004 警邏さんの役目
「あのう……」
恥ずかしそうな小さな声に貌をあげると、私と同世代に見える女性がぴょこりと頭を下げてくれた。
「何でしょうか?」
ここは、微笑みを返すべきだけど、ちゃんと出来たかな。
「知っていたら教えて欲しいのですが、私はこの世界で料理を作りたいんです。この町に、そんな場所ってあるんでしょうか?」
「ちょっと待ってね……。え~と、生産職ということになるのかな」
ベンチの隣に座って貰い、私は地図を調べるふりをして隣の女性のパーソナルデータを調べる。
隠しスキル【内偵】を使えば、私のレベル以下の人物のパーソナルデータを知ることができるんだけど、あまり他の人に持たせたくないよね。
彼女は人間族で、持っているスキルは【鑑定】、【調理】、【加工】それに【水属性魔法】と【火属性魔法】の5つだ。
これなら、冒険者のパーティに参加しても良さそうだけど、職業の選択は本人次第だ。
「トラペットのこの辺りに、食堂や料理店が並んでますよ。お店に行って直接交渉する方もいるようですけど、料理人の斡旋や食材の調達をしている調理ギルドがあるんです。場所はここですね。ここで会員登録をすれば、働くお店を紹介してもらえるでしょうし、露天を出す時もバックアップしてくれますよ」
「あんな露天を出せるんですか!」
目を輝かせて屋台や露店を眺めている。
将来は自分のお店を持てるんだろうな。この町には空き店舗がたくさん用意されているみたいだし、プレイヤーが他の町に移動するにつれて、NPC達の一部も一緒に移動していくみたいだからお店を譲られるということもあるんだろう。
「あの角を曲がって真っ直ぐ通りを進めば良いんですね。ありがとうございます!」
「頑張ってくださいね!」
どんな物語を彼女は楽しむんだろう。
このベンチに座っていれば、その内に会えるかもしれないな。
最初は退屈かもしれないけど、この町の中で活躍するプレイヤーの数も多いに違いない。そんなプレイヤーと知り合いになれば、案外楽しいかもね。
ん? 中央の噴水辺りが賑やかになってる。
新たにゲームを始めたプレイヤーの勧誘合戦が始まったみたい。
しきりに自分達のパーティをアピールしているけど、どちらも男性パーティだから小さな女の子が怯えているみたいだ。
あの子はこんなゲームをするのが初めてなんだろうか? それとも内気で仲間よりも早くこの世界にやって来たのかな?
殴り合いになったなら、警邏の連中が駆けつけるんだろうけど、これぐらいでは動かないようだ。
となると、私の出番ってことね。
広げていた地図を畳んでバッグ収納する。仮想スクリーンの操作で簡単に行えるけど、これぐらいなら、わざわざ仮想スクリーンを展開して画面操作をせずに、直接入れても良いように思えるんだけどなぁ。
ベンチから腰をあげると、ゆっくりと騒いでいるプレイヤー達のもとに歩き始めた。
「丁度、魔法使いが欲しかったんだ。俺達3人とも戦士だから、後ろで援護してくれるだけで良いんだよ!」
「何言ってんだ。俺達が最初に声を掛けたんだぞ! 俺達のところには神官もいるんだ。回復魔法が使えるから無理なく冒険ができるぞ!」
近づくにつれて、男達の大きな声が聞こえてきた。
女の子が、ますます怯えて小さくなっている。このままだと……。
「おい! 無理な勧誘は規則に違反するぞ」
「誰だテメエは!」
あ~あ、やっちゃた。「済みません」の一言を、警邏さんに言えない年頃なのかなぁ。
もう片方の男達は逃げ出そうとしたところを、何人かの男達に通せんぼされたけど、何であの人たちはサングラスを掛けてるんだろう? それにさっきまでこの広場にはサングラスをした男性なんてどこにもいなかったんだけどなぁ。
「トラペットの警邏なんだけどね。善良なプレイヤーに不快な思いをさせたろう。一応、警告で済まそうかと思ったんだけど、警邏も知らないんでは、少し教育を行う必要がありそうだ」
「俺もプレイヤーだぞ! お前達のおかげで俺は不快なんだけどなぁ。どうしてくれるんだ!」
「あまり絡まれるとは思わなかったが……。選択肢は3つある『退去』、『制限』、『警告』だ。『警告』は先ほどしたんだが、どうやら不服みたいだな。『制限』対象と認定する!」
警邏さんの後ろから新たなサングラスの男性が現れて男の子達を拉致していった。ちょっと強引な感じもするけど、トラペットの治安を守ってるんだから仕方がないよね。
成り行きに付いて行けず、呆気に取られていた女の子の傍に向かう。あのままだと、次の連中がやってきそうだ。
「とんだ災難だったね。待ち合わせをしてるの?」
「そうなんです。そしたらあの人達が強引に迫ってきて……」
私に抱き着いてきたのは、同性だからなんだろう。ひょっとしてお姉さんがいるのかもしれないな。
「まだ、やってこないのね。そしたら、私と一緒にあのベンチで待ってましょうか? 町の人達の頭の上に名前があるのが分かるかしら。町の人が異人さんと呼んでいるプレイヤーの人達は、この歓迎の広場に必ずやって来るのよ」
「青や緑の人が多いんですね」
「緑はNPC、青はプレイヤーになるわ。さっきのおじさん達は白で表示されてるのよ。困った時には声を掛ければすぐにやって来るから頼りになる存在なの」
「お姉さんは緑? NPCなんですか!」
「貴方達のお手伝いをするのが私達なんだけど、ちゃんとこの世界では生きてるんだからプレイヤーと同じように接して欲しいな。でも1つ問題があって、貴方達とはパーティを組めないし、『フレンド登録』というものができないのよ」
「そうなんですか。でも、お友達にはなってくれるんですよね?」
「もちろんよ。私は『モモ』。レンジャーをしているんだけど、それだけじゃ暮らしていけないから、下町の食堂でバイトをしてるんだ」
「私は、ハーフエルフを選択しました。『ケミー』です」
初めてのお友達ができた。フレンド登録は出来ないけど、この町に戻ってくる時に、知った人がいるのはちょっと嬉しいよね。
「あら? あの子達がケミーのお仲間じゃない?」
「あっ! そうです。ライラ、デクス。こっちだよ!!」
噴水の近くに現れた男女が辺りを眺めている。名前の上に大きな『?』が浮かんでるのが何かを探している表示らしい。これって誰でも見えるものなのだろうか? そうだとしたら、色々と問題になりそうなんだけど。
ケミーがベンチから腰を上げて両手を振っているから、すぐに2人には分かったようだ。全速力で走ってくる。
「もう1人来るはずなんですけど……。あっ! やって来た。アッキー! こっちだよ」
総勢4人になるらしい。男女4人のパーティは戦士2人に神官と魔法使いという構成だ。オーソドックスではあるが、対応能力はかなりのものだ。この種のゲームなら十分に対応できるんじゃないかな。
エリアボスを相手に力不足なら、他のパーティとも容易に協力できるだろう。
「時間通りだぞ。ケミーは早かったんだな?」
「1時間前に入ったの。1人で心細かったけど、このお姉さんが一緒にいてくれたんだ」
ケミーの紹介で、笑みを浮かべて片手をあげた。
じろりと男の子に睨まれたけど、それはないんじゃない?
