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006 あまり困らせないでください


 大通りを抜けて小さな通りに出たところで足を緩める。

 もう少しで食堂だ。

 毛皮の売却は後でも良いだろう。とりあえず獲物を持ちかえれば私の役目は終わりになる。


 食堂の前で立ち止まる。

 小さな食堂なんだけど、入り口の上にある大きな看板には花屋と書いてあるんだよね。

 運営さんが間違えたのかな?

 おかげで、ライムちゃんが木の盾みたいな看板を開店時に外に出すことになるんだけど、それも運営側のちょっとした遊び心ということなのかもしれない。


「ただいまです」

「おかえり。どうだったい?」

「3匹し止めましたよ」


 台所に入ると調理台の上にウサギの肉を取り出した。ちゃんとブロックになってるし、元のウサギの大きさを考えると2倍はあるんじゃないかな? その辺りはスルーしといた方が良いのかもしれない。


「明日も使えそうだね。ありがとう。モモがいるから助かるよ」

「居候ですから、これぐらいは何でもありません」


 互いに笑みを浮かべて小さく頷いた。

 メルダさんにとっては、宿代以上の働きに見えるはずだ。ウサギ肉は1つのブロックでも3デジット(D)になる。月に20匹近く持ち込むんだから、それだけ材料費の節約になるんだろう。


「ライムは野菜を買いに出掛けてるんだ。料理の下ごしらえにはまだ間があるから、お茶でも入れようかね」

「ありがたく頂きます。ちょっと走って来たんで喉がカラカラなんですよ」

「あんまり無茶をするんじゃないよ」


 無茶はしてないんだけど、シグ達は私を探すんじゃないかな?

 概略の場所を教えているから、ちゃんと教えなさいとは言われないと思うけどね。

 問題は妹の方だ。

 私がゲームを残してきてるから、きっとやって来るだろう。シグ達と合流できれば心配はないけど、どんなキャラ設定をするんだろうか?

 小さいながらも剣道場に通ってるぐらいだから、サムライを目指すかもしれない。となれば最初の職種は戦士ということになるんだけど、何を考えてるか予想が付かない妹だから油断はできないんだよね。


「異人さんは沢山いたのかい?」

「南門を出たところにある3本杉の南まで行ってきました。頑張ってスライムを狩っていましたよ。数日は続くかもしれませんね」


「あの辺りなら、死に戻りはしないんだろうけどね。次に沢山異人さんがやって来るのは10日ぐらいしてからだそうだから、それまでには近くの村に行く異人さんもいるだろうね」

「そうしてくれないと、この町が異人さんで溢れてしまいます。閉鎖区画があるみたいですから、それを開いてくれるんでしょうか?」

「町長様の考えはよくわからないからねぇ。最初から全部と行かないのかねぇ」


 町の様子は、噂話としてメルダさんにも伝わるらしい。

 最初から町の全区画を開放しないのは、それだけバグを今の内に取り去ろうということなんだろう。あまり広げると対象範囲が広がってしまうからね。政府機関や運営の人達もしばらくは手探りでゲームの世界に参加するんじゃないかな。


「近所の職人さんのところにも、何人か異人さんが弟子入りしたみたいだよ。異人さんは皆が冒険者というわけではないんだね」

「迷ってる人がいたんでこの近くを紹介しておきました。皆さん気の良い職人さんですからねぇ。仕事を楽しんでくれたならと思っています」

「楽しければ長続きするだろうよ。つらい時でも初心を忘れなければ結構なことじゃないか」


 私達がお茶を飲んでいると、ライムちゃんが大きなカゴに野菜を入れて戻ってきた。

 メルダさんがカゴを受け取って、いよいよ下ごしらえが始まる。

 私も手伝わないとね。


 具沢山のスープにウサギの肉が混じる。今日はちょっと贅沢かな。

 味付けをメルダさんに見て貰っていると、近所のパン屋さんがパンを届けに来てくれた。

 あれ? いつもの店員さんじゃないから、ひょっとしてプレイヤーの人なのかな? パン屋で修業なんて、将来はケーキ屋さんを目指すのかしら。


「パン屋にも異人さんが入ったみたいだね。直ぐには無理だろうけど頑張れば自分のお店を持てるんじゃないかしら」

「頑張り次第ですね。次の異人さん達もそうだと良いんですが……」


 歓迎の広場で、無理矢理パーティに入れようとしていたプレイヤーがいたことを話してあげた。


「大勢なんだから、そんな連中もいるさね。でも警邏がしょっ引いて行ったなら少しは懲りたかもしれないね」

「懲りなければ『追放』なんでしょうね。大勢が住んでいるんですから自分勝手ではこまります」

「あんたも、あちこち出歩いてるんだから気を付けるんだよ。もっとも、ケンカしても負けることは無いだろうけどねぇ」


 レベル差がとんでもないからね。

 だけど、レベル差を確認するような人なら、最初からケンカになることは無いと思うな。


 準備が整ったところで、メルダさんがランプに【光球】を入れ、ライムちゃんが看板を店の前に置いてくる。

 さて、今夜はどれぐらいやって来るかな?


「いらっしゃいませ!」

 

 ライムちゃんがお客さんを案内してきた。

 先ずは近所の職人さんだね。いつもより人数が多いのはプレイヤーが混じっているみたいだ。

 

「ここみたいね?」

「お客さん3人ですか?」

「4人よ。ほら、早く来なさいな!」


 この声は……、やはり、シグ達だ。今度は4人なんだけど、誰を連れてきたんだろう?

