act5 肝試しは仕事ではない
act5 肝試しは仕事ではない
船盛ではないが、夕飯はお刺身三昧だ。
おかわりも存分にできる。
食券の意義が行方不明である。
このおもてなし感溢れる夕飯は特別だ。
鈴木さんが先の海鮮丼チャレンジの状況を見て、手回しをしてくれたそうだ。男が三名と規格外一名で。その心遣いはうれしいよーな、嬉しくないよーな。
夜八時過ぎに、岡田と鈴木さん、鳥越のおっちゃんが施設に到着。
風呂の前に飯となる。
お風呂は内風呂ならご自由になんだが、食事はそうもいかない。
殺風景なテーブルと椅子の小さな部屋でのご飯だ。宴会場とか大食堂もあるけど、メンツが私らだけだ。
そしてあまりに外部に話が漏れるのもよろしくない。
宿泊施設だとて一人二人で運営してるわけでもない。
ご飯を並べて私用のおかわりのおひつを持ち込んだら、施設の人は引っ込んだ。
ともかく世間話の区切りがついたところで、何で今回私がここにいるの?と質問をした。
今さらの馬鹿っぷりである。
「不利益のでない社内の人間を聞いたら、名前が彼から」
元凶はやっぱりお前か。
「親しく、それでいて彼の縁戚でもなく個人的な付き合いも深くない。そして件の事件とは中立でいて、理解もある」
他にもたくさんいますよ。やだわーボッチだからぁ?
「緊急で声をかけて漏れるのは不味いようでな。その点、住居は施設、社内での評価に最近の素行はざっとだがナニもない。その他諸々もちょうど良かった。怒ってもいいよ、西原ちゃん」
怖い顔して、おっちゃんはビールをガバガバ飲んでる。ストレス高いのね。
と、ここまでは鳥越のおっちゃんであるが、それを引き取って鈴木さんが困ったように笑う。
「会社、個人、双方の不利益がでないとなると難しいんですよ。だから失礼ながら、お願いするしかない。時間もなかった。怒るのは室長だけで、自分も巻き込まれて泣きそうです」
うんざりするが、それは横におき。ビールを手酌でコップに注いで飲みながらおっちゃんが、少しも酔ってない風で言った。
「警察の事件の捜査とは、情報提供などで協力する事になるが、社内での事実調査は別にやらねばならんのはわかるかな?」
わかりたくないな〰️。
「ここで伊豆支社や警備部門から対応の人員を最小にするのは、調査上仕方がない。被害者が地元の人間の可能性があるため警察からも、本社外部でなら事実確認するのはよしとなった。それに伊豆支社の警備部にも監査をいれねばならん。労災云々もあるが、新人のケガも問題だ。」
あっ酔ってるな。愚痴が出るタイプだ。
「今回の騒動が一段落ついたら監査だ。」
「で、私は帰っても良いですよね」
おかわりしながらの私に、珍しく無口な岡田がバカにしたように首を横に振った。それを横目に鈴木さんが汁物を飲んでため息をついた。
「社内調査は監査と組合そして中立性をもたせるのに、最低でも他部門の社員一名が必要なんです。本来ならこちらの支所の人間と警備部の者で済む話なんです。ですが事件性の極めてたかい、マスコミも動くだろう事件となると、本社から出るのが妥当。それに警察も発表を控えている段階ですから、誰でもというわけにも。役職の高過ぎる者も不味いようでしてね」
それで岡田がヘラヘラとプリン、いや、生け贄を所望したわけだ。
「簡易の調査だ、労災用の書類にも必要な写真と証言を取れば帰れる。警察も遺体の身元確認と死因がわかれば公表するとも言っているしな。まぁ、たんと食べろ。経費で全部落とすから」
微妙にみみっちい事をほざきながら、飯の不味くなる話は又、明日となった。
守秘義務同意書の記入と共に、業務扱いで
交通費が出るそうだ。わーい、食費もタダだー。くそっ…。
※※
翌朝、干物に納豆、味噌汁にという定番の朝食をとってから、四人で現場に行くことになった。
発見から既に3日。立ち入りの許可をとっての事だ。
現場は立ち入りをできないようにしており、警察の方で事件を公にするまでは人も出ているらしい。できないようにとはしているが、道を封鎖しているだけで周囲は山に藪である。入ろうと思えば入れるし、逆にそんな辺鄙な場所を彷徨くだけで心証は悪くなる。故に現場についたら、警察の者が当然同行となる。
ただし、現場を荒らさなかったと言う確認だけで、我々の会話等を捜査記録としては採用しないという。
建前だけだが。
警察とうちの監査による事実の確認とおおよその意見のすり合わせが目的だ。他の当時者である警備員達と岡田の証言に齟齬はないか。見落としがないかの再確認。
私、行かなくてもよくない?
