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099 殺さなければ新手は来ない


 イベントボスの取り巻きである灰色グマは、常に一定数がボスの周辺に配置される。

 いくら倒しても次がやって来るから、レベル上げには最高なんじゃないかな?

 私達の周囲で槍や長剣を振るっていたプレイヤーも、たぶんそんなことを考えていたに違いない。

 だけど、それが延々と続くんだから……。

 いくらゲーム世界とはいえ疲れが出るようだ。個人のパラメータに変化はないから、隠しパラメータの1つなんだろう。

 魔導士のお姉さん達の攻撃魔法にだって回数制限がある。MPを復活させる薬草は持ってるのだろうけどね。


「止めを刺すな! 殺せば次がやって来るぞ!!」

 

 誰かの大声が聞こえてきた。

 ようやく分かったようだ。瀕死の状態にしておけば新手が現れることはない。そのままにしておいても死んでしまうのだろうけど、それまでの時間は私達の貴重な休憩時間でもあるのだ。


 ピシ! と空気を切り裂く音が響く。

 タマモちゃんだ。一球入魂からムチに装備を替えたのかな?

 灰色グマに一撃を放って、後方に跳び下がったところでタマモちゃんに視線を移すと、黒鉄くろがねが灰色グマの1頭を羽交い絞めにしていた。

 プレイヤーが隙を見て槍で突いているから、あの灰色グマも直に瀕死状態に持って行けるだろう。

 タマモちゃん本人は、黒鉄を盾にして近付いてくる灰色グマに一球入魂をお見舞いしているようだ。

 まだまだ元気のようでちょっと安心した。


「あんたの相棒はとんでもねぇ、獣魔使いだな。とはいえ、かなり楽になって来た。1パーティずつ下がらせるから、その間は少しきつくなるぞ」

「了解です。止めを刺さなければ、ごらんのとおりですからね。反対側はだいじょうぶでしょうか?」


 ケントさんがポンと私の肩を叩きながら笑みを浮かべた。


「向こうは向こうだ。巨大グマを赤い月が追い詰めたようだが、あの大岩の向こう側になってしまったから状況が見えん」

「あと少しというか、これからが本番というか……」


「そんなとこだ……」と言って、近づいてきた灰色グマに躍りかかって行った。

 たぶん、中盤戦を過ぎたということなんだろう。

 ある意味頑張りどころではあるんだけどね。その辺りが、ボス担当と周辺担当の意識の違いなのかもしれない。

 シグ達はイベントボスを相手にしているから、現在の状況を明確に知ることができるのだが、私達は次々と湧いて出る輩が相手だからね。

 周囲の冒険者の数が減っているけど、現在私達が相手にしている灰色グマは2頭だから、もう1組を休ませても良さそうだ。


「何だ、何だ!」

 ケントさんの大声に、ケントさんの視線を追う。


 冒険者達がこちらに向かって走って来るけど、あの人達はもう片方の冒険者達じゃないの。

 その後ろから灰色グマの群れが追い掛けてくる。

 追い付かれるのは時間の問題か……。

 バッグから人形を取り出して強く念じた。


『動け、動いて頂戴!』


 強い光が辺りを包むと私はキュブレムに合体した。

 荒れ地を滑るように滑走すると走って来た冒険者達の後方で両手を広げて通せんぼの意思表示をしたんだけど、灰色グマは止まることも無い。

 お尻の甲冑をヒョイと上げて、ボルトを射出した。


 私の後方を後光のように円を描くボルトが次々と【光線】を放つ。

 一体誰の趣味なんだろう? どう見てもレーザー光線だよね。灰色グマの胴体を貫通した【光線】を見てたら、ラグランジュのナナイさんの顔が脳裏に浮かんできた。

 ボルトが2回目の攻撃を放ったところで、甲冑の中に収納されていく。


 あえて止めを刺さない。刺せば次がやってくるはずだ。この状態で放置が一番だから、状況を確認しに戻ることにした。

 キュブレムを解除して人形をバッグに納めながら、後方で状況を聞いているケントさんのところに向かう。


「……てことは、全て倒してたのか! それなら結果は見えてるな」

「最初は良いペースで倒してたんだが、魔導士達の魔法が切れた途端にじり貧だった。あのままでは全滅と判断してこっちに向かったんだが、お前のところは灰色グマが来ないのか?」


「よく見てみな。瀕死状態で止めを刺していないんだ。死ねば次がやって来る。お前達の援護に向かったモモさんだって、全て倒してるが止めを刺してないんだぞ」


 私の顔を眺めてるけど、羨ましそうな表情なんだよね。

 私の裾を引っ張るのは誰なのかと首を回して見ると、タマモちゃんがお茶のカップをヒョイと渡してくれた。


「ありがとう。丁度喉が渇いてたの。タマモちゃんも休憩なの?」

「黒鉄が頑張ってるし、休憩を終えたお兄さん達が替わってくれたの」


 ちらりと黒鉄を見ると、数人の男性が後ろで得物を構えていた。あれなら新たな灰色グマがやってきてもだいじょうぶだろう。


「そんな顔をするな。死に戻りした連中には気の毒だが、この場を支えるのも俺達の仕事だからな。ところでお前達の方からボス戦の様子は見えたのか?」

「壮絶という言葉そのものだ。かなりの傷を負わせているから、灰色グマというより赤いクマに見えたぞ。巨大なだけで特殊なスキルは持っていないようだ。あれなら出血で体力低下は間違いないな」


 もう少し。という感じかな?

