069 アズナブルさん
ラグランジュ王国はちょっと変わった王国らしい。
何と、国王は政府機関とは関わらない人物ということだ。 そんな話は全然聞いたことがないけど、アズナブルさんの語ってくれた王国の話しではそうなるみたいだ。
「レムリア世界がこれほど大きくなろうとは、運営会社は考えもしなかったようだ。おかげで我が財団の寄付でこの王国を手にできたのだからね」
「ひょっとして、王子様とか?」
私の言葉にアズナブルさんどころか、ハモンさんまで口を押えて笑っている。
「いや、そこまで強欲ではないさ。王国とは言っても、その実態は5つの貴族による合議制だからね」
「長老制みたいなものですか?」
「変化のない王国なら年寄りのボケ防止にはなりそうだな」
辛らつだが笑みを浮かべているところを見ると、それなりに良い面もあるということなんだろうか?
そんな話をしている時に食事が運ばれてきた。
フルコースというわけではないけれど、今までの食事とは段違いなんだよね。
平然と食べているタマモちゃんは、リアルではこんな食事をいつもしてたのかな?
平民には年に1度あるかないかだ。クリスマスでもこんなにお皿やデザートが並ぶことはないんじゃないかな。
次はいつ食べられるのかと思いながら料理を味わう。
たまにタマモちゃんが私に顔を向けて笑みを浮かべるんだよね。確かに美味しいんだけど、花屋の食堂のスープが懐かしくなってくる。
食事が終わるとワインが運ばれてきた。もちろんタマモちゃんにはジュースなんだけど、色だけみると同じワインに見えてしまう。
「さて、そろそろ本題に入っても良いだろう。ブラス王国のカノンからメールが届いた。侵入者の詳しい内容だが、本来は上層部から来るべきものは全く要領を得なかったからね。少しは内情が理解できたつもりだ」
「ラグランジュも侵入者を侵入と同時に迎撃したんだけど、全てを倒せなかったの。1割が一時行方不明。その後個別に始末したけれど、侵入経路遮断までに数人が不明のままだったの」
そういうことか……。やはり、どの王国も不安を抱えたとままだということになる。
「プルパへの移動途中で早馬を見たんですが?」
「どうやら、ファルベン王国で始まったらしい。NPCの二家族が皆殺しということだ」
ジッと私の顔を眺めている。
始まったということなんだろうか? もう少し組織を作ってからだと思っていたんだけど。
「NPC狩りでしょうね。最初は影響が出ないでしょうから、大事には思えないでしょうけど……」
「ボディ・ブローのように後々効いてくるということだ。NPC狩りの話はモモちゃんが提言したと聞いたが?」
「侵入目的をレムリア世界の混乱、さらには破綻させようと考えるなら軍隊規模による侵略は具の骨頂でしょう。テロ活動が一番です」
「バックとなる多国籍企業、あるいは国家を特定されることもないだろうな。なるほど、テロは合理的ではある」
でも、早期に開始したのなら対処のしようはあるんじゃないかな?
組織だって動いているとは考えられないし、案外早く捕まえられるかもしれない。
「でも、何もない方が不安が増します。それだけ、この世界に根を下ろすことになりますから」
「協力者あるいは洗脳された者も出てくる可能性があるな。既にこの世界の住人同士の戦いになっている。始まる前は無理でも広がらぬようにしたいものだな。……ハモン、ラルの方は?」
「1個分隊を待機させています。ナナイ様が1個小隊を率いて王国より参じています」
ラルさんが警邏隊で、ナナイさんは騎士団の人なんだろうか? アズナブルさんは騎士団まで動かせると?
「そんな目で見ないでほしいな。ナナイとは古い付き合いなのだよ」
ちょっと顔を赤らめているのはそんな関係だということなんだろう。ちょっと固い感じに見えたんだけど、案外普通の男性なんだね。
「一応、我等の準備はできているつもりだ。とはいえ、一抹の不安も残る。隣国の国境でNPC狩りがあったとなれば、呼応する動きも出てくるはずだ」
「漠然とした話です。あまりこの地に滞在するつもりはないのですが?」
「そこは相談というか、依頼になるのかな? ラグランジュ王国へのプレイヤー数は他の王国から比べれば、三十分の一程でしかない。その数で周囲の王国とバランスを取るために、NPCの数が多いことが問題だ。……私からの依頼は、グラナダの南方の森で狩りをしてもらいたい。期間は10日、報酬は獲物が無くとも1日銀貨1枚ということになるのだが……」
獲物が無くとも十分に宿代になるよね。
タマモちゃんが私に顔を向けて小さく頷いている。ある意味、無駄な投資にも思えるけど、アズナブルさんはお金持ちみたいだから問題ないのかな?
「南の森で狩りをすれば良いのですね? もちろんPK、もしくは私達に敵対してきた獣は排除しますけど」
「十分だ。とはいえ、お嬢さん2人だけを行かせたのでは、カノンに何を言われるか分かったものではないからな。こちらから2人付けるつもりだ」
どんな人なんだろう? 警邏さんの筈だよね。
「報酬を渡しておくわ。今夜はこの家形に泊まって頂戴。明日の朝食後に出頭するように2人には指示しておきます」
「2人とも人形使いだ。初歩の魔法はできたはずだ」
「レベル13の人形使いよ。モモちゃん達のレベルには達しないけれど、グラナダ周辺であれば十分役立つわ」
人形使いという職業があったんだ!