体力的に不安だと言ったら、岡田が運ぶと言い出した。
お前は怪我人だろうが。
だがゴリラが、ちっせぇから大丈夫とかほざくので説教したら、鳥越のおっちゃんが俺でも運べるから安心しろとか言われた。
おっちゃんにおんぶされたら、色々死ぬ。
縦横厚みのある強面のおっちゃんなら、私ぐらい担げるだろう。
だが、会社の偉い人に担がれて歩くとか、何の罰ゲームだ。
そして鈴木さんに激写されそうな予感する。
労組イベントの参加率が低いから、ネタに使わないはずかない。
ちなみに鈴木さんは無理だそうだ。
彼もインドア派、なかーまである。
そして、誰もセクハラであるとか女子なんだからグロい場所は行くのやめときましょうよー、とかの意見はゼロだ。こんな時だけ平等合理主義なのである。まぁ、ゴリラと同じ扱いよりは担いでくれるだけヤサシイのか?..もっとヤサシクシテモイイノヨ。
観念して身軽にするべく荷物をまとめる。
ほとんどは部屋に残していく。
藪を歩くだろうと言う事で、低血糖にならぬようにお菓子と薬、それにお水を小型のリュックに詰める。
一人ピクニックである。
それから使い捨てカメラ。
念のためだ。
これは、私個人の確認のためだ。
※※
風光明媚というには少し寂れた感のある国道を西に進む。繁華街とは逆で、どんどん人気がなくなっていく。
天気も良いのでアスファルトの白線と濃い緑が目にうつる。
運転は鈴木さん、助手席が岡田。その後ろが私で隣がおっちゃんである。
岡田の案内で当日と同じコースを走る。
契約エリアはそれぞれ離れている。
個人宅から企業所有まで色々あり、それらを当日に決定した幾つかある規定の順路で回る。
当日は西回り。警備会社から見て繁華街から山の手へ向かって西回りのコースだ。これは始まりが新しくできた宅地方向から次第に山に向かって行くコースである。
先輩二人と岡田が後ろに乗っての警備車両で回った。
当日の天気は曇り、出発は23時出発の深夜警邏一便目だ。
深夜の警邏は二便の午前3時の二回。後は早朝の人員と交代だ。夏時間の編成だとか、色々説明されるが私の記憶には定着しそうもない。
そして当日利用していた警邏車両には2台の車載カメラがある。
なのでおおよその状況は記録として残っていた。
車外フロントから進行方向と車内フロントから後部座席に向けてのショットの2つ。この映像は警察に提出済みだそうだ。
今日はおおよその順路のみで、点在するチェック地点は省略。
昼間な事もあり、風景もよく見通せた。たが、道はどんどん人家から遠ざかると景色は様々な緑一色となり道路脇の灯りも送電線も頼りないものになっていく。
深夜帯ならば、真っ暗だろう。車のライトの範囲しか見通せなかったのではないだろうか。
「道の先に人家がある電柱にだけ、街路灯が設置されています。故障などで消えていた場合も番号をチェックして役所に連絡をしています」
今日の岡田はちゃんと仕事をしている。
主道から時々細い道が藪に消えている。その先に人が住んでいるとは思えなかった。
「60年代に一時開発が活発になった名残で、この辺りの山野には大きな商業施設などが点在しています。病気療養施設もですか。そして、80年代には悪趣味なホテルや介護施設なども。いずれもあっという間に寂れて廃墟です」
今回は警備部の普通車両に乗っている。
足回りのよい4WDである。やがて傾斜がきつくなり山道となる。海も見えるはずの方向は相変わらずの藪であった。
うねうねと曲がりくねる道を進み、やがて視界が開ける場所に出た。
海方向に待避所がとられており、一時そこに車を停めた。
遠く海が霞み、足元の街並みも木々の合間から見えた。息苦しい感じの藪がここだけは途切れていた。
「この少し先に三叉路があります。我々は直進し最後のチェックポイントである資材置き場にて車両をUターンさせ戻るのが当初の計画でした。」
封鎖ポイントらしき物は見えない。
「事件現場別です、まぁ、発端は資材置き場ですが。」
再び車を走らせ、三叉路のミラーを横目に直進すると道が極端に狭くなる。片側が渓谷になりひび割れたアスファルトが心許なげであった。
何でこんな場所に資材置き場があるのか。
