act3 それは善意じゃねぇぞ
act3 それは善意じゃねぇぞ
仕事ができる事に幸せを感じるとは思わなかった。
今まで、家族の事を優先し、最後に病で死ぬのだと覚悟して。ようやく、普通の暮らしのありがたさを実感した。
まぁ、長続きする感情では無いけれど。
次に、好きなご飯を食べられる事だ。
朝からヘビー級のモーニングを頼んで、コーヒーを飲んで。
もう、目頭が熱くなって、窓から見える景色がキラキラと…
キラキラといい笑顔の
「梅さーん、連れてきたよーオトモダチー」
「仕事はどうした」
「今晩から泊まり込みなんすよ、三日ほど警備部門の人等と」
集合場所は本部か。
「伊豆方面なんで楽しみー」
相変わらずのテンションだが、よく見ると目が笑ってない。
何だろうねぇ、最近の若者は。いやいや、私もピチピチ…の、はず。
「で、何」
「彼女は、根岸さん。経理の新人です」
「研修宿泊施設長の西原です。んで?」
岡田にイラッとしたので、つい雑な対応になった。イカンイカン、笑顔を作って席をすすめる。
「オトモダチです、ちなみに梅さんが信じない派で、この根岸さんは信じる派代表です。あっ、それ俺も頼もう。ネギちゃんも、午後からだから、ご飯しよー」
赴任して、もう3ヶ月経っていた。
蒸し返すほどの事だろうか。
ただ、私も前振りもないのに、あの日の会話の続きを始めた。意図はろくでもないと察する。察するが興味が無いとも言い切れない。
「で、朝の私の食事を阻む理由は何だ?くだらねぇ事だったら、許さねえぞ」
それに岡田は。ニヤっと笑った。
「予想はついてるでしょ」
「ろくでもねぇ話なら予想はついてる。そっち方向で問題処理するのは勝手だが、私は関わりになりたくない」
私の言葉に、岡田は少し眉を上げた。
「梅さんは、察しがよくて俺、好きだなぁ」
「嫌み言うな」
それまで、ぼんやりとしていた根岸という子は、スッとメニューを指差した。
デカモリのナポリタンだ。
「オトモダチなんす」
そっち繋がりかっ!
**
「普段は言いません。嘘つきか頭がおかしいメンヘラって言われますから」
根岸真琴、所謂、女史が燃え尽きる原因の新人グループの一人だ。採用担当は誰なんだ、そいつを最初にどうにかするべきなんじゃね。
根岸は、自称視える人だ。
胡乱な私の視線に岡田はヘラヘラ笑う。
「肯定も否定もしない。で、問題はお前だ岡田。大きな子供の、裏の考えだ。聞きたくないが、言え」
「大きな子供っすか。ちょっとうれしい。まぁそう怒らんでください。問題は今期入社の新人がオモロすぎる事なんす」
「採用担当は菊田さんじゃねーの?あの人、ベテランでしょ」
狂ったのかよ。
「前任者は先代社長派で配置転換済みですよ、小太りの優しくていい感じの人ですよね」
優しそうに見えるだけの、超有能な菊田さんが左遷かよ。
「今は、横瀬専務の親戚でパワハラの落合つーのです」
社長愛人のコネ採用かよ。
「30代で見た目イケメンっすが、頭が悪いので煽てると一発で仲良くなれます」
見も蓋もねー。お前も現社長派だろが。
と、言外の突っ込みを感じたのか、岡田がヘロっと続けた。
「俺は社長派ですが、虫が嫌いなんですよ」
特にダニがね。
とか、ダークな会話を聞いているのかいないのか、根岸は山盛り、違ったデカモリのナポリタンを淡々と片付けている。
「今期の新人の構成が、派閥絡みが三割、実力考慮の普通採用が五割」
思ったより普通採用が多いな。
「イヤな予感がして聞きたくないが、残り2割は?」
「色モノ地元採用枠です」
地方自治体独自の復興政策で、決して色モノ採用枠ではない。ちゃんとした税金対策でもある。
派閥絡みとこの色モノ枠が、色々あるわけだ。
「根岸さん。何で匿名希望から名乗り出る事にしたの?」
「気がついてました?」
「座ってた位置と顔がね、一致した。オトモダチらしいしね」
岡田が大食い友達を連れてきたと言う可能性もあるが。
「ネギちゃんは、本部で例の二人と一緒になる。それが不安で、誰かに知ってほしかった」
「大滝女史に言った?教育リーダーだし、彼女は信頼されてる」
「私にだけ視える事が不安だと?自分でも呆れるような話ですよ。私、奨学金を返済してるのでクビとか休職になるのは困るんです」
「私の職務じゃない、カウンセラーは会社にもいるし、それこそ人事に」
「言ったから、本部経理に移動になったんすよ。落合じゃない、誰かの工作っすねー」
「根拠と理由を述べよ」
「トラブルメーカーを本部詰めにした配置は、人事部の最初の提案にもありました。んでも、この間の騒ぎで見直された。そもそも何で集める必要があるのか?優秀だから?コネ人事?」
岡田は首を音をたてて回すと、小バカにしたように続けた。
「失態を望む前社長派の差金、元々地元の奴等ですからね。梅さんや俺のような都会人じゃぁない」
都会人は勿論冗談だ。私はI県出身だし、岡田も地方出身だ。
「それで見直されたはずなのに、最終案は見事にトラブルメーカーが本部詰め。おまけに要所のポストにダニどもだ」
現社長としても本意ではない?それとも専務の独断専行。バカを許しているのか?
