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089 西岸の焚き火


 焚き火の番をしながら朝を迎えることになるのだが、案外退屈なんだよね。

 最近経験した状況を話し合うことになってしまったのは、当然の成り行きかもしれない。

 シロウさんは警邏組織の一員だ。当然私達の話題はアップデート修正時にやって来た招かざる客の話になる。


「やはり西の王国と同じ連中がやって来たということか。騎士団の連中が何とか対処してくれたんだが、取り逃がした連中がいることも同じだ。運営の別部隊が侵入者達の回線遮断を行ったことで上層部は終了宣言をしてるんだよなぁ」

「回線遮断までに要した時間が問題なんですよねぇ。ゾンビ化とは言いませんが、本来の役割に上書きされたNPCが出ていますし、ラグランジュではキメラ種まで出てきましたよ」


 レムリア世界の獣や魔物を融合させるようなことをしてたんだろうか?

 レベル10の獣が数体キメラ化するとレベル10のままということはあり得ないから、計画された討伐種の分布に特異点が生じることになる。

 冒険者達は、周囲のNPCやギルドで狩る獲物の分布を知ることになるから、そこに特異な相手がいることは知る由もない。


「動かなければ、危険を知らせるだけで良いんでしょうね。場合によってはレイドボス認定にできそうですが、倒しても経験値はそれほどではありませんし、ドロップ品も期待できそうにありません」

「あれだけのスパルトイを倒しても経験値は野犬並だったと騎士団が言ってたなぁ。武器等も残さなかったということだ。全てを倒しきれないと運営が判断したらギルドが報酬を出すことになるだろうね。だが、受けてくれる冒険者がいるかどうか疑問だね」


「ですよねぇ……」


 私の言葉に、苦笑いを浮かべたシロウさんが上着のポケットから煙草を取り出して一服を始める。

 お父さんも愛煙家だけど、お母さんのお小言で家の中では一服しないんだよね。雪の降る寒い冬でも、庭にあるベンチに腰を下ろして一服を楽しんでいた。

 可愛そうだから、コーヒーを差し入れてあげたのは一度や二度ではない。

 シロウさんもジュンコさんと一緒になったらお父さんと同じようなことになるのかな? ちょっと親近感が湧いてきた。


「シロウさんは獣魔使いですよねぇ。昆虫種も従えられるんですか?」

「生物なら……、ということなんだろうな。そんなことを気にすることも無かったけど俺の使う相手は全て昆虫種なんだ」


 それなら昆虫使いとか、蟲師と言うんじゃないかな?

 もっとも、タマモちゃんだって黒鉄クロガネを使えるからねぇ。あれって生物とは思えないんだけど、どうなってるのかな?


「かなり従える種が多いということなんでしょうね。タマモちゃんはゴーレムも従えてますから」

「ゴーレムなら強力だな。小さいけど、期待できるってことか!」


 私も獣魔使いの職業を経験しておいた方が良いのだろうか?

 偵察や陽動に使えそうなんだけどねぇ。


「それにしても、静かだ。この辺りなら灰色オオカミの遠吠えや、草食獣を見掛けるんだが……」


 シロウさんの独り言なんだけど……。

 それって、フラグだよね? 

 シグがゲーム世界では絶対に言ってはいけないことの1つだと教えてくれたんだけど……。


「ん? ケイロ川の西で誰かが野宿してるのかな。だが、セーフティ・エリアなら焚き火は見えないはずなんだが」


 シロウさんの視線の先を見ると、確かに焚き火の光がある。

 森の東は立ち入り禁止にしてるようだけど、西はシグ達も活動してるんだよね。たまたま東にやって来た冒険者達なんだろうか?


「ケイロ川西岸のセーフティ・ポイントは上流の屈曲部にあるんだ。もし、冒険者達ならセーフティ・ポイントを外れて野宿していることになるな」

「危険だと?」

「森はどこだって危険さ。安心できないってことだから、数人で焚き火の番をしてるんじゃないかな」


 見通しの悪い森の中よりは、河原で野宿した方がましということなんだろう。

 獲物を追いことばかり考えていると、不安な夜を過ごすことになるってことかな。

 

