076 職業階梯を無理やり上げる
レムリア世界には色んな職業がある。
大きくは戦闘職、補助職、生産職に区分されるのだろうけど、その3つを組み合わせたような職業だってあるようだ。
その職業には、固有のスキルが標準装備されている。
ニンジャには【隠密】と【素早さ】のスキルが付くんだけど、どちらもレベルに応じて上昇してくれる優れものだ。
元はレンジャーだからフィールドでの動きに補正が掛かっていたんだけどね。
キメラに正攻法を仕掛けている黒鉄の動きを見ながら、タマモちゃんがキメラにヒットエンドランを繰り返す。
やる気満々でGTOの甲羅の上で杖を振り回しているけど、今のところはちゃんと言い付けを守ってくれてるみたいだ。攻撃は【火炎弾】と【氷の槍】だけだからね。
放たれた魔法をキメラが丸い盾で弾き返しているけど、そんな動作で生まれた隙をついて黒鉄の鉄拳がキメラに叩き込まれている。
それにしても……、キメラの片手剣がボロボロになっている。
黒鉄は鋼鉄製だと思ってたんだけど、ちょっと違うんだろうか? あれだけ片手剣を叩き込まれているんだけど、傷さえ見えない。
黒鉄は正面からだし、タマモちゃんは側面からだから、私は後方ということになるのかな?
とりあえずは、棒手裏剣を何本か叩き込んでみよう。
崩れた壁から一気に跳び上がり、後方にジャンプを繰り返して移動する。
キメラの殺気がこちらに向いていないのは、移動するのにほとんど音を立てないからだろう。私の殺気は【隠形】スキルで相殺されている。
後方から、数回のジャンプを繰り返してキメラに近付くと、ジャンプしながら棒手裏剣を投擲する。
水平から2本、上空から2本の棒手裏剣がトラの胴体に吸い込まれるように突き刺さると、上半身が私に向きを変えた。
戦士の口から【火炎弾】が私に向かって飛んでくる。
とっさに【火遁】で作った【火炎弾】を放って私に向かってくる【火炎弾】を迎撃する。
【火炎弾】同士が空中で炸裂したすきに、素早く後方に移動して様子を見ることにした。
私に攻撃が向いたところで黒鉄が一気に距離を詰め、キメラの上半身を抱き着くようにして確保する。
こうなれば、タマモちゃんも安心して近付ける。
直ぐにGTOを駆ってキメラに近付くと、至近距離から魔法を連発し始めた。
黒鉄もタマモちゃんの攻撃に巻き込まれているんだけど、どちらも気にしていないみたいだ。
黒鉄の【魔法防御】と【物理防御】に絶対の自信があるのだろう。
さて、次の攻撃は……。
ジャンプ数回でキメラに近付く。前回と同じようにトラの胴体に棒手裏剣を投げようとした時だ。
いきなりトラの尻尾が私に向けられた。
先端から紫の霧が放たれたので、空中で足を大きく蹴り出して自分の軌道を変える。
着地と同時に棒手裏剣を放って後退したんだけど、まだ手元に持っていた棒手裏剣が腐食していた。
よく見ると、尾がヘビになっている。腐食性の毒霧を放つんだから嫌らしいよね。
遠回りに移動してタマモちゃんのところに移動する。
タマモちゃんも、尻尾のヘビに気が付いたみたいで後方に移動していた。
「厄介ね。あれで終わりかと思ってたんだけど」
「今のところは黒鉄も耐えていられる。でも、いつまで持つか……」
黒鉄の頑丈さは材質だけでなく、何らかのスキルの発動ということなのかな? そのスキルは永続ではなく制限があるということなんだろうけど、せっかくああやってホールドしてくれてるんだからねぇ。今の内に何とかしときたいな。
「職業階梯をさらに上げる! でも、その後は……」
「GTOは使えなくても、私がタマモちゃんを担いでここから逃げ出すよ。たっぷりと攻撃した後でね」
私達の最終形態を取るってことだね。私はネコに近くなってしまうんだけど、タマモちゃんの場合はどうなるのかな?
それに、現在許容されてるレベルは25までの筈だから、無理に職業階梯を上げると攻撃は1、2回というところだろう。
あの尻尾さえ何とかなるなら、タコ殴りが出来そうなんだけど……。
「始める。後はお姉ちゃんに!」
タマモちゃんが私に向かって力強く言い切ると、GTOの甲羅から上空にジャンプした。大きな光球が出現してその中にタマモちゃんが吸い込まれていく。
光が薄れていく中から現れたのは、白い着物に赤い袴、白足袋姿の女性だ。
衣装はそんな感じなんだけど、容姿は大人になったタマモちゃんなんだろうか? 世界を狙えるようなスタイルに町を歩けばスカウトされるような美人なんだけど、タマモちゃんの願望補正も入っているに違いない。
手に持っているのは大きな薙刀だ。まるで宝塚のように見えた背後の飾りは、よく見ると尻尾なんだよね。大きくて銀色に光っているし、数がたくさんに増えている。
まさか! 九尾の白狐じゃないよね?