そもそもオカルト方向、つまり個人の精神的問題でうやむやに持っていこうと言う考えは、岡田の派閥から出ているのか?
推論だが、この根岸という子を持ち出して、私に会わせる魂胆が嫌だ。つまるところ、私は自然と岡田と同じ派閥という枠組みに寄ってここにいることになるからだ。
「お前はどっちなんだ。信じる派、信じない派?」
それに岡田は眉を下げた。
「よくわからないっす」
逃げたなコラ。
私の表情に、岡田はあわてて顔の前で手を振った。
「信じたく無い派なんすが、与太話も否定するほど根拠がね」
「本気では信じてないが否定もしない。まぁ、普通はそうだ。それで、私に聞かせるメリットは?」
「善意」
歯を剥いて睨み付けると、再び岡田は手を振った。
「これから何が起きても前情報があれば困らんでしょ」
まぁ、フェイクだとしても知らんよりは良いのか?誤情報の方が危なくないか?
と、今さら社内闘争に巻き込まれてもなぁ、上に興味ないし。
「ごちそうさまでした」
淡々とデカモリを片付けた根岸がフォークを置いた。
「で、何が見えたの?」
目の前での会話をどう思ったのか、半笑いでこちらを見ると彼女は肩をすくめた。
「私、人と霊の区別ができないんです。だから、逆に怖く無いんです。気がつかないようにして、よく吟味してから話しかけたりするのが面倒なだけで。それに何かをされたこともない。不干渉ってことです」
そこまで言うと飲み物を飲んで、笑いを消した。
「私の見えるものは、常識から逸脱していないんです。いきなり見知らぬ何かが家に入ってきたりもしませんし、血みどろでもない」
私の渋い表情に、彼女は頷いた。
「私、子供の頃に病気でした。だから、定期的に検査をしてます。脳にも視力にも問題無しです。勿論、今の医学では発見できないだけなのかも。もしくは、精神病」
飲み物に視線を落とすと、彼女は続けた。
「ならばそれでもいいのです。記憶や視覚の情報処理がうまく行かないだけならね」
「現実には不干渉なら黙っていれば?」
「黙っていたいですね」
コーヒーを口に運んでから、ふと彼女と視線を合わせた。
「西原さんなら、私の事を理解できるような気がします」
「無茶な事をいいよるねぇ」
彼女の瞳は薄い茶色だ。
私の背後は窓で観葉植物が置かれている。
窓は街路樹と光をうつしている。白いカーテンが下がっている。
このテーブルは、入り口から右手の奥、突き当たりだ。
その観葉植物を背に私は座り入り口方向に私は顔を向けている。私の左は道路側で、出窓になっている。光りはそこからさしこんでおり、対面に座る彼女の顔を照らしていた。
「店内のお客の数を数えたり、必ず位置取りは壁際」
彼女の指摘に、私は苦笑いだ。
「発言は、言わなかった事柄の方が多い。貴女は納得できれば動ける人だ」
「岡田、これナニ?」
私があきれて指を指すと、馬鹿が答えた。
「梅さんに会いたいと、言ったのは彼女自身。梅さんに利益になる話ならってね」
「顔合わせで驚きました。側に寄ったら臭いんです」
唐突な言葉に、岡田が珍しく焦った表情をした。
「まぁ、正直、面白そうだからつれて来たんすが。俺の事?俺、臭いの?やばっ」
それに彼女はクールに返した。
「二人です。彼女達からあの匂いがするんです」
「何の匂い?」
「死人のです」
※※
岡田達の集合時間は午前10時、まだ余裕がある。
飲み物を改めて注文すると、私はため息を吐いた。
人間の五感は錯誤するものである。
匂いも又、同じで特定の匂いに関して別の香りと受けとる場合がある。異臭症等が有名だろうか。私は現在臭覚に関しては鈍麻している。手術したのが原因だ。幸いにも味覚は無事だったが、他にも色々な体感部分が失われている。