それでも突き当たりには、よく見かけるプレハブと鉄板の資材置き場が見えた。
白っぽい地面に有刺鉄線、プレハブの事務所のそばに愛想のないはだか電球。錆びた資材が山になっている。
「ここまでは問題はありません。そして、ここでもセンサーに反応はなく目視では何も不審なことはありませんでした。
まず、定期交信を行い、巡回をする旨を伝え下車。手順に従い巡回をしました。」
車は門前のスペースで方向転換。先輩方の後を岡田はついて歩いた。同じく車を停めると下車をする。
「梅さん、嫌がらんと一応付き添いなんですから、ほら降りてください。で、こちらの土地建物は複数の抵当に入った後、一時競売にかけられました。が買い手がつかず、その間に所有者が死亡、破産したのに伴い債務整理の後に自治体管理になりました。なので火災報知器とプレハブ内の簡易センサーのみの設置になっています」
場所も辺鄙なので、簡単な防犯のみのようだ。
「そして、ここからですが一応最初の証言、先輩方と齟齬が無いと思いますが、二人の侵入者と接触。西側フェンスに登る姿を発見しました。」
岡田が指差したのは西側の藪に沿うようにあるフェンスで、その上にはトゲトゲとした返しがついていた。
登って越えるのは不可能に思えた。
「当然、装備も準備も無しでは無理です。彼らは軽装で素手でした。ですが」
そこで私をチラリと見てから、鳥越のおっちゃんに向き直ると身振りを加えて説明を続けた。
「彼らは警備車両も我々も見えていませんでした。車は西側からだとちょうど隠れますし、天気も悪かった。照明を丁度逆にしていたのもあったのでしょう」
おもいだすように、彼は顎をさすった。
「森先輩と立花先輩が、音と声を消すように身ぶりをして彼らが何を考えているのか様子を見ることにしました。」
藪と空とペンキの剥げかかったフェンス。生ぬるい風だけが動く。
「闇でもわかるほど、彼らが若く慌てているのが見てとれたのもあります。声をかけて転倒転落されるのも、逃げられてしまうのも困るからです。捕捉範囲まで様子を見ながら接近しました。」
よく登れたものだ。
2メートルちょっとの高さで目線の高さまでつかみどころのない板だ。そこから上が細かな金網で見上げるとトゲトゲした有刺鉄線が横に通された返しがついている。
「山野にあって人も入り込まないと元々は囲いもない空き地だったのですが、一度不審火があって浮浪者が入り込んでいたらしい事がわかってから、元々の持ち主が置いたものです。この裏のフェンスは野性動物の対策も兼ねています」
「熊か?」
「熊の目撃情報は北部ですが、いないともいいきれません。フェンスの飾りは一応猿ですが」
猿も人間も刺と返しで難儀するだろう。道路面に何故回らなかったのだろうか?
「二人はそこの斜面を登ってきたようです。道は我々が西側から海方向の南側を山に沿うように道を登ってきましたが、彼らはほぼ直線で斜面を上がった。そしてフェンスを越えようとして返しに突っ込んだ。」
アホか、という私の表情に岡田は真面目な顔で続けた。
「慌てましたよ、先輩達も俺も。自分から怪我しに行くんですから。侵入者とか泥棒というよりは薬中かよってね。慌ててこっちもライトをあてて制止を促したんですが」
強力なマグライトの輪の中で、二人は金網にへばりつき有刺鉄線で傷を作って息を切らしていた。そして、岡田達の方へと今度は来ようとして絡んで引っ掛かった体を暴れさせた。
最初は逃げ出そうとしていると思ったが、彼等は警備員の姿に手を伸ばすと声にならないのか、ヒィヒィ泣いた。
文字通り泣きながら、手を振る。
案内されて見上げたフェンスの一部が壊れていた。
最終的には車載の工具で有刺鉄線を切り取って下ろすこととなった。暴れてとれなくなったらしい。
「ここで立花先輩が車両無線で連絡を入れました。侵入者の発見と警察と救急車両の手配、時間は24時47分降ろすのに少々時間をくいました」
「報告でよくわからない記述があったが?」
指摘に岡田は肩をすくめた。
