058 侵入者が消えた
警邏さん達と一緒に、仮想スクリーンで次の戦いの行方を見守る。
レンジャーさん達の移動速度は驚くばかりだ。このままで行くなら夜の内に、侵入者達と一戦が始まるんじゃないかな。
この移動速度……、人間族では無いってこと!
「あのう、尾根伝いに追っているレンジャーさんは?」
「気が付いたかな? 人間族じゃない。気になって問い合わせたんだけど、どうやら竜人族で固めた部隊らしいよ。そうだなぁ、一見すると革鎧を着たラプトルという感じかな」
あの恐竜映画に出てくる奴だとしたら、確か群れで襲うんじゃなかったかな?
白兵戦では私達も危ないかもしれないけど、魔法は使えるのかしら?
「かなりの猛者らしいけど、魔法は苦手らしい。スパルトイは何とか出来ても、ドリアード相手だと苦労するかもしれないな」
「それって不味くないですか?」
私にアンヌさんが微笑みながら頷いてくれた。
「ドリアードなら私達でも何とかできるわ。5人パーティを2組北に向かわせているの」
「モモちゃん達も【火炎弾】攻撃で倒したんだろう? 俺達の中にも魔導士特化の連中はいるからね。念の為に捕り手も同行してくれている」
レンジャーさん達がスパルトイを倒して、残ったドリアードを警邏さん達で倒そうってことか。
それで十分に思えるんだけど、警邏さん達は仮想スクリーンを見つめたままだし、私も何となく何か見落としているように思えてならない。
「レンジャー部隊が侵入者を発見したようです!」
「さて、どうなるかだな……」
仮想スクリーン上では赤い輝点の侵入者達と、青い輝点のレンジャー部隊が今まさに重なろうとしている。
チカチカと瞬く光点を見つめていると、それが青一色に変わった。
「何だと! スパルトイだけだってことか」
「レンジャー部隊の交信を傍受しました。10体ほどが姿を消したそうです。周囲の探索を続けると言ってます」
「山裾で待機している部隊に連絡だ。厳戒態勢、どうやらステルス機能をスキルとして持っているらしい」
問題は、消えた種族は何かということだ。
小さな通信機をテーブルに置いて、警邏さんの1人がレンジャー部隊の交信を傍受し続けている。
私達は、仮想スクリーンから通信機を傍受している男性に視線を移し始めた。
「赤外反応無し。……【探知スキル相殺】? かなりヤバい奴ですよ。ローブを着ていたことから人型と判断しているようですが、確証はありません」
無線機に取り付いていた男性の言葉に、私達の表情が曇る。
ヤバいどころの話しじゃない。相手を認識できないってことになる。
「さて……、どうするかだな。対人地雷を仕掛けるとプレイヤーが引っ掛かりそうだ」
「ちょっと待ってください! それって、使えるんじゃないですか? 火薬量を減らして塗料を仕込めば侵入者を見ることができるかもしれません」
「ちょっと無理ですね。移動速度を考えると数時間でトラペットに近付きます。1日ぐらい余裕があれば良いんですけど」
隣の席から声だけ聞こえてきた。
良い案だと思ったんだけどなぁ。
「だが、物は使いようだ。非致死性のブービートラップを仕掛けるぐらいは可能だろう? なるべく簡単な物が良いな。地面すれすれに糸を張り、鈴でも付けるか。鈴が鳴ったらその方向に【炸裂弾】を放てば、姿を現すんじゃないかな」
「ハヤタにしては良いアイデアね。それなら3時間ほどでトラペットの北に張り巡らせるんじゃないかしら?」
「なら、俺達でやりましょう。鈴はどこで手に入りますか?」
「俺達は運営側だぞ。要求すれば直ぐに送ってくれるさ」
周囲のテーブルから警邏さん達が立ち上がる。
十数人で行動に移すようだ。さて、どんな罠ができるのかな?
夜も開けてきたようだし、タマモちゃんが起きてきたら私達も出掛けてみようか。
そんな私に笑みを浮かべて眺めていたのはアンヌさんだ。
「朝食を食べたら、一緒に行ってみない? ダンは戦士職だけど、私は魔導士なの」
「でも、相手のレベルは15以上にも思えますけど……」
「この状態なら、レベルを上げるのもわけはないわ」
要するに緊急事態ということなんだろう。それでも周囲のプレイヤーに奇異に思われないぐらいに抑えるんだろうな。
私達だってL20になれるし、現にスパルトイとドリアードを倒している。
要撃要員としては十分なはずだ。
いつの間にかホールの警邏さん達が減っていた。
今頃は罠作りに励んでいるのかもしれない。時刻は7時を過ぎているから、そろそろタマモちゃんも目が覚めたかな?
「おはよう。お姉ちゃん!」
「「おはよう!」」
タマモちゃんの元気な声に、少し疲れた表情の警邏さん達に笑みが浮かぶ。
挨拶を返してくれた警邏さん達にタマモちゃんが警邏のお姉さんと一緒に朝食を手渡している。
どうやら、パンとサンドイッチみたいだ。タマモちゃんにはジュースが付くのかな?
