052 インベーダーがやって来た
警邏事務所のホールの壁の一角に大きなカウントダウン表示が現れる。
一秒刻みに数字が減っている。既に500を切っているから、修正が行われるまでの残り時間は10分にも満たない。
その時、何が起きるのだろう?
カノンさんの話では、変化が特に無いと言っていたんだけどね。
「くす玉ぐらい用意しといた方が良かったかしら?」
「何かあるんでしたら、それも有りですけどね。何も無いことを願うんですからくす玉は必要ないでしょう」
カノンさんとゲンさんの話しは、ブラックユーモアという奴なんだろうか?
残り、100を切った時。タマモちゃんが私の手をぐっと握りしめる。緊張してるのはこんな仕掛けでその時を待つことになったからなんだろうな。
宿のベッドで眠っていたら、何も気が付かずに朝を迎えることになっただろう。
『0000』
カウンターの表示がその時を告げた時、ホール内に警報の音が鳴り響く。
「状況確認! 先ずは事象。次に発生場所よ」
「レムリア全土にアンノウンを確認。規模は……、嘘でしょう! 5千体を越えてますよ」
世界全体に5千体なら、かなり薄く広がってやってきたということになりそうだ。
全ての電脳がこの事態を確認しているはずだから、最初に動くのはどこになるのだろう。
「イザナギが各電脳の状況確認を開始しています。既にファイヤーウオールは作動しています。ワクチンプログラム投与開始。後続はありません」
「大隊規模ということかしら? 必ずしも出元は1つではなさそうだから、中隊規模での侵入を各国が図ったのかもしれないわね」
ホールの壁いっぱいに、レムリア世界の地図を仮想スクリーンで展開して状況を眺め始めた。
個人用の仮想スクリーンまで近くに展開して詳細な情報を見ている人もたくさんいるようだ。
侵入した連中は個々に動くわけでもなさそうに見える。
直ぐに分散していた侵入者達の集合が行われていると知らせが入ってきた。
「中隊規模なら騎士団で対処できるでしょう。問題は集まろうともしないで、さらに広がっていく連中よね」
「数百体はいますね。どんな攻撃をしてくるんでしょうか?」
日本国の総力を上げて作ったVRMMOレムリアンらしいから、迎撃システムもいろいろと考えているに違いない。
でも、『想定外は必ず起きる』といつもお父さんが言ってたな。
イザナギさんが私達に託したのはそんな事態に違いない。
「現状では、人里からかなり離れています。一番近くとも徒歩で1日程です」
「魔国の方は?」
「1個中隊程度が向かっていますが、魔族の本国ですよ? L20以上が基本ですから返り討ちに合うんじゃないでしょうか?」
そうとも限らない。まだ侵入した連中の姿と能力が分からないんだからね。
レベル差をスキルや技能で補うことだって、あり得るんじゃないかな?
「状況はリアル世界の連中に考えて貰えば良いわ。私達はブラス王国に侵入した連中を何とかしなくちゃならないんだけど、王都の北東部に集結した侵入者は騎士団が当たるとして、こいつらが問題になるのか……」
カノンさんが壁に表示された世界地図をブラス王国の地図に変更して、人里に移動を始めた連中を眺めている。
「それにしても最初から王都を目指すなんて……。私達をなめているのかしら?」
「待機組もいるようですよ。移動しているのは約半数です。待ってください! ブラス王国騎士団が出陣しました。移動方向から見て、北部に集結中の侵入者と一戦すると考えられます」
早速出掛けたみたいだ。これも一種の国土防衛なんだろう。自衛隊のおじさん達は張り切ってるんじゃないかな?
「警察も動き出しました。捕り手を分隊規模で四方の門に派遣しています。神殿にも動きがあるようです。僧兵の招集が掛かっています」
「真ん中が開いてしまったわ。私達の出番は朝になってからで良さそうね。それで、運営本部の動きは?」
「修正の検証に時間が掛かるという理由でゲームの再開時間を延ばすようです。ですが……」
「リアル世界の昼までには何とかしたいわね。レムリア世界で2日というところかしら」
本当のことは言えないんだろうな。
でも、侵入者の姿が分からないというのはデメリットだよね。直ぐに姿が分かるかと思っていたんだけど、案外長引いているみたいだ。
「フクロウ型ドローンで捕えました。カラーではありません。情報送信後にフクロウ型ドローンは破壊された模様」
「画像を出して!」
カノンさんの言葉で壁の仮想スクリーンにモノトーンの映像が現れた。
林の中を数体の影が動いている。
「動画をコンポジット処理して、もう少し拡大してくれないかしら?」
荒い画像が重ね合わされ、おぼろげながら形が見えてきた。
トサカが付いてるみたいだけど、2本足で歩いているよね。槍と丸い盾を持っている。
次の画像にはローブの裾を曳いて杖を持つ者の姿が見えた。
「古代兵士の姿に見えますね。最後は魔導士でしょうか?」
「あの姿で林を出るなら直ぐに分かるけど、そうはいかないでしょうね。テロリストであるなら直ぐにこの世界の冒険者達と同じ服装に着替えるはずよ」
「移動先は王都のようです。およそ30体が移動しています」
「王都への到達予定時刻は?」
「今日の昼過ぎ……。夕刻を狙うんでしょうか?」
「ダミーの冒険者を使ってみるか……」
カノンさんの説明によると、冒険者風のNPCということらしい。
町中で働くNPCと異なり、フィールド内の獣を追うだけの機能しか持たないらしいけど、使い捨ての駒ということなんだろうな。
でも、それほどの数を持たないらしい。ブラス王国に配布された数は20体にも満たないらしいんだよね。
「食い付いてくれれば良いんだけど……」
「遠巻きにL15のバディを付けましょう。2人とも広域魔法が使えます」
この騒ぎの前の私達と同じレベルだ。相手のレベルを確かめずに戦ってもだいじょうぶなんだろうか?
