077 南東の泉
夕食を終えたところでお茶を頂く。
キメラは倒したんだけど、落し物が何も無いとタマモちゃんが残念そうな顔をしている。
クリスさんがとっておきのココアを出してくれて慰めているのを見ると、落ち込んでる妹を慰めるお姉さんという感じに見えてしまう。
バーニイさんが笑みを浮かべて2人を見ているのは、将来あんな感じで子供を慰めるクリスさんを思い浮かべているんだろうか?
何となく感じてはいるんだけど、まだまだ結婚までには道が長そうなんだよね。
このゲームへの参加も、結婚資金が目当てなんだろうか? 話を聞いてみると給与が2割増しとのことだ。
リアル世界で無駄使いをしなければ1年ほどで十分な貯金ができるんじゃないかな?
「これで俺達の役目は終わりだけど、しばらく様子を見たいんだ。付き合ってくれないか?」
「一応、10日分ということでアズナブルさんから依頼を受けてますからね。狩りでもしながら様子を見るんですか?」
私の言葉に小さく頷くと、タバコを取り出して焚き火で火を点けている。
「サード・ペズンの南には、見ての通り灌木の林が続いている。その先は海まで続く荒れ地になるんだが、ヒクイドリの営巣地なんだ。味も良いし、高値で売れるよ」
狩りの報酬は、給与以外にものにできるということなのかな?
それなら手伝ってあげるべきだろう。私達の懐も温かくなりそうだし、町で新人プレイヤーのお手伝いをするとなれば、懐が暖かな方が良いに決まってる。
「良いですよ。リアル世界の『ヒクイドリ』とは違うんですよね?」
「ありがとう。そうだなぁ、簡単に言うと飛べない鳥で、大きさはダチョウぐらい。【火炎弾炎弾】は相手の傷を治してしまう。物理攻撃と【氷の槍】が唯一の攻撃手段になるんだ」
言葉通りの鳥なんだ。ダチョウサイズは少し大きいよね。後でタマモちゃんに調べて貰おう。
「ヒクイドリはこれだよ! 大きいけど足が速そう」
「これを狩るの。【火炎弾】は使えないらしいよ」
「弓を使うのよ。モモちゃんも使えるのよね? 待ち伏せして矢が当たったところを、バーニイが止めを刺すことになりそうね」
「タマモちゃんに追い込んでもらおう。ここに俺が潜んで少し先の両側にクリスとモモちゃんに潜んでもらう。矢が当たっても走っている間は近付けないぞ。あの足で蹴られたら一瞬で死に戻りだ」
タマモちゃんに向かって、言い聞かせるようにバーニイさんが話をしているけど、肝心のタマモちゃんは目を輝かせて聞いているんだよね。
くすくすと笑い声を上げてクリスさんがバーニイさんの背中を軽く叩いている。
「私が追い込むのね! だいじょうぶ、任せといて」
「GTOに乗って追い込むなら問題ないと思います。でも、気を付けてね」
うんうんと頷いてるけど、案外単身でヒクイドリを倒してしまいそうだ。ちゃんと連携するように、明日はもう一度念を押しておこう。
翌日。まだ薄暗い内から朝食を準備して、早めの朝食を食べる。
日が昇ったところで、灌木の林に足を踏み入れることになったけど、バーニイさん達は人形に乗って、私達はGTOに乗っての移動だ。
タマモちゃんの話しでは、かなり獣がいるらしいけど、私達に気が付くと直ぐに逃げ出してしまうらしい。
たぶん、小型の草食獣なんだろう。サード・ペズンは新人冒険者にとっては良い狩場なんだろうね。
「もう直ぐ、林を抜けるよ」
「海まで続く荒れ地と言ってたから、トランバーの南西に似た地形なのかもしれないね」
「ヤドカニもいるのかな?」
「砂浜があればね。でも、海が見える場所までは行かないんじゃないかしら」
灌木の高さは数mほどだ。私達の視線は灌木の葉であまり先が見えないんだけど、GTOは駆け足ほどの速さで林を進んでいる。
タマモちゃんの【探索】スキルに頼るしかなさそうだ。私も持ってはいるんだけど、顔に当たりそうな枝を掃うことで集中することができないんだよね。
まだまだ灌木の林が続くのかと思っていたら、突然に視界が開けた。
見渡す限り、なだらかな起伏が地平線まで続いている。
「ここが狩場だよ。も少し進んでみよう」
バーニイさんが先になって荒れ地を進む。
野ウサギや野ウサギより小さな獣が私達を見ているけど、今回は野ウサギ狩りじゃないからね。
タマモちゃんはGTOの甲羅に立って、オペラグラスで周囲を観察している。周辺300mの獣は探知できるけど、それ以上となると自分の目で探さねばならない。
でも、積極的に見つけなくても良いんじゃないかな?
