097 東の森に向かって出発
早朝、ギルドにパーティのリーダー達が集まって来た。
必ずしもリーダーだけではないから、100人がひしめく状態だけど、パーティ数は50を超えるぐらいじゃないかな?
蜂の巣を突いたような騒ぎの中、シグがテーブルに立ち上がると、潮が引くような感じで騒ぎが収まった。
シグのイベント説明が始まると、誰もが聞き漏らすまいとシグに目と耳を傾ける。
「……作戦は以上だ。もう一度繰り返すと、巨大な灰色グマを相手にするのは、私達『銀の斧』以下のレベル17のパーティ5つ。わんさかと湧いてくる灰色グマを相手にするのは、『赤い月』以下レベル16のパーティ7つになる。
森でのイベントになるから、獣やうち漏らした灰色グマが森から飛び出すに違いない。この対策として、レベル15以下のパーティを荒れ地の東と西に配置する。東は『漂泊騎士団』、西は『灰色ガラス』になる。
大勢だから、『銀の斧』と『赤い月』が先に出発する。戦闘開始は明日の朝になる予定だ。それまでに『漂泊騎士団』と『灰色ガラス』は予定位置に展開して欲しい。
何か質問は?」
「赤い月のルーデスだが、『クレーター』というパーティは初めて聞く。近頃やって来た連中なのか?」
人混みの中から若い男性が声を張り上げた。
見るからに攻略組と言う感じのオーラを振りまいている。かなりカリスマが高そうだから、彼の指揮なら皆が突いて来るんじゃないかな。
「良い質問だ。確かにあまり知られていない。だが、単独パーティでラグランジュまで行けるだけの実力の持ち主だ。モモとタマモの2人組の少女達でNPC冒険者でもある。
本来なら、私達と一緒にイベントボスを相手にしてほしかったが、NPCはボス戦にはさんかできないらしい」
「実力なら俺達を越えるってことか。ならありがたく頼りにさせてもらうぞ」
NPCというところで、文句を言い始めると思ったんだけど、おとなしく引き下がったようだ。
攻略組は実力主義と聞いたけど、立ってる者は親でも使えが合言葉じゃないのかな?
レベル15の連中も、文句は言わないみたいだ。
ギルドで傘下の意思表示をして、シグが指示した場所に展開すれば、今回のイベントに参加したとみなされるらしい。
おまけみたいな参加だけど、役割に応じた経験値やアイテムが手に入るということだ。
その辺りは、ギルドからの情報で警邏さん達運営側の人達が動いているんだろう。そうでもないと、森の外で待ち構えている冒険者には何もないはずだからね。
話が終わったということで、ぞろぞろとギルドを出て仲間が待つ広場に向かい始めた。
私達も直ぐに出発らしいから、シグを待って一緒に出掛けよう。
扉から離れた位置で、各持ち場のリーダーと立ち話をしているシグを待つことにした。
ギルドの扉付近の混雑を避けながら世間話でもしているのかな?
「モモもいたのか! ちょっと来てくれ」
視線が合ってしまったようだ。何かな? と思いながらもタマモちゃんと一緒にシグ達のところに向かった。
「紹介しよう。モモだ。妹分のタマモと一緒に『クレーター』というパーティを組んでいる。見た目はレンジャーと獣魔使いだが、それで判断するなよ。現段階で、上位職にいつでも転職できる。その時は、『ニンジャ』と『枢機卿』変わるからな」
シグの話しに皆が驚いているけど、そうでもしないと守れない時だってあるんだよね。
「それでNPCだと? 信じられん話だ」
「そうでもないさ。モモさん達には悪いが、PK狩りを想定してるんじゃないか? レムリア世界には1千万ちかいプレイヤーが登録されてるらしい。中にはPKを楽しむ連中だっていると聞いたことがあるぞ」
そうなのか? と私を見る目が言っている気がする。
「モモと言います。シグの話通りNPCですけど、どちらかというとプレイヤーの皆さんの困りごとを警邏さん達に伝えるというのが正しいように思えます。もちろんPKを見付けたなら対処しますよ」
「なるほどねえ。運営側がレムリア世界の状況を確認するための手段の1つということなんだろうな。だけど俺達を助けてくれる存在なら嬉しい話だ。そう言うことならボス戦には参加できないだろうし、ボスを倒さない限り無限に湧いてくる取り巻きなら参加できるってことになるんだろうな」
「まあ、そんなところだ。かなり強いぞ。容姿を見て後衛に回そうなんて思わないことだ」
「ああ、隣を任せるよ。……だいぶ少なくなったな。俺達も出掛けるか。今日中に東の森の入り口には向かいたいからな」
赤い月は男女6人のパーティだと教えてくれた。どうやら今年は行った大学で趣味が合った連中で結成したらしい。
シグとは別の集団になるから、ケーナをよろしくと言って別れることになった。次に会うのはイベントが終わった時になりそうだ。
