094 たまには歩いて狩場に行こう
翌日。朝早くに朝食を取り、お弁当を受け取って東の森へと向かう。
私達だけならGTOで一気に森に向かえるんだけど、シグ達は自らの足で歩く冒険者達だ。結構ペースを早くして歩いているんだけど、森に着くのは夕げれ近くになるんじゃないかな?
口数の少ないタマモちゃんを相手にケーナ達がおしゃべりに興じている。
森に出掛ける冒険者達が多いようだから、危険な獣は私達に近付かないようだ。
「すると、アップデートの修正時に隙をついてやってきたということか?」
「そうなんだよね。赤い街道をずっと西に行ったんだけど、どの王国もてんてこまいだったみたい。中でもファルベン王国が一番ひどかったかもしれないよ。シグ達もファルベン王国に近い場所では注意した方が良いかもね」
このゲームへの侵入者については、シグだけに知らせておこう。
大胆なところもあるけど、根は慎重派だ。リーダーとして一番向いている。
「帝国は東西に延びているんだ。帝都がどこにあるかもまだわからないんだが、かなり西にあるんだったら気を付けるよ」
「たぶん帝都はかなり西だと思うな。ラグランジュ王国の警邏さんが帝国に向かうにはラグランジュが良いようなことを言ってたからね」
とはいえ近いことと、そこまでに至る時間は必ずしも比例しないのがこの種のゲームのお約束だ。
たぶん幾重にもイベントボスが待ち構えてるんじゃないかな。
「私達も迷ったんだ。東回りの冒険者があまりいなかったから選んだようなものだけどね」
「最初のイノシシが問題だったってこと? それに比べれば山賊退治は人数で押し切ったように聞いてるよ」
ちょっとしたレベルの違いで、シグ達は東回りを選んだようだ。だけど、じっくりとレベルを上げるにはこっちが良かったんじゃないかな。西回りは馬車を使うと楽にラグランジュに向かえそうだ。途中でしっかりとレベルを上げないと後で苦労する典型なんだと思う。
「ところで、ケーナは何を選ぶんだろう?」
「軽装のサムライだからねぇ。次は武将になるのかと思ってたんだが、どうやら剣豪の道を進むらしい。狙いは【二刀流】のスキルだね」
二刀流か……、ニンジャにもそのスキルがあるんだけど、あまり知られてないみたい。
攻防一体の【剣術】スキルが色々取れるから、シグの背中を預かるのにも都合が良さそうだ。
「たぶん、帝国に入ってからが、このゲームの楽しいところになるはずだ。まだ、魔物を見てないんだよね。帝国には魔物と長く戦ってるんだろう? どんな魔物なのか楽しみで仕方がない」
「スライムだって魔物だよ。でも、魔法は使わなかったけど……。中位の魔物から本格的に使ってくるんでしょうね。どんな形で補強されているか分からないから飛び出しちゃダメだよ」
「分かってるさ。最初の村しばらく滞在して情報を集めてからだな。
東回りの攻略組のトップに近いんだろうな。
西周りは誰なんだろう。それに、東の大陸に向かう冒険者達も多いに違いない。
ますますレムリア世界が広がってきた感じがするな。
南東に村が小さく見える休憩所でお弁当を頂く。
かなり歩いたからお腹がぺこぺこだ。タマモちゃんが顔より大きなハムサンドを美味しそうに食べている。
いつもはGTOに乗ってるんだけど、疲れたと弱音を吐きこともない。ケーナもちゃんと面倒を見ててくれるみたいだ。
「そうやって並んでると、本当の妹に見えるぞ」
「妹だもの。ねぇ」
シグのからかいに、ケーナが「ねぇ」とタマモちゃんに同意を求めてる。一生懸命うんうんと頷いてるのは、口いっぱいにパンが入ってるからなんだろう。
リーザ達が口元を押さえてる。笑いたいんだろうけど、タマモちゃんと同じで口に入ってたに違いない。
「もう、食事中は静かにしてね。噴き出すところだったじゃない!」
レナの抗議をシグは軽く聞き流している。
ゆっくり休めば体力も戻る。
再び北東に向かって歩き始めた。
森が見えてきたのは、2回目の休憩の時だった。
3km以上はあるんじゃないかな? まだ夕暮れには間があるから、日暮れ前には夕食を取ることができるに違いない。
「森の近くにセーフティエリアがあるんだ。大きな白樺が目印なんだが……」
「ここから見える立木の中で一番大きいのはあれだけど?」
私が腕を伸ばした先をシグが確認して笑みを浮かべている。
シグの視力は余り良くはないんだけど、眼鏡を掛けた方が良いんじゃないかな? もっとも、VRMMOの世界では是正されるみたいだから、眼鏡を掛けている冒険者なんて見たことはない。
たまに掛けていることはあっても、サングラスがほとんどだ。
荒れ地では砂埃が凄いからね。とはいってもサングラスでは何となく雰囲気が出ないんじゃないかな?
