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038 アップデートの中身


 花屋の食堂の屋根裏部屋はベッドが2つになっていたけど、北側にもう1つの部屋を作ってライムちゃんの部屋にしたみたいだ。

 タマモちゃんはライムちゃんと一緒に昨夜は寝たみたいだから、隣のベッドは綺麗なままだ。

 ゆさゆさと揺り起こされて目を開けた時には、ライムちゃんとタマモちゃんの2人の顔があった。

 2人とも、私を起こすのは自分の役目と思ってるんだろうか?

 とはいっても、のんびりしたい時にはゆっくりと寝かせて欲しいところなんだけどね。


「ネコ族ならもう少し早く起きられるんだけどねぇ……」

「でも、お向かいの子猫はいつも日向で丸くなってますよ」


 朝食を取っている私の隣で、メリダさんが呆れた表情をしている。


「それはネコそのものだよ。モモはネコ族なんだからね。そんな言い訳をしている内は、相手を見つけることもできないだろうねぇ」


 がっかりした表情をしているということは、私のお相手を探してあげようなんて考えてるのかな?

 それは、ライムちゃんを考えれば良いわけで、私を対象にして欲しくはないような気もするわけで……。でも、リアル世界でそんな話が1つも無かったのは、ひょっとして私の朝寝坊のせいなのかな?

 シグ達はどうなんだろう? 私の知った範囲ではいなかった気がするけど、一緒に行動してるケーナに聞いてみよう。

 案外、草食性男子に人気があったりしてね。


「今のところは冒険者の暮らしに満足してますから……」

「そうかい? モモはこの界隈では人気があるんだよ。ちょっと残念だねぇ」


 有難迷惑の典型ってことかな?

 あまり、しつこくなるようだったら、しばらくトラペットを離れないといけないかな。

 とりあえずは、渋々納得しているようだから問題はない。


「タマモちゃん達は?」

「2人で出掛けたよ。食材の買い出しに、下町の店を回ってるはずだから心配はないさ」


 大通りや広場のお店だと、根性の良くないプレイヤーにいじめられる可能性もあるんだけど、タマモちゃんが一緒だからねぇ……。一球入魂で根性を叩き直しかねない。

 そういう意味では、プレイヤーの安心も担保できるということになりそうだ。


「私も少し出掛けてきますね。昼時には歓迎の広場にいるとタマモちゃんに伝えてください」

「異人さん達のお世話も大変だろうけど、この町に来た以上は私達にできることはしてあげたいね。とはいえ、問題児もいるみたいだから警邏さんも苦労しているみたいだよ」


 開発側としては、出来るだけお巡りさんのお世話にならないようにしたいところだろうけど、リアル世界でストレスを貯めた連中なら、この世界をストレス解消の場と思い違いしているのかもしれない。

 思い違いなら注意で済むんだろうけど、それを面白いと考える連中は問題だ。

 仮想現実の世界をリアル世界で行う可能性もある。

 そういう意味で、ブラックリストを作りリアル世界で犯罪の未然防止に努めているらしいんだけど、それも何となく問題に思えてしまう。

 食後のお茶を飲み終えたところで席を立つ。


「それじゃぁ、行ってきますね」

「頼んだよ。異人さん達もこの町で仕事を始めてるんだ。まだまだ職人が足りないと嘆いてる爺さん達もいるんだからね」

「物作りを目指すというなら、この辺りを紹介しておきます。でもあまり紹介すると、ギルドに睨まれてしまいますから」

「これは! と思った人物なら是非とも欲しいところだね。それ以外はギルドで十分ってことさ」


 思わず笑みを浮かべて頷いてしまった。

 メリダさんもNPCなんだけど、中々に人間臭いんだよね。人情に溢れてるということだけではないんだけど、まるでリアル世界にいる近所のおばさんにそっくりだ。


 軽くメリダさんに頭を下げて食堂を出た。通りには誰もいないけど、カンカンと金床を打つ槌の音があちこちから聞こえてくる。

 食堂にやって来る職人さん達が頑張ってるみたいだ。

 私も頑張らないとね。NPCとしての役目をきちんと果たさないと『イザナギ』さんに迷惑をかけかねない。


 通りを北に進んで大通りに出ると、今度は西に向かって進む。

 さすがに、大通りは人通りが多いけど、荷馬車がすれ違えるほどの道幅があるから、ぶつかることも無いし、不思議なことに歩いてる人は道の右を進むんだよね。

 これって、リアル世界のルールをそのまま使ってるってことかな? そういえば、荷馬車は左を進むから、間違いじゃなさそうに思えてくる。


 頭の上に浮んだ名前の色でNPCとプレイヤーの区別ができる。たまに白があるんだけど、これは警邏さん達が巡回してるんだろう。

 そんな中、黄色の表示が出ている数人に出会った。

 ちょっとおどおどした感じに見えるのは、何らかの違反行為で警告を受けたプレイヤーに違いない。そんな色だと、NPCの方でも警戒するから、店から追い出されることすらあるらしい。


「今日は。ダンさんはいますか?」


 警邏事務所に入って声を掛けると、奥で雑談していた数人の中から手を上げた男性がいる。


「俺だが……。モモちゃんか! しばらくだったね。帰ってたのかい?」


 暖炉傍のソファーに案内してくれた。

 周囲の若い警邏さんが興味深げに私を見てるから、ちょっと気後れしてしまう。


「ほら、貴方達も仕事をする! モモちゃんの話は聞いてるでしょう?」

「話に聞く以上にかわいい子ですね。そうか、しばらくトラペットにいるんですね」


 若い男性達は新たに警邏さんとしてこの世界に来た人達かな?

