第2章1ー2
寝室には、いくつかの燭台があり、王の仕えの者が手際よく火を付けていった。ほのかに暗いなか、炎があたりの静寂を奪うように燃えはじめ、煌々とした光が一種猟奇的なまでに、ぼうぼうと二人を浮かび上がらせた。
目の前に映る女は、よりいっそうに純白なヴェールを帯びていき、王からしてみれば、湖上に浮かぶ妖精のようにも見えれば、その肌に触れるだけで、天のエクスタシーで満たされてしまう聖女のようにも映り、その清純と純潔を、自分だけのものにしたくなり、いよいよ男気が高まっていくのであった。
王は、王なりの社会的な色気のある声で、仕えの者達に言った。
「よろしい。下がりなさい」
仕えの者達は、声を出さず、その場で作法的な会釈をしてから、そそくさと、立ち去った。
その頃、王の間の隅に居たアミ達は、寝室から仕えの者達が出てきた様子をしっかりと確認したのち、ついに、沈黙を破るのであった。
ほとんどが王の間には、残っておらず解散してはいたが、数名の護衛兵達をアミの神通力で眠らせた。
それからアミは、ハマエに静かに声をかけた。
「ハマエ…、ハマエ。これからは、昨日話したとおりだ。ハマエは、王の間をそれとなく出てから、兵士達がいつも行っているように、王の間の異常が無いことを伝えること。いいかい」
素直なハマエは、どうしても体ごと動いてしまうのか、鎧越しに、腰を折って返事をした。
それから、ハマエは、すぐさま王の間を出て、王の間の扉を守護する兵達とコンタクトを取ることに成功した。
それらを見届けてから、アミは、王とカサがいる寝室に忍び込んだ。
*****
いよいよ王とカサは、人々の不幸によって、ふかふかとなっているベッドに、段々と、倒れていくのであった。
王がカサの肩に手を掛けながら言った。
「あなたとの子が欲しい。それ以上に、あなたが欲しい。カサ…、カサよ!」
カサは、こんな状況ではあったので、さすがに手汗をかき始めていた。内心、もしもアミ達が作戦に失敗していて、このまま唇をこの王に奪われるようなことがあるならば、いっそのこと、近くの燭台に手を伸ばし、自らの心臓を、燭台の鋒と燃えさかる炎で突き刺し、世界の贅沢と共に灰になって消えてしまった方がマシであるとさえ、よぎりだしていた。
案の定、、ワラコの王の赤くてまあるく滑稽な顔が、カサの顔に近づいてきた。しまいには、カサのアゴを人差し指と親指で引き寄せ、さらに、続けて言った。
「今宵は、我人生のなかで、最高の一夜となることであろう!」
王の酒臭い吐息まで伝わってきたカサは、この土壇場にきて、最後の最後まで、演技をしきってやろうという、不思議な力が湧いてきた。この力は、カサの人生のなかでも、実に未曾有であった。人間には…、覚悟という臓器が腹の底の底には、やはり眠っているのかも知れない。
しかも、、王の嬉しそうな顔が
少し、可愛いく
また、哀れに思えてしまった。
これが、生命が持ってしまう、情けというやつなのか、はたまた清らかな母性なのか。
カサは、やはり聖女であった。
ひとつなる神様、ひとつなる父よ、このワラコの王に、どうか真実の祝福をお授け下さい。ワラコの王に、どうか救いがありますように…、どうか…、どうか!!
このようにカサは、神に、一瞬のうちに祈ったのだった。
そのカサの祈りが終えた直後に
扉をコンコンとノックする音と、畏まった大きな声が、聴こえてきた。
「ご就寝中のところ、大変失礼致します!王様、王様!王様!!」
ワラコの王は、一度舌打ちをしてから、ため息が出て、肩を落とし、それから面倒くさそうに、言った。
「なんじゃ…、なんじゃ…よ…。
なんじゃなんじゃなんなんじゃ!」
王はだんだんと腹立たしくなってきた!この一大事のときに!!
この声の主は、ご存知の通り、神から派遣され、地球を救いに来たリーダーであり、今は、人間の男として、存在しているアミであった。
アミは、実は室内から、コンコンと叩いていたり、声を出していたのだが、非常に巧みであった。また、王は酔っぱらい、カサに夢中であった為に、ボヤけていた。
王は、ベッドサイドに萎れ浮腫んだ足で、降り立ち、扉の方に、ゆらりのんべりゆらりゆらゆらどんべり、と、少し引きずらせて、歩いていった。
ようやく王は、扉の前に来たときに、突如、まともなものが、よぎってきた。おかしい…、おかしいぞ、おかしいぞ。兵隊のような声であったが妙におかしいぞ。そもそも我が就寝中であろうこのときに、何かあれば、兵達が直接声をかけるのではなく、世話役の仕えの者達の声がするハズだが、世話役の声でもなかった。さすがに、世話役の声は、毎日共にいるから、覚えてしまっているが、聞き馴染みのない声であった。
王は、何かを感じ、突然、ぶるぶると震えはじめた。
ここで書くのは不適切かも知れないが、この「震える」という人間の営みは、もしかしたのなら、魂の浄化や御祓というものの、初期衝動なのかも知れない。やはり畏れは、知恵のはじまり。
「だ…だれじゃ…、誰なんじゃ!!」
王が振り返ると、たくましい一人の青年が目の前に立っていた。王は、その青年が非常に大きく見えて、それから感じたこともない荘厳な波動を発していた為に、腰がカクッと抜けた。
「ワラコの王よ!しかとわたしを、目に焼き付けよ!わたしの名は、アミ!ひとつなる神の御名のもと、この国を、あなたに代わって、治めさせて頂く!」
王は、その場で
たじろえて
視界が白くなってしまい、くずおれた。
それから
気を失って、前のめりに倒れた。
倒れている王の頬は
思いのほか、赤子のように柔らかく見えた。
※続く