088 賽の河原?
目で見て確認! は大事だとお父さんが言ってたけど、こんな森の中ではねぇ……。
ドローンをシロウさんが急遽取り寄せているんだけど、最初から持って来てほしかったな。
「ごめんね。まだこの仕事に慣れてないの」
「かなり奥行きのあるゲームですからね。裕度はありすぎるんでしょう」
「これでも、色々とゲームはしてたんだけどなぁ。プレイヤーと運営サイドの仕事には大きな隔たりがあるよ」
ラディス町の北に広がる森は北の大山脈に連なる森で南北20km、東西50kmの規模があるらしい。
北の山脈から流れる川で東の森と西の森に区分されているようだ。私達はその流れに向かって進んでいる。
そこそこの水量のある川沿いに数カ所のセーフティ・エリアが設けられているそうだ。
冒険者が休息できる場所があるのはありがたいけど、ブラス王国には無かったんだよね。
「でも、セーフティ・エリアは安全なの?」
「う~ん、分からない。例え冒険者に見えたとしても、森の東に出掛けた冒険者がいないことと、NPCさん達が全員町にいるとなれば、かなり怪しいということになりそうね」
「セーフティ・エリアに入れるってことか! それも問題だぞ」
シロウさんは、セーフティ・エリア内なら一安心と思っていたようだ。ジュンコさんも表情を曇らせている。
進むにつれて、あまり見通しが良くない状況になってきたから、神経的に疲れているんだろう。
シロウさんの隣を歩いているタマモちゃんは、元気いっぱいなんだけどねぇ。
「良し! 開けてきたな。もう直ぐに河原に出るはずだ」
確かに先ほどと違って、進行方向の木々が薄くなっている。それに、下草の背丈も低くなっているからだいぶ視界が開けてきた。
5分も歩かずに森の木々が消えて、目の前に河原が広がっている。
対岸までは300mほどあるんじゃないかな?
川そのものは幅が10mほどなんだけどね。かなりの水量で流れているから橋が無いと渡れないんじゃないかな?
「少し北に歩くぞ。この辺りは灰色オオカミの縄張りだ」
「群れはいないようだけど、見張りはいるみたいね。早めにセーフティ・エリアに入りましょう」
川の傍は大きな石がゴロゴロしてるんだけど、森の傍なら砂交じりの土だから歩きやすい。たまにタマモちゃんの背丈ほどの若木が枝を伸ばしている。
「今のところ周囲に動きはないけど……」
「こいつらね。ジュンコさんが見張りと言ってた灰色オオカミの斥候かしら?」
ある程度の知恵があるんだろう。自分達の力量と私達の力量を比べることができるのかもしれない。
力量掛ける人数が脅威なんだけど、そんな計算ができるだけの頭を持っているということなんだろうね。
「ようやく見えてきたぞ。あれがセフティ・エリアだ」
シロウさんが腕を伸ばした先にあったのは、石を積み上げた塔だった。確かケルンとか言うんじゃなかったかな。
でも、そんな塔がいくつも河原にあるというのもねぇ……。『賽の河原』って感じに思えてしまう。
「賽の河原と思ってるんでしょう? 私達は『森の別荘』と呼んでるの。森を流れる川沿いに3カ所設けられているわ。対岸にも同じようにあるんだけど、位置は少しずれてるから互いを見ることはできないんだけどね」
「森を頂点に扇形に川に向かって広がる形なんだ。1辺が50mほどあるから、森の魔物から冒険者の集団が逃げても余裕があるぞ」
それなら十分に使えそうだ。
灰色オオカミの強襲が無いだけでも、夜は安心できる。
小石がゴロゴロした場所をイメージしていたのだが、セーフティ・エリアの中は30mほどの円形に芝生があった。
その中に3つ炉を作るための石組が作られている。
シロウさん達は河原の流木を運んできて、森に一番近い炉に火をおこす。
ジュンコさんが料理の準備を始めると、シロウさんが今度はバッグの中から簡単なテントを取り出して風上に作り始めた。
私達も手伝うことになったけど、屋根型テントの片面が無いような簡単な品だ。
「雨を凌ぐよりは、風よけだな。河原だから風が強いんだ。2人なら十分になられるだろう?」
「そうですね。これなら色々使えそうです」
「町に戻ったら1式進呈するよ」
屋根の片面もあるんだそうだ。それを付ければ雨だって凌げると、シロウさんがタマモちゃんに力説してるのを見てジュンコさんが噴き出していた。
「ほんとに子供みたいなんだから。シロウ、魚を釣ってきてくれないかな?」
「ああ、良いぞ。ここの魚は美味いんだよな」
直ぐに釣竿を取り出して、タマモちゃんと川岸に向かっていく。
渓流釣りというのかな? どんな魚が釣れるんだろう?
「セーフティ・エリア内なら安心できるわね。今度の敵には効くかどうかわからないけど、他の脅威が無視できるのが一番よね」
「それなら、少し森から遠ざかった方が良かったのでは?」
「2段に警報器を仕掛けるわ。その奥はドローンが監視してるから、いきなり襲われることはないと思うんだけど」
フクロウ型ドローンをすでに配置してるってことか。その他にも警邏事務所の方で色々とバックアップしてくれてるのかもしれないな。
夕暮れが迫ってくる頃に戻ってきたシロウさんは大きな魚を5匹下げていた。
少し誇らしそうに笑みを浮かべているのは、タマモちゃんに良い兄貴ぶりを見せることができたのかな?
