084 ギルドでケンカは付きもの
翌日。彼らの目の前に現れたGTOに4人が驚いていた。
しばらくはベジート王国で活動することになりそうだから、いずれ分かることではあるんだけどね。
「カメだよな……」
「ああ、大丈夫だ。俺の目にもカメと映ってる」
「速いんですよ! これで一気にラディス町に向かいます」
「でも、途中に村もあるのよ。歩けば3日は掛かると思うんだけど……」
「夕暮れには何とかなる!」
信じられないと顔に書いてあるお姉さんに、タマモちゃんが力説している。
誰も最初は信じてくれないんだよね。
とりあえずカメの甲羅に乗ったところで、バッグからゴーグルの付いた帽子を取り出して装備する。荒れ地を疾走するとなると、何が目に飛び込んでくるから分からないからね。
「本格的だな……」とイケメンさん達が言っているけど、気にしないでタマモちゃんに肩を叩く。準備完了の合図だ。
「行くよ!」
タマモちゃんの声と同時にGTOが加速する。
たちまち休憩所が後ろに跳んで行った感じだけど、振り返った私の目には呆然と立ち尽くした4人の姿が見えた。
直ぐに休憩所が見えなくなる。タマモちゃんは街道に沿って北側の荒れ地を進むようだ。周囲を見渡したけど狩りをする冒険者達の姿はどこにも見えない。
やはり、レベル上げをするためになるべくイベント発生場所周辺で狩りをしているのだろう。
「クマが相手なんでしょう。クマ以外にはいないのかな?」
「カモシカと大きな灰色オオカミがいるって言ってた。まだ見ていないらしいけど、トラみたいな獣もいるみたい」
カモシカと灰色オオカミは寒いところにいるんだよね。トラって寒さに強いのかな?
黄色に黒の縦縞だから、雪の中では目立つと思うんだけど……。
ん! ひょっとして、ユキヒョウなのかな?
白い毛皮は昔の貴族達に珍重されたと聞いたことがある。そうだとしたら、狩れば良い収入になるんじゃないかな?
ちょっと楽しみになって来た。
別にイベントの主役をするわけじゃないんだから、ベジート王国の狩りを存分に楽しめるんじゃないかな。
昼少し前に村を見付けた。ラディス町の手前の村に違いない。
このまま進めば、タマモちゃんの言う通りに日が暮れる前には町に到着できるだろう。
町を通りすぎて2時間近く走ったところで、ちょっとした岩場を見付けた。
少し遅くなったけど、昼食を取る場所に丁度良い。タマモちゃんにGTOを停めて貰って食事を作る。
私がスープを作っていると、タマモちゃんはGTOの甲羅の2倍ほどの高さのある岩に飛び乗って周辺の監視をしている。
私の【探索】には、危険な獣はいないようだけど……、何か見付けたのかな?
「タマモちゃん! 昼食ができたよ」
「今、下りるね!」
オペラグラスを仕舞うと、岩の上から飛び降りてきた。ちょっとお転婆な仕草だね。思わず笑みを浮かべてしまう。
「何か見付けたの?」
スープの入ったカップを渡しながら聞いてみる。
「遠くで冒険者が狩りをしてたの。獲物は見えなかったけど……」
「小さい獲物だったのかな? でも、この辺りでは冒険者が活動してるみたいね」
途中で2組の冒険者を見掛けたんだよね。村から日帰りの狩りに出掛けてる感じかな?
「町に近くなれば、冒険者の数が増えそうだね」
「ケーナお姉ちゃん達も狩りに出てるのかな?」
町に着けばすぐに会えると思ってたのかな?
先ずはギルドで確認してみよう。攻略組の上位にいるのだろうから、ギルドで情報は手に入れられるんじゃないかな。
昼食をのんびり取って、再びGTOで西に向かう。
遠くに黒く町が見えたのは、まだだいぶ日が高いころだった。
町の石垣と門がはっきり見えたところで、GTOを下りて街道を歩き始めた。
1Kmほどの距離だから直ぐに到着する。
石垣の高さと門の作りは、トラペットとあまり変わりがない。街道の石畳が赤い石でなければトラペットの町と勘違いしてしまいそうだ。
「止まれ! 冒険者だな? この町まで良く辿り着いたものだ。レベルが13に満たなければ、南の町に戻った方が良いぞ」
私達を未熟な冒険者だと思ったんだろう。私達が差し出したギルドカードを、口をポカンと開けながらカードと私達を交互に見てる。
驚いているのかな?
