087 おおきなバッタ
若い男女の警邏さんは、シロウさんとジュンコさんと名乗ってくれた。
冒険者の職種は魔獣使いと魔法神官ということだけど、攻撃魔法も使える神官職だとジュンコさんが教えてくれた。
「へぇ~、タマモちゃんも魔獣使いなんだ。それなら移動するための手段もあるのかな?」
「GTOがいる。シロウさんは?」
「見たらびっくりするんじゃないかな? 町から離れたら、見せてあげるよ」
先を歩くタマモちゃんとシロウさんが話しているのを、後ろを歩く私達は微笑みながら顔を見合わせる。
年の離れた兄と妹の会話のようだ。
ジュンコさんも、シロウさんの新たな一面を見たのだろう。いつまでも笑みを絶やさない。
「子供みたいでしょう?」
「ぶっきらぼうな男性より遥かに良いと思いますよ」
「一人っ子だから、やりたい放題だったと思うんだけど、案外子供好きなのね」
ほうほう……。ここでも、カップルで仕事をしてるみたいだ。
運営さんの方針なのかな? 車内で噂のあった人達を優先的にこの仕事に就けてる気がしないでもない。
南門を守っている門番さんに軽く頭を下げて、町の城壁の外に出た。
見渡す限りの大麦畑と野菜畑が広がっている。南は安全ということなのかな?
「警邏事務所の場所が南側なんだ。東回りに北に向かうよ」
「それにしても、見事な畑ですね」
「農産物が主な産業だから。北の森から伐採した木材の加工も盛んなんだけど、今はちょっと材料不足に陥ってるの」
森の東にPK犯がいる可能性があるなら、近づく者も少ないだろう。冒険者ギルドでPKKを依頼しても、大型イベントが近づいている状況では返り討ちを恐れて誰も引き受けないんじゃないかな?
「さて、そろそろ使役獣を呼び出そうか! 森までは歩いて1日は掛かってしまうからね」
町の石垣からだいぶ離れたところで、シロウさんが呼び出したものは……。
「バッタだよね?」
「でも大きい! 大きいは正義!」
正義かどうかは分からないけど、ポニーぐらいの大きさがある。2匹? 出てきたんだけど、ジュンコさんは魔獣使いじゃないんだよね?
ちらりとジュンコさんを見ると、嬉しそうにバッタの背中というか頭近くに跨って触角を手に持っている。
確かに手綱みたいに見えるからあれで良いのだろうけど……。
「おお! 何てでかいカメなんだ」
「でもカメって歩くのが遅くない?」
バッタに乗った2人に言われたくない気もする。
そんな2人を気にもしないで、タマモちゃんが甲羅に乗ると、ゴーグル付きの帽子をバッグから取り出して頭に乗せた。
私も置いて行かれないように、タマモちゃんの後ろに乗り込んだ。
「このまま、北東に向かえば良いですか?」
「いや、僕達が先に行くよ。付いてこられないようなら、スピードを緩めるからね」
シロウさんの言葉に、タマモちゃんの背中が小さく震える。
ひょっとして笑っているのかな?
先にシロウさん達がピョンピョンと跳ねていく。まぁ、バッタだからねぇ……。
でも、その速度はかなりなものだ。一跳びで20m以上進んでいく。普通だったら着地のショックでとても背中に乗れるはずがないんだけど、やはりゲーム世界の補正が課kなりあるんだろうね。
「私達も行きましょう!」
「大丈夫。あれぐらいならGTOが上!」
土を蹴立てて、GTOが加速する。
たちまち、シロウさん達に並んだから、向こうも驚いているようだ。
片手を上げて前方にその腕を下ろすと、バッタが更に跳躍距離を延ばす。
まだまだ余裕ということかな?
「こっちだって!」
タマモちゃんが、GTOの速度をさらに上げた。
こんな感じで進むんだから、森は直ぐに見えてきた。
まだまだ昼には遠い時間だけど、森まで歩くと1日は掛かるんだよね。私達は1時間も掛からなかったんじゃないかな?
「いやぁ、カメがあんなに速いとは思わなかったなぁ」
「だからと言って、バッタの速度を上げないでよ。触角にしがみ付てたんだからね!」
「悪い、悪い……」と言いながら、ジュンコさんのカップにお茶を注ぎ足している。
それぐらいで許してもらえるのかな?
