085 シグの教えてくれたこと
シグ達がいたテーブルにはどこかで見た顔立ちの男性達も席に着いていた。
向こうも私を知っているようで、私が椅子に座ったのを見ると笑みを浮かべている。
「ブロッコ村で何度かお会いしたんですが、覚えてはいないでしょうね。サザンクロスのバラードです。隣はシャイニングのハンザで、第3陣ですが既にレベルは16ですよ」
笑みを浮かべたままの男性は、ブロッコ村のイベントで会っていたらしい。隣の寡黙な男性はバラードさんより年上なんだけど背中の長剣はかなりの代物だ。
小さなイベントの宝箱にあったのかな? それともこの町の鍛冶屋の腕が良いということもありそうだけど……。
「モモがやってきてくれて嬉しいよ。正直困っていたんだ」
「私も参加はできそうだけど、メインは無理だよ」
「ん? 確かレベル16と聞いたんだが、違ったか?」
「もう少し上です。メインとして参加できないのは、私達がNPCだからなんです」
テーブルを囲んでいた連中が一斉に大きく目を見開いて私とタマモちゃんに視線を向けた。
「そんな……。ああ、確かにNPCの表示が出てるな」
「NPCが自由にこの世界を動けるのか?」
「……俺は、NPCの爺さんに怒鳴られたことがあるぞ! 親父よりもビビったんだよな」
今までのVRMMOとは、かなり違っていると実感したに違いない。
その内にNPCの結婚式だってあるんじゃないかな?
「とりあえず、モモは他のゲームでも知られた存在だったんだ。レムリア世界を作る時にそのアバターを使ったに違いないが、私達の友人のアバターだったんだ」
「それで、シグ達とは仲が良いってことか。確かにこの世界のNPCの数は半端じゃないからなぁ。運営もその辺りは注意してほしいけど、そのアバターを使っていた本人がやってきたらどうするつもりだったんだろう?」
「モモの実体はやってこないよ。彼女は死んだんだ……」
「つまり……」
「そうゆうこと。彼女はこの世界には来れない。だけど、かつてのアバターとは私達は合うことができる。余り深くは考えないことにしたんだ。この世界なら会うことが出来るんだからね」
本当はちょっと違うんだけど、リアル世界での肉体は私もタマモちゃんも存在しないんだから、シグの話しでも良いんじゃないかな?
アバターにリアル世界の心が宿っていると言っても信じて貰えないだろうし……。
「そうか……。少し重い話がリアルではあるんだな。だが、このレムリアでは昔のままということか」
「そんなとこだ。とはいえ、モモはNPC。助けてはくれるが一緒ということにはならないのが残念だ」
再び、周囲の視線が私達に集まって来た。
「前と同じで良いよね。たぶん、空いては1体ではなさそうだし」
「確かにな。一緒に出現するクマ共を間引いてくれるだけでもありがたい」
大クマとその仲間という関係なんだろうか?
「そのクマのレベルは?」
「15から16というところだね。数体なら私達のパーティでも何とかなるんだけど、20体を越えるとなると相手をするパーティの編成を考えなくちゃならない」
今のままだと、ちょっと問題だけどレベル20には上げられる。その上、万が一の時にはさらなる上位職に変化できる。
タマモちゃんに視線を向けたら、目が合ってしまった。小さく頷いてくれたからタマモちゃんも賛成してくれたのだろう。
「さすがに私達だけではねぇ。他のパーティも一緒なんでしょう?」
「レベル16のパーティを2組。それで何とかしてほしい。巨大クマを相手にすると、この町まで影響が起きると長老が言っているんだ。レベル16に満たない連中を村に残しておきたい」
かなり大きなイベントということなんだろうけど、期日が限定されていないのが幸いというところかな?
大まかな話を聞いたところで、最大の危惧を確認してみよう。
「ところで、PKの話を聞いたんだけど……」
私の言葉に、周囲が静まってしまった。
互いに顔を見合わせているのは、心当たりがあるということなんだろうか?
「警邏達の話しでは、ラディス町の手前の村、ここから東の村で何度か起こったそうだ。ここ数日は噂もなかったんだが……」
バラードさんが真剣な表情で教えてくれた。
シグも頷いてるから、同じような話を聞いたんだろう。
「異人の皆さんはPKを受けても死に戻りが出来ますが、NPCは違います。万が一にもNPCがPKに遭ったとしたら、申し訳ありませんがPK対策を優先します」
「モモは警邏達といつも一緒だったねぇ。そういう立ち位置ということは理解してるよ」
テーブルを囲んだ連中に、なるほどと納得した様な表情が浮かび始めた。
私達を警邏に協力するNPC冒険者として位置付けしたのだろう。ある意味間違ってはいないから、あえて補足することもない。
「ところで、宿は満杯だぞ。私達と相部屋で良いか?」
「お願いできる? 最悪は警邏事務所にすがろうかと思ってたの」
ここで宿の話をするということは、PKの詳しい話はこの場ではできないということに違いない。
このギルドホールの中に、怪しい連中がいるのだろうか?
