040 属性付与ができるらしい
生産職の男性にトランバーの町の存在を教えてあげたのは、彼の望みが釣竿作りと聞いたからだ。
リアル世界で釣りを趣味にしているみたいで、この世界でチャレンジということになったらしいけど、とりあえず木工のスキルをトラペットで上げることを勧めておいた。
釣竿なら竹竿なんだろうけど、竹の無い世界なら木工になるんじゃないかな?
私達がトランバーで釣りをした時も、木の枝のような釣竿だったからね。
「あのおじさん、釣竿を作るの?」
教えてあげた職人街目指して足早に離れて行った男性を眺めながらタマモちゃんが呟いた。
「いろんな人がいるんだよね。でも、そのおかげで私達の暮らしが成り立ってるんだよ。皆が冒険者だったら、何もできないんじゃないかな?」
「食堂のおばさんや警邏のおじさん達も?」
「広場の屋台や露店のおじさんおばさん達だってそうよ。冒険者の人達だって、ああやって買い物をして出掛けるでしょう?」
ちょっとした食事もできるし、お弁当だって手に入る。少し品質は悪いけど薬草やポーションだって手に入るし、武器も手に入るんだからね。
もっとも、武具は初期装備の1つ上位で、それ以上の品は大通りの武器屋に行かないといけないみたいだけど、それは狩りを何日か続けなければいけないようだ。
夕暮れが近づいてきたので、タマモちゃんと一緒に花屋の食堂へ帰ることにした。
冒険者の人達も狩りから帰ってくる頃だろうし、職人街で腕を磨くプレイヤー達も今日の仕事を終えるころだろう。
皆も楽しんでいるのだろうか? レムリアの世界で過ごす1日が楽しければ、ますますプレイヤーが増えるんだろうね。
「ん? どうしたの」
不意に立ち止まったタマモちゃんの視線の先には、両親の腕にぶら下がる小さな女の子の姿があった。
急にこの世界にやってきて、二度と両親に会うことはできないんだよね。
私もそうだけど、この世界にはリアル世界の友人達や実の妹までがプレイヤーとして冒険を楽しんでいるから、タマモちゃんの寂しさを考えると雲泥の差がある。
「ケーナに話して、両親を呼んであげる?」
「いいよ。そんなことをしたらお母さんが悲しんじゃうもの。それにお姉ちゃん達がいるんだから寂しくないよ」
シグまでもタマモちゃんにお姉ちゃんと呼ばせていたからねぇ。初めてお姉ちゃんと呼んでもらった時には、思わずハグしていたぐらいだから嬉しかったに違いない。シグには妹がいなかったからなんだろうけど。
花屋の食堂に戻ると、メルダさんの指示に従って料理の手伝いを始めた。
前みたいに、お手伝いで宿代をタダにしてもらうわけにもいかないだろう。タマモちゃんだっているのだ。
それでも1か月で100デジットなんだから、相場の十分の一何だよね。
優遇されたままでは、ちょっと住み難くなってしまうから、たまに野ウサギを狩ってこよう。
【転移】でトランバーに向かい、ヤドカニを狩っても良さそうだ。
やがて常連のお爺さんや弟子のプレイヤー達が食堂に集まってくる。
弟子の自慢で、ワインを飲むお爺さん達は機嫌が良さそうだ。入り口近くで若い男女が集まっているのは、弟子となったプレイヤー達なんだろうけど、最近作り上げた品物の性能を自慢しているのが聞こえてくる。
あれからだいぶ経っているからね。それなりに生産職のレベルを上げることができたんだろう。
「そうだ! モモちゃん。預かった短刀だが、おもしろい魔核を手に入れたから、仕込んであげるからな」
「えっ! 良いんですか? 貴重な物でしょうに」
「その代わり、明日は野ウサギのシチューにしてほしいのう」
「それぐらいなら……」
ちらりと、台所に視線を向けたら、メルダさんが頷いてくれた。
明日は何としても3匹は捕えないとね。
「あまり期待しない方がいいぞ。大方、オオカミの魔核辺りじゃないのか? あれは素早さがほんのちょっと上がるぐらいだからな」
「ヘン! ところがどっこいじゃ。痺れウナギの魔核を手に入れたんじゃよ」
「何だと! ……」
どうやら珍しい魔核を手に入れたらしい。この近くに池か川があったのかな?
痺れウナギは、電気ウナギの親戚みたいな魚らしいんだけど、口の周りに4本のナマズのような髭を持っているらしい。その髭を相手に突き差して痺れさせたところがガブリと食い付くとお爺さん達が話していた。
ということは、低確率ではあるけど短剣で傷つけた相手を痺れさせることができるに違いない。
ちょっと嬉しくなってしまう。
死に至る毒の解毒薬や治癒魔法はあるんだけど、それ以外の毒についてはあまり効果的な解毒薬が出回っていないようだ。
毒を取り去る治癒魔法なら、全ての毒に有効でないとおかしいんだけどね。
職人のお爺さん達は、武具に色々な効果を付加できるようになってきたようだ。とはいっても、ゲームバランスを崩すまでにはならないんじゃないかな?