森から1kmほど離れた荒れ地で、私達は焚き火を作って休息中だ。
このまま休んで、早めの昼食を取るんじゃないかな? 森に入ったら、休憩できる場所は限られているはずだ。
「あのバッタは、北の森の中腹にいるんだけど、タマモちゃんのカメはどこにいたの?」
「最初から持ってた」
ん? という感じでシロウさんが首を捻る。
たぶん獣魔使いはレムリア世界に存在する魔獣を使役できる職業の筈。タマモちゃんの職業は獣魔使いになってるけど、上位職が枢機卿だ。神官の上を行くんだけど、プレイヤーが枢機卿になるためには、どんな経験を積むことになるのだろう。
「最初から? でも、レムリアは課金システムは使ってないよね」
「そもそも、モモちゃん達はNPCだ。課金は不可能だよ。だとすれば……、やはり最初からということなんだろうな。俺達の中にだって、アズナブルみたいな連中もいるんだからね」
「彼等は、うちの会社に出向扱いでしょう? 仲間とは言えないじゃないかな」
財団がどうとか言っていたからね。
財団って、お金持ちの道楽だとお父さんが言ってたけど、本当のところはどうなんだろう? レムリア世界で人形使いの職業なんてラグランジュだけじゃないかな。
お弁当のハムサンドを頂いても、まだお昼に間があるようだ。
たっぷりと休憩したところで、森に向かって歩き始めた。
魔獣使いの武器はムチなんだけど、シロウさんは槍を手にしている。装備しているのが革鎧だから、戦士として前に立つのは問題がありそうだ。
すぐ後ろにタマモちゃんが杖を持って歩いている。一球入魂を持つよりは良いんじゃないかな。
「周囲300mは監視できますから、不意を突かれることはないと思います」
「それは心強いですね」
ジュンコさんに話を合わせたけど、それぐらいは私にでも可能だ。できれば、先行してドローンぐらい放っておいてほしいな。
先頭を歩くシロウさんが度々立ち止まる。タマモちゃんと一緒に双眼鏡で確認しているけど、どうやら森の中には小型の獣が多く住んでいるらしい。
仮想スクリーンを開いてみても、たくさんの輝点があるんだよねぇ……。
「豊かな森なんですね」
「レベルが低い冒険者にとっては良い狩場なの」
「南の荒れ地は混雑してるんでしょうね」
「それだから私達が何とかしなくちゃならないの」
獣や魔獣の配置には運営さんも気を配っているはずだ。それが出来ないとなれば、担当区域の警邏さんが頑張らないといけないってことなんだろうね。
相変わらず、先を歩く2人はあちこちに双眼鏡を向けている。
そう簡単に見つからないとは思うんだけど、タマモちゃんまで一緒になって探しているようだ。
でも、そもそも何を探しているのか分かってるのかなぁ。
「中々見つからないね」
小休止をすると、そんな弱音を言っている。
「まだ始めたばかりですよ。それに、PK犯なら隠れるのが上手なはずですし……」
「ん? 何かあるのかい」
言って良いものだろうか? ちょっと躊躇したけどここは知っている範囲で伝えておいた方が良いんじゃないかな。
「場合によっては、周囲の獣達と同じような反応が出ないんじゃないかと思います。例のアップデートの修正でレムリア世界の外から侵入してきた連中は、初期ならこの世界でのテロ活動を目標にしていたはずです。でも今は……」
「この世界のNPCを洗脳してるということね? でもそれなら、獣と同じような反応をするはずだわ。先を歩いていた2人の反応もあったのよ」
「いや、必ずしもだ。この世界はプログラムで出来ている。僕達はそんなことも考えもしないけどね。獣や魔獣、人間達もプログラムではあるんだが、共通した部分もあるんだよね。
そのちょっとした違いを検知して俺達の周辺監視の仮想スクリーン画面に表示している。まったく異なるプログラムではそもそも認識することなどできないんじゃないか?」
異なるプログラムでNPCを模擬しているのだろうか?
「警邏事務所で所在不明のNPC狩人がいないか確認してくれませんか?」
「ああ、良いとも。いれば洗脳、いなければNPCに偽装した別物ということだね」
「後者の場合は面倒ね。目で見て探さないといけなくなるわ」
「殺気を放ってくれれば分かるかもしれないな」
どうだろう? もしも、プログラムまで違っていたら殺気を出すことも無いだろうし、この世界で感じる殺気とは異なっているのかもしれない。
やはり、目で発見する外に手はないのかもしれないな。
再び捜索を開始しようと立ち上がった時、シロウさんが急に仮想スクリーンを展開して何か読んでいる。
私達は足を止めて、何事かとシロウさんが教えてくれるのを待つことにした。
「返事が来たよ。NPCは全て町の中だそうだ。それと、少し前にプレイヤーの死に戻りがあったらしい。レベル16の3人組だそうだ」
「モモちゃんの危惧が当たったかな。少し面倒な相手だぞ」
それでも何とかしなくちゃならない。大きなイベントがすぐ近くまでやってきてるんだから。