初めの始まり『異世界の平成』
長い前置きですが、これも必要な流れであります。
「幕僚長!! 彼女は本当に現れたのかねっ!?」
「……総理、声を落として下さい……彼女は『魔法少女』なんです、聴力視力、あらゆる能力が規格外の超人なんです、余り刺激するような発言は、控えた方が……」
制服姿の自衛隊幕僚長が出迎えると共に注意を促しつつ、スーツ姿の宮部総理大臣の先に立ち、歩きながら言葉を交わす。慎重な言葉を選ぶ幕僚長とは異なり、宮部総理大臣は苛立ちを隠そうともせず、眉間に皺を寄せながら大股で進む。
やがて、目の前に自衛隊員が警護する扉が見えてくると二人は歩調を落とし、自衛隊員が左右に別れて入室を促すと、開かれた扉を潜り抜けて室内へと足を踏み入れた。
室内には四人の制服姿の自衛隊幹部と、内閣臨時調整班の職員二人、そして男女二人の速記記録担当員が椅子に座り、入室した二人へ視線を向けて立ち上がった。だが、一人だけ……中央の椅子に腰掛けたまま、微動だにしない者が居た。
不機嫌そうに鼻を鳴らし、視界の片隅に総理が着席する姿を捉えながら、しかし立つ事はせずに窓の向こうの東京タワーを見詰めている。だが、その女性の姿は、一言で言うならば正に【魔法少女】そのものだった。
ショートカットの髪型は柔らかにうなじに掛かり、花弁を模した袖や襟の意匠が華やかさを演出していた。
薄手のピッチリと肌に張り付くような生地は鮮やかなピンクとイエローで彩られ、見る者の眼を惹き付けて止まない。だが、一見すれば少女趣味にしか見えない衣服が覆う彼女の肉体は、艶然として理想の全てを具現化した美しさを備えていた。
そして、際どい胸ぐりと大胆な背中のスリット、そして丈の短いフレアースカートからスッと伸びる脚は、雑誌を彩るモデルのような繊細さと、アスリートのような武骨さを兼ね備えながら、オレンジ色のタイツに包まれ、そして同色のピンヒールを履きながらきっちりと組まれて待機している。
だが、華やかなコスチュームと理想的なスタイルの彼女の表情は、獰猛な生物さながらの緊張と待機の気配を色濃く漂わせつつ、固く腕を組み(おかげで豊かな胸元を更に強調!)、絶対零度の視線を維持していた。
これが……長きに渡り、内閣臨時調整班が交渉と譲歩を繰り返して、やっと公的な場に出現させる事の出来た、初めての【魔法少女】。
……【魔法少女《ぶらっど☆ダイアモンド》】、公式記録に残る最初の、魔法少女との対話録である。
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「……まず、先に言っておくが、私に肩書きは一切無意味だ。宮部総理大臣は……私にとっての『人質』に過ぎないし、陸自幕僚長も同様だ」
口を開いた《ぶらっど☆ダイアモンド》はいきなり物騒極まりない発言をし、居合わせた者全ての視線を一斉に浴びたが、微動だにせず、
「そして、此方の指定したこの建物も、自分で調査し盗聴や隠し撮りが無い事を認めた上で、一切の映像や動画音声の記録装置を持ち込まない条件で会見を同意した事を知ってほしい」
続けての発言も、絶対零度の姿勢を維持したまま、ただ淡々と話すだけであった。
……カリカリ、と速記記録担当員の記す音だけが響く中、やがて彼女は再度、口を開いた。
「……私は《ぶらっど☆ダイアモンド》。この世界に所属する一般的な人間が……異なる世界の存在と契約を交わし、そちらの名付ける【魔法少女】と呼ばれる超越者になった」
「……その、異なる世界の存在とは……宇宙人か何か、なのか?」
堪り兼ねて口を開いた宮部総理大臣に、やや疲れたような表情を向けながら、
「……宇宙人?……総理大臣ともあろう人物が、つまらん妄想をするものだな……あんな愚かな下等生物と私を同一視するのか?」
吐き捨てるように言い放ち、暫く沈黙した後、再び話し出す。
「まぁ、仕方ないか。私も彼等に出会うまでは……同様だったのだからな……」
そこで一旦言葉を切り、やがて再開した発言は、全ての者の心を捉え、決して放さない代物だった。
