだが、どうやら皆怖気づいてしまったようだ。

 少なくない人数が故郷に帰ってしまったとも聞く。

 このダンジョンで手に入れたアイテムを故郷に持ち帰れば、それだけで生活は安泰だ。

 冒険者とて普通の人間。

誰も無理してダンジョンに潜ろうとはしていなかった。

 

 『潜りすぎると悪魔に取り囲まれ殺されるらしい』

 

 世間では、根も葉もない噂が飛び交っている。

 信憑性はどこにもないが、数千万から億のDPがかかった装備を山盛りつけていた連中が、あっけなく死んだのだ。

 明日は我が身かもしれないとみんな怯えていた。

 そして、どんな理由で起きた現象なのか知りたがっていた。

 噂が増殖するのも仕方がないことのように思える。

 

 カランコロン

 

 鐘が鳴り、酒場への来客を告げる。

 入口に顔を向けると、なじみのない客がそこにはいた。

 

 冒険者達は多くが派手好きである。そして、刹那的だ。

 その日のDPを考えなしに酒に変え、好き放題食らい、次の日に酒代を稼ぎにまたダンジョンに潜る。

 いってみればろくでなしの集まりだ。

 この酒場は、ろくでなし御用達の場で普通の客はこない。


 だが、そこにいたのは、ここでは見ない人物だった。

 文官タイプとでもいえばいいのか。

 メガネをかけたセミロングの一般女性。

 スーツを着ていればOLと思っただろう。

 荒くれどもの集うこの場には少々似合わない客だった。

 もちろんこの街の人だって普通に酒を飲む。

 ただ、その人たちは活用する店が違うはずなのだ。

 わざわざこの店にきているということは、普通とは異なる目的があってのこととしか思えなかった。


(誰かを探しにきたのかな?)


 いらっしゃいませと声をかける。すると彼女は開口一言


「堕ち人?珍しいわね。席に案内して頂戴」


と、案内を要求した。

 ちなみに、ろくでなしどもは入ってくるなり勝手に座る。

 やはり普段こういう店にこないタイプの人間だ。


 俺は言われるがままに席に案内すると、彼女はすぐにワインと魚介のマリネっぽい料理を頼んだ。

 どちらも少々品のいいもので、この酒場で頼まれるのは珍しい。

 メニューを見る前だったので、あらかじめ注文は決まっていたらしい。

 注文を繰り返して確認すると、彼女は少し目を見開き


「確認を入れるのね。いい仕事だわ」


 と喜んだ。確かにこの作業は俺しかやらない。

 おそらく彼女はきっちりした人間なのだろう。

 ちゃんとした仕事には好感がもてるらしかった。


「せっかくだから、あなたに少し話を聞きたいのだけれど、いいかしら。お酒とチップは弾むわ」


 なんであろうか?確かに今は客が少ない時間だ。

 抜けたところでなんの問題もないが、相手を見て少し悩んだ。

 少々怪しい。

 

(断ろうかな?)

 

 そう思ったときに、先日の"実に印象の悪いエルフ"を思い出した。

 あのエルフも俺を怪しいと思ったのかもしれない。

 

(俺はあのエルフみたいにはなりたくないな)


 目の前の彼女は何も悪いことは言っていないし、態度だって悪くない。

 少々場にあっていない客だが、それで判断してはいけないな。

 そう思った俺は、彼女に快諾した。


「今は空いていますし、いいですよ。エールだけください」


「謙虚なのね、気が変わったらもっと頼んでもいいわよ」


 俺は酒と料理を運び、代金を精算すると席についた。


「それで、なんのご用でしょう?」


「私はこの街の役場で職員をしているのだけれど、先日の件の影響を知りたいの。酒場で仕事をしていると、直に違いを実感してるでしょ?昨日から冒険者たちの様子はどう?」


 公務員でしたか。なるほど、きっちりしてそうな人だ。

 なんでも人事に関する部署の部長をしているらしい。

 ちょっぴりお偉いかたであった。

 

「わかりやすく、活気がないですね。国に帰った人も多いと聞きました。命あっての物種ですからね。今ある財産でも十分と見切りをつける人が多かったのでしょう」


「命なら毎日かけていたでしょうに、みんな急に弱気なのね。冒険者ってもっと無謀なのかと思ってたわ」


「命はかけてますが、安全マージンはとってます。みんな冒険者をやっているのは勝算あってのことでしょう。負けが濃厚になったら、そりゃ撤退しますよ。大勢がここで騒いでいますが、それは恐怖の裏返しなんです。ほんとは皆臆病なんですよ」


「臆病か、いいことね。あなたも臆病なの?堕ち人なのだからダンジョンには潜っているのでしょう?」


 帰るためには必要なのだから、と彼女は視線で言い含めた。


「潜ってますね。でも、やっぱり臆病だと思いますよ。安全をとって深いところには行ってませんし」


「もっと下に深く潜ってみたいと思わない?階層が深くなるほど、みんな称えてくれるし、好き勝手できるわよ。欲しいアイテムだってたくさん手に入る」


「う~ん、思いませんね。世間の目は気にしてませんし、それに」


「それに?」


「ここの仕事含め、今の状態に満足しているので。僕は身の丈にあった量で十分です」


 そういうと、彼女は急に興味をなくしたようだ。白けたようで、もういいかなという目をした。


「身の丈に合った量ね。冒険者らしくない発言だわ。みんな一攫千金を求めてここにきてるでしょうに」


「僕にとっては、ちょっとした小旅行ですね。一発あてるとか褒められるために冒険者をやっているわけじゃないです。必要だから観光ついでにやっているだけのことで、それ以上でもそれ以下でもないですよ」


「なるほど、面白い考えね。酒場で働く堕ち人なんて、珍しいものを見たから興味本位で踏み込んでしまったわ。これはお礼よ」


 そういうと、彼女は1万リップをおいた。チップにしては多い。


「受け取れません。このお酒だけで充分です。持ち帰ってください」


 金に困っているわけでもないしな。


「せめてもの支援よ、受け取ってほしいわ。バイトをしているくらいだもの。こちらにきて困っているのでしょう」


「いえ、先ほどもいいましたが、満足できるくらいには稼いでいるので大丈夫です。これは多すぎます」


 そういうと、俺は失礼にならないように彼女の手元にお金を返した。


「……そう。じゃあ無理にとは言わないわ。今日は助かったわ。またよければ話をきかせてもらえる?」


「かまいませんよ。2日に一度はここで働いてます。忙しくない時間ならいつでもどうぞ」


「ありがとう。仕事中邪魔したわね」


 そういうと、彼女は酒場を後にした。俺も周囲が喧騒をとりもどしてきているので、さっさと仕事に戻る。

 マスターに少しばかり仕事から外れたことを謝ると、


「今日は人も少ねぇしな、構わねぇよ。お前がたまに女と飲むくらい多めにみてやらぁ」


 女性と飲むか。考えてみれば、こちらにきてから女性と飲むのは確かにはじめてだったと気づいた。


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