039 NPCとの付き合い方
ダンさんの話しを聞く限り、遠目にもその状況が分かるみたいだ。
プレイヤーの攻撃範囲が他視できるのであれば、周囲のプレイヤーにだって気がつくはずだからね。
「ダン、もう一つ大事なことが抜けてるわよ。 モモちゃんと私も呼ばせてもらうけど、今までは頭の上に名前が出てたでしょう? これが無くなるの。互いに挨拶した時に初めて表示されるのよ。でも、イエローカード以上の人物は最初から表示が出るの」
「それって、問題になりませんか?」
自由が売りのレムリア世界なんだから、差別的なことは避けるべきじゃないかな?
「それも問題ない。MPを消費して消すことができる。MPを継続使用することになるから、実質的なペナルティになるはずだ。その上で、店での交渉をする時にはイエローカード持ちの表示になるから、町でのくらしには支障が出るだろうけどね」
第三者を通しての調達を行うことになるんだろうね。そんな拠点を町に作られてしまいそうだけど、その動きを見てプレイヤーに情報を伝えるつもりなのだろうか?
「PK組織が出来てしまいそうですけど?」
「それが狙いみたいだな。一匹オオカミ的なPK犯ではレムリア世界で暮らせない。ある程度組織だってくれれば、俺達にも動向を把握しやすいということになったみたいだ」
PK犯はある意味強盗みたいなものだからね。単独犯で潜伏されたらどうしようもないということなんだろう。
でも、組織として動いたらイベント並の騒動にもなりそうな気がするんだけどなぁ。
「まぁ、そんなところだ。モモちゃんには今まで通り手伝ってもらいたいな」
「それは構いませんが、一番の違いはプレイヤーとNPCの区別が直ぐには分からないということでしょうね。NPCを軽く見ると自分の評判を直ぐに落としそうです」
「それは別の評価に繋がるのよ。隠し評価なんだけどNPCとの交渉に制限が付き始めるの」
制限が付くのではなく、付き始めるというのはいくつかの段階があるということになる。シグ達に教えてあげたいけど、レミがいるならその辺りはだいじょうぶだろう。
「分かりました。先に教えて頂いてありがとうございます」
「明日には分かることだからね。それにしても、モモちゃんのバディは凄いね。未だに、モモちゃんとタマモちゃんを作った人物が分からないんだけど、他のゲームでモモちゃんを見たことがあるという仲間もいたから、案外その活躍を知って似た設定をしたんだと思ってるんだけどね」
まさか既に死亡している2人が、ゲーム世界に存在しているとは考えもしないようだ。
あまりシグ達と会っていると、感づかれるかもしれないな。自重した方が良いかもしれない。
「いつでも訪ねてくれ。モモちゃんのことは皆が知ってるからね」
「できることをするだけです。私だってこの世界を冒険したいんですから」
席を立ちながら答えると、私の前に座っている2人が笑みを浮かべる。
やはりこの2人は出来てるということになるのかな? トランバーに行ったら、ハヤタさんに聞いてみよう。
警邏事務所を出る時に、事務所の中に向かって頭を下げて通りに出る。
さて、今度は歓迎の広場だ。だいぶ昼に近づいてるけど、タマモちゃんはまだライムちゃんと一緒なんだろうな。
大通りを西に向かって歩いて、最初の十字路を南に下がる。
石作の建物が大きな広場を囲んでいるけど、北の2カ所には小さな林があって木陰を作ってるんだよね。
木陰に設えたベンチの1つに座って広場を眺める。
広場を囲むように露店が並んでいるから、いつでもお祭りをしているように見える。
数人が纏まって行動しているのはプレイヤーのパーティだろう。小さな子供達はNPCだろうけど、露天を見ながらワイワイ騒いでいる。ある意味やらせに近い気もするけど、この雰囲気作りに運営さん達は苦労したに違いない。
「NPCの冒険者なのかい?」
不意の問いに、声の主に顔を向ける。
男女3人組のプレイヤーだ。お仕着せの装備だから、まだこの世界に来てから間が無いのだろう。
「そうですよ。何か?」
「いや、ちょっと驚いたのが本音かな? 他のゲームではNPCの冒険者は聞いたことが無いからね」
ちょっとした興味と情報収集のようだ。
近くのテーブルセットのような場所に移動して話をすることになったのだが……。
「良いんですか? おごってもらってしまって」
「構わないよ。もう1人待ってるんだ。ちょっとした時間潰しに近くの狩場の様子を教えて貰えるなら安いものさ」
1杯1デジットのジュースだから安いと言えば安いんだけどね。
「それで、どんな?」
「L3になったんだけど、その後を考えてたの。西に向かうかそれとも東かと迷ってるのよ」