「……彼等は【魔導誘因師】。異なる次元空間からこの世界に顕れて、侵食してくる【カイジン】【カイジョ】を排除する為の【魔法少女】を作り出す……調停者だ」
「調停者?……何なんだ、それは……」
宮部総理大臣の呟きに《ぶらっど☆ダイアモンド》は、当然だと言わんばかりの冷徹な表情を崩さぬまま、
「……調停者は調停者さ。異なる世界同士の均衡を保つ為に、【カイジン】【カイジョ】を滅消させる力と知能を【魔法少女】に与え、使役する……ただ、それだけを行う者。彼等は私欲も打算も無い。ただ、【魔法少女】を作り出し、【カイジン】【カイジョ】をこの世界から排除させるだけだ」
そう言うと、告白は済んだと言いたげに瞑目し、彫像のように一切の動きを止めた。
「……それでは、貴女も……その、異能力が有る、というのか……」
「疑うのも仕方なかろう。……幕僚長、その226で私を撃て」
「はぁ!? じ、冗談は止めてくれ……」
「……そうか。それじゃ、君でいい。そこから私を撃て」
総理の言葉に突然立ち上がり、幕僚長に向かって無茶苦茶な要求をする魔法少女。当然ながら拒否するが、諦めずに制服組の一人に向かって手招きをする。
その、あまりにも自然な動きに吸い寄せられるように立ち上がった制服組の一人は腰に付けたホルスターからシグを抜くと、一切の躊躇を見せずに引き金を絞った。
……だんッ、だんッ、だんッ!!
三連射の後、排莢された真鍮の薬莢が、きんきんきん……と甲高い音を立てて落下する。
……はっ、と我に返った制服組の彼が手のシグと彼女を交互に見るも、いつの間にか手を握り締めて前に突き出していた魔法少女は、にやりと笑いながら掌を開くと……ここっ、と鈍い音と共に机の上に三発の弾丸が落下し、僅かに蒸気を上げていた。
「……驚かせないでくれ……全く、無茶をするもんだな……」
顔を掌で拭うようにしてから、幕僚長は静かに呟いたが、やがて納得したと言わんばかりの表情と共に、明らかに尊敬するように目を輝かせながら語り出した。
「なるほど、確かに……つまり、我々が遭遇してきた怪人達は【カイジン】【カイジョ】であり、【魔法少女】の君達が……それらを撃退してきた、と言う訳か……」
「……フフフ♪ 自衛隊の皆さんがカールグスタフ無反動砲を使って【ナマコ怪人】を噴き飛ばそうと悪戦苦闘した際、私が横槍を入れて富士山麓一帯をキュビエ器官まみれにした時は……大変失礼した」
陸自幕僚長の発言に何故か機嫌を良くした《ぶらっど☆ダイアモンド》は、絶対零度の表情を崩し、初めて楽しそうに微笑み、一気に場の空気が和む。今までの緊張感に張り詰めた状況が一変すると、改めて認識する彼女の美しさが人々の心を捉えて放さなくなり、無表情を維持していた速記記録担当員の男性すら彼女を見詰め、やがて傍らの女性担当員に肘鉄を食らい顔をしかめたのだが。
……こうして、《ぶらっど☆ダイアモンド》による【魔法少女】についての報告書(まだ、かなりの秘密は隠しているらしいが)が完成し、後世の【魔法少女】との遭遇時マニュアルの雛型となったのである。
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「……と、言う訳で和美よ、新たな魔法少女として【良縁淑女】へと生まれ変わるのじゃ!」
「絶対イヤよ!! その名前、スッゴく……ダサ~いんだもんッ!!」
「ワガママ言うでないのぅ!!」
平成の世へと変わり年月が過ぎたある日、ベランダに干していた布団を取り込もうとしていた山田和美は、こうしてウニの被り物と全身白タイツの【まじかる☆ウニょん】と邂逅し、《ほーりぃ☆ぱるスイーツ》として、心機一転でマジカル☆な人生!!……を歩む事になるのだが、それはまた次回のお話。
異世界の日本で【魔法少女】達は、こうして認知されていきました。
次回こそ「ほーりぃ☆パルすいーつ危機一髪! 魔法少女がばれちゃった!?」をお送りいたします!