どんな人形を使うんだろう? タマモちゃんも興味深々な表情をしてるんだよね。人形という言葉に反応したのかな? でも可愛らしい人形じゃないことだけは確かだと思うな。
アズナブルさんの執務室を後にして、豪華な客室に通された。
館から飛び出したような感じでガラス張りの浴室があるのには驚いたけど、海を眺めながらの入浴はこの館一番のおもてなしなんじゃないかな?
「ちょっと仕事が出来ちゃったね」
「でも、この王国の狩りも面白そう! 大陸の東には人形使いという職業は無かったから、どんなお人形を使うのか早く見てみたい」
タマモちゃんが嬉しそうに話してくれたけど、ちゃんと泡を落としてからお風呂に入ろうね。
フカフカのダブルベッドは、私達ならもう1組一緒に寝られるぐらいの大きさだ。
遠くに潮騒の音を聞きながら私達は目を閉じる。
私達を単なる保険と思ってはいないはずだ。アズナブルさんには南の脅威がある程度見えてるんじゃないかな?
勘が異常に鋭い人っているらしいからね。
でも、それならアズナブルさん自らが行動すれば良いようにも思えるんだけどなぁ……。
翌朝、着替えを終えた私達をハモンさんが迎えに来てくれた。
小さな部屋でハモンさんと朝食をとることにしたんだけど、アズナブルさんは一緒じゃなかったんだ。
「アズナブル殿は、既に分隊を率いて東に向ったわ。私は留守番なの」
「国境ということですか?」
私の問いに、ハモンさんが小さく頷く。
部下任せにしないで自ら出陣ってことか。中々行動的だね。
「お食事のところ、失礼いたします。バナージ殿達がいらっしゃいました」
「あら、早かったわね。ここに通して頂戴!」
ハモンさんに頭を下げて部屋を去ろうとしたメイドさんを慌てて呼び止めて、水筒に水の補給をお願いした。
これから直ぐに向かうんだったら、水筒を満タンにしとかなくちゃ。
「フフフ……。本当に、冒険者なのね」
私の行動に目を細めて、ハモンさんがお茶を飲んでいる。
既に朝食を終えたみたいだ。私達も急いで出された食事を平らげる。
コツコツと小さく扉が叩かれ、2人の男女が部屋に入って来た。私より1、2歳年上に見えるな。
男性は黒ずんだ金髪に灰色の瞳。女性は明るい金髪で緑の瞳が印象的なんだよね。身長は、高そうだしどちらもやせ型だ。ちょっと色が落ちた革鎧を着こんでいる。
「指示を受けてやってきました。既に隊長達は東に向ったようですが?」
「2人には、こちらのお嬢さん達と一緒に南に向かってもらいます。1週間の狩りを楽しんできて頂戴。でも、何を狩るのかはお嬢さん達に任せてあるわ」
ハモンさんが2人をテーブルに着けさせると、メイドさんが新たなお茶のカップを持て現れた。
部屋を去る前に、私達の水筒を渡してくれたから、準備は整ったことになる。
「失礼ですが、御嬢さん方のレベルは?」
「ギルドカードではL10だけど、アズナブル殿は、それは表向きだろうと言っていたわよ」
2人が絶句して私達を見ている。
貴族の娘さんの気まぐれに付き合うぐらいに考えてたのかな?
「こっちがバナードで隣がクリスティよ。皆からは、バーニイとクリスと呼ばれてるけど、本名は教えておかないとね」
「私がモモで隣がタマモと言います。今日初めてお会いしましたが、私達もバーニイさん、クリスさんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「その方が、嬉しいね。バナードなんて言われたら、誰かと思って辺りを探してしまいそうだ」
「私もそれで良いわよ。ところで、南での狩りなんでしょう? モモちゃん達は馬に乗れるのかしら?」
乗れなければ、鞍の前に乗せて貰えるのかな?
でも、GTOがいるからね。
「私達も移動手段は持っています。たぶん軍馬並には行動できるかと」
「なら十分だな。今日中に、ファースト・ペズンに到着できそうだ」
タマモちゃんが仮想スクリーンを開いて地図を眺めている。どうやらグラナダを取り巻く村の1つらしい。距離は60kmほど南らしいから、そこが活動拠点になるのかな?
私達がお茶を飲み終えるのを待っていたかのように、メイドさんが小さな包みをバーニイさんに手渡した。
頷いて受け取ったのをみると、昼食なんだろう。
「これで、準備は整ったかしら? そうそう、バーニイ。お嬢さん達をギルドに連れて行ってくれないかしら。まだ到着報告が終わってないの」
「なら、これから向かいましょう」
バーニイさん達が席を立ったのを見て、私達も席を立った。
さて、何も無ければ良いんだけどね。
座って、2杯目のお茶を飲んでいるハモンさんに頭を下げると、私達は館を後にする。