 岩陰で見えないけど、声や叫びはたまに聞こえてくるんだよね。


「モモさんにも感謝しなくちゃな。こいつらの手助けは俺には無理だった。あのまま蹂躙されるかと思ってたんだが、あれも、あっちのロボットと同じなのか?」

「向こうの黒鉄くろがねはタマモちゃんの獣魔ですよ。ゴーレムの一種じゃないかと思ってます。私が使ったのは人形で、ラグランジュで調査のお手伝いをした報酬みたいなものです」


「ラグランジュは大陸の西の外と聞いたぞ。そんなところまで行ったのか……。そこで手に入るなら出掛けてみるのもおもしろそうだ」

「ちょっと変わった国でしたよ。たぶん運営組織が少し異なるのかもしれません。あの人形は試作品だそうで、騎士団や警邏の人達は少し異なる人形を使ってました」


 ふんふんと頷いて聞いている。

 出掛けるつもりなのかな? 帝国へ街道もあると聞いたことがあるから、案外すんなりと帝国に入れるかもしれない。

 でも、人形をプレイヤーに渡すことがあるのだろうか? ラグランジュの住民になったら、なんて制約があるかもしれないな。


「しばらく休んでくれ。その後は俺達に協力してくれると助かる」

「もちろんだ。殺さずに倒せってことだな。俺達もそうしていれば良かったんだが……。」


 ん? ひょっとして、これから反対側の灰色グマもこっちに来るってことなんだろうか?

 それは、かなり面倒になりそうなかんじがする。

 タマモちゃんから受け取ったお茶を飲み終えたところで、カップをタマモちゃんに返すと灰色グマに視線を向ける。

 現在戦っているのは3頭で、その内の1頭は黒鉄が確保している。

 身長5mを越える黒鉄に対し、灰色グマはその半分ほどだからどう見ても大人と子供の大きさに見えてしまう。

 黒鉄が確保した灰色グマが絶叫すると、黒鉄はポイと灰色グマを放り投げた。

 次の灰色グマに向かって行ったけど、放り投げられた灰色グマはその場を転げまわっている。


「どう見ても、肩の骨を砕かれてるな。死ぬことはないが最後は止めを刺したやった方が良さそうだ」

 

 呆れた表情で、ケントさんが呟いている。

 だけどあれなら次が現れることはない。少しかわいそうだけど私達にとっては最高の出来じゃないかな。


「さて、もう少し頑張ろう!」

 私の言葉に、タマモちゃんが頷いてくれた。


 灰色グマに挑んでいる冒険者達に助太刀に入ると、向こうも援軍を喜んでくれる。

 少しは体力消耗を緩和できるのだろう。

 笑みを浮かべて頷いてくれた。


「合流したパーティの話しでは、巨大グマが赤くなっていたそうですよ」

「そりゃあ、凄いな。見てみたい気もするけど、ここは役割をきちんとしなくちゃな」


 気合を入れて、灰色グマに長剣を振るう。

 急所を外すなんてことは無いようだ。彼なりに全力を出しているに違いない。

 虫の息でも、倒せたなら次の灰色グマが出るまでは数が減ることになるのだ。ちょっとした休息が取れることは間違いない。


 どうにか灰色グマを倒した。

 止めを刺していないから、息を引き取る度に新たな灰色グマが現れるのだろうが、それにはもう少し間があるはずだ。

 プレイヤーの人達の表情は疲れと満足感とが同居している。


「「ウオオォォ!!」」


 突然、大きな雄叫びが聞こえてきた。

 私達は互いに顔を見合わせ合うと同じタイミングで頷き合う。


「倒したようだな。それなら俺達もやることがあるぞ」

 ケントさんの指示で、瀕死の灰色グマに止めを刺して回る。

 全てが終わっても、新たな灰色グマが現れることはない。やはりイベントボスが倒されたということになるのだろう。


 誰が作ったのか分からないけど、後方に焚き火が出来ていた。

 お茶のポットがいくつか乗せられているから、ボス戦に向かった連中に振舞うつもりなんだろう。


 やがて岩陰から冒険者達が次々と姿を現す。

 かなり防具がボロボロだけど、しっかりした足取りでこちらに向かってきている。


 タマモちゃんが駆けだしたのは、ケーナの姿を見付けたのかな? 私にはシグは直ぐに分かったんだけど、他の友人達は大勢の中に紛れてしまってよく分からないんだよね。


 数分後には、互いに肩を叩き合って健闘を讃えている。

 そんな中、目ざとく私を見付けたシグが私を少し離れた場所へと連れて行く。


「どうにか倒せた。やはりレベルが問題だな。いや、装備かもしれん」

「このまま帝国に?」

「一応、そのつもりだ。その後は皆と相談する。モモ達は大陸を離れると聞いたが、とりあえずはトランバーの東ということで良いんだな?」


 小さく頷いた。

 これでしばらくは会えなくなりそうだ。だけど、【転移】を使うなら、大陸の東岸地方なら簡単に会うことも出来るんだよね。


「ケーナとタマモがメールで状況を伝え合っている。結構詳しく報告してくれるから、私達も喜んでるよ。そこで、1つお願いがある。私達に使えそうな新たな装備が見つかったら連絡してくれ。このまま、行く先々の町や都市でも装備は手に入るだろうが、他の地域でならもっと使える装備があるとも限らないからな」


「それは言えるかもね。でも、ちょっとしたお使いやなんかでも手に入るんだよ。私のキュブレムがそうなんだから」

「それについてもだ。似たような話が無いとも限らない。それは私達が考えることだと思う」


 互いに頷いたところで、皆の輪に入って行った。

 今日はこの場所で野営になるのだろう。町に戻れるのは明後日になるのかな。


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