「何事も経験ですか……」

「無事に町に帰ることができればね。まぁ、死に戻りしても経験値は得られないが良い経験をしたことになると思うよ」


 シロウさんの話しでは、灰色オオカミと大型草食獣らしいから、全滅することにはならないだろう。

 多くの冒険者が森の西で狩りをしてるはずだ。何事かあったなら連携した狩りもできるんじゃないかな? それに、あの焚き火に集う冒険者達が1組とは限らない。


 2杯目のコーヒーを飲んでいると東の空が少し明るくなってきた。

 夜が明けるのだろう。

 シロウさんが焚き火に薪を投げ入れたから炎の高さが増した。

 対岸の連中も、こちらの焚き火が見えているはずだ。少しは緊張がほぐれているのだろうが安心することはできない。

 2つの焚き火の間を流れる川は急流だ。こちらに避難することは簡単ではない。


「ん! 少し様子がおかしいな。焚き火が広がっているし、人影も動き始めたようだ」

「襲われてるんでしょうか?」


 そんな時に、シロウさんの消えたいの着信音が鳴り始めた。

 スマホを持ち込んでるのかな? 連絡用なんだろうけど、使えるというのもおもしろい。どこにも中継用のアンテナが無いんだもの。


「何だと! 場所は……、多分目の前にいる。動きがおかしいとは思ってたんだ」


 たぶん相手は警邏事務所の誰かなんだろう。

 人の好さそうなお兄さん顔が急に精悍さを増した表情に変わっている。


「出たようだ。キメラということだが詳細は不明。場所がケイロ川の東岸ということだから、間違いなくあの焚き火だ」


 シロウさんが焚き火の傍から立ち上がるのを見て、私も腰を上げる。


「様子を見てきます! タマモちゃん達をおこしてください」


 それだけ伝えると、返事も聞かずに川岸を北に向かって走り出した。

 上位種に変化したから、ニンジャ装束に変わっているし、身体能力も急激に上昇する。大きな石を使ってぴょんぴょんと跳ねるように上流に向かう。


 やがて、対岸の様子が見えてきた。

 黒い大きな蠢く者を相手に、10人以上の冒険者達が戦っている。

 盾役と後衛が上手く連携しているようだ。長剣のきらめきが時々見えるから攻略組に名を連ねる連中なのかな?


 10mほどの川幅なら跳び越えるのも造作もない。

 大きくジャンプして冒険者達の側面から走り寄り、怪物目がけて【火遁】で使える火炎弾を数発放った。

 威力は落ちるんだけど、牽制にはなるだろう。

 顔面に爆ぜた火炎弾で怪物が怯むと、戦士3人が長剣を体に叩き込んでいる。


「助太刀します!」

「ニンジャなんだ。初めて見るけどお願いするよ」

「もう少しで3人が合流しますよ。ところで?」

「キメラなんだろうね。クマと馬が合体したようにも思えるけど、あの腕で跳ね飛ばされると、一撃で死に戻りだ」


 既に犠牲者が出てるのか。となると早めに倒さないといけないんだろうな。

 とはいえ、身長自体が私の2倍はあるし、4本脚だから河原でも素早く動けるみたいだ。


 突然、川の中から黒鉄クロガネが飛び出すと、怪物の胴を両腕で抱え込んだ。

 あまり命中率の良くなかった【火炎弾】が怪物に命中する様になったから、後衛の魔導士達が競い合うように【火炎弾】を連発してくれる。


「だいじょうぶか!」


 シロウさん達もやってきたみたいだ。

 今度はバッタじゃなくてカブトムシに乗って槍を構えている。その後ろにはクワガタに乗ったジュンコさんとタマモちゃんがいた。


「キメラ種ですね。生死判定が微妙ですから徹底的に刻むしかありません」

「めんどうだなぁ。僕は槍だから魔導士の前にいるよ。ジュンコ達は魔法で援護だ」


 ぴょんとタマモちゃんがクワガタから飛び降りた。大きな石がゴロゴロしてるからGTOは使えないようだ。杖を一球入魂に変えて魔道士のお姉さん達の側面に位置したから、そこから魔法で援護してくれるのかな?

 

 怪物に目を向けると、火だるま状態だ。

 それでも、戦士達の長剣を腕を振るって防いでいる。

 長い爪が延びているから、死に戻りの話しも頷ける。

 とはいえ、側面ががら空きなんだよね。素早く左手に移動して手裏剣を放った。

 3本の棒手裏剣が腹に命中しても気にはならないようだ。

 やはり神経系統がかなり変化してるに違いない。


 思わず、その場を飛び退った。

 何かの警報が頭に鳴り響いたんだけど……。

 だんだんと明るくなってきた朝日に、キラキラした何かが動いている。

 ゆっくりと頭部と戦っている戦士達に向かっていくものは……。


 あれって、馬の尻尾?

 お尻から伸びた尻尾の毛がまるで生き物のように動いている。

 一部は黒鉄にとりついて巻き付いているようだ。

 尻尾に素早く近づいて、忍刀を一振りしたんだけど、するりと剣筋から離れていく。

 斬るのはできないってこと?


 直ぐに下がって、今度は【火炎弾】を放つ。

 火遁で作る【火炎弾】だけど、火では焼くことができるようだ。

 となれば……。

 後方のタマモちゃんのところに移動して、怪物全体を炎で包めないか聞いてみた。


「できるよ。職業を跳び越すけど……」

「ラグランジュと同じ姿ということ? 一撃で戻ってね」


 あの時は薙刀一振りで、しばらく寝込んでたんだよね。

 ある意味奥の手ということなんだろうけど、このままでは全滅しかねない。


 タマモちゃんが私に小さく頷くと、タマモちゃんの周囲に光の壁が現れて踊りだす。


「え? 何が始まるの」

 近くにいた魔導士のお姉さんが駆け寄ってきた。


「職業階梯を無理やり上げることになります。一撃だけなら何とかというところですね。あれだけ焼かれても上半身は戦ってますし、尻尾から鋼線みたいな毛が延びてきてるんです。早めになんとかしないと……」


「姉様、後を頼みます!」


 タマモちゃんに目を向けるとあの時と同じ九尾のキツネの尾を持つ美人が薙刀を持って笑みを浮かべていた。

 気が付いた人もいるのだろう。何人かがこちらを見てポカンと口を開けている。


 その場でジャンプしたタマモちゃんが尾を広げて空を掛ける。空中に制止したかと思ったら、薙刀を怪物目がけて振り下ろした。

 巨大な炎の塊が怪物目がけてゆっくりと下りてくる。

 戦士達が上を見て、慌てて後ろに下がったけど、怪物は黒鉄のホールドでその場を動けないようだ。


 次の瞬間、怪物と炎の塊が接触して巨大な炎の球体が出来た。

 30mほどは慣れてるんだけど、その熱が伝わってくる。怪物を囲んでいた冒険者達も慌てて距離を取る。


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