「NPCなんだろう? まあ、ケミーをイジメることは無いんだろうけど、あまり関わり合いになるのはどうかな?」
「それは、後でもいいでしょう? 早く出掛けましょうよ。自由度が高い世界ってどんなところか楽しみだわ」
4人だから、このまま出掛けるという選択はあるんだけど、少し忠告をしてあげようかな。
「お話の途中ですけど、先ずはギルドに行かれた方が良いとおもいますよ。ケミーさんが他のパーティに誘われていましたから、早めにパーティ登録をしておくべきです。それと、町の中では【スキル】の使用はできませんが、町を出たなら全てが自由になります。まだPKは発生していませんが、武器と防具の装備は忘れずにね」
3人が私の話に顔を向けている。
今までのゲームでは私のようなNPCはいないだろうから、ちょっと意外な表情をしている。
「ああ、そうだな。……L10だって! NPCなんだよな?」
「NPCですよ。この世界にはたくさんのNPCがプレイヤーをサポートします。サポートだけではなく、この世界で暮らしているんです。町に長く住んでいますから、分からないことはNPCに聞けば教えてくれますけど、礼儀知らずな質問には答えを出さない場合もありますからね」
私のレベルを知って、急に注目して話を聞くのも問題なんだろうけど、こんな場合を想定して最初からレベルを上げてくれたのかもしれないな。
「分かった。先ずはギルドで、外に出る時には装備の確認。町の人には礼儀を持って、でいいんだな?」
「そんなとこかな。ケミーさんに絡んでたパーティは警邏の人が連れて行ったから、貴方達もそんなことにならないように、この世界を楽しんでね。それじゃあ!」
ベンチから腰を上げて、歓迎の広場から南に向かう大通りに向かって歩き始める。
「ありがとう!」という声が後ろから聞こえてきたから、振り向かずに片手をちょこっと上げて答えてあげた。
上級冒険者的な雰囲気を出せたら良いんだけどね。
歓迎の広場の周辺は食べ物屋さんが多いんだけど、南門に向かう大通りにはポーションを売るお店や武具、武器を売る店が並んでいる。種類別で売っているから、これから狩りをしようとする冒険者が店を覗いているけど、武器の値段は高いからねぇ。しばらくは初期装備で狩りをすることになるはずだ。
やがて南門が見えてきた。
トラペットの町は城壁で囲まれた町だ。外には畑も広がっているんだけど、1kmも歩けば荒れ地が広がっている。
畑にはあまり獣は出ないんだけど、荒れ地にはいろんな魔物や獣がいるらしい。
そんな魔物の分布にはある程度偏りがあるのは、ゲームである以上仕方のないことだ。
近くならスライムぐらいだし、その先には野ウサギがいる。もっと遠くにはイノシシや大きな蜂、ゴブリンなんかも出ると地図の注釈に書いてあった。
「モモじゃねえか! 今日はウサギ狙いなのか?」
「異人さんがたくさんきたからメルダさんに頼まれたの。具沢山でも野菜スープでしょう。少しはお肉を入れないと……、というところかな?」
「確かに大勢やってきたな。警邏の話だと、10日もすれば、また増えるらしいぞ。まあ、頑張ってこいや!」
「門番さんも、日暮れ前に門を閉じる時に、異人さんを締め出さないようにね!」
私の言葉に、大きな笑い声が詰め所の中から聞こえてきた。
たぶん、一番気にしてるんだろうな。昼と夜では獣達の分布に違いが出るのはどのゲームも同じらしい。
スライム以外の、少し強い獣や魔物が町に近づいてくるから、初心者が町の外で夜を迎えるのは自殺行為に近い。
大きな門を抜けたところで、仮想スクリーンを開き、弓と矢筒を装備する。
私の持つ武器や武具は初心者装備から比べれば3倍以上強力らしい。その上、L10の身体能力を持っているんだから、このままエリアボス戦にだって挑めるぐらいだ。
だけど、プレイヤーのお守りが仕事だからね。とりあえず畑に向かう荷馬車で出来た道を歩いて、ひたすら南に向かうことにした。