075 2体のキメラ
「ごめんね。ずいぶん長く寝てしまったわ」
「何もありませんでしたから……、それに眠れるときは眠るのが一番です」
バーニイさん達が起きてきたのは昼を過ぎてからだった。
昨夜は無理して戦ってくれたからねぇ。眠そうに目をこすりながら起きてきた2人に、お茶のカップを渡す。
「それで、タマモちゃんは?」
「あれですか? 双頭のヘビがいるんですよ。こちらをジッと見てるんです」
バーニイさんは、GTOの甲羅の上でオペラグラスを覗いているタマモちゃんが気になるみたい。
「双頭だって?」
「気になるなら見てきたら? でも、ラグランジュにはそんなヘビがいるなんて聞いたことも無いけど」
ん? となると……、あのヘビはよそ者ということになるのかな。
例の侵入者と一緒に舞い込んできたんだろうか? だけど所詮はヘビ、冒険者なら十分に対処できるんじゃないかな。
GTOの甲羅の上では、タマモちゃんの隣にバーニイさんが立って双眼鏡を覗いている。身じろぎもしないで同じ方向を覗いている2人の姿を見ると、どっかの動物園にいる動かない鳥の話を思い出して、思わず笑みが浮かぶ。
「やはり、問題でしょうか?」
「あれだけバーニイが注目してるとなれば、やはりラグランジュには存在しないということになりそうね」
やはり侵入者ということなのだろう。
毒ヘビみたいだから、掃討することになるんだろうか?
突然、バーニイさんが前にのめり込むように上半身を動かす。タマモちゃんも同じような仕草をしたということは……。
クリスさんと顔を見合わせて立ち上がろうとしたところに、バーニイさんが走り込んできた。
私達を不思議そうな表情で眺めながら焚き火の傍に腰を下ろす。
「急に立ち上がってどうしたの? まあ、座ったらどうだい」
拍子抜けだけど、ここは座って話を聞こう。
バーニイさんの話しでは、やはり侵入者ということらしい。
「一応、本部には画像を送ってある。俺も、害がないならそっとしておいた方が良いと思ってるけど、タマモちゃんの話しでは最初に見つけた時には1体だったらしい。ところが今では胴体だけでも20体を越えているんだ」
「ヘビなんでしょう? 群れるとはあまり聞かないけど」
「繁殖期には群れることもあるさ。だけど、あれは少し異なるな。俺達の方をジッと見ているんだ。そして仲間がやって来る」
さっき驚いたように見えたのは、数が増えたということだったのだろう。
このままどんどん増えるんだろうか?
そんなに増えたら、ヘビの団子が出来そうな気もするけど……、まさか!
「どうしたの?」
「ちょっとギリシャ神話を思い出したんです。前に見た侵入者の姿がギリシャ神話の神や魔物に似ていたものですから」
「ギリシャ神話でヘビの魔物と言ったら……」
「ヒドラ、それにゴーゴン!」
「それに似た魔物かと。となれば、相手の攻撃は【石化】ということになりかねません」
クリスさん達が顔を見合わせている。【状態異常耐性】のスキルが無いのかな?
その点、私とタマモちゃんなら問題はない。色々とイザナギさんが便宜を図ってくれたからね。
「本部に確認しといた方が良いだろうな。人形を通して俺達に影響が無いとは言えない」
「昨夜と同じ戦いになりそうね。増援は?」
「一応要求しといてくれ。だけど帆が死の対応もあるからなぁ」
私達が唯一の増援ということなんだろう。キメラがサード・ペズン周辺だけに出没している状況なら、後回しにできると判断したのかもしれない。
「キメラの前に変なのが出てきたな」
「案外、同時かもしれませんよ。こっちの様子をうかがってるように思えます」
焚き火の日でバーニイさんがタバコに火を点ける。
風下だから問題ないけど、レムリア世界でもタバコの害があるんだろうか?
ちょっとクリスさんが睨んでいるようにも見えるのは、リアル世界でもそんなことがあるんだろうな。
「モモちゃん。万が一、キメラが現れたら頼めるかい? 本当は俺達で何とかしないといけないんだろうけど、あのヘビだけで俺達には手一杯に思えるんだ」
「良いですよ。でも、ゴーゴンだとしたら……」
「直視しなければ良いはずよ。私達は【状態異常耐性】を持ってないから、隠れて対応することになりそうだけど」
「私達は持ってますからだいじょうぶなんでしょうけど、万が一の時には逃げてくださいね」
最後まで対応するなんて責任感は持たないことだ。ダメなら捕り手の人達もいるだろうし、騎士団を使うことだってできるだろう。
アズナブルさんは自分達での対応を考えているようだけどね。
そんなところに、タマモちゃんが私の隣に座り込んできた。
双頭のヘビの観察に飽きたのかな? バッグから飴玉を取り出して、口に放り込むと私にも1つ分けてくれた。
「南の方から何かがやってきてる。ゆっくりだから20分は掛かるんじゃないかな?」
タマモちゃんの言葉に、私達3人に緊張が走った。
やった来たのかな?