タマモちゃんの説明によると、タマモちゃんも竿を貸して貰って1匹を釣り上げたらしい。トランバーで釣りをしたから、全くの初心者というわけじゃないものね。
「海の釣りより、緊張するんだよ。目印をジッと見てないといけないし、その動きに合わせないといけないの」
一生懸命に説明してくれるから、私達にも自然と笑みが浮かぶ。
「子供が出来たら一緒に釣りに連れて行くぞ。やはり親子で共通の趣味は良いと思うんだ」
「この間は、バスケの選手にするんだと言ってなかった?」
「バスケの選手でも、釣りはできるだろう? やはり親子の対話は自然の中で行うべきだと思うんだ」
やはりこの2人はできてるんだろうな。それも1年以内で結婚するようにも思えてきた。
でもハネムーンは、レムリア世界をバッタに乗ってということにならないようにした方が良いんじゃないかな。このままゴールインすると、そんなことになりかねないと思うのは私だけなんだろうか?
串に刺した魚がこんがりと焼けたところで夕食が始まる。まだ夕焼けの空が残っているけど、直ぐに真っ暗になってしまう。
たっぷりと焚き木は集めたから、セーフティ・エリアの中は十分に明るく照らせるだろう。
「この魚、美味しいね!」
「そうだろう! 塩を降り掛けただけなんだけどね。リアル世界のヤマメに似た味なんだよな」
「ヤマメは釣るのが難しいと聞きましたけど?」
「向こうでは1日やっても数匹は無理だろうな。だけどレムリアのこの川なら、僕にだって十分に釣れるんだ」
渓流釣り初心者のタマモちゃんでも釣れたぐらいだからねぇ。とはいえ、案外タマモちゃんには釣りの才能があるのかもしれないな。
釣竿も揃えておこうかな。町で購入する釣竿や仕掛けは職人さん達が作ったものらしいけど、シロウさんが取り出したような繋いで長くなる竿もあるかもしれない。
食事が終わると、ジュンコさんが食器をまとめて魔法で汚れを落としてくれた。
水滴さえ付いていないから、食器を受け取ると布の袋に詰め込んでバッグに収納する。
食後の飲み物は驚いたことにコーヒーだった。
タマモちゃんには、砂糖と粉末のミルクをたっぷりと入れて渡している。私はミルク無しのブラックだ。もちろん砂糖はたっぷり入れて貰った。
「やはり焚き火を囲む時にはコーヒーだよな。それとこれなんだけど風下だから良いだろう?」
「西部劇ですか……。『不味い!』と言ってコーヒーを捨てないでくださいね」
私の言葉がつぼにはまったようで、シロウさんが笑い転げている。
「ハハハ……。まったくその通りなんだ。これで武器がリボルバーやウインチェスターなら良いんだけどね」
「知ってる人もいたみたいね。何でそうこだわるのと聞いたら、モモちゃんの言葉通りの事が返ってきたわ」
「西部劇って、馬に乗って鉄砲を撃つ映画なんでしょう? タマモも見たことがあるよ。確かにこんな感じで焚き火を囲んでた……」
「ほら、子供だって知ってるんだ。ジュンコが知らなかったのが不思議なくらいだ」
何か口喧嘩を始めたけど、直ぐに言い負かされてしまうのが辛いところだね。
2人の力関係は、警邏事務所中に知られているに違いない。
夜が更けたところで、最初の焚き火の番はジュンコさんとタマモちゃんで行うことになった。
私はテントの中でポンチョに包まったけど、シロウさんは少し離れたところで横になる。私はテントで一緒でも構わないんだけど、ジュンコさんの手前そうもいかないらしい。
男として辛いところだね。風もそれほどないし、気温も20度を少し下回ったぐらいだろう。それにこの世界で風邪をひくとは考えられない。
さて、明日はPK犯を見付けられるかな?
そんなことを考えながら私は目を閉じた。
体を揺すられて目を覚ます。
目を開けると、タマモちゃんの顔があった。
「おはよう……。何かあった?」
「今のところは何もない。見張りの灰色オオカミも姿を消したみたい」
私が起きると、私が寝袋代わりに使っていたポンチョにタマモちゃんが潜り込んだ。
その隣に、ポンチョをジュンコさんが広げているから2人で横になるのかな?
焚き火の傍では、シロウさんがコーヒーを飲んでいた。
私も、カップに頂いてゆっくりと味わったのだが、思わず顔を横にしたからシロウさんが砂糖の容器を渡してくれた。
「少し濃かったかな? これから長いから素少し濃い目に作ったんだ」
「できればアメリカンで……。砂糖たっぷりのアメリカンをマグカップで、が基本です」
そんな私の言葉に笑い声を上げている。
私も西部劇は好きだったんだよね。たぶんお父さんの影響だったに違いない。