062 国境越えは渡し舟で
翌日。心残りはあるけど、私達はトラペットからコンバスに【転移】する。
一度ギルドで来訪手続きをしておけば簡単に行き来できるんだよね。
コンバスの教会に隣接した公園に【転移】したのだが、周囲には誰の姿も見えない。ここに現れるのは転移者だけだからだろうか? 小鳥のさえずりだけが聞こえるだけだ。
「ここは初めてだよね。隣が教会だから、あの通りを右に進めば大通りに出られるみたい」
「次は国境なんでしょう?」
「そうよ。この地図だと、ファルベン王国というみたい。最初の町はブラウで次がグリューン、その先がプルパで次の王国の国境の町よ。グリューンの北に王都があるけど、今回は見送りましょう」
最西の王国はラグランジュになる。6つの町あるようだけど、赤い街道で結ばれているのは、そのうちの2つ、グラナダとソロモンだけだ。グラナダが最西端ということになるのかな。
隣国との国境もちょっとしたイベントがあったに違いない。
行き来している冒険者のレベルがどれぐらいなんだろうか? ちょっと気になるところだ。
「初心者装備のプレイヤーもいるけど、私達みたいな装備がほとんどだね」
「一応、L10ぐらいになってるんじゃないかしら? 武器だって、初心者装備よりは1つ以上、上を手にしてるもの」
大通りに出ると、途端に人通りが多くなる。通りを歩く人達の半分以上が冒険者達だ。タマモちゃんの言う通り、初心者装備の冒険者が混じってる。
でも大部分の冒険者は私達の装備とあまり違わない。トラペットからチューバッハ、そしてコンバスという流れで冒険の旅を続けてきたのだ。いろんな獣を狩ってきたに違いない。当然、獲物に応じて自分達の得物も変えたのだろう。
「でも、初心者みたいな人もいるんだよね」
「馬車で、やって来たのかしら? 周辺の獣だって手強くなってるはずだから、自分の技量を早めに知ってほしいところよねぇ」
将来に備えて、早めに遠くの町への足掛かりを手にするのは理解できるけど、無理をしないでのんびりとレムリア世界を楽しんでほしいな。それに、冒険者達の最終目標はまだ決まっていないはずだ。小さなイベントやレイドイベントを沢山こなさないと分からないのかな?
魔族達が魔国を作っているぐらいだから、それにかかわることになるのは理解できるけど、倒せば良いというわけでもなさそうだ。
大通りを西に向かって歩くと、やがて西門が見えてきた。
門の内側にある広場は屋台と、屋台で買い物をする冒険者で賑わっている。昼食を買い込んで、これから狩りに出掛けるのかな?
私達はメリダさん特製のお弁当を持っているから、素通りして西門を出る。
赤い街道は西に向かって、どこまでも真っ直ぐに伸びている。こんな道はリアル世界で目にすることができないんじゃないかな。
ブラス王国とベジート王国の国境には川が流れていたけど、ファルベン王国との国境も同じなんだろうか? 地続きの国境なら何かと面倒な気もするから、レムリア世界の国境は川を境にしているのかもしれないな。
「町が小さくなったからGTOを呼ぶね!」
「周囲に冒険者もいないみたいね」
大きな亀さんだから、初めて目にするプレイヤーは驚くんだよね。
金色の光からGTOが出てくると、直ぐに甲羅の上に乗る。後はタマモちゃんにお任せして、私は周囲の景色を楽しもう。
とはいっても、街道の周囲は低い起伏の荒れ地が広がっているだけだ。町の周囲には緑の畑や、焚き木取り用の林があるんだけどね。
やはり町を離れると、どこも同じになるのかなぁ?
30分も過ぎたころに、南に小さな森が見えてきた。たぶん村があるのだろう。レベルアップを狙うプレイヤー達がたくさんいるに違いない。
昼近くになったところで、街道の途中にある休憩所に寄る。
荷馬車と乗合馬車が休憩所の広場の端に停めてある。御者と乗客達は焚き火を囲んで食事をしていた。
先客がいることを知ってGTOから下りて、歩いて広場に向かう。
私達に気付いて焚き火を囲む連中の顔がこちらを向いたところで、軽く片手を上げてご挨拶。何人かが手を上げて焚き火に誘ってくれた。
「若いのに、この先を目指すのか? この先にあるリバーサイドの先は国境だぞ」
「その先を目指してます。国境に町があるんですか?」
コンバスの先が国境だと思ってたんだけど、新たな町が現れたということなのかな?
焚き木の束を椅子代わりに使わせてもらって、タマモちゃんがポットを持ち出すと、焚き火を囲んでいた中のお姉さんが、ポットを持ち上げて微笑んでいる。
お茶をご馳走してくれるらしい。嬉しそうに頷いたタマモちゃんが、ポットをしまってカップを2つ取り出した。
「国境は川なんだが、小さな村が川の傍にある。川幅が広くて深いから橋が掛けられないようだ。渡し舟が村から出てるぞ」
「大きい村なんでしょうね?」
「宿が2つに雑貨屋が1つとギルドの出張所がある。戸数は30にも満たないぞ。川で漁をして暮らしているらしい。そうそう、国境だから警備隊も駐屯してるぞ」
北のベジート王国へは橋を渡って行ったんだけど、ファルベン王国には渡し舟ということになるのか……。
午後の船便に間に合えば良いんだけど、最悪はリバーサイドで一泊することになるのかな?
