091 ゲームの目的は
トレドスの花があった位置に、ぽっかりと直径30cmほどの穴が開いている。
捕食器官と言うわけではないのだろうが、その穴にタマモちゃんが再度どでかい【火炎弾】を打ち込んだ。
表面からの火属性魔法には耐えられたんだけど、内部からの攻撃には耐えられなかったようで、花のあった穴から火炎放射のような炎を上げてトレドスは動きを止めた。
「やったか?」
シロウさんがトレドスに近付くと触手を槍で突いている。
先ほどまでは柔軟に動いてた触手だったけど、今は固い根のようになっているようだ。槍で突くとコンコンと木製の音がする。
「終わったみたいね。タマモちゃんもご苦労様。モモちゃんもよ」
「俺だって、頑張ったぞ!」
ジュンコさんに、シロウさんが抗議してるけど、笑って誤魔化されている。
私も近づいて様子を見てみたが、確かに今はタダの燃え残った古株のようだ。危機は去ったということなんだろう。
「このトレドスがPK犯なんでしょうか?」
「いや、このトレドスなら冒険者達が全員死に戻りすることはないだろう。少なくとも逃げることはできそうだ。森のPK犯は昨日のキメラだったと思うな」
トレドスはそれほど移動することはない。ある意味、エリアボス的な存在だからねぇ。
ちょっと変わったトレドスだったけど、本来のトレドスはこの辺りまでやって来たそれほどレベルの高くない冒険者にとっての良い獲物なんだけどね。
「このまま、北東に移動して森を抜けたところで野宿するよ」
次は何が出て来るかな?
ちょっと楽しみにシロウさん達の後を歩いていく。
見通しは悪いんだけど、【警戒】と【探索】スキルがあれば早々遅れを取ることも無いだろうし、タマモちゃんの観察眼も期待できる。
歩き辛い森だから頻繁に休憩を取りながら北東方向へと歩く。
「まだいるのかしら?」
「それを確認するのが私達の役目なんですよね」
「ドローンを飛ばしてはいるんだけど、見つかるのは普段森にいる獣や魔物ばかりみたいなの」
「平和ってことですか?」
ジュンコさんが戸惑いながらも頷いている。
簡単に見つかるということでもないんだろうけど、広大な森に10羽程度のフクロウだからねぇ。ローラー作戦をするようにも思えないし、ランダムに森を移動しながら索敵を繰り返しているんだろうな。
森を抜けると、目に飛び込んできたのは北にそびえる山脈の岩肌だ。
距離はだいぶ離れてはいるのだろうが、夕暮れで赤く焼けている。こんな光景までこの世界は再現してくれるの?
まるで、リアル世界そのものの光景に思えてしまう。
「絶景だろう? 最初にここで夕暮れを見た時は何枚も写真を撮ったんだ」
「リアルの部屋に飾ってるのよ。笑ってしまうでしょう」
絶景ツアーも良いんじゃないかな。
カメラってどこに売ってるんだろう? そんなことを考えているとタマモちゃんが両手の指で四角形を作りながら、その四角形の中から山脈を覗いている。
「早速、タマモちゃんが撮影を始めたみたいね。個人のファイルに記録が残るのよ。リアル世界でプリントアウトもできるし、レムリア世界の中なら少し高いけど水彩画のような形で絵にすることができるわ」
「飾れるってことですか? そうなると……」
花屋の宿屋やハリセンボンの店の壁に飾って貰おうかな?
案外、名物になるかもしれない。
森を出た場所にある野宿場所はセーフティ・エリアではないけれど、大きな2つの岩が重なったような場所だった。
背後が岩で、前方は少し下り坂で見通しが良い。森までは200m近くあるんじゃないかな。
焚き火を作って夕食を早めに取ることにした。
既に日は沈んでいるから周囲は真っ暗だけど、簡単な鳴子を仕掛けてようだから不意を突かれることも無いだろう。
「草食獣達が動き出したようだ。ハンター達はまだ様子を見てるんだろうな」
シロウさんがドローンからの画像を確認している。
「森の獣達の動きに異常が見当たらないなら問題は無さそうですけど?」
「モモちゃん達は警邏の情報を見られるんだったね。このアドレスでドローンの索敵データが見られるよ。もっとも、ドローンを使ってなければダメだけどね」
「ありがとうございます。退屈凌ぎができそうです」
タマモちゃんが直ぐに仮想スクリーンを開いている。
単に映像だけでなく、熱画像や周辺の動体の動きも分かるようだ。これは良いおもちゃになりそうだ。
「お姉ちゃん。これ使ってみる?」
そう言って、タマモちゃんが取り出したのはラグランジュ王国のナナイさんから貰った人形だった。
確か、キュブレムと言ってたよね。
白というより桜色なんだけど、変わった鎧を着てるんだよねぇ。
「ほう、それってラグランジュの人形使いの使う代物だね。他の王国には出回らないんだけど、よく手に入れたね」
「ナナイさんという騎士団の士官に頂いたんです。試作品だからと言ってましたから、騎士団が使うにはまだまだ手を入れないといけないのかもしれません」
「手を入れるよりも、手を抜くかもしれないな。試作品とは得てしてそんなところがある。使い出を確かめながら改良していくから、正式な騎士団の人形は少し変わってしまうかもしれないよ」
「でも、モモちゃんはレンジャーでニンジャなんでしょう? 使えるの?」
そう改まって聞かれると、応えようがない。
だけど、ナナイさんは私達が人形使いでないことを知っていたはずだ。
わざわざ手渡してくれたんだから、乗ることぐらいはできるんじゃないかな?