「レベル16なのか……。それなら、すぐにギルドに行った方が良いだろう。この通りを真っすぐに行って、2つ目の四つ角の右手にあるぞ」
「ありがとうございます」
カードを返してもらったところで、門番さんに軽く頭を下げて通りを真っすぐに歩き出した。
門の内側に広場があるんだけど、真っ直ぐ西に向かって通りが延びている。
警邏さんの事務所にも寄った方が良いのだろうけど、それは明日でも構わない。先ずはギルドで到着報告をして【転移】を使えるようにしておかないとね。
「賑わってるみたい。冒険者も多いよ」
「イベントエリアの最前線だからかな? 宿は空いてないと困るよね」
シグ達がギルドにいれば都合が良いんだけど……。そう言えば、シグ達に私達が向かうことを告げてなかったんじゃないかな?
思わずタマモちゃんに顔を向けると、私に笑みを浮かべてくれた。
「たぶんケーナお姉ちゃん達が待ってる。GTOで移動しながらメールを送っといた」
「ありがとう!」
良くできた妹分だよね。
私のフォローをきちんとしてくれるんだから。
行きかう冒険者達と、軽く手を上下て挨拶しながら歩いていくと、2階建ての大きな石作りの建物が見えてきた。
隣のお店も大きいけど、その2倍はありそうだ。あれが冒険者ギルドに違いない。
入る前に看板を確認したところで、扉を開けてホールに足を踏み入れる。
カウンターのお姉さん達が、私達を興味深く眺めているから、真っ直ぐに歩いて行った。
「今日は。到着手続きをお願いします」
「あら? イベントを知ってやって来たのかな」
カウンターに並べた私達のカードを受け取り、私達に問いかけてくる。
「知り合いがこっちに来てるはずなんで……」
「それなら、あのテーブルで分かるんじゃないかな? レベルの高い冒険者を集めてるの」
ちらりと後ろを振り返ると、ケーナが立ち上がって私達を見ていた。
少し装備が立派になっているようだけど、この辺りの武器屋で調達したんだろうか?
カードを受け取るよりも早く、タマモちゃんがケーナに向かって走って行った。
私の妹なんだけどねぇ。お姉さんからカードを受け取っていた時だ。
突然大きな音が後ろから聞こえてきた。
タマモちゃんが転んだみたいだ。ケーナが仲間から離れて駆けつけている。
「おいおい、部屋の中では走るなと教えて貰わなかったのか?」
そう言ってゲラゲラと笑っている連中は、別のマナーに問題があるようだ。
「気を付ける。足が出てると転んでしまうもの!」
タマモちゃんが起き上がって、服をポンポンと叩きながら呟いた。
「何だと! 俺が足を出したってのか?」
「短い脚が出てた。次にやったら、その足は体を離れると思う」
「てめえ、ふざけやがって!」
粗野な男が立ち上がって手を振り上げたのを見て、素早く走り寄るとタマモちゃんの前に出た。
「まったく、なってないわね。怪我をしたくないなら、タマモちゃんに誤って座ってなさい。せっかく最初だから見逃してあげると言ってるんだから」
目の前の男が顔を真っ赤にしてプルプルと口を震わせている。
さて、どう出るかな?
「待った! モモもいい加減にしなよ。この連中もイベントを知ってやってきたんだからね。怪我でもされちゃ、予定が狂ってしまう」
大声で仲裁に入って来たのはシグだった。
これから面白くなると思ってたんだけど、ここはこのままで良いかな?
相変わらず、憤怒の形相で私を睨んでるんだけどね。
「ほら、こっちにおいで。状況を教えるよ。そっちも西の状況を教えてくれるんだろう?」
「そうね。……タマモちゃん、行きましょう」
タマモちゃんの背中を押すようにして、その場を離れようとした時だ。
殺気を感じてタマモちゃんをケーナに押し付けながら体を反転させる。さっきまで私の背中があった位置に、男の拳が空を切った。
伸ばした腕を掴んで、捻りながらそのまま下に持って行く。男は一回転して床に体を打ち付けた。
相手の攻撃力を利用した護身術。合気道は近所のお姉さんに教えて貰ったんだけど、まだ体が覚えてたみたいだ。
「一応PKを倒したことになるのかな?」
「死んでないから、PKK未遂かな? まったく懲りない連中だね。こいつは仲間に任せて、こっちのテーブルだ」
あれって、合気道ってやつか? 何て声が遠くのテーブルから聞こえて来る。ちょっと目立ってしまったけど、別に自分をアピールしたかったわけじゃないからね。
「相変わらずだな。ケーナ、お茶を頼んできてくれ」
「困ってるんじゃないかと来てみたんだけど……」
「確かに困ってる。実は……」
ケーナが運んできたお茶のカップを受け取りながら、シグが状況を話し始めた。
リーゼやレナもシグの話しに頷きながら、ところどころで説明を加えてくれる。シグの話は概略過ぎるところがあるからねぇ。友人も苦労するってことを改めて感じてしまった。