060 危機は去ったのだろうか?
アラクネが横に倒れる。
大きなお腹だから面白いように攻撃が当たるんだよね。【魔法防御】のスキルが無くなることはないけれど、投げ槍が何本もお腹に刺さって体液が間欠的に噴き出している。
「とんでもねぇ奴だなぁ……」
長剣で鎌の一撃を跳ね飛ばしたダンさんが後ろに下がってきた。
まだまだ上半身は元気なのかと視線を移すと、女性の姿をしたものが、ずるずるとクモの胴体から離れ始めている。
長い胴体だなと最初は感心して見てたんだけど、だんだんと姿を現した胴体は短い4つ足を持ったヘビのようなものだった。
「ラミア? では無さそうね」
「化け物さ。どんな初期設定をしたのか分からないけどね」
確かに怪物には違いない。
だけど……。アンヌさんが放った【火炎弾】が彼女に命中して炸裂すると、今まで笑みを浮かべていた顔に苦悶の表情が現れた。
スキルを失ったの? 【魔法防御】のスキルはクモの胴体に備わっていたらしい。
俄然、魔導士達が張り切りだした。
今までは牽制ぐらいにしかならなかった攻撃が有効になったんだからねぇ。
10発ほどの【火炎弾】が怪物を包みこむと、大きな鎌の柄を杖代わりに立つのがやっとのありさまになってきた。
「引導を渡してあげた方が良さそうですよ?」
「そうだな。ここは俺も心を鬼にすべきだろう」
ゆっくりとアラクネに近付いたダンさんが長剣を一閃させて首を斬り取った。
アラクネが、ノイズのような残像を残しながらレムリア世界から消えていく。
プレイヤーがどうなったのかは私達には分からない。
異なる電脳世界への介入を行ったのだから、最悪は廃人になるとは聞いたけど……。
「東も終わったみたいだな。負傷者の手当てをして、もう少し状況を見守るぞ!」
こちらも4人程怪我を負ったようだ。
タマモちゃんは獣魔使いの姿に戻って、私達のところに歩いてきた。私もレンジャー姿に戻ると、アンヌさん達と一緒にテントへと向かう。
アンヌさんに言わせると、監視ぐらいはダンさんにもできるだろうということなんだけど、結構使われているみたいで気の毒に思えてきた。
「どうにか倒せたわね。事務所に画像と戦いの様子を送ってあるから、分析は向こうでやってくれるわ。とりあえずお茶を飲んで頂戴」
「捕り手さん達も何とか出来たみたいですね。これで2体ですが、残りはどうなるんでしょう?」
「もう直ぐ、何とかできるみたい」
侵入経路がほぼ分かったということなんだろう。前にも似た話をしてたから、今回はその遮断を強制的に行う目途が立ったということに違いない。
最悪は廃人も想定されるんだけど、レムリア世界で遊ぶプレイヤーが同じ目に会う恐れがあるのなら、侵入者側にその責を取ってもらうのは仕方のないことかもしれないけどね。
2杯目のお茶を頂いている時に、アンヌさんの耳元で警邏のお姉さんの1人が囁いている。小さく頷きながら聞いてるけど、だんだんと笑みが大きくなっている。
そのうちに、豪傑笑いをする感じなんだよね。肩まで動き始めたもの。
「皆! 終わったわよ。侵入経路は全て遮断。通信中の遮断件数はおよそ300件ほどだったらしいけど、これは違法侵入だから法制上の問題も発生しないそうよ」
アンヌさんが席を立って大声で宣言してくれた。
とりあえずは、肩の荷が下りたということになるのだろうが、NPCへの影響は無視できないんじゃないかな?
しばらくはNPCのPKを注意しなければなるまい。
アンヌさん達は、この場にしばらく滞在するみたいだ。かなり罠を仕掛けたようだし、あちこちに穴を掘っているからねぇ。前の状態に戻すまでは責任があるのかもしれないな。
私達は一足先に、数人の警邏さん達と一緒にトラペットの町に戻ることになった。
GTOなら直ぐなんだけど、荷馬車に揺られても夕暮れ前には到着するだろうし、花屋の食堂なら快く泊めてくれるだろう。
「モモちゃん達はNPCだと聞いたけど、ダン達が頼りにしてるみたいだな」
「結構、自由に動いてます。何も無ければ赤い街道はどこまで続くのか確かめたかったんです」
荷馬車に揺られながら、警邏さんとおしゃべりに興じる。
どうにか面倒な1件が片付いたから、一様にほっとした表情を浮かべている。
私に話しかけてきた警邏さんは強面の男性だったんだけど、私の返事を聞いて隣の連中の肩を叩きながら笑っていた。
「かなり時間が掛かるぞ。次の次の王国の西は海になっているから、たぶんそこまで続いてるに違いない。あっちは、誰の担当だ?」
「アズナブルだったはずです」
「警邏の制服を赤く染めた奴か? まったく困った奴だが、実力はあるんだよなぁ」
赤い制服? 警邏さんの制服はグレーに染めたバックスキンの上下なんだけど。それをわざわざ目立つ色にしたってことは、自意識過剰な人なんだろうか?