私よりも少し年上の男女だ。リアル世界なら大学生なのかもしれない。
「お勧めは東です。でも山越えするとイノシシに合うでしょうから、L5は欲しいですね。L5ならば3人でも越えられるでしょう。その後北に向かえば隣の王国に向かえますし、赤の街道を西に進めば王都に行くことができます。そっちもL5は欲しいところです」
私の話を聞いて残念そうに仲間と顔を見合わせている。
だけど、最初のレベル上げはゲームの基本だと思うんだけどねぇ。
「もう少し、この近くでがんばれ! ということだね。そうなると効率的な狩りということになるね」
「L3ならば東の3本杉より先で狩りができますね。オオカミが狙い目ですよ。あの辺りならまだ大きな群れを作りませんからね。それと、少し南に行ってアオダイショウを狙うのも良いかもしれません。私としては、野ウサギ狩りがお勧めです。経験値は少ないんですけど、肉として高く売れますから装備を整えてはいかがですか?」
「それはありがたい情報だ。朝と昼で狩りの対象を変えても良いかもしれない。確かに今の装備では次の町に向かうのに苦労しそうだ」
「あら、ナンパしてるの?」
私の後ろから女性の声がした。前の3人が顔を上げて笑みを浮かべたところを見ると、待ち合わせしていた人物なのだろう。
私の隣に腰を下ろして、小さく私に頭を下げた。ちょっと私の値踏みをしている感じがする。
「NPCなのね。ダメよNPCの住人に迷惑を掛けたりしちゃ」
「そんなことは無いよ。これからの方向を聞いていたところだ。やはり住民の情報はありがたいね」
「それでどうするの?」
「先ずは狩りだ。僕達の装備を整えて東に向う。王都はプレイヤーで溢れてるだろうから、辺境を目指して進んでいこうよ。それじゃあ、色々とありがとう!」
私に小さく頭を下げて、4人の男女は広場を後にした。
堅実に進んでいくんだろうな。そんな4人の後ろ姿を笑みを浮かべて見送る。
さて、元のベンチに戻ろうかな。
再び、広場を眺めながらプレイヤーの動きを眺める。
歓迎の広場だけあって、噴水近くに突然プレイヤーが現れるんだけど、誰も気にする人がいないのが不思議に思えるんだよね。
「遅くなった!」
「あら、昼食を買ってきてくれたの?」
うんうんと頷くタマモちゃんが私の隣に腰を下ろして、両手に持っていた串焼きの1つを渡してくれた。途中で買い込んできたんだろう。ありがたく受け取って、頭をワシワシしてあげた。
「まだまだ増えるんだね」
「1千万人が楽しめるらしいよ。日本の人口が1億人だから、その1割なんだろうけど、1つのゲームでそれだけのプレイヤーが楽しめるのは初めてだと聞いたことがあるの」
ふ~ん、という感じでタマモちゃんが聞いてるのは、あまり実感が無いんだろうな。
「そうそう、今夜にアップデートの中身が発表されるみたい。タマモちゃん、よく読んどいてね」
「お姉ちゃんだと、読み飛ばしそうだからちゃんと読んでおくね」
ちょっと私の評価が低いんじゃないかな?
俯いたところで、男性が私達に声を掛けてきた。
「俺達のパーティに入らないか! 丁度後衛が足りないと思ってたんだ。仲間がいないなら俺達が鍛えてやるぞ!」
声の主は、私と同年代の3人の少年達だ。
笑い顔なのがちょっと気に食わないんだよね。
「レベル次第かな? L5以上なら、東か西の町に向かうことをお勧めするけど?」
「L4だから、どちらにも行けるぞ。そっちだって次の町に行きたいんじゃないのか?」
話次第だと思ったのか、私達の前から消えそうもない。
「私の個人データを一部解除するけど、それでも鍛えて貰えるのかしら?」
今度は、少年達が驚く番だった。空いた口が中々閉じないんだから、思わず笑ってしまいそうになる。
「L16だと! 何でそんな奴がこの町にいるんだ? それよりもNPCだろうが。それなら尚更俺達に協力するってことなんじゃないか!」
「お生憎様。どちらかというと遠くから見守ることになってしまうよ。危険だと思えば介入するけど、そもそもこの近くではそんなことになりそうもないでしょう? 辺境のレイドボスと争うようになったなら、手助けすることもあるんじゃないかな」
「何だと! 運営に報告するからな」
「どうぞ、ご勝手に。住人ともめ事を起こすようなら、運営直轄の組織である警邏達が動くはずよ。動かないうちに、狩りに出掛けなさい」
ぶつぶつと文句を言ってるけど、少年達は私達の前から姿を消してくれた。
頭にきてPVP……(この場合はPVNになるのかな?)になろうものなら、あの少年達にペナルティが付きかねない。レベルを開示するだけでそれが避けられるならそれに越したことはないんじゃないかな。
隣のタマモちゃんが呆れた表情で私を見てるけど、間違っていないよね?