話が一段落したところで、シグ達に誘われてギルドを出る。
先ずは夕食ということなんだろうけど、シグ達が滞在している宿は1階に食堂があるらしいから、宿での食事になる。
ギルドのある十字路を北に向かって歩き、北門が見え始めたころに右手の路地に入った。
周囲はトラペットの花屋の食堂のような雰囲気がある。ライムちゃんがいきなり出てきても違和感がない感じだ。
少し歩いたところで、シグ達の足が止まる。
「ここだ。『銀の斧』良い名前だろう!」
「それって、シグ達のパーティ名じゃない」
「やはり、良い名前なんだろうな。親近感が湧いてねぇ」
確かに興味があるよね。
宿は2階建ての立派な建物だ。部屋数だって10室以上あるんじゃないかな?
シグが扉を開けたところで、私達もケーナ達と一緒に宿に足を踏み入れる。
「おや? 早かったねぇ。ところで一緒の2人は?」
「古い知り合いなんだ。相部屋で良いから泊めてやってくれないか?」
「あんたらが良いなら、問題ないさ。宿帳に名前を書いとくれ。食事はもう少し掛かるんだが」
「奥の個室を使って良いかな? ワインがあれば持って来てほしいんだが」
「今日の予約は無いから、そのまま食事を運んであげるよ」
宿のおかみさんは気さくなドワーフ族のご婦人だ。ふくよかな体形で「大きなギョロ目で私達を見ていた。
おかみさんの手招きで食堂の片隅にあるカウンターに向かうと、私達の名前を宿帳に記載する。
料金は食事込みで25デジットらしい。朝食と夕食が付くんだから、案外安いんじゃないかな。とりあえず銀貨を1枚渡しておけば十分だろう。
「終わった? 個室に案内するね」
ケーナが後ろで待っていてくれたらしい。
私達が振り返ったところで、スタスタと慣れた感じで奥に向かって歩いていくから、慌てて後を追いかけることになってしまった。
食堂の北壁に3つほど小さな扉がある。その中の一番右側の扉を開くと、リアル世界で住んでいた家のリビングほどの広さの個室のなっていた。
8人程が座れる大きなテーブルが真ん中にあり、北壁には小さな暖炉が作られている。
「しばらくは一緒にいられそうだね。積もる話は色々とあるだろうから、ワインでも飲みながらで良いだろう。ところで、一番気になるのはモモ達の現在のレベルだが……」
「レベル20。どうやらプレイヤーの最大値を上回るように調整されてるみたい。問題は、特定条件が揃えばさらにレベルを一時的に上げられるの。この間のアップデートの修正があったでしょう? あれに関連してるんだけど、ここで話しても良いものかどうか……」
レベル20のところでシグの表情が強張ったのは仕方がないな。
話を聞くとどうやらレベル18で経験値不足に悩んでいたらしい。
「PKなら獣や魔族を相手にするよりは経験値が得られるからなぁ……。誘惑に負ける奴は多いんじゃないか?」
「それにしても上位職ねぇ……。確かモモはニンジャだったんじゃない?」
そういえば、前回のイベントで上位職を見せたんだよね。だけどあれの上に現在は変化することができる。
「だけど、モモも災難だな。運営のおかげで貧乏くじを引いてるんじゃないか? アップデートや修正で一時的にVRMMO世界がハッキングの被害に遭うのは今更の話だ。私達がその間、この世界にアクセスできないのは、その被害を防止するためだからね」
状況の半分ほどを話してあげたんだが、驚くよりも同情されてしまった。
確かに、前やっていたゲームもそんな時があったんだよね。この種のゲームの宿命みたいなものなんだろうか?
「まだまだその影響が残ってるから、調査してるのが本当のところか。警邏事務所から手当を貰ってるなら、狩りよりそっちを優先するんだぞ。モモは昔から興味があると直ぐにのめり込んでしまうからね」
シグの忠告にケーナが頷いている。そんな目で実の妹に見られていたとは、ちょっと悲しくなってしまう。
「でも、モモ達の請け負った仕事がPK狩りだとしたら、あの話をしといた方が良いんじゃない?」
「そうだな。モモ、実はこの町でもPKが起きているんだ。今朝、レベル14のパーティが襲われた。1人が満身創痍でギルドに駆けこんできたんだが……、彼等を襲った相手は、冒険者ではなく狩人だったらしい」
ん? 今、狩人と言ったんだよね。
冒険者ではないとあえて強調したということかな? そうなると……。
まさか、NPCによるPKってこと!
思わず、シグに顔を向けると小さく頷いている。
確かに冒険者ギルドで話すことはできないね。明日は早めに警邏事務所に行ってみよう。