「まぁ、魔核待ちじゃな。それに、魔核がどんな効果を持つかは、ある程度仕上げなければ分からんところもあるからのう」
「私の短剣で試したんですか?」
「あれだけ刃こぼれしとるんじゃ。研ぐだけでは足らんわい」
鍛え直す途中で、魔核を使ったということなんだろう。でも、その前に断るのが一般的じゃないのかな?
ひょっとして魔が差したとか、いたずら心が沸いたとか……。
「ギルドに知らせるのか?」
「検証ができ取らん。モモの短剣はかなりの業物じゃ。数打ちの短剣でも付加が可能であればワシ等のギルドに報告するぞ」
そう簡単に、魔核が手に入るとも思えないし、痺れウナギなんて早々獲れないんじゃないかな? となれば、武器への魔核を使った付加はかなり先の話になりそうだ。
とりあえず、ワインのお代わりで今夜は済ませてもらおう。
常連の職人さん達の食事が一段落するころに、冒険者のパーティが入ってくる。
花屋の食堂のような小さな食堂は、トラペットの町にはたくさんあるんだけど、それだけプレイヤーの数が増えたんだろうか。
「あれ? 歓迎の広場にいませんでした?」
「そうよ。昼頃まで広場で様子を見てるの」
料理をテーブルに置いた時に、冒険者の1人が話しかけてきた。吃驚してるみたいだからここで働いてることに驚いたのかな?
「やはり冒険者として暮らすのは大変なんですね。俺達も所持金がだいぶ減ってしまいました」
ん? 高望みをしないなら、それなりに過ごせるんじゃないかな。
「それなら、町の周囲で野ウサギや薬草を集めれば?」
「野ウサギですか! 女子供じゃないんですから、やはり野犬辺りからと思っているんですが……」
真顔で言われてしまったら、どう反応していいか悩んでしまう。
要するに、男の見栄ということなのかな? 3人とも20台の男性だからねぇ。1人ぐらい女の子がパーティにいると、その女性に合わせて簡単な獲物を狩ろうとするのだろうけど。
「獲物の動きが速くて、狩るのは難しいでしょうね?」
「そうなんだ。それで今日は狩りをせずに他のパーティの動きを見てたんだ。女性も混じっていたけど、上手く連携が取れていたんだよなぁ」
スライム狩りから一段ずつ獲物のクラスを上げているパーティなのだろう。
相手の行動を見て仲間を配置すれば、野犬やオオカミならそれほど難しくないはずだ。だけど、最初から野犬を狩ろうとすればどうやって狩ろうかと悩むに違いない。
「リアル世界で野犬狩りをした経験など無いはずです。レムリア世界もリアルと基本は同じですからねぇ。少し自分達の動きや筋力が上がったとしても獣の動きに直ぐに追従できるわけがありません。そんなことから町の周囲には狩るのに手ごろな魔獣がいるんです。私にできる忠告は、基本に忠実にということですね」
「だろう? 俺が言った通りだよ。先ずはスライムを狩って、野草を集めるんだ。1週間もやれば装備が一段階上がるんじゃないか? そしたらもう少し高度な獲物を狩れば良い」
「そうなるのかな……。まあ、お嬢さんのお勧めだからな。明日はそうするか!」
仲間内で、明日の狩りの話になって来た。
たぶん1日中スライムを追いかけるに違いないが、町で一泊するのに十分な報酬を得ることができるに違いない。
笑みを浮かべて、男性達に軽く頭を下げると台所に向かった。
「呆れたねぇ。最初から野犬狩りとはね」
「冒険者が増えましたからねぇ。でも、獲物が減ったという話は聞いたこともありませんけど」
「不思議な話だけど、そうみたいだね。野ウサギもかなり町には入ってるんだが、私達にはなかなか手が届かないよ。明日は頼んだよ」
「任せてください。お爺さん達との約束でもありますから」
すでにタマモちゃんはライムちゃんと部屋に向かったようだ。
「後はだいじょうぶだよ」と言ってくれたメルダさんに頭を下げて、屋根裏部屋に向かうことにした。
今夜はアップデートの中身が発表されて、明日の夜にそれが行われることになる。
だいたいの中身は教えて貰ったけど、後は実際に行われた後で狩りをすれば状況が分かるだろう。
でも、プレイヤーやNPC、警邏さん達の区別がつかなくなるということで混乱するプレイヤーも出て来るんじゃないかな。
PKよりもNKを注意した方が良さそうだ。それに、数万を超える住人を抱えたこの町の裏を見といた方が良いのかもしれない。
あのアップロードの中身だと、裏ギルドが作られそうだからね。