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054 散らしてしまった


 レビットさんが杵を持って岩の間に潜んでいる。

 私は少し離れた草陰に潜んでいるんだけど、タマモちゃんは岩の上で杖をついて仁王立ちだ。

 身体防御魔法をいくつも掛けているんだろうけど、ちょっと心配なんだよね。

 

「こちらにやってきます。数は20を超えてますよ!」

「あれかな? こっちに気が付いたみたい。真っ直ぐ向かってくるよ」


 タマモちゃんの体が向いている方向からやって来るんだろう。ここからでは見えないし、私の【探索】スキルにもまだ反応はしていない。


「距離は?」

「400というところです!」


 それなら見えないはずだね。

 引き絞ろうとした弦を元に戻しながら、ゆっくりと息を整える。

 突進してくる敵に対して、数本の矢を浴びせることはできるだろう。タマモちゃんが岩の上から動かないのは、【広域魔法】を放とうとしているに違いない。

 黒鉄くろがねは大きいから目立ってしまうけど、その後ろにいるレビットさんを隠すには都合が良いだろう。

 だんだんと夜が明けてくる。薄明が終わって東の空がオレンジ色になって来た。

 

「距離200、12体です。奥にもう1隊出てきました」

「距離50で【炸裂弾】を使うよ!」


 タマモちゃんの言葉に、片手を小さく上げて『了解』を知らせる。

 合図ということになるんだろう。

 弦に矢をつがえて、軽く引いておく。


 炸裂音が続けざまに聞こえると同時に、藪から弓の弦を引き絞りながら立ち上がる。

 近くの戦士に矢を放ったところで、東に向って駆けだした。

 矢筒から次々と矢を取り出して、走りながら放つ。レベルがかなり上がっているからSTR(攻撃力)も上がっているし、それに見合うだけの力も付いている。強い弓なんだけど前より軽々と引けるのはありがたいことだ。


 数体に矢を放ったところで、弓を格納すると腰に差し込んだ忍刀を引き抜いた。

 以前使っていた短剣の代りなんだろうけど、握った感じではそれほど違和感がない。直刀で刀身が50cmぐらいだからね。

 少し肉厚なのは、斬ることよりも突くことに主眼を置いているためだ。


 あれ? 忍刀を抜いたのは良いんだけど、その場に立ち尽くしてしまった。

 いつの間にか、黒鉄くろがねとレビットさんで手負いの敵を倒してしまったようだ。


 思わずタマモちゃんに顔を向けると、北に腕を伸ばして次の敵の接近を教えてくれた。

 ひょっとしてレビットさんは強いのかな?

 あらためて2人に顔を向けたら、きねを掲げて頑張ってるとアピールしてる。


 さて、こちらにやって来るにはもう少し掛かりそうだ。予備の矢を矢筒に補充して、再び弓を手にした。

 それにしても、侵入者の装備はまるで古代ギリシアの戦士のような姿だ。

 筋肉質で、短い槍と短剣を装備している。直径1mほどもある大きな丸い盾は青銅製なんだろう。トサカの付いたヘルメットや脛を保護するレッグガード等も青銅製だ。

 だけど……、衣服は短い革製の短パンのような衣服だけで何だよね。身長ほどもある長いマントも衣服に入るかどうか微妙なところだけど、この格好で北の王国に向かった侵入者達は寒さで震えてるんじゃないかな?

 もうちょっとTPOを考えて装備した方が良いんじゃないかと、私の方が考えてしまう。

 丸い盾のいくつかに矢が刺さってた。矢が半分ほど通っているから、致命傷を与えたかもしれない。

 見た目は青銅製なんだけど、板の表面だけを覆っただけなのかな?


「来るよ!」


 タマモちゃんの甲高い声で、北に目を向けると同時に弓の弦を引きしぼる。雄叫びを上げる戦士達との距離は50mを切っている。

 矢を次々に放ちながら横に移動する。

 タマモちゃんが【炸裂弾】を放ってくれるんだけど、近距離だからこちらにも小石が飛んでくる。

 矢を全て撃ち放ったところで弓を投げ出し、忍刀を抜く。先ずは手前の戦士だ。

 腰だめに忍刀を構えると、全力で駆ける。

 体格はかなり良さそうだから、体重も100kgを越えてるんじゃないかな? 下手にぶつかれば跳ね返されそうだ。


 戦士が丸い盾を私に向けて槍を右手に突進してくる。

 あの構え、映画で見たことがある。

 盾で私を薙ぎ払ったところで、槍をブスリ! かな? 

 それなら……。


 盾にぶつかる寸前でジャンプする。素早さと身体機能が増した状態なら、ジャンプして一回転するぐらいわけはない。

 戦士の背中に着地する寸前に、落下速度を利用して肩口に忍刀を突き差す。そのまま体の回転を利用して肩を切り裂いた。

 後は、レビットさんに任せよう。私に向かって槍を構えている戦士に向かって走り出す。


 3人目の戦士を倒した私は、素早く周囲に目を向けた。

 立っている戦士は1人もいない。どうやら2陣目も倒せたのかな?