「はい。お姉ちゃん達が最後だよ!」
「ありがと。これを食べたら警邏さん達と一緒に出掛けるよ」
私の話に大きく頷きながらタマゴサンドを食べ始めた。
私達はミックスサンドだから、タマモちゃんだけが特製なのかな?
「食べながら聞いてね。どうやら侵入経路をかなり絞れたみたい。今日を何とか乗り切れば、侵入経路を遮断できるわ」
「それって、強制遮断ですよね? 相手に影響はないんですか」
「最悪は廃人になりそうだけど、それなら侵入してこなければ良いのよ。ある意味正当防衛と割り切るつもり。でないと、こちらのプレイヤーが廃人になりかねないもの」
物騒な話だけど、政府機関もこのレムリア世界に介入している以上、罪に問われることは無いということなんだろうか?
「ちょっと穏やかな話じゃないけど、電脳世界は現実とは少し異なるの。リアル世界の日本は専守防衛でしょう? でもレムリア世界ではどうなるのかしらね」
「こちらから攻めることもあり得ると!」
「可能よ。でも、平和慣れした私達だからねぇ……」
出来るけど、それをしないということなんだろうか?
私がそんなことに加担しなければ済む話だ。イザナギさんとの約束を守ってPK対策だけを考えておこう。
奥の事務所から警邏のお姉さんがお弁当を届けてくれた。
ついでに水筒のお水を交換してもらったところで、私達は席を立つ。
「東門に馬車を待たせてある。俺達は支援で良いんだよな?」
「ちゃんと上と相談してきたんでしょう? モモちゃん達が手伝ってくれるんだから、あんまり無様な姿はしないでね」
ダンさんとアンヌさんの力関係が分かってしまった。
でも、アンヌさんは面倒見が良さそうだから、一緒にバディを組んでいるダンさんは幸せなんじゃないかな?
「あれだ! 捕り手の方からも5人回して貰った。こんな状況だから、役割分担がどうとか言ってられないからな」
どう見ても荷馬車だけど、ダンさんが片手を振ると荷車の方からも手を振る姿がある。ダンさんの知り合いってことなんだろう。
「ダン。だいぶ若いお嬢ちゃん達を連れてきたな」
「そう言うなって。こっちはモモちゃんで、隣がタマモちゃんだ。ゲーム開始の頃はだいぶ助けて貰ってる。こう見えても、カポエラでPK相手を倒した猛者だぞ」
ダンさんの話しに、荷馬車から私に視線が集まる。
ここは小さくなっていよう。何といっても外様に違いない。
「へぇ~、ずっと北まで行ったのね? 次は西だなんて、私も自由に旅してみたいな」
「結構あちこち出向いてるじゃないか? 俺なんてずっとトラペットだぞ」
ガタゴトと進む荷馬車は、荒れ地ということもあり人が歩くよりも少し速いぐらいの速度だ。
振動が心地良くて眠くなるのが難点なんだけど、捕り手のお姉さんやアンヌさん達は、タマモちゃんの話す狩の旅の様子を聞いては目を輝かせている。
そんなバディの様子にダンさんや捕り手の男性達は少しうんざりしてる。
でも、仕事なんだから仕方がないよね。休日にこの世界を楽しむことはできるんじゃないかな。
2時間ぐらい馬車に揺られると、何人かが集まって何やらやっている。
どんな罠を仕掛けてるのかな? 罠はシンプルが一番だと聞いたことがあるけど。
どうやら、作業をしていたのは若い警邏さん達だった。男性ばかりかと思ったけど、数人ほど女性が混じっている。とはいっても、私達から比べればお兄さんでありお姉さん達なんだけどね。
荷馬車が停まる。ダンさんが真っ先に跳び下りて、作業をしている人達の中に入って行った。
「この辺りで待ち構えることになるわ。さあ、下りて下りて!」
アンヌさんの指示で私達は馬車を下りる。
警邏さんや捕り手の人達は大きな荷物を担いでいる。腰に付けたバッグの収納だけでは足りなかったんだろうけど、それにしても大きいよね。
「こっちに来てくれ! それと用意した張りぼても役立ちそうだぞ」
ダンさんの呼び声に、皆が作業をしている人達のところに集まったのだが、どうやら穴を掘っていたようだ。
土魔法で1立方メートルほどの穴を作ることが出来るから、それを使って荒れ地より一段低い拠点を作ったのだろう。用意した迷彩色のテントを張り、北側には張りぼての大きな石を並べ始めた。
あの大きな荷物はこれを運んでいたんだね。こんな陣地なら北側から見れば、荒れ地の大きな石ぐらいにしか気に留めることはしないだろう。
そんな陣地の少し北側には、3人のNPCが焚き火を囲んでいた。
あまり動きが無いから、ダミー人形に近いのかもしれない。
「ここなら、見つからないわ。食事作りは炭を使うことになるけど、風は防げるから温かく過ごせるわよ」
テントは3つ作ったようだ。男女別に分けて1つは作戦本部ということになるのかな?
私達は、アンヌさんに連れられてテントの中に入った。
テントの真ん中に大きなテーブルが置かれ、周囲には椅子が置かれている。全て組み立て式みたいだけど、それほど長期間の作戦にならないと考えているのかな?