 彼等に注意しながら私達のところにやって来た女性は、私の前にコーヒーカップを置いて、ダンさんの隣に腰を下ろした。

 2人ともコーヒーカップを持っているところを見ると、私に付き合ってくれるのかな?


「紹介しよう。俺のバディのアンヌだ。リアル世界では合気道の師範なんだよ。俺も教えて貰ってるんだ」

「モモちゃん、カポエラが出来るんですって? そのうちに見せて欲しいな」


 ひょっとして、リアル世界で付き合ってるのかな?

 2人の座る距離が微妙に近い感じがするし、何も言わないダンさんのカップに砂糖を1個入れてるんだよね。


「トランバーの警邏さん、ハヤタさんにPKとPKKそれにPVPの関係が分かりづらいと話したことがあるんです。警邏さん達も困っているみたいでしたから、その後何らかの対策が取られたのかと思いまして……」


 私の話を聞いてアンヌさんが笑い声を口に手を当てて堪えている。

 プププと漏れているんだけど、おかしな話だったかな?


「……そういうことだったのね。ハヤタさんの提案にしては真実味がこもっていたはずだわ」

「まぁ、あの性格だからなぁ。だが、それもあって今回の大幅アップデートに盛り込むことができたわけだ。モモちゃんには早めに話しておいた方が良いだろうな。どのみち、今夜には通告文が出て、明後日の零時にアップデートされる。アップデート中はプレイヤーは全てレムリア世界から一時いなくなってしまうが、NPCの人達もその間は眠りに着いてもらうことになるだろう」


 ハヤタさんがそんな前置きをしたところで今回のアップデートの内容を教えてくれた。

 1つはバグの対応で、ベータテストでは対処できなかったものを含めて行うらしい。

 どうやら、特定の職業を選んだ時に、とある武器を装備すると経験値が2倍手に入るというものらしいけど、それはある意味美味しい話に思えてくる。

 一時、掲示板で有名になったらしいけどね。


 2つ目は、全ての眠っていた村の開放とダンジョンの開放。

 まだダンジョンがどこにも無いことが不思議だったんだけど、どうやらダンジョン設計が間に合わなかったらしい。村の開放はこの世界にやって来るプレイヤーがそれだけ大勢になったということに違いない。


 3つ目は魔大陸の情報に関してだ。

 場所はまだ明確にしないようだけど、大陸のあちこちにあるダンジョンの最奥の碑文を見てパーティごとに異なる魔方陣の穴埋めをする必要があるとのことだ。

 掲示板で安易に知られることが無いようにとのことだけど、そこまでして秘密にしなくとも良いんじゃないかな?


「ここまでは、レムリア世界の新たな楽しみということで良いだろうけど、問題は4つ目にある」


 ダンさんが話を一旦区切って私に視線を移したから、思わずゴクリと喉が鳴った。温くなったコーヒーを飲もうとしたら、アンヌさんがニコリと笑みを浮かべて後ろを振り返ってコーヒーのお代わりを頼んでくれた。

 

「前に言ってたPKの話だ。今度は少し分かりやすくなる。全てのプレイヤーが攻撃を仕掛ける場合は、直径100mの戦闘エリアが自動的に作られる。この範囲でない限り攻撃は無効になってしまう。プレイヤー同士の偶発的な争いを防ぐということで、その戦闘エリアに他のパーティがいた場合には警報が鳴る仕組みだ」


「警報が出た場合の対処は、『継続』、『戦闘』、『逃走』の3つの選択ができるわ。『逃走』を選んだなら、死に戻りしても経験値や資金を無くすことは無いの」

「ボス戦等の邪魔をされたくなかった時には『継続』になる。その時には、後から戦闘エリアを作った方にペナルティが課せられてしまう。ペナルティの種類はいろいろありそうだな。『戦闘』はPVPになる」


「『継続』はPKということですか? 『逃走』もPKの未然防止にはなりそうですけど、力のあるプレイヤーが向上心に燃えるパーティの獲物を横取りしそうですよ」

「それが自動判定される。今までは俺達が『イエローカード』や『レッドカード』の判定をしていたけど、今後は『イザナミ』が判定してくれる。状況判断ではあるのだが、1万件のテストケースでは間違いな無かったと聞いている」


『イザナギ』さんが忙しくなりそうだ。

 だけど、そうなると警邏の役目が無くなってしまうんじゃないかな?


「だいじょうぶだ。俺達にも仕事ができる。そんなイエローカードを受け取った連中の行動監視になるのかな。レッドカードでなければ、1か月で『イエローカード』が消えるからね」


 警告の有効期間は1か月ということね。

 その間何もしなければ問題は無いんだろうけど、愉快犯やストレスを貯め込んだ連中が我慢できるとは思えないか。

 


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