 4人を確認してみると……、何で、妹がいるのよ! まあ、予想通りの戦士姿なんだけど、上手く合流できてよかった。

 いや、そんなんじゃなくて、ここに連れてくる方に問題があるんだから!


「リオン姉さんなの?」


 小さな声で妹が呟いた。

 ここは心を鬼にすべきなんだろう。


「モモです。NPCのレンジャーなんだけど」


 他の客もおもしろそうに、プレイヤーである女の子4人のパーティと私の会話を聞いている。

 妹達から顔を背けて、4人分の食事の準備に台所に入ろうとした時だった。


「ベッドの下のグリスターズの木内君の写真を貰っちゃった!」

「それ、私のだよ!」


 思わず振り返って叫んだけど、私はNPC……なんだよね。


「そうなんですか? でも姉の物はそっとしておいた方が……」

「私、姉さんがいるって一言も言ってないよ」


 冷ややかな妹様の言葉に冷たい汗が噴き出してきた。


「まあ、座ってください。今食事をお持ちしますね」


 周囲の視線が体に突き刺さる。

 ここは我慢が大切なんだろうな。


「ねぇ、ちょっとおかしいでしょう。でもしっかりとNPCの表示なんだよね」

「私は、ここで姉さんが暮らしているというだけで十分です。いつでも会えるんですからね。そうだ! スクリーンショットを取っとこう!」


 そんな話声が聞こえてきたんだけど、私が料理を運んで行ったら、いきなり「パシャ!」という音が聞こえてきた。

 ひょっとして撮られた?


「あのうお客様。あまり私達NPCを困らせないようにしてくださると助かるんですが」

「町の風景を撮るだけだから問題は無いでしょう? でも、訳ありなんでしょうから、少しは自粛してあげる。ケーナもそれで十分よね」


 妹が小さく頷いている。ケーナは彼女のぬいぐるみの名前からとったみたい。

 まったく、困った人達だな。私にも立場ってものがあるんだから。


「食事が終わったら、相談に乗ってくれない? レンジャー職ということは、私達にアドバイスをしてくれるんでしょう」

「アドバイスぐらいならしますけど、あまり私情を持ち込まないでくださいね」


 食事が終わったところでシグ達の相談に乗ったんだけど、やはり当初のレベル上げに関わることだった。

 4人いるし、回復役もいるんだからということで三本杉の南を勧めることにした。

 とはいうものの、L2になるまでは3本杉を越えてはいけないと注意しておいたからだいじょうぶだろう。

 

「L5を過ぎてからが本格的な冒険になるのね。了解したわ。無理をしないで頑張るからね。ケーナの面倒は私達が責任を持ったげる」

「たいへんですが頑張ってくださいね。それと私はNPCのレンジャーですから」

「分かったわよ。これでも口は堅いんだから」


 その固い口で何度泣かされたことか……。これで家族にはバレてしまったのかな? でも、かつてのゲームで活躍してたから、そのデータを基に「レムリア」のNPCができたってことで、周囲が納得してくれるかもしれないな。


「あんたの知り合いかい?」

「どうやら昔の私を知ってるみたいでした。とはいえ、相手は異人さんですから困ったことがあれば手伝ってあげなければいけませんね」

「そうだよね。なんでもできると思ってる異人さんが多いと聞いてるよ」


 とりあえずメルダさんの方は誤魔かせた。ライムちゃんも無理やり納得してくれるだろう。近所の職人さん達は我関せずだし、弟子入りしたプレイヤー達はすでに帰った後だったからね。

 あまり目立つと、私自信がバグとして消去されそうだ。

 一体「レムリア」には何体のNPCが生活しているんだろう? 数が多ければその中に上手く溶け込めるに違いない。

 冒険者を助けるNPCは町の中だけではないから、フィールドやダンジョンにも数多く配置されているはずだ。

 『イザナギ』さんも、自分の心配を無くすためにこの世界に呼び寄せたNPCは、私だけに限らないだろう。

 案外、私と合流するかもしれないな。


 翌日も歓迎の広場でプレイヤー達を眺めることにした。

 さすがに3日目だから、現れるプレイヤーは多くないし、すぐ近くのNPCに話しかけて、ギルドに向かって足早に去っていく。

 

「今日は問題ないみたいだな?」

 思わず腰を浮かせかけたけど、この声は昨日も聞いた声だ。


「ダンさんでしたよね。女の子の後ろから声を掛けるのは、礼儀に反すると思うんですけど」

「いや~、スマンスマン。職業柄というか、まだ慣れていないというか……。俺達も今日は暇なんだ。やはり一時にプレイヤーがやって来た時に問題が出てくるみたいだな」


 異人と言わずにプレイヤーというところをみると、ダンさんは運営側のプレイヤーになるのだろう。もっとも、職業としてのプレイヤーだからリアル世界でこの仕事に対するお給料を頂いてるんだろう。


「そんな感じですね。私も、昼を過ぎたら町の外に出てみようと思ってます。街中で問題が無くとも荒れ地で起こっているかもしれません」

「お願いするよ。もし、手に終えなかったら、昨日渡した指輪を使ってくれ」


 あれのことね。了解と伝えるために後ろを振り返った時には、すでに去った後だった。

 町を巡回してるのかな?

 そういえば警邏以外に交番もあるんだよね。交番のおまわりさんは実際の警察官がプレイヤーとして参加しているらしい。案外、新人研修をこの町で行っているのかもしれないな。

 結構、プレイヤーが道を聞きに立ち寄っているのかもしれない。落とし物もあるだろうし、警邏よりも忙しかったりしてね。


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