096 イベントボスを倒す日が決まった
「ありがとうございます。少し深入りしすぎたようです」
「それぐらいで丁度良いんじゃないか? この世界はゲーム内でもあるんだからね。死に戻りも作戦の1つだ」
確かにシグの言う通り、ゲーム世界ではあるんだけど、そう簡単に割り切ることも無いんじゃないかな?
現にシグ達は、慎重な狩りに心がけているようだし。
「それにしても、女性6人ですか……。攻略組のトップということなんでしょうね?」
「私達と同じレベルの連中は大勢いるよ。ところで、これから町に帰るわけじゃないんだろう? 早いところ、セーフティエリアに行こうぜ」
ここで、時間を潰すことはない。シグの言う通りさっさと離れるべきだろう。
私達は手分けして灰色オオカミの毛皮を集めることにした。
終わったところで、森を北に向けて歩き始めた。だいぶ日が傾いている。少し足を速めた方が良いんじゃないかな。
夕暮れ前にセーフティエリアに到着し、急いで夕食を作り始めた。
どうにかできた時にはすっかり暗くなっていたけど、周囲には魔物も獣の気配すらない。
やはり、この世界にやって来た侵入者とその手に掛かった者達は倒されたということになるのかな?
ファルベン王国が少し気にはなるんだけど、場合によってはラグランジュ王国から部隊を派遣するのかもしれないな。
軍隊を使うのではなく、バーニイさん達警邏さん達なら、大きな問題にもならないだろうし……。
「ほら、モモの分だ。どうした? 何か腑に落ちない顔をしてるが」
シグに渡されたスープのカップを受け取ったんだけど、私が考え事をしていることに気付いたようだ。
「西のファンベル王国の手助けは余りできなかったの。それで、まだキメラがいるんじゃないかとね」
「ここから2つ先の王国じゃないか! モモ達の役目もあるんだろうけど、基本的にはプレイヤーのお守りが仕事なんだろう?」
「プレイヤーのお守り?」
「ああ、モモはNPCなんだ。冒険者の姿をしてるけどね。プレイヤーと一緒に冒険をしながら、私達の手助けをしてくれるのさ」
「本当なんですか?」
シグの説明を聞いても、灰色オオカミに襲われていたパーティの連中は納得していないようだ。
レムリア世界のNPC達は、初めて見ただけではNPCと気が付かないだろう。
それなりに世界に溶け込んだ暮らしをしている。NPCの職人さん達に弟子入りしたプレイヤーもいるから、食堂で一緒に食べたり飲んだりしている姿を見ただけではどっちがNPCなのかまったくわからないんだよね。
「本当よ。今はこの町のイベントのお手伝いをしようとやってきたの」
「それなら俺達のパーティに、一時的にでも加わってくれるとありがたいんだが」
彼らのレベルはどれぐらいなんだろう?
確認すると、レベル15と答えてくれた。たぶんイベントボス相手には務まらないんじゃないかな。となれば、私達と一緒に取り巻きの間引きをすることになるのだろう。
「時間があるならご一緒したいんですけど、もう直ぐイベントが始まりますよね。私達は、イベントボスの周囲に現れる灰色グマを間引きするつもりです。その時ご一緒しませんか?」
リーダーらしき男性がガクンと頷くのを、後ろの女性達がクスクスと笑っている。
「いくらNPCの冒険者だって都合はあるからな。イベントボスの相手はレベル17の連中がやってくれるさ。俺達はモモさんの言う通り、取り巻きを狩ることで参加すればいい。背伸びしたって良いことは無いからな」
「ここまで私達だけで来たじゃない。まだまだ先はありそうだけど、それがゲームの面白さだと思うな」
仲間に慰められるリーダーというのも初めて見た気がする。
だけど、良い仲間と冒険をしているようだから、自分達の精一杯を楽しむのも有りだと思う。
「話は変わるが、あの人形は使えるな。全身鎧に近いように思えるんだが、見た感じでは敏捷性が失われていない。ラグランジュで手に入れることはできないのか?」
「キメラ退治の御礼で試作品を貰ったの。警邏さん達は【人形使い】のスキルをもってたよ。手に入れても使えないんじゃないかしら」
「スキルがいるのか……」なんてシグが考え込んでいる。
「モモも、そのスキルを持ってるの?」
「【傀儡】のスキルが使えるみたい」
「上位職でのスキルか……。私には無理だろうな」
シグが狙うのは聖騎士あたりになるのだろう。裏世界のスキルは無理だろうね。
「ところで、後どれぐらいで次のレベルになるの?」
「待ってな。今調べてみる……」
レベルが上がればピロリン♪と、頭の中でチャイムが鳴るらしい。
私とタマモちゃんには、そんなことが無いから、ちょっと羨ましく思えるんだよね。