でも、あの伝説では……。そうだ、名前が『玉藻』、タマモちゃんと同じなんだ。
「姉様、後はお頼みいたします。……さて、我が世界に仇なす者よ。我が力を思い知るがよい!」
まるで空中を滑るようにしてキメラに飛び込んでいった。
大きく薙刀を振りかぶって、腐食性の霧などものともせずに大上段から黒鉄共々真っ二つ……。
素早くその場から離れたタマモちゃんだけど、急速に纏っていた光が小さくなってその場に崩れ落ちてしまった。
慌てて、タマモちゃんのところに向かい、横たわるタマモちゃんを抱き起こす。
息はしてるね。怪我もないし、まるで疲れて眠っているみたいだ。
とりあえずGTOの甲羅の上乗せてあげたところで、キメラの状態を確認する。
薙刀で真っ二つの筈なんだけど、まだ光の粒になって消えていない。あの攻撃でも不足ということになると、倒すのはもっと難しくなりそうだ。
一緒に攻撃を受けた黒鉄には攻撃を受けた後すら確認できない。
確かに、あの一撃は黒鉄の体にも届いたはずなんだけど。
キメラの動きはない。
だけど、傷の奥から泡のようなものがぶつぶつと音を立てている。
再生してるということなんだろうか?
尻尾のヘビも、ゆっくりとだが動き始めているようだ。
なら……。
至近距離から傷口の奥に向かって【火炎弾】を次々と放った。
魔導士の放つ【火炎弾】ほどの威力は無いんだけど、それでも数でそれを補えるだろう。
黒焦げになった傷口からは、泡は沸いてこないようだ。
ついでに、頭を垂れていた戦士の頭を忍刀で斬り取って、尻尾のヘビも根元から切断した上で頭を落とす。
トラの胴体の心臓付近を何度も忍刀で突いてえぐった。
それでも、まだ再生するのだろうか? 相変わらず他の魔族や獣のように光の粒になって消えていくことがない。
まったく動きは無いんだけどねぇ。復活に数日ぐらいかかるのかな?
どうしようかと思って悩んでいると、バーニイさん達が人形に乗ってこちらにやって来るのが見えた。
向こうは何とかなったということかな?
「倒したのかい!」
「タマモちゃんの姿が見えないけど?」
人形に乗ったまま、私に問いかけてくる。
「タマモちゃんはGTOの上で寝ています。ちょっと無理をし過ぎました。何とか動きを止めてはいるんですが……。ごらんのとおり光に帰ることが無いんです。ゆっくりと再生しているようです」
「とんでもない怪物だな。となればだ……、燃やすことで良いんじゃないか?」
「そうね。再生したくとも元になる肉体が無ければどうしようもないはずよ。廃墟だから焚き木はたくさん使えるわ」
2人が人形を使って焚き木を集め始めたんだけど、焚き木というよりは丸太だね。
1時間も掛からずにキメラの姿が見えないほどに積み上げられた。
「でも、これだとタマモちゃんのしもべが一緒に燃やされてしまうわ」
「何とかなりそうです。ほら!」
タマモちゃんがあくびをしながらこちらに近付いてくる。
直ぐに黒鉄をキメラから引き離すと、黒鉄が光の中に消えていく。
「だいじょうぶなの?」
「ぐっすり寝たからだいじょうぶ。でも、あれは体力を消耗しすぎる」
無理に職業階梯を上げた反動かな? 一撃であれだからねぇ。しばらくはこのまま暮らした方が良いみたいだ。
バーニイさん達が人形から下りて、水筒のような容器に入れた油を焚き木に注いでいる。ツーンと石油臭い匂いがしてきたから、灯油かな?
最後に細い木の棒に残った油を付けると、ライターで火を点けて積み上げた焚き木に放り込んだ。
最初は小さな火だったけど、油のせいで一気に燃え上がる。
その熱気で私達は大きな焚き火から遠ざかって様子を見守ることにした。
「まったく、こんなものが必要だとは思わなかったな」
「バッグに入れれば重さは気にならなくなるんだけど、やはりアズナブルさんらしい気配りよねぇ」
警邏さん達の標準装備ということなんだろう。
ダンさん達も持っているのかなぁ? 会う機会があれば聞いてみよう。
勢いよく燃え盛る焚き火が苦連れ始めた時、火の粉とは異なる光の粉が焚き火を包み始めた。
キメラがレムリア世界を去ったことを知らせる光だ。
その光を見ながら、私とタマモちゃんが顔を見合わせて頷く。笑みを浮かべてしまったのは、あの戦いを勝ち残った者の特権ということで許されることに違いない。
本来ならば、死に戻りできない者に対して哀悼すべきことなんだろう。
「済まないね。こっちも大変だったんだ」
「もう、バーニイ連携を無視して突っ込むからでしょう!」
今夜も廃墟で野宿することになりそうだ。
バーニイさんの戦いの話を、タマモちゃんがうんうんと頷きながら目を輝かせて聞いてくれるのが嬉しいのかな?
両腕を振り回しながら熱弁している。
そんなバーニイさんを呆れたような顔でクリスさんが見ているけど、笑みを浮かべているところを見ると、やはりバーニイさんと良い仲なんだろうね。