そんなことで、私達はゴーグルを愛用してるんだけどね。
「ああ、あれだ。間違いない。近くに石積みがあるだろう? あれが結界を作ってるそうだ」
セーフティエリアについてはシロウさんが教えてくれたからね。でも、一応頷いておいた。
どうにか辿り着くと、直ぐに焚き木を集める。
不思議なことに、休憩所近くには枯れ枝が大量に落ちてるんだよね。
両手に抱えられるだけ運んでくると、広場の中にいくつかある石組の中に焚き火を作る。直ぐにリーゼ達が携帯食料を入れた鍋を火にかける。
「まだ他の冒険者達はやってこないみたいだな。後ろに大きな気があるから何となく安心できる」
「西のセーフティエリアは凄い混雑だったのよ。狩りだって、1匹のイノシシをいくつものパーティで追い掛けてたわ」
シグ達はどうだったんだろう?
さすがに、そんな場所を避けて狩をしたんだろうけどね。
夕暮れが迫ってくる中、私達は食事を始める。
そんな私達に挨拶して、新たな焚き火を作り始める冒険者達が現れ始めた。
焚き火用の石積みは数個以上あったから、まだ共用しないで済むようだ。 でも、早めに食事は終わらせた方が良いだろう。
「あんた達も東に来たんだな?」
食事が終わった私達のところに2人組が挨拶にやって来た。
たぶん高校生なんだろう。でも少し童顔だから中学生ということもありそうだ。
「マグナム達か……。西は大混雑だからね。こっちならレベル上げができそうだ」
「狙いは灰色クマだろう? 俺達も狙うつもりだけど、どっちに向かうんだ?」
「とりあえずは北に向かって川を目指すさ。あっちにもセーフティエリアがあるらしいからね」
「かなりヤバい奴が川にいたらしいぞ」
「たぶん、この連中に狩られたはずさ。ギルドで聞いたんだろう?」
男達の1人が頷いている。
助けてあげたパーティから聞いたのかもしれないね。
そうなると、川沿いは案外冒険者が少ないってことかな?
「まあ、冒険者は色々だ。危ない場所に好んで行く奴もいれば、格下の獲物を沢山狩る奴もいる。私等は、まぁ身の丈に合った獲物を倒すことにしてるんだけどね」
私達から去っていく冒険者の後ろ姿を見ながら、シグが呟いている。
そうなると、去っていく2人はどっちになるんだろう?
「積み重ねが大事だということかな?」
「奴らはそう思ってるみたいだな。間違いではないけど、ゲーム世界で冒険をしないというのも考えてしまうね。とはいえ、マグナムは私達と同じレベルだし、プレイヤーの教育もしっかりしてるよ」
模範生ってことかな? シグ達と競ってるのかもしれないな。
同じ攻略組なんだろうから、情報交換は密にしているんだろう。
「あのパーティは森の南側を狙いそうね? だとしたら、川岸が良いんじゃない?」
「リアルのモモを思い出すんだよねぇ。モモならそう言うだろう。でも、その考えはありかもな」
シグは前者だった。でも、自分達の実力を知って挑むんだったら、それも有りなのかな?
「キメラはもういないよね?」
「キメラですって! タマモちゃん、詳しくお姉さん達におしえてくれるかな?」
がっしりとレナがタマモちゃんの肩を掴んでいるから、タマモちゃんがおどおどしている。
ケーナやリーザ達も興味深々の表情だ。
「うん、奴らもキメラだとは言ってたが、どんな姿なのかは教えてくれなかったな。レナ、そんなに掴んでたら話せないんじゃないか?」
レナが、タマモちゃんの肩から手を放して、ニコリと微笑んでいる。
こうなったら、話すしかなさそうだよ。
タマモちゃんと目があったから、小さく頷いてあげる。
「え~と、最初のキメラは……」
タマモちゃんが今までに出会ったキメラの出現場所と形状、どうやって倒したかを説明し始めた。
小さな女の子の狩りの話を聞きつけた他のパーティが、飲み物持参でやってきて耳を傾けている。
「ちょっと待ってくれ! それじゃあ、シグさんの友人は既に職業を変えてるってことか?」
「私がニンジャで、タマモちゃんは枢機卿になれるの。いつもはこの格好だけどね」
「やはりボーナスが付くのかな?」
この場合のボーナスは、自己パラメータの変化と追加できる値だろう。
「少なくとも、現状の職業より数段上になるんですが、減ってしまうパラメータもあるようです。より特化した姿と考えれば間違いなさそうです」
私の話を聞いて、質問した男性以外も笑みを浮かべている。
現状を特化することへの希望かな?
でも、相手だって強くなるんだからね。