「来るのは1体だけかな?」
「小さな群れだけど、良く分からない」
バーニイさんがタマモちゃんの話を聞いて私に向かって小さく頷いた。
役割分担は、バーニイさんの言葉通りということなんだろう。私も小さく頷いて了承を示す。
「タマモちゃん。私達で南から来る群れを潰すよ。あのヘビはバーニイさん達が何とかしてくれるって!」
「だいぶ増えたから、がんばってね!」
ニコリとバーニイさんに笑みを浮かべながら応援してるから、バーニイさんが片手を上げている。そのしぐさがツボにはまったみたいでクリスさんが笑い声を上げた。
「タマモちゃんに頼まれたら、頑張らないとね?」
「まあ、頑張るしかないんだが、笑いながら涙を流さないでくれよ」
バーニイさんの言葉を聞いて余計に笑い声が上がった。そんなクリスさんに私も笑みを浮かべてしまう。
「距離、300mというところかな? そろそろ準備しないと……」
「俺達は、あの少し後方に下がる。最悪はゴーゴンだろうけど、人形が2体あるから何とか足止めしてみるよ」
ゴーゴンを倒すとは言わないんだ。
たぶん自分達の限界を知っているのだろう。まだレベルが低いことを気にしてるんだろうか? でも、アズナブルさんに任される人物なんだから、将来に期待しているということなんだろうな。
バーニイさん達が腰を上げて、後ろに小走りに移動していった。
残ったのは私とタマモちゃんだけだ。もっとも、黒鉄とGTOがいるから、実質4人? になるのかな?
「タマモちゃん、黒鉄を少し先の空き地に移動してくれないかな? 一応、黒鉄に正面に立ってもらいましょう。その後ろにGTOを使ってタマモちゃんは一撃離脱で攻撃してね。私は側面から攻撃する」
「これで一撃で良いんだよね?」
「最初は【魔法】で攻撃するのよ。長い槍を持ってるみたいだから」
タマモちゃんがGTOの甲羅に上り、黒鉄がゆっくりと南に歩き始めた。相手が槍を持つから接近戦を最初から仕掛けるのは愚の骨頂だろう。
バッグから棒状の手裏剣を取り出す。小指ほどの太さの棒手裏剣はニンジャの職業と【投擲】スキルを使えば結構使い勝手が良い。
先ずは、これを使って相手の体力を削ぐことに専念しよう。
「もう直ぐ見えるよ!」
「了解。それじゃ、始めるよ。タマモちゃんもがんばってね!」
廃墟の崩れた建物の陰から陰に素早く移動しながら黒鉄の横に位置する。3本の棒手裏剣を手に、崩れた壁の隙間から黒鉄の様子を見る。タマモちゃんは50mほど後方に位置してるけど、GTOの甲羅の上だからねぇ。隠れようがないから杖を片手に仁王立ちしている。
ジッと様子を伺っていると、タマモちゃんが杖を握り直すのが見えた。
南に視線を移すと、低い灌木の間から敵の姿が見える。
確かにトラの頭部に人間の胴体が乗っている感じだね。チェインメイルを着込んで、頭にかぶったヘルメットはギリシャ風だ。
槍は手槍のようで、人間の胴体の腰には片手剣まで下げている。
率いてきた獣は、昨夜襲ってきたオオカミの2倍ほどもある。数体だけど手強そうだね。
さて、問題は……。いたいた。確かにヘビの塊が頭髪のようだけど、人間の格好ではなく、ワニの頭部が起点になっている。
ワニのような口はそのままだから、ゴーゴンというわけではなさそうだ。
黒鉄を無視してそのまま歩く先には、バーニイさん達の人形が武器を構えて立っていた。
向こうも、襲う相手をあらかじめ決めていたのかもしれない。
私達にとっては好都合だけどね。
黒鉄をゆっくりとオオカミ達が取り囲み始めた。
キメラは黒鉄の正面に立って、槍を投げようとしているようだ。タマモちゃんは、黒鉄の右手方向にゆっくりと移動しているから、最初はオオカミを狙うのかな?
手槍が風を切る音が聞こえたと同時に、ガツン! と大きな音が聞こえた。
オオカミ達が一斉に黒鉄に飛び掛かる。
崩れた建物を縫うようにして黒鉄に接近した私は、棒手裏剣を素早く放って後方に下がる。後ろで【火炎弾】の炸裂音が聞こえてきたのは、タマモちゃんの攻撃に違いない。
土台に使われてた石垣の陰から状況を見る。
大きなオオカミは黒鉄に全て叩き伏せられたようだ。
キメラの放った手槍も黒鉄には歯が立たなかったみたいだ。さすがは超合金! やはりあの姿だからねぇ。壁にはうってつけじゃないかな。
そんな黒鉄に、キメラが片手剣を抜いて近付いてくる。左手には丸い盾をいつの間にか掴んでいるけど、どこから出したんだろう?
タマモちゃんが放つ【火炎弾】を意とも簡単に盾で跳ね返している。
盾で火炎弾の炸裂を防ぐのかと思ってたけど、弾くんだから何らかの魔法が【付加】されているのかもしれない。
私も動くか……。