第2章 1ー1
第2章
1
これはアミオやアミリが、7回目の転生の時の話しである。
アミオの名前は、アミになり、アミリの名前は、アイであった。
当時、地球上では、部族的な紛争が絶えず行われており、多くの血が流れていた。
当時の人々の嘆きは、このようであった。
「朝の目覚めのささやかな喜びや静寂でさえも、悲鳴と爆音で奪われてしまう」
アミはその頃、ある密かな村の村長の息子として産まれてきて、その母はアミリの実体である、アイであった。
母性豊かで美しいアイの元で、アミはすくすくと育っていった。
アミは、小さな頃から、神の声や万物の声が聴こえてくる能力を持っており、さらに、アミが紛争で傷付いた人々の傷口に、手を当てれば、その傷口は、たちまち癒えていった。
なによりも、アミがいるだけで、その場は、安らかな天国になり、アミを見たものは、自分自身にも神の種を宿していることを、ことごとく、想起出来てしまうほどであった。
そんなアミがたくましい青年になった頃、ある神の声がした。
「アミよ、隣の家の兄弟であるカサとハマエを連れていき、東にある大きな街のワラコに行ってきなさい。やがて、ワラコはあなたが治めることになる」
そして、アミは、昔からの友でもあった、カサやハマエと共に、東の大きな街であるワラコに向かっていった。
カサがアミュー時代のサラであり、ハマエがルアンであった。カサは美しい女であり、ハマエは活発な男であった。
三人は、力を合わせ、砂漠や森林を越えていき、7日後の夜には、ワラコの街の明かりが見えてきた。
アミはカサとハマエに言った。
「ようやく見えてきた。あそこが神がおっしゃった街、ワラコだ。先ずは、あの街に入って、仕事をするんだ。街の人になり、街に溶け、仕事をしながら、この街について、学んでいこう」
アミには、不思議な力が宿っていた為、カサとハマエは、アミの言葉に安心して、納得することが出来た。
三人は、ワラコの城壁の前や門の前に到着した。その時に、アミに神の声が降った。
「今から、門番の者達は、眠らせて、良い夢を見させるから、その間に、門をくぐりなさい」
それからまもなくすると、神が言ったとおり、門番の者達は、眠ってしまった。
確認をした三人は、門を忍び足で、素早く通過していった。
そして、三人は、ついにワラコの街の中に入った。
ワラコの街は、アミの村とは、比べものにならないほど、派手で、にぎやかではあったが、同時に、まとまりが無く、大事な大事な一本の筋が通っておらず、木でいえば、大地に根を張る根っこが、しっかりと根付いてないように、アミは感じた。
そんなワラコの街角にある、とある宿にアミ達は、入っていった。とある宿の看板には「アメオ」と書かれていた。アメオには、見知らぬファッションに身を包む、見知らぬ人々で、ごった返していた。
そんななか、アミは少し声を大きく出して、宿主に言った。
「失礼致します。わたしは、とある西の村からやって参りましたアミと申します。よろしければ、ワラコについてお話を伺いたいのですが」
するとアミは村から持ってきた、まあるくピンポン玉ぐらいの金を、手のひらに乗せて宿主に差し出した。
カウンター越しに、宿主は首を立てに振り、大きな体を小さな椅子に腰掛けた。
「わたしの名前はノサク。このワラコは20年前にやってきた、ドレフという部族によって攻められ、占領された街だ。今、この街を支配している王は、ドレフ人。ドレフが来るまでは、素朴ではあったが、近所付き合いが良く、皆が家族のような良い街であった。それがドレフが来てからは、街は大きくなったのだが、浮かれてしまって、何か、だらしなくなってな」
アミ達は、この宿主の想いに、切なるものを感じ、心を強く打たれた。
アミは、目を太陽に輝かせて、言った。
「ノサクさん、この宿でしばらく働かせて、頂けないでしょうか。なんでも致しますので」
ノサクはアミ達に不思議な力を感じながら言った。
「わかった。なんだかよく分からないが、君たちの目には、確かなものがある。信頼出来そうだ。しばらくこの宿で、働きながら、暮らしてみなさい」