その内に見つかると思うんだけどね。
灌木の林が見えなくなったところで小休止を取る。
枯れた低い灌木を集めてお茶を沸かし、しばしの休憩だ。
「中々見つからないよ。皆でどこかに行っちゃったのかな?」
「まだまだ時間はあるさ。ここから南東に泉があるんだ。その周辺ならいるんじゃないかな?」
荒れ地を進むには現在地を知らねばならない。
本来なら、周囲を観察して現在地を進むことになるんだけど、冒険者の個人装備ともいえるパーソナルデータを見ることで、どのように進んでいるかを知ることができる。私達冒険者の持つ地図はかなりいい加減なものだけど、バーニイさん達警邏はナビゲーションシステムまで組み込まれてるのかも。
プレイヤーが安心してこの世界を楽しめるのも、警邏さん達のおかげなんだよね。
遠巻きにオオカミ達が私達を見ている。
ジッとこちらを見ているだけだから、私達もあまり気にはしてないけど、この荒地の生態系のトップはオオカミということなんだろうか?
いくら何でも、鳥とは思えないんだよね。
突然、先導していたバーニイさんの人形が止まった。私達に向かって人形が手を振っている。
近づいた私達に、人形の背中に乗ったバーニイさんが前方をを指差す。
「いたぞ。あれがヒクイドリだ。やはり泉付近に移動していたようだ」
タマモちゃんがピョンと、GTOの甲羅からバーニイさんの人形に飛び乗った。
丁度人形の左腕が下がってたから、その腕を足場にして肩に座ってる。
バーニイさんと何やら話ながら、前方をオペラグラスで眺めているのをクリスさんが笑みを浮かべて見ていた。
「案外バーニイは子供好きみたいね。意外な面を見られたわ」
「確かに、あれは兄妹というより親子に見えますよね」
私のところにやって来たクリスさんが、人形の上から話しかけてきた。
でも、クリスさんだって子供好きなんじゃないかな? 朝食をタマモちゃんと一緒に嬉しそうに作っていたもの。
「このまま泉に向かうのは危険じゃないんですか?」
「そうでもないわ。こちらから襲わない限りヒクイドリは動物を相手にしないの。ヒクイドリは虫を食べるのよ」
バッタを食べるの? そんな食事で私よりも背の高い体を維持できるのだろうか?
「バッタは高タンパク低カロリーの食材よ。それにこの辺りのバッタは……」
クリスさんが指さした先にいたバッタの大きさは20cm近い。こんな大きなバッタなら何となく納得できるけど……。
「危険な虫はいないんですか?」
「毒芋虫に、カマキリぐらいかな? カマキリは子供ぐらいの大きさになるけどね」
周辺監視もきちんとしないといけないようだ。
初心者向けではあるけど、十分に中級を狙えそうな狩場だね。
再び行軍が始まる。
昼を過ぎたころに前方に小さな林が見えてきた。横幅が200mにも満たない林なんだけど、あれが泉のある場所のようだ。
場違いに見えるのは、林を囲むように設置してある石組だ。何かの目印なんだろうか?
その石組近くでバーニイさんが人形から下りて、人形を小さくしてバッグに収納する。私達もGTOから下りると、タマモちゃんがGTOを光の中に戻した。
小さな林だから、人形で歩いて林を壊すのを防いだのかな? 踏み固められると草も中々生えないと聞いたことがある。
「この林は、『セーフティ・ゾーン』なの。周囲の結界もちゃんと作動しているから今夜は安心して眠れるわよ」
「あの石組がそうなんですか!」
セーフティ・ゾーンの多くは街道に設けられた休憩所にあるんだけど、この荒地ではねぇ……。冒険者にも息抜きは必要だろう。
「こっちだ!」そう言って、バーニイさんが林の中へ入っていく。
私達も後を追うことになったんだけど、数分も歩かずに目の前に池が現れた。
荒れ地の中に岩で護岸された池がある。数mの高さしかない岩山の一角から水が湧き出して池に注いでいる。
池の周囲は丈の短い下草だ。遊歩道にも思えてしまうけど、その先には石畳が施された20m四方の広場があった。
3つほど焚き火を作る場所があるから、複数のパーティが同時に休憩できるように作ったんだろう。
「ここで今夜は野宿するよ。セーフティ・ゾーンだから危険な生物はやってこない。水は泉から汲めるし、この池の魚は食べられるんだ」
バッグから嬉しそうに釣竿を取り出している。
早速始めるのかな? それなら、日暮れまでに人数分の魚を確保して欲しいな。
バーニイさんのおかげで夕食には新鮮な焼き魚が1つ増えた。
ニジマスなんだろう。お父さんに連れて行ってもらった渓流の釣り堀で釣った魚と同じ感じがする。
タマモちゃんも竿を貸して貰って釣り上げた魚にご満悦だ。
ちょっとした運営側のサービスというところかな? ブラス王国にはこんなサービスが無かったのが残念だ。やはりラグランジュ王国は他の王国の運営組織と異なるということなんだろう。