005 親友達がやってきた
南門を出ると、あちこちで長剣を振り回したり、【火炎弾】が飛び交っている。畑には入っていないと思うんだけど、あまり畑の近くで戦ったりしたら警邏さんの警告を受けてしまうかもしれないな。
相手はスライムなんだから、あんなにはしゃぎまわらなくても倒せると思うんだけどねぇ。
畑が途絶えたところで道が終わってしまったが、そのまま南に足を進める私の両側では、いくつものパーティがスライム相手に戦っていた。
スライムを倒せば経験値が1つ増えるし、スライムの核が残る。魔石と同じようにギルドで買い取ってくれるけどその値段は1デジット(D)だから、4人パーティでは4匹のスライムを倒すことで、各人の経験値が1つ増得ることになる。L2になるためには経験値を8得なければならないから、32匹のスライムを倒すことになるのだ。
先が長いけど、1日中スライムを倒せばレベルを1つ上げられるんじゃないかな。L3は経験値が16必要だから、さらにもう1日頑張らねばならない。
次のプレイヤーがやって来るのが10日後ならば、何とかL4程度にあげて欲しいところだ。
そうすれば、もう少し先で狩りをして、さらにレベルを上げることもできるだろう。
3本杉がだんだん近づいてきた。
これが、初心者の狩場の目安になるんだけど、やはり三本杉を越えて狩をしている連中もいるみたいだ。数は少ないけど、貴重なポーションを消費することになってしまいそうだ。
3本杉の根元に誰かが休んでいる。
下を向いているのは、狩りが上手くいっていないんだろうか?
ちょっと様子を見てみよう。
「どうしたの? まだお昼には間があると思うんだけど」
私の言葉に、男女2人のパーティが顔を上げた。
「あれ? プレイヤーじゃないんですか」
「NPCのレンジャーよ。NPCだってこの世界では狩りぐらいはするんだけど、狩りが上手くいかないの?」
「実はそうなんです。俺が狩人で隣が魔法使いなんですけど、矢が上手く当たらないし、魔法だって1発でスライムを倒すことができないんですよ」
なるほどね。たぶんパラメータとスキルの取得が上手くいっていないんだと思う。
2人の前に腰を下ろして、ここは少しアドバイスをしてあげよう。
「弓に必要なパラメータはAGI(素早さ)とINT(知力)よ。このゲームで選択するパラメータの数が少ないのは、相互の影響を評価した隠しスキルがあるみたいなの。
次に弓には弓レベルがあるんだけど、これは経験値と関係するから、弓を扱う職種は皆同じように上がるの。スキルで欲しいのは、【必中】や【遠距離攻撃】なんだけど、無ければ、弓を使い続けることで習得できるよ。使えそうなスキルは持ってるのかな?」
「【耐力向上】、【忍び足】、【一目散】はあるんですが」
「私は【MP増加】と【火属性魔法】に【水属性魔法】です。後は【鑑定】も持ってます」
あまり使えそうなスキルじゃないな。だけど、【MP増加】なら将来は有望だし、【忍び足】を最初に持っているのは凄いことだと思う。
「弓を使うプレイヤーといろいろ情報交換しても良さそうね。でも、今日はここまで来てるんだから、簡単な方法を教えてあげる。
【忍び足】を上手く使うのよ。スライムを遠くから当てるんじゃなくて、近寄って当てるの。1mぐらいに近づけば外す方が難しいよ。魔法使いさんも近寄って【火炎弾】を使えばいいわ。倒せなくとも弱ってるはずだから、その杖で殴れば倒せるんじゃないかな」
「ゼロ距離射撃ですね。それなら確実ですよね」
私の言葉に、2人の目が輝いてきた。それならできると思ってくれたに違いない。
私に礼を言うと、すぐに三本杉を離れて行った。
きっと上手く行くんじゃないかな。近寄って矢を放つのは、私が散々他のゲームで行ってきたことだ。
スキル取得の時に、案外自分の戦闘スタイルを忘れてしまうんだよね。
さて、腰をあげるとお尻を何度か手でたたいてホコリを払う。変なところまでリアリティを追及してるように思えるんだよね。
三本杉を通り越して1kmほど進んだところで、【探索】のスキルを開放する。
荒れ地の草むらにいくつかのフラグが立って、獲物の名前が表示された。フラグのすぐ下に表示された緑のバーが相手のHPゲージなんだけど、野ウサギならHPは10前後になるはず。
この辺りにいるのは、スライムに野ウサギ、それと土蜘蛛に青大将だ。
土蜘蛛はメロンほどの体を持つクモで穴を掘って潜んでいるから近づかなければ問題ない。青大将は、リアル世界よりも大きくて3mにもなるんだけど、攻撃しない限り人間を襲うことは無い。
一番厄介なのは、ドーベルマンに似た野犬なんだけど、この辺りにはいないみたいだ。
左手で背中の矢筒から矢を取り出すと、一番近くの野ウサギに狙いを付ける。自動的に【必中★】が発動してくれるから、野ウサギから伸びたフラグが点滅してターゲットロックが掛かった状態を待って矢を放った。
一矢で野ウサギが転倒して野ウサギのHP表示がなくなった。
近寄ってチュートリアルメニューを開き収納する。何を収納するかは、音声入力になるようだ。
「野ウサギを収納して!」
私の言葉がキーになって、チュートリアルメニューのバッグの在庫表示に野ウサギの肉と毛皮が1つずつ表示された。解体をしないで済むのが良い。
さて、次はどれにするかな……。
3匹を狩ったところで、町に戻る。
プレイヤーではないんだから、必要以上に狩るのは問題だろう。それにレベルは固定されてるからね。
歓迎の広場で、途方に暮れているプレイヤーが私を待ってるかもしれない。
丁度昼を過ぎたあたりだろう。
頑張ってるプレイヤーもいるし、雑木の陰でお弁当を食べているプレイやーもいるみたいだ。
私に手を振ってくれるプレイヤーには、笑顔で手を振ってあげる。たぶん私を単独のプレイヤーだと勘違いしてるのかもしれないけど、仲間意識を持ってくれるのはありがたいことだ。
「あれ? もうおわったのか」
「野ウサギ3匹だから簡単よ。だいぶ異人さんがいたから、早めに帰ってきちゃった」
「彼らも生活が掛かってるからなぁ。宿も安いとはいえしばらくはスライムを相手にしてもらうことになるな」
槍を持った中年の門番が、門から外を眺めている。
私もつられて後ろに体を向けながら、武器をしまった。持っていても邪魔になるだけなんだよね。
冒険者2人が、直ぐ近くでもスライムと格闘しているようだ。頼むから畑は荒らさないで頂戴、と叫びたくなってしまう。
畑を荒らすようなら、門番さんが注意してくれるだろう。
門番さんに軽く頭を下げると、南門から歓迎の広場に向かって歩き始めた。
さて、どんな人達がやって来たかな?