シグ達が仮想スクリーンを展開して、パーソナルデータを確認しているようだけど、だんだんとスクリーンを見る目が大きくなっているように思える。
「モモ、どうやら目標到達だ。レベル18、多分さっきの灰色オオカミと戦っている時に上がったんだろうな」
「これなら何とかなりそうね。最初に灰色グマを倒してるから、大きく経験値を手に入れられたんだと思うわ」
レナもレベルが上がったようだ。
イベントボスがレベル18ということだから、案外簡単に倒せるかもしれない。とはいえ、相手は巨大らしいから、跳ね飛ばされないようにしないとね。
「それなら、明日は町に向かうということで良いんでしょう?」
「そうだな。他にもレベル17に到達したパーティもいるに違いない。早いところ、ギルドに戻って、決行日を決めないとな」
「俺達も戻ることにするよ。イベントボスの周りの灰色グマを倒すことができれば、かなり経験値が得られるはずだからね」
「たっぷりと出てくるよ」
そんなおこぼれを狙う冒険者だっているのだ。イベントボスが倒されない限り、続々と現れる。獲物を探して森を彷徨う必要はないし、他のパーティと連携して狩ることも出来るから、レベル15前後の冒険者が大勢集まるに違いない。
そんな冒険者達を保護するのも私の仕事の1つだ。
セーフティエリアの中だから安心して眠れる。
どうやらこの睡眠の中で、シグ達はリアル世界に帰るらしい。私達は、ぐっすりとこの世界の中でリアル世界の夢を見よう。
翌朝。朝食を終えたところで、さっさと森を抜けるために南へと歩いていく。私達が助けたパーティは、『グラディウス』と教えてくれた。確か、剣の種類にそんな名前があったんじゃないかな?
森の中でしきりに周囲を気にしているから、【探知】スキルがあるから心配ないよ、と教えてあげた。
5人いるんだから、1人ぐらいは持つべきなんじゃないかな? 実戦では必要ないからと他のスキルを取っていたらしい。
「【探知】は必要ですね。それに【鑑定】も役立ちそうです」
「薬草や鉱石採取の依頼は案外多いんです。ちょっとした宿代ぐらいにはなりますから、重宝しますよ」
狩りに出掛けても、獲物が無いなんてことはあるんじゃないかな? 冒険者だって増えてるんだから、獲物が奪い合いになるのは目に見えている。
運営さんも、狩りの獲物の出現率には気を配っているのだろうが、狩りは水ものだからねぇ。
途中、何度か獣に会ったけれど、狩りをせずに先を急ぐ。
森は早めに抜けるに限る……、とは誰の言った言葉だったか。
途中、何度か小休止を取り、昼をだいぶ回ったところで、森を抜け出すことができた。
森の手前にあるセーフティエリアで一泊して町に戻る。
「先に宿に戻ってくれ。ギルドで攻略組と日取りを調整してくる」
「あんまり遅いと、先に食べちゃうよ」
私の言葉に、シグが振り返りもせずに手を振って通りを歩いて行った。
さて、どんな結果を知らせてくれるんだろう?
食堂の隅にあるテーブルで、ワインを飲みながらシグの帰りを待つ。
まだ未成年なんだけど、この世界ならたっぷりと飲めることに気が付いて、タマモちゃんも小さなカップに甘口のワインを注いで貰ってご機嫌なんだよね。
「ワインって想像通りの味だよ」
「だからって、たくさん飲んだりしちゃダメだよ。でも、このカップ1杯なら許してあげる」
100ccに満たない量だ。それに私達はリアル世界に戻れない。アル中の心配はしないで済むけど……。レナ達にはよく言い聞かせないといけないかもしれない。
将来、キッチンドリンカーになってほしくないからね。
扉が開く音がするたびに、私達の視線は扉に向かう。
また、扉の音がした。そこに立っていたのは、笑みを浮かべたシグだった。
ゆっくりと私達のテーブルにやってくると、通りかかったお姉さんのトレイからカップを1つ受け取り一気に飲んでしまった。
プハ~と息を吐いてるけど、既に手遅れかもしれない。あんなシグだけど、誰か貰ってくれる危篤な人もいるんじゃないかな?
「喜べ! 3日後だ」
「ええ~! そんなに早いの。でも、これで先に進めるかもしれないね」
「進めるかもしれないじゃなくて、進むんだ。レベル17のパーティが4つに私達がイベントボスに挑む。レベル16のパーティ4つに15が3つ。彼らが取り巻きを倒し続けてくれるだろう」
思わずタマモちゃんに顔を向けると、タマモちゃんが既に私に顔を向けていた。ニコリと笑みを浮かべて、互いのカップをカチンと合わせる。
私達もちゃんと仕事をしないとね。
そしてそれが終わったなら、トランバーに向かわねば……。