「2組を向かわせて! 後は残った連中だけど……、モモちゃん、お願いできるかしら?」
カノンさんが申し訳なさそうな表情を私に向ける。
お願いされなくても、イザナギさんに頼まれてることだし、私達の存在意義もこの脅威に備えたものなんだろう。
私とタマモちゃんが楽しく暮らすためにも、避けては通れないことだ。
「この辺りで様子を見ることにします。たぶん王都に向かってくる部隊の結果を待って行動するんじゃないでしょうか?」
王都の北東にある広大な森林地帯の南を指差しながら、カノンさんの表情をうかがう。
「騎士団と当たるのは陽動ということね。王都に向かってくるのは威力偵察というところかしら。となれば、炙りだしたいところだけどね」
「ワイバーンを投入するんですか?」
「許可だけは貰っときなさい! 運営理事達の責任追及を匂わせれば許可が出るはずよ」
ワイバーンって、あれだよね?
タマモちゃんに視線を移すと、仮想スクリーンでレムリア世界の生物を検索していた。
私と目が合うと、仮想スクリーンを指差してワイバーンを教えてくれたんだけど、そこには大きな翼を持つ飛竜が映し出されていた。
思わず目を見開いてしまったけど、こんな最終兵器みたいな奴を登場させるの?
カノンさんの常識を疑いたくなってきた。
でもそうなると、早く出掛けた方が良いに決まってる。林に残っている連中がいつ動き出すか分からない。
「それじゃあ、出掛けます! 情報はレビットさん経由ということで」
「お願い! レビット、連絡は密にね」
私達は同時に席を立つと、ホールを後にした。
レビットさんが知り合いに手を振っているけど、私にはあまり知り合いがいないからね。後ろを振り返らず大通りを南門に向かって歩いていく。
「さて、タマモちゃん上位職にチェンジしてみる?」
「えぇ? モモちゃんって上位職に成れるんですか!」
レビットさんが驚いてるけど、タマモちゃんは嬉しそうに私に顔を向けて頷いてくれた。
上位職へのチェンジなんだけど、ただ単にスイッチポン! というわけではないんだよね。
「変身!」
一声大きく叫んで、その場でジャンプする。
音声と身体動作がトリガーになって、普段の2倍以上の高さにまで跳び上がる。
頂点に達すると私の体から光が放たれ、衣服が光の粉になって飛散すると再び私の体に戻ってきた。
トン! と大通りの石畳に足を突いた時、私はニンジャ姿に変身を終えていた。
私の姿に笑みを浮かべたタマモちゃんが、「変身」と叫んでその場で体を回転させる。
光がタマモちゃんから溢れ出し、回転が止まった時には少し大人になったタマモちゃんが神官さんの服装で私を見ている。
「L20! 私、お荷物じゃないですか」
「後衛に徹してください。警邏事務所との連絡は私達には無理ですから、その辺りはよろしくお願いします」
覆面姿で頭を下げておく。
レビットさんのレベルは低いけど、後衛に徹してるならあまり心配はないんじゃないかな?
とはいえ、怪しい人物に見られてしまうのは仕方がないのだろうか?
南門を出ようとしたら、警邏さんと捕り手のおじさんにレビットさんが一生懸命、私達が怪しい人物じゃないことを弁明してくれたからね。
「ニンジャなんだから怪しくない! ちゃんと職業もニンジャになってるし」
「憧れたんだけどねぇ」
門の傍で、レビットさんの説明が終わるのを待っている。
通りの明かりでは良く分からなかったけど、タマモちゃんの神官服は赤なんだよね。袖や襟、それに裾の部分に5cmほどの金色の布が取り巻いてるし、銀糸で何やら刺繍が施されている。
私の衣装と比べると極めて豪華なんだよね。思わず見比べてしまう。