お茶のお礼を言って、私達も食事を始める。
メルダさん特製の厚切りハムサンドだ。焚き火を囲んだ連中と話をしながらの食事は、周囲の狩りの様子までも知ることができる。
「たまに野犬が襲ってくるんだ。積み荷が魚の燻製だからだろうな。そんなことで俺達が守り役だ」
「乗合馬車も似たようなところがあるな。もっとも、乗客もそれなりの連中だから、俺達2人で十分らしい」
荷馬車の方が5人パーティで、乗合馬車は2人で対応してるってことらしい。乗合馬車の乗客は10人程だし、冒険者が半分以上いるというのも驚きだ。
「食事が終わってから動きだせば夕暮れ前にはリバーサイドに着けるぞ。嬢ちゃん達は歩いてきたのか? 途中で追い越したとは思えないんだが?」
「使役獣に乗ってきたんです。隣が獣魔使いですから」
「そういうことか! やはり獣魔使いを仲間にしとくと色々と便利なんだなぁ」
「今更だ。腕の良い獣魔使いは街道警備に引っ張りだこらしいぞ。俺達のような後続のプレイヤーでは、最初から仲間に獣魔使いがいないとどうしようもない」
大形の獣を使役できるなら、それに乗って移動できるということになる。同じ街道警備を請け負っても、荷馬車に乗る人数が少なくなるということになるだろうし、使役する獣によっては、襲ってくる野犬さえたじろぐに違いない。
ゆっくりとお茶を味わい食休みを取ったところで、再び西を目指してGTOを走らせる。
GTOの速度はレムリア世界では高速に違いない。2時間も過ぎると西に緑が南北に一線になって見えてきた。
川の両岸に広がる緑地帯なんだろう。もうすぐ、村に着けそうだ。
緑地帯は、背の低い広葉樹の林だった。赤い街道はその林を断ち切るように西に延びている。
林に入って数分も過ぎると、西が開けて見えてきた。前方に、丸太を組んだような門がある。あれがリバーサイドということなんだろう。
林が尽きる前にGTOから下りて歩き出す。
10分も歩くと、低い丸太の柵が南北に見えてきた。あまり頼りになりそうもない囲いだけど、この辺りには大型の獣がいないのかな?
「止まれ! 冒険者なのか?」
「トラペットから西に向かってます」
胸元からギルド発行のカードを取り出して門番さんに見せる。
さすがに国境の村だけあって、村人ではなく王国の兵士が派遣されているようだ。
「よし。通っていいぞ。今なら渡し舟に間に合うだろう。真っすぐこの通りを歩いて行けば船着き場だ」
「ありがとうございます。ところで、川の対岸は?」
「ブラウ町だ。大きい町だから、向こうで泊まった方が良いだろう。ギルドへの到着報告はこの村ではできないんだ」
出張所と言っていたから、プレイヤーの狩りの獲物を買い取ってくれるだけなのかもしれない。
門番さんに礼を言って、西に向かって通りを歩きだした。
最初は大きな村だと思ってたんだけど、西側が川だから柵を作る必要が無いということらしい。
直ぐに家並みが消えて、大きな川を目にすることができた。
対岸までの距離は500mはあるんじゃないかな? 村から10mほど下がったところを流れているから、洪水になっても村は無事なのかもしれない。
村の川岸は岩場になっている。その岩を削ったような階段を下りていくと、川に突き出した巨岩の陰に渡し舟が停泊していた。
「もうすぐ出るぞ! 急いでくれ」
船頭さんが大声を上げる。
階段を跳ねるように下りて渡し舟に到着すると、渡し板の手前で料金を払うことになった。1人2デジットは安いんだろうね。
「乗ったら、ベンチに掛けてくれ。立ち上がらないでくれよ」
私達が席に着いたことを確認した船頭さんが、岸にいた仲間にロープを解くように声尾を掛ける。
「解いたぞ!」の声に船頭さんが頷いて長い竿で岸壁を突くと渡し舟が動き出した。
渡し舟は、船頭さんの下に2人の漕ぎ手がいる。乗客は私達の外には10人もいない。
20人は乗れそうなんだけど、それほど国境を行き来する人がいないのかな?
岸から離れると、漕ぎ手が船を漕ぐのかと思っていたら、渡し舟は船首を上流に向けたままだ。
そのまま横滑りするように川を西に向かって移動している。
船首に長いロープが延びているのが見えたから、上流に錨を下ろしているのだろう。舵の操作だけで川を横切り、船着き場への接岸時に櫂を使うのかな。
「向こうの町は石垣だよ! 大きいね」
「いよいよ、西の王国だね。変わった狩りができると良いね」
数mもある石垣が東西に延びている。トラペット並みの大きさがあるかもしれない。でも、石垣を高くするのはそれだけ脅威を考えてのことだろう。
その脅威も気になるところだ。