実は、この宿主ノサクは、アミュー時代に任命を受けていたグラの実体であった。
アミ達は、この宿で働きながら、ワラコの街を体感し、知った。また体感し、知るだけではなく、ワラコの人々と関わり、親しく交流しながら、それとなく、ワラコの人々に、温かなもの、清らかなものを、想起させていった。
三人には、その不可思議な神の力が宿り続けていた。
ワラコの街は、ノサクが心配するように、荒れているところがあった。平気で人々は殺し合い、人身売買を生業とするような人々もいた。
国王が課した高い年貢を納めようとする人々のなかで、仕方なく、娼婦のように身や心を売ってしまう人々も大勢いた。こういった街の現状を見る度に、アミは心を痛めた。それと同時に、何があっても、必ずこのワラコを良い街にするんだ!という強い覚悟が芽生えた。
さて、カサは美しい女であった為、宿の看板娘になっていた。カサ目当てで泊まりにくる客も大勢いた。また、カサは美しいだけではなく、人々のなかに眠っている、ひとつなる神のアイデンティティーを喚起させる不可思議な力も持っていた。
とある客はカサにこう言った。
「お嬢さん、可愛いね。なんでこんな宿で働いているんだい?お嬢さんなら、ワラコの王の妃になることだって出来ると思うんだが」
カサは、このように答えた。
「わたしはこの街の王の妃にはなりません。わたしはすでに、別の王様に仕えているのですから。この街の王様よりも、もっともっと大きくて賢い王様に」
とある客は、さらにカサに興味を持ったのだが、神の不可思議な力が働いている為、他のことが客には脳裏によぎり、気が付けば、忘れてしまっている次第であった。
カサは文句の一つも言わずよく働いていた。しかもよく気が利く女だった。人々がこれをして欲しい、あれをして欲しい、こうだったら助かる、ということを、ささっと、やってしまって、その場から、ささっと、居なくなるのであった。なので、人によっては、カサがやってくれたことにも気付けない為、天使や妖精がやってくれているのだと、勘違いしてしまう人も多くいた。しかしながら、カサは天使や妖精以上の存在であるかも知れず、まんざらでもなかった。
カサの弟のハマエは、とにかく体が大きかったのだが、姉譲りの性格で、見た目のわりには、小回りの利く、活発な男だった。ハマエには、人がやらないようなことを飄々(ひょうひょう)とやってのける勇気があった。ハマエ自身としては、勇気があるというよりかは、その場が助かったり、盛り上がってくれれば良いと、シンプルに感じているだけであった。
ハマエは、仕事を掛け持ちしていた。この宿の他は、人々の荷物を運ぶ、運送業のような仕事や、大工のような仕事もしていた。ハマエは、口数は少なかったが、とても優しい心の持ち主であった。
そのような中、三人がワラコに来て一年が経過した頃の話しである。
ついに、アミ達は、ワラコの街の王を目撃する機会があった。ワラコの街をドレフが支配してから20周年を讃えたセレモニーが開催された。
そこでワラコの大通りをドレフの兵隊達や音楽隊がしばらく行進していき、まさに、一番の盛り上がりがやってきたところで、ワラコの王が登場した。
ワラコの王を見ようと、大勢の人だかりのなかアミ達は、駆けつけた。アミ達には、ひとつなる神の御加護がある為、幸運にもしっかりと、ワラコの王を確認することができた。
そして、アミとワラコの王は目が合った。それから、ワラコの王はカサとも目が合い、カサを見たときに、ワラコの王はニヤリとした。ワラコの王はカサを側室の一人にしようとしたのだった。
*****
あのセレモニーの翌日、早速、アミ達が働き寝泊まりをしている宿、「アメオ」にドレフの兵隊達がやってきた。
それから煽るような大声がアミ達の元に、聞こえた。
「おい!カサという女はどこにいる!ワラコの王からの命令だ!ここに居るのは分かっている、すぐに出て来い!」
こうなることを予測していたアミは、昨晩、カサやハマエと話しをつけていた。
すると、店の奥の方から、ワラコのアメジストの色の衣装を身に纏ったカサがやってきた。