「根は良い奴だが、女癖が悪いのが問題だ。気を付けるんだぞ」
「はぁ、でもそんな人を警邏さんにしたんですか?」
「実力はあるんだ。だけどなぁ……」
困った人ということかな? でも、その時には懲らしめてやろう。
隣のタマモちゃんも厳しい表情で頷いているからね。
トラペットの西門をくぐったところで、荷馬車を下りる。
警邏さんの「ありがとう」の声に片手を上げて答えながら、大通りの雑踏の中に紛れ込んだ。
「花屋の食堂に行くんでしょう?」
「トラペットに来て素通りしたら、文句を言われそうだしね。お土産はないけど、行ってみましょう」
「お土産ならあるよ。クモのお姉ちゃんと戦った時に、野ウサギを狩ったから」
思わず、タマモちゃんをまじまじと見てしまった。
あの戦いの最中で狩りをしたってことなんだろうけど、そんな余裕があったんだろうか?
その後、「何匹?」と聞いたら「2匹」と答えてくれたから、たまたま近くにいた野ウサギを狩ったんだろうね。
あのまま、テントで夕暮れを迎えたら、今夜はウサギのスープだったのかもしれない。
だけど同じスープでも、メルダさんの手に掛かれば絶品スープに変化する。いつもお手伝いはしてるんだけど、あの味が出ないんだよねぇ。
「ただいま帰りました!」
花屋の食堂の扉を開けて、台所の奥に声を掛ける。
直ぐにメリダさんがお玉を片手にカウンターから身を乗り出してきた。
「おや、モモ達じゃないか! 入っておくれ。ついでに手伝いをしてくれないかい。職人街の住人が増えてねぇ。毎日が戦争だよ」
「今行きます!」
タマモちゃんと一緒に台所に向かうと、真新しいエプロンを渡してくれた。少し小さいタマモちゃん用のエプロンまで用意されている。
嬉しそうにエプロンを付けたタマモちゃんが、ウサギ肉のブロックをメリダさんに渡していた。
「おや、お土産かい? いつも済まないね。もう直ぐライムが戻って来るから、来客はお願いするよ」
タマモちゃんは、いつも通りにテーブル係になるのかな。直ぐに食堂から出てテーブルの掃除を始めた。
「2日程、異人さんの数が少なくなったけど、何かあったのかい?」
「魔族が現れたようです。異人さん達には太刀打ちできそうもないとのことで、騎士団が動いたと聞いてます」
「それでかい。とはいえ、今朝からは広場も賑わっているそうだから、やはり騎士団は頼りになるってことなんだろうねぇ」
町や王都の住人からすれば、異質の脅威だということはあまり問題にもならないだろう。堅固な城壁に囲まれている町中での争いに発展しなければ、いつも通りの暮らしが続けられる。
警邏さん達の公式発表も魔族の侵入程度になるはずだから、私の答えで十分の筈だ。
「あら、帰ってたの!」
店に帰って来たライムちゃんは、買い物カゴをテーブルに乗せると妹分のタマモちゃんにハグしている。
「警邏さんのお手伝いをしてたの。終わったからここに来たの」
「今夜は一緒に寝られるね。お風呂も一緒よ」
お風呂をつくったの? 思わずメルダさんに顔を向けたら笑みを浮かべて頷いてくれた。
「異人さんが作ってくれたんだよ。親方が腕を見せたかったんだろうね。めでたく大工になって東に向ったよ」
「お風呂は良いですねぇ。宿にもあまりないんですよ」
「まぁ、贅沢には違いないね。銀貨1枚に夕食3回分だから格安には違いないんだろうけど」
弟子の腕を確認するということだから、プレイヤーも収入は度外視でスキルを得たことで満足したに違いない。【大工】のスキルが【独り立ち】になったはずだ。
「それで、しばらくはこの町に滞在するのかい?」
「2日程、お願いできますか? 街道の西がどうなってるのか一度見てみようと思ってまして」
「かなりの長旅になりそうだね。だけど1度訪れた町には魔法で行き来できると聞いたから、若いうちには旅をした方が良いのかもしれないね」
【転移】魔法を使いこなす上でも、旅は欠かせない。
シグ達はどこまで行ったのかな? 北の王国で足止めを食っているはずだが王都ぐらいには足を延ばしたのだろうか……。