「二人とも恐慌を来しており、彼らの言動がこちらも汲み取れなかったせいです。警察と救急車が来るまで先輩方は二人の手当てと話を聞き出そうと苦心していました。その間、自分は車を移動して無理やりそこの草むらに停めました」
「君はどう思った?」
「道に迷った、もしくはいざこざで何かに追われているのかと」
「なるほど、だからアレか」
岡田とおっちゃんの会話がわからないので見ていると、岡田は続けた。
「ここに何故入り込もうとしたとの問いに、彼らは逃げてきたと。何から逃げてきたのかは言いません。どうやってここまで来たのか、何故なかに押し入ろうとしたと聞くと。自分達は車で、ここに来たのは、夜にこの近くで灯りがあるのはこの場所だけだから。そう答えました。」
「外灯の事か?だが、わざわざここに来る理由としてはおかしいだろう。人家を目指すならまだわかるが」
「彼らは手荷物ひとつ所持していませんでした。片割れの一人が財布と免許証を持っていましたが、携帯電話等も移動手段の鍵なども一切何も。そこで我々は彼らが中に入ろうとした理由がわかりました。ここには黒電話がプレハブの事務所にあります。少なくとも警備センサーに引っ掛かれば誰かは来るでしょう」
「つまり助けを求めたと?」
「西回りのコースは国道を使い山を回り込むようにして上ってきました。彼らが来たのは西側の斜面です。多分、廃墟等が多い場所がここから北側です。彼らが車やバイクで来たのなら北から南下する国道を使ったのかと。その道は先程の三叉路と交差し海岸沿いの道に抜けます。話によれば彼らは五人で行動していた。そして、はぐれてここに」
なんとなく、岡田と目が合う。そして、こいつ嘘ついてると思った。
勘じゃなくて、目が笑っていた。
そうして、真面目な顔を崩すと他の二人に向かって言った。
「ここまでが、一応警察への供述です。まぁ、奴等の顔に見覚えがあった事はこちらからは言いませんでした。」
「知り合いか?先にいえ、まずいだろうが」
「違いますよ、彼らを一方的に知っていただけです。室長は動画サイトって観ます?」
「いや、息子が何だかよく見てるが」
「観たことのある顔でした。くだらない心霊チャンネルやってる奴等で不法侵入で捕まった事もあったかと。出てくる奴等は同級生五人で、チンピラですね。再生回数を稼ぐ目的で不快な言動と煽りが得意な」
予想外の話に私を含めて黙る。
「今回は自分達も入れての仲間五人の他に女二人を加えて山に入った。ところが悪ふざけなのか、二人はビデオカメラと一緒に置き去りにされた。と、聞き出しまして。
廃村でそれでも撮影をしようとしたが、何者かに追い掛けられてさんざんな目にあった。はしょりますが、追い掛けてきたヤツは灯りを当てると動きがとまる。だから灯りのある場所を探してたどり着いた。
まぁ、あいつら薬か何かやってたのかもしれませんけど。その辺は警察が何とかするでしょうし。猿にでも追いかけられたか、恐怖心で錯乱したか。そして、同じコースを帰投になりました」
問題は、この帰りだ。
やれやれと、現場の写真をおさめ、資材置き場そのものに異常は無いことを確認すると彼らはここを後にした。
そして、三叉路。
救急車も警察ももういない。
車は一旦停止、ミラーを見た森が気がつく。
車道に黒いサイドバック。もしかしたらあの二人の手荷物かも知れない。喰えずに猿が放置したのか?
行きはなかった為に彼らはバックを拾う。中身は一眼レフだ。
「しばらく走ると今度は街路灯の下に帽子です。これも行きはなかった。俺が下車して回りを見回すと枝道の先にも何か落ちている。先輩方は一応無線で報告をすると寄り道することにした。もし、悪ふざけさした奴等が残っていた場合もあるかと」
車に戻り三叉路のところまで引き返す。
「その枝道の先はどこへ?」
「通り抜けて高速道路近くまで一応続いています。まぁ、四駆ならなんとか。廃村と廃墟が側にあります。
その廃墟、施設が倒産して遺棄されるまでは、回りに人も住んでいたそうです。」
「施設とは?」
「病院とかだったらホラーなんですが、自己啓発セミナーとかの教育施設らしいですねぇ大本の宗教法人が内部分裂して、施設の運営ができなくなったとか。なに、梅さん顔が怖い」
充分にホラーだと思うのは私だけだろうか?