「ありがとう。レンジャーもニンジャも攻撃力は余り無いからね。防御も今一だから、頂いておくね」
「マニュアルを読めば動かせると思う!」
ひょっとして、タマモちゃんは面倒なことが嫌いなのかな?
ここはお姉さんの凄さを見せてあげないとね。ゆっくり読みながら動かせば、何とかなる……、かもしれない。
「夜半まで俺達が番をしてるよ。明け方をお願いしたいな」
「それじゃあ、先に休ませてもらいます」
この世界の時間経過は、リアル世界の3倍らしい。プレイヤーなら1晩寝ないでも過ごせるんだけど、私達はそうもいかないみたいだ。
休める時には休ませてもらおう。
タマモちゃんと一緒にポンチョに包まり、直ぐに眠りに入る。
体を揺すられて目を覚ます。
起こしてくれたのはタマモちゃんなんだけど、ジュンコさんが先にタマモちゃんをおこしたのかな?
「今のところは平穏よ。灰色オオカミが南東方角で狩りをしてるみたいだけど、位置的には数kmも離れているわ」
「なら安心ですね。後は任されました」
私の言葉に笑みを浮かべて、ジュンコさんがシロウさんの隣で眠る支度を始めた。
どれ、先ずは焚き火に焚き木を放り込んで……。
まだまだ東の空は明るまない。タマモちゃんが作ってくれた渋めのお茶を飲んで眠気を覚ます。
「この世界は、どこも見どころがあるね」
「昨日の夕焼けに、感動したの?」
「うん。病院からも夕焼けは見えたけど……、あんなにきれいな夕焼けは初めて。まるで山が燃えるようだった」
ラグランジュ王国の海に沈む太陽も良かったけど、山の方が感動的だったということかな?
私と違って、タマモちゃんはずっと病院生活が続いていたらしい。
小学校にも満足に通っていなかったみたいだ。訪ねてくる友人もいないようだったから、私の病室にいつも来てたのかな?
お母さんの童話が聞きたかったのもあるみたいだけど、お母さんも私の妹のように接していたような気もする。
「シグ達のイベントが済んだら、どこに行こうか?」
「トランバーから船が出るんでしょう? その先に行ってみようよ」
ずっと修理中だった客船が動き出すという話があったけど、それもおもしろそうだ。東の大陸は1つの王国らしいけど、北部には魔族が侵入して砦さえ築いているらしい。
レムリア世界はゲーム世界だから、一応、攻略ストーリイというものがあるに違いない。
慌てて、仮想スクリーンを開いてゲームの最終目的を確認してみた。
「『レムリアに平和をもたらすこと』がプレイヤーの目的らしいけど、かなり曖昧だよねぇ。『魔王を倒す』なら明確なんだけど、これだといろんな結末になってしまいそう」
マルチエンディングなんだろうか?
一応、魔族と人間族との闘いをこの世界で具現化しているのだろうけど、魔族が勝利しても、平和になるんじゃないかな?
平和という概念も考える必要がありそうだ。戦いが無くなっても圧制で民が苦しんでる状態を平和と呼べるのだろうか?
「魔王を倒しちゃいけないの?」
「その結果次第なんだと思う。『平和』という言葉が何を差しているのかが問題ね。イザナギさんなら答えてくれると思うけど、やはり自分達で探すことが重要なんじゃないかな」
人によって、平和の定義は異なんるに違いない。いろんな人と出会うことで、少しずつ分かるのかもしれないな。
シグ達だって怪しいところだ。たぶん魔王を倒すことが目的だと思ってるに違いない。
そんな話をしている内に、だんだんと周囲が明るくなってきた。
ポットい水を注ぎ足してお茶の準備をしておこう。そろそろシロウさん達が起きて来るんじゃないかな。
今日は、森を南に横断して町へと戻ることになりそうだ。
10羽近くドローンを飛ばしていても、何の変化も確認できなかった。
やはり」、最初のキメラがPK犯と考えて良いんじゃないかな?