第2章1ー5
むにゃむにゃしゃらしゃらみゃむみゃむしていて、しかも時々、力強いまでに、頓狂な声を発する次第であった。仕えの者達が、大変心配し、麻の濡らした布で垂れた涎や鼻水、ついでに鼻くそが出てしまっている顔を吹いたり、全身から、時おり滲み出る汗をパタパタと吹き、精のつくものを口移しで飲ませたりと、費やした時間も疲労も蓄積されていった。
その仕えの者達の苦労の甲斐あってか、はたまた神の遊戯なのか、王の意識がだんだんと、戻り始めた。あの日から3日経った夜のことであった。
王が意識を戻してから、はじめに言った言葉は、これであった。 「ふぁ…あぁ…、もうこりごりじゃ…。王という立場は、もうこりごりなんじゃ。わしは王でも何者でもない…。皆、わしが声をかけるまで、一人にしてくれ」
仕えの者達が驚嘆するほど、非常に力無く、情けなく、頼りなかった。こんな王の姿や態度は、誰も見たことがなかった。王はやはり、この3日の間で、変化があったことは、確実であった。しかもコペルニクス的転回である。王は、ひとつなる神とアミと名乗る男に完敗したのだった。今までの全ての自信や確信、それを支えてきた箴言やモットーや体験というものは、砂上の楼閣であって、その崩れてしまった楼閣の砂や残骸をさらに、不必要なまでに剣で突き刺され、足で踏まれ、蹴り飛ばされてしまったような、まさに愁傷の心境となってしまった。これが、愛の天使に矢を射ぬかれるというものなのだろうか…、光と出逢うということなのだろうか…、想像を遥かに越えるほどの、戦慄と痛みが、全身全霊を迸る。あゝ、呼吸の仕方さえも分からず、勝手に心臓の音も鳴っている。何故生きている。訳が分からない。訳が分からなぎるから、もはやどうでもよい。今は、赤子のようにバブバブアバァと言っているようなものなのだから、いっそのこと、さらに遡り、胎児になって、布団という胎内のなかで、温かいという、へその緒に繋がって、陽だまりのなか、ただただこちゃこちゃと、動いていたい。
休みたい、休ませてくれ。
わしには、時間が必要なんじゃ。
王は、光と出逢い、キリスト神秘主義で云うならば「神秘的死」が訪れて、「覚醒」と「浄化」の段階を辿っていくのであった。 ※続く