「お姉ちゃん。東に逃げてくよ!」

「あっちは山麓になるんだよね。GTOでは追い付けないかな?」

「ちょっと難しいかな? それにバラバラに散っちゃった」


 少しは頭が良いのかもしれない。やはり全員の対処は無理だった。

 タマモちゃんが黒鉄くろがねを去らせて、岩の上から下りてきた。何本か投げ槍を受けたように見えたけど、上手くかわしたのだろう。高価そうな赤い神官服はどこにも傷がない。


「やっと終わりましたよ。やはりとどめはきねが一番ですね」


 レビットさんは、戦士達に確実な死をプレゼントしてきたに違いない。担いでる杵の両端は血で赤く染まっていた。


「東に向った侵入者はどうします?」

「それはカノンさん達が考えてくれるでしょう。騎士団や捕り手達も殲滅は出来ていませんからね」

「ひょっとして、半分くらい?」

「まさか! 逃した数は2割程度ですよ」


 ブラス王国に侵入した数は400程度らしいから、100人近い侵入者が隠れたということになるんだろうか?

 レムリアを運営する側としてはさぞかし頭が痛いんじゃないかな。


「ところで侵入者の遺体はこのままで良いの?」

「簡単な調査は既に行いました。もう直ぐ消えてしまうと思うんですが」


 ある意味招かざるプレイヤーということになるのかな? 同じプレイヤーであれば、死に戻りということになるんだろうけど、ちゃんと戻れるかどうかは、向こうのシステム次第ということになるんだろう。


「侵入者達が狩りをしても獲物は手にはいるの?」

「獣達ならそうなりますよ。魔族も下級であれば同じでしょうけど、上級になるほどプレイヤーと同じようにいろいろと付加しますからちょっと問題が出るかもしれませんね」


 ラビットさんと立ち話をしている間に、タマモちゃんがお茶を用意してくれた。

 ありがたくカップを受け取って、乾いた喉を潤す。

 とりあえずの措置は終わったけど、散っていった侵入者の狩りをこれから始めなければならない。

 その辺りは、王都に戻るまでにカノンさんが考えてくれていれば良いんだけどねぇ。

                 ・

                 ・

                 ・

「困ってしまうわ。一応、騎士団の特殊部隊が動いてくれるらしいんだけど、モモちゃん達には彼らのコードを教えておくわ。メールのやり取りならできるのよね?」


 暖炉傍のテーブルで優雅な手つきでお茶を飲むカノンさんは、まるで困った顔をしていない。

 どちらかというと、計画通りという感じの表情だ。


「それなら実績もあります。ところで特殊部隊って?」

「レンジャー部隊の有志よ。通常の身体能力3割増しに伸ばして、L15の能力を持ってるわ。もちろんこの世界でもレンジャーよ」


 本職ってこと? それなら期待できそうだよね。

 タマモちゃんがキョトンとしてるから、リアル世界のレンジャーさんだよ、と教えてあげたら余計に悩んでるみたい。

 そのしぐさがかわいらしかったらしく、レビットさんがハグしている。

 

「ところで、レビットさんですが……」

「思ったより使える……、ということかな? あんな格好だけど、学生時代は有名なゲーマーだったの。レベル差が3程度なら十分にPVPをしても勝てるだけの実力を持ってるわよ」


 道理で、あの戦士達に引導を渡してくれたわけだ。てっきり、最初の場所に隠れてるかと思ってたんだけどね。


「それで今後のことだけど、毎月銀貨20枚でどうかしら? 宿が見つからない時には警邏事務所で斡旋するし、警邏の掲示板はモモちゃん達も覗けるんでしょう?」

「神殿からも頼まれてますから、報酬の調整はお任せします。私達はプレイヤーのお助けみたいなものですから、プレイヤーに害なす存在であれば対応しなければなりません」


 イザナギさんのことは黙っていよう。良い具合に神殿からの話しもあるから十分に隠すことができる。


「身分保障は、ハヤタが渡してるリングで十分ね。そのリングの機能は、王国の区別なくその場所から一番近い警邏事務所に連絡が行くわ。それで、これからは?」

「あの焼けた森から東に拡散しているようでした。となれば、チューバッハは要注意です!」


 私の言葉に、笑みを浮かべたカノンさんが、腰のバッグから小さな革袋を取り出した。

 

「今月分よ。次の満月を過ぎたら、また支払うわ。私もモモちゃんがその場所にいてくれると嬉しいな。レンジャー部隊の方には私から連絡しとくわよ」


 場合によっては共同作戦もあり得るってことかな?

 散って行った多くの侵入者は、戦士の姿ではなかった。

 早めに対処しないとプレイヤーの中に潜り込まれてしまいかねない。


「ところで、いつからニンジャになったの?」

「いろいろと訳ありでして……」


 ここは笑って誤魔化しておこう。レベルを変えられるなんて言ったら、尋問が始まりそうだ。


「それじゃあ、行ってきます!」


 タマモちゃんの手を引いて、飛び出すように警邏事務所から外に出た。

 今頃は大笑いしてるんじゃないかな?

 早いところ王都から出た方が良さそうだ。GTOで向かえば夕暮れ前にはチューバッハに到着できるんじゃないかな。


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