「はい。そんなに大声を出し続けなくとも、ここにいるではありませんか」
ドレフの兵隊が言った。
「よし。私達に付いて来い!ワラコの王の命令だ!」
それからドレフの兵隊達がカサをアメオから連れ出して、ワラコの王がいる宮殿に向かっていった。
その際に、アミとハマエは、アミの神通力によって、ドレフの兵隊を眠らせたあと、ドレフの兵隊の鎧に着替えて、カサのあとを付けていった。
ハマエは、わりと小心者なところもあった為に、ドキドキしていたが、アミが一緒にいたので、アミの後ろ姿を夢中で追いかけ、なんとかなった。
ワラコの街を我がもの顔で歩いていく、ドレフの兵隊達の数十名は、ついに、国王がいる豪華絢爛な宮殿が見えてきた。今でいえば、ロココ調の造形に近いものが施されている。
宮殿のなかに、一行は入っていき、市民には多額の年貢を納めさせ、自分たちだけ、呆れるほど贅沢な暮らしをしているのが目に付く、数々の装飾を通過したのち、ひときわ大きな扉が、前方に見えてきた。
そこがどうやら、王の間らしい。
ドレフの兵隊達が扉を、気持ちが悪いほど、しおらしく、また厳かに開いたあと、王の間が視界一面に広がってきた。
広々とした王の間には、王座に座るワラコの王と、それに仕えている、天文学者、占い師、教師、兵隊長、世話人、音楽隊、数人の美女や踊り子などが、そこにはいた。
ドレフの兵隊長が大きな掛け声をかけて、アミ達を含む、兵隊達の動きを一斉に静止させた。
すると、兵隊が緊張した大声で言った。
「我、栄光なる国王様!あなた様の命に従い、カサという街の娘を連れてきました!」
そして、カサはワラコの王の前に出た。
ワラコの王はニタニタしながら、カサをじっと見つめた。
「おもてを上げよ、カサ殿。ようこそ我宮殿に、おいでなすった」
カサは、ワラコの王の目をまじまじと見つめた。すると、たちまちワラコの王は、高尚な何かを感じとり、ペースが乱れたのか、声を少し、慌てさせて言った。
「カサよ。カサは一体どこから来たのか?街では、有名な看板娘になっていたようだが」
カサは、平静なまま応えていった。あたかも、水がただ下へ、下へと降りていくように。
「はい。わたしは、ワラコからは、西の村よりやってきました」
「そうかそうか。一人で来たのか?」
「はい。一人で来ました。前々からワラコの街の噂は、わたしの村にも届いておりましたので、かねてから行ってみたいと、思っておりました」
ワラコの王は、自分で治めている街がカサの村にまで届いていることを知って、上機嫌になった。
「そうか、そうか!ハッハッハ!今宵は宴じゃ宴じゃ!!」
それから、ワラコの宮殿では、派手な宴が行われた。豪華な食事や酒の調子に合わせた、贅沢で何やら野蛮な音楽が宮殿に流れた。踊り子は、薄い衣装に身を纏い、乳房や尻を揺らしていた。
アミ達は、今も、兵士になりすまし、王の間の隅で、その一部始終を見守っていた。
調子に乗ってきた王は、次から次へと美女の肌に触り、踊り狂い、時には、大声で歌を歌い楽しんでいた。
カサは、周囲に合わせて少しは酒を飲んだが、あまり食事には、手を出さなかった。こんなに食事を出されても、普段以上には、食べられないのだ。
そして王は、ついに鼻歌混じりで、カサに迫ってきた。
「カサさん、カサさん。わたしはあなたの瞳の虜だよ。カサさん、カサさん、今晩はわたしの胸でお休みよ。カサさん、カサさん。カサさんの瞳は、まるであの色が淡くうつろいゆく、黄昏の雨を永遠に止めてしまったようだよ」
それから、カサの肩に手を掛けてきた。
カサは、はっきりいえば、色気というものは面倒なだけであると、思っていたが、アミと昨晩話し合ったことに忠実に従い、王の調子に合わせていた。
「あら。お上手なこと」
王は、たいそう喜んでいた。数々の女を手籠めにしてきたが、こんなにも、透きとおった魅力のある女は、初めてであった。
それからまもなくすると、王は、その場にいた、皆に、宴を辞めさせて、カサと手を繋ぎ、数人の召し使いを連れて、寝室に向かっていった。
※続く