彼女の言う匂いが本当であれ嘘であれ、今の私には検証不能である。
「私は家族を看取ってきたから、病人の匂いや亡くなった後の独特の匂いはわかる。それから、介護してたから排泄臭もね。後、膿んだ傷の匂いもかな。で、根岸さんの言わんとする匂いってどんなモノなのかな?」
今は、どうだかわからないが。もちろん料理の香りとか珈琲など、微かながら感じている。但し、一切嗅ぎとれない種類も多い。
私の問いに彼女は少し考え込む。
「土とカビ臭さ、それから塵を燃やしたような臭いがします。ゴムを焼いたような臭い。あと、人の油っぽい体臭のような腐敗した臭いです」
そりゃ悪臭だ。
「死人のと言う理由は、今までの経験から?」
「彼らが側にいると臭うのです。生活の中で稀に嗅ぐ臭いだから、おかしくもないのですが。ただ、今までだと臭いが強いほど彼らは鮮明でした」
なるほど。
ここで重篤な症状だから医者に行けと言うのは簡単だ。
相手もわかっている。
私は信じないだろうと。
私なら、その裏の動機を見てくれるだろうと。
「貴女は不干渉と言った。なのに何が不安なの?」
私の問いに彼女は答えた。
「なぜ、私が初対面の西原さんに馬鹿げた話をするかというと…」
※※
宿泊施設の側に、というか本社の近くに神社がある。
赤い鳥居の中々立派な神社で、境内も手が行き届いている。
なんとなく散歩しながら、私は考え込んでいた。
私には関係が無い事なのだ。
突き詰めれば、どうでもいい話だ。
根岸は覚えていて欲しいと言った
例えば事故が起きて、誰かが被害を受けた時。
根岸は加害者になりたくなかったと。
真相究明や証言ではない。
根岸真琴は、そんな事に関わりたくなかったと覚えていて欲しいという、実にモヤっとしたお願いをしてきた。
なんだそれは?
彼女の頭は狂っていなかった。
と、部外者の私が覚えていることで得られるのは、彼女の精神安定剤的な意味しかない。
もしくは、私へのペテンか?
事実を歪曲する錯誤が起きた時、貴女の勘違いではないと言ってくれる人が欲しいと?
馬鹿馬鹿しい事を馬鹿馬鹿しいと言ってくれる他人。
根岸曰く、彼らの側にいると不幸になる。
根岸は人を恐れていた、大多数の正しいという圧力だ。
死人の臭いがするからではない。
臭いは、彼女にとっての警告だ。
超常現象ではない。
調理の匂いでメニューを想像するようなものだ。
不幸という言葉をより詳細に言えば、事件事故が起きる。
その時、真実が曲げられるだろう何かしらの事が起きる。と、彼女は考えている。
茶化すつもりはない。
それが根岸の本意として、岡田の判断は別だ。
奴も何かを嗅ぎ付けて、こちらに投げてきた。おおよそ部外者にだ。何に利用する気だろうか。
面倒くさいなぁ。
思う反面、孤独な身の上である為に、人様の確執は面白い。そう思う下衆な自分がいた。
※※
後日、その浮わついた考えの罰が当たったのは、私ではなく岡田だった。
ただし、それが根岸の言う予感の結果なのか、岡田自身の日頃の行いが原因か。そもそも、奴の怪我がフェイクか。
全く関係ないのか?わからない。
わからないが、岡田は伊豆の研修中事故にあった。
岡田曰く、移動直前まで知らなかったが伊豆行きのバスには、戸田ちゃんがいたそうだ。
サービス部門の、それも警備部の研修にである。
伊豆分社で経理監査のお手伝いだそうだ。
作為的なのか?
物事を全て関連付けるのは、宜しくない。
が、入院中のヤツから差し入れを要求するメールが来た。
(梅さん、みたよ〰️オモロイの、何かすげぇの。教えるからオイチィプリンがたべたいデシュ)
罰が当たるといいな。