そんな感じで広場を眺めた時だった。噴水近くで立ち話をしている3人の姿を見て思わず足が止まってしまった。
向こうも私に気が付いたみたいで、驚いた表情をしている。
その中の1人が突然私に向かって走って来た。
「貴方、モモなんでしょう? どうしてここにいるの」
そう言ったかと思うと、いきなり私の手を引いて噴水の傍に連れていかれてしまった。
これって、拉致ということではないんだよねぇ。辺りを見渡して警邏さんの動きを確認してしまったけど……。
「確かにモモだわ。前のゲームとまったく同じ容姿と言うのも問題だけど、それは置いといて、一体どういうことか説明してくれない!」
仲良し3人組とここで会うとは思わなかった。
人間族の戦士であるシグ、エルフ族の魔法使いであるリーゼ、ハーフエルフ族のレナ……、そっちこそ前のゲームの容姿と名前を持ち込んでるじゃない!
「ちょっとここでは目立つよね。あの木陰でじっくりと聞かせてもらいましょう!」
「その前に、お腹が空いてるんですけど……。あそこで串焼きと飲み物を買ってきてもいいでしょうか」
小さな声で要求を伝えると、3人が大きく頷いてくれた。
逃げても掴まりそうだし、ここはNPCで通しておこう。
買い物をしながら想定質問の答えを用意して、3人の待つ木陰に向かった。
やって来た私に、シグが下を指差したから先ずは座れということなんだろう。
私が座って、取り合えず串焼きを齧り始めると、リーゼの質問が始まった。
「貴方のお葬式に私達は参列したのよ。高度なVRMMOだとは聞いていたけど、死んだ人が参加できるなんて考えてもみなかったわ」
「あのう……。私のお葬式って?」
「日本国政府が「レムリア」を国家標準と定めた日に、貴方は亡くなったの! 原因は列車事故だったらしいけど、かなりひどい状態だったらしいのよ。私が見た貴方は、包帯を巻かれた丸太みたいな状態だったわ。小さな女の子がいて、貴方のお母さんが親指姫を読んでいたのが印象的だった」
そんな話も聞いたことがあったけど、あの時にお見舞いに来てくれたんだ。やはり友達はありがたいよね。
「容態が急変して亡くなったと聞いたし、貴方のお葬式だって参列したんだからね。でも、何でここにいるのかな?」
いつしか3人の顔に涙の跡が付いている。私も泣きたいけど、ここは我慢しなければいけないんだろうな。
「え~と、どう説明していいのか分かりませんが、私はモモでこの世界のNPCなんです。この世界にはたくさんのNPCがいますから、運営の人が誰かを元に私を作ってくれたのかもしれませんね」
「何ですって! それって、著作権に抵触するんじゃないの?」
その可能性はどうなんだろう。プレイヤーの容姿にまで著作権はまだないんじゃないかな?
「ほんとだ……。NPCのレンジャーでモモになってる。えっ! L10ですって?」
「皆さんのお手伝いをすることもありますから、最初から高いんです」
「でも、モモなんでしょう?」
「モモですよ」
「リオンではないの?」
「リオン?」
素知らぬ振りを続けなければね。でないと両親がこの世界にやってこないとも限らない。だけど、妹は来るかもしれないな。
「要するに、モモであってリオンではないということかしら? だけど……、私達のパーティに参加できるの?」
「パーティ参加は異人さんの特権ですよ。私はお手伝いなら可能ですけど、現状では必要ないと思います」
「私達のレベルが上がって、討伐出来ない時には助けてくれるということかしら?」
大きく頷くことで答えておく。丁度最後の串焼きが口の中に入っていたから、返事ができなかったんだよね。
「NPCであればどこかに住んでるんでしょう? たまに遊びに行きたいけどどこにいるのかしら」
「ここから少し離れた下町の食堂です。お手伝いをすることで居候してるんです」
「ごめんなさいね。私達の友人にあまりにも似ていたの。もう会えない友人がこの世界にいたと思ったから思わず連れてきてしまったんだけど、悪く思わないでね」
「とんでもない。皆さんのことは忘れずにいますよ。何かあれば声を掛けてください。できる限りお手伝いしますから」
そう言って3人に頭を下げると腰を上げて、その場を立ち去ろうとしたんだけど……。
「100円落ちてるよ!」
え、どこどこ、どこにある。
「モモだよね……」
「モモだけど、NPCにゃ……」
とりあえず駆け出してその場を後にした。
まったく、私の貧乏性を裏手に使うんだから……。