「今日出発するパーティは東の門に集合しているはずだ。7つのパーティとなると、纏めるのに苦労するだろうな」
「始める前から、悲観するのは良くないんじゃないか? イベントボスを倒さない限り次から次へと湧いて出る。それを相手にするんだから休憩をどうするか、編成をどうするかを考えて欲しいな」
後ろからの声に、「そうだな」と小さく呟くと「ありがとうと」大きな声で答えている。聞く耳は持っているということなんだろう。
リーダーとしての素質は十分にあるんじゃないかな。
東門に来ると、門の左右に冒険者達が分かれている。どうやらボス戦と取り巻き戦のパーティが自然に分かれているみたいだ。
先を歩いていたシグが右手の冒険者達に入っていく。大声で出発を告げると、さらに大きな声が「おう!」という声で広場を満たす。
足早に東門を出て行くのは私達が見ても壮観に見えるから、町の人達にはさぞかし頼もしく思っているに違いない。
「俺達はまだなのか!」
左手の冒険者達に近付いた私達に、そんな声があちこちから聞こえてきた。
「彼らが見えなくなってからで十分だ。……皆、食料は十分か! 水は持ったな!パイプを使うぐらいの時間がある。不足してるなら直ぐに準備しろ!」
先ずは準備の確認ということか。シグ以上に慎重派らしい。
準備は慎重に、戦闘は大胆にが理想だけど、中々そうはいかないんだよね。
数人が、広場の屋台に向かって走っていく。噴水に向かうのは水筒の水が心細かったのかな?
そんな冒険者がいることを想定していたんだろうけど、シグ達はだいじょうぶなんだろうか? ちょっと心配になって来た。
どこかで見つけてきたタルの上に立って、ルーデスさんが周囲の状況を見ている。
屋台から帰ってくる冒険者が集団の中に入ったのを見計らって、東を眺めている。あまり隊列が近いと、集団が混じってしまうのを心配してるのかな?
ジッと、東を見ていたルーデスさんが小さく頷いた。
「皆、出発だ!」
「おう!」
ルーデスさん達のパーティが先導を務める。私達は最後で良いだろう。
広場の冒険者達が次々と門を出て行く。申し合わせたようにパーティ間が数m空いているのがおもしろい。
「私達が最後だよ!」
「それじゃあ、出掛けましょう。だいぶ歩くことになるけど、だいじょうぶ?」
「この間も、森を往復できたもの。だいじょうぶだよ」
入院生活がずっと続いていたと聞いたし、最初の頃は移動にGTOを使っていたからね。少し心配だったんだけど、この世界では全て問題がなくなったということなんだろう。
移動だけだから、細身の杖を持って冒険者の後ろを歩いていく。
かなり長い列になっているはずだ。人数が多いからだろう近づく獣の姿も見えない。
ゲーム世界なんだから、あまりリアル性を持たせなくとも良いと思うんだけど、この世界の住人とプレイヤーには『疲れ』という隠れたファクターが存在する。
ある一定値になると、体力値を削るようなところがあるから、1時間程歩くと休憩することになるし、長引く戦闘ではちょっとした休息がどうしても必要になってしまう。
『疲れ』一様ではなく、職業や初期パラメータにも関係しているようで、前衛職である戦士達より後衛職である魔法使いの方が早くおとずれる。同じ戦士職であっても、レベルや装備によって違いが出てくる。
これが、長い戦いの時には大きな問題になるようだ。
現在取りえる有効な手立ては、戦闘部隊の入れ替えということになるようだ。
私達は一見すれば大部隊に見えるかもしれないが、この部隊をどのように分割するかで、今夜はリーダー同士で意見を交わすことになるのだろう。
その点、シグ達は楽に見える。ボス戦は総力戦だ。一気に全員で叩くことになる。もっとも、連携した戦いだから、パーティ単位で休憩は取るんだろうけどね。
最初の休憩を取るようだ。
道の両側に広がって、冒険者達が腰を下ろしている。
今日は移動だけなんだけど、野営地が森に近いということを警戒しているのだろう。
一応セーフティエリアもあるのだろうが、どうやら利用せずにイベント地に近付くことを考えているようだ。
「歩くのが遅いよ」
「疲れないように歩いてるみたい。私達ならGTOで移動できるけど、冒険者の多くはそんな移動手段が無いのよ」
タマモちゃんが「ふ~ん」という感じで聞いている。
これだけの人数だ。場合によっては途中で足を挫くなんてこともあるかもしれない。そんなことまで考えながら移動していくのだろう。
しばらくすると前方の冒険者達が立ちあがるのが見えた。
「さて、また歩くわよ。次の休憩でお弁当になるかもしれない」
「まだまだ森も見えないんだもの。お弁当には早いんじゃないかな?」
そんなことを言いながら立ち上がったタマモちゃんは少し笑みがこぼれている。
おばさんの持たせてくれたお弁当は美味しかった。それを2つずつ持たせてくれたんだよね。