037 花屋の食堂
「ところで、隣のお嬢ちゃんは?」
「タマモちゃんと言って、私の妹分です。トランバーの町に向かう時に、歓迎の広場で私を見付けてくれたんです」
「そうかい。種族は違っても妹なら大切にするんだよ」
メルダさんの言葉に、軽く頭を下げて応えることにした。
笑みを浮かべているところを見ると、種族違いの家族は珍しいことも無いということなんだろうか?
「帰って来たんだ! お姉ちゃんお帰りなさい」
入り口の扉が開いたと思ったら、ライムちゃんが飛びついてきた。
ハグしてあげたら笑みを浮かべていたんだけど、隣のタマモちゃんに気が付いたようで、互いに視線を合わせて牽制し合っている。
「隣がタマモちゃんで私の妹なの。タマモちゃん、こちらがライムちゃんよ。歳が近いんだから仲良くしてあげてね」
私の言葉を聞いてタマモちゃんが席を立ち、ライムちゃんと握手をしている。気難しい年頃なんだろうけど、2人とも仲良くなれそうだ。
「私の方が少しお姉ちゃんなんだから、色々と教えてあげるね。お母さん、荷物は台所に置いてくよ。タマモちゃんいらっしゃい!」
ライムちゃんの言葉に、タマモちゃんが私を見てるから小さく頷いてあげた。
それをライムちゃんも見ていたのかな? タマモちゃんの手を引いて台所にカゴを持って行くと、すぐに階段を上って行った。
「食堂だけで、暮らしていけそうだから、宿を止めたんだよ。花屋の食堂の泊まり客はモモ限定ってことだね」
「申し訳ありません。気を使わせてしまって……」
「良いってことさ。町の住人がどんどん増えてるからねぇ。私は食堂を選んだけど、食堂を止めて宿に変えた人達も大勢いるんだよ」
それだけプレイヤーの数が増えたということなんだろうな。今でもたくさんのプレイヤーが初めてこの世界に足を踏み入れているに違いない。
「職人街も賑やかになりましたか?」
「鍛冶職人や木工職人は賑やかだけど、さすがに縫製は静かなもんだ。たまに調合師の弟子入りが失敗して大きな音を立てるけどねぇ」
嬉しそうに話してくれる。
やはり、生産職で頑張っているプレイヤーも多いということなんだろう。となると、村に向かって農業や、牧畜を行ってるプレイヤーもいるんだろうな。
「おかげで、いろんな食材が町に入ってきてるよ。王都に向かう荷馬車も以前のように戻ってるし、護衛の冒険者達も昔通りだね」
生産が始まったということなんだろうか? この世界での農業は早い物では季節ごとに収獲されるらしい。
鍛冶職人達が賑やかだということは、近場で鉱石も取れるのだろう。そのうちに、ダンジョンでも掘り当てることになるのかな?
新たなイベントに成ったりしてね。
「北の村で魔族の襲撃に遭ったんですけど、トラペットはどうでしたか?」
「3日程前に、東の山からたくさんの獣がやってきたのが、それかもしれないねぇ。ギルドのマスターが冒険者達を組織して退けてたから、ここしばらくは肉が安くなってるとライムが言ってたよ」
「トラペットの周囲は石の壁ですからねぇ。そう簡単に破れはしないでしょうに」
「獣にそれが分かるんだったら、やってこないと思うけどねぇ」
メルダさんがそう言って笑い出した。
イベントが企画されたものだとは、この世界の住人は考えもしないだろう。裏を知っている私は苦笑いを浮かべてしまう。
「でも、昔はこんなことが、毎年何回かあったことも確かなのさ。ここしばらく落ち着いていたようにも思えるけど、これからは続くに違いない。あんたも気を付けるんだよ」
「逃げ足は速いですからだいじょうぶですよ。妹のタマモちゃんも私と同じですから」
人間族よりは格段に素早い。それをさらに上げてるんだから、逃げる私達を捕まえることはできないんじゃないかな。
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「ごめんよ! おや? 帰って来たのか」
「少しやって来るのが早いんじゃないかい?」
「そうは言ってもなぁ。すでに夕暮れだぞ!」
扉にはめ込まれたガラス越しの外は、赤く色付いている。
思わずメルダさんと顔を見合わせて頷くと、2人で台所に向かった。
スープはだいぶ減っているけど、それだけ良く煮込んだということになるはずだ。
そっちはメリダさんに任せて、職人さん達の数を数えてカップを用意する。
いつも、先ずは1杯飲んでからだからね。
騒がしくなった食堂に気が付いたんだろう、2階からライムちゃん達が下りてきた。
タマモちゃんと一緒に、ワインを注いだカップをトレイに乗せて、職人さん達に配ってくれる。
「おや? メルダ、だいぶ小さい子を雇ったなぁ」
「何言ってんだい。その子はモモの妹だよ。からかったりしたらワインに塩を入れるからね!」
「ワハハ、あん時の奴の顔は見ものだったな。俺には勘弁してくれよ」
フン! と顎を上げているメリダさんなんだけど、そんなことをしたんだ。グイッと飲んだ人はさぞかし驚いたに違いない。
次々と職人さん達が席に着く。
中には、鍋を持ってやって来る若い男性もいるんだけど、今は手が離せないから遅れて食事を取ろうということなんだろうな。
生産が間に合わないほどの忙しさ、ということなのかもしれない。
「さあ、運んどくれ!」
深皿に盛った具沢山のスープをライムちゃんが運び、その後をタマモちゃんがパンを添えていく。
いつもは私の仕事だったんだけど、そうなると私は料理を頑張らないといけないんだろうか?
メルダさんの味付けに迫れれば良いんだけど、一度やらせてもらった時には、首を傾げていたんだよね。言われた通りに味付けしたんだけど、隠し味の『真心』が足りなかったのかなぁ……。
「すみません、どなたか武器職人の方はいませんか?」
「おう! 俺がそうだが、どうした?」
「実は、こんなことになってしまって……」
ある程度食事が終わって、再びワインを飲み始めたお客さんに呼び掛けたんだけど、上手い具合に武器職人さんがいたようだ。
短剣と大ぶりのナイフを取り出して見せたら、ちょっと驚いたようだ。
「かなり無理したようだな。これは研ぎ直さんと使えんぞ。どちらかというと新しくした方が良いくらいだが……、強化されてるということだな」
「お前さんに研ぎ直せるのか?」
武器職人の隣のお爺さんが笑いながら問いかける。
ちょっと憮然とした武器職人さんだけど、急にまじめな顔になってお爺さんを睨みつけている。
「ちょっと面倒だと言ってるだけだ。これでも王都の職人に弟子入りして鍛えられたんだからな。モモちゃん5日程預かるぞ。だが、予備は持ってるのか?」
「いつも使うのは弓ですから。よろしくお願いします」
職人さんと仲良くしとくと、色々便宜を図ってくれるのが嬉しいところだ。
この辺りの獣で注意するのはイノシシぐらいだからね。タマモちゃんもいるから狩りをするのに問題はないんじゃないかな。
職人さん達が帰ると、私達の食事が始まる。
そんな中、数人ずつの男女が食堂に入って来る。プレイヤーの冒険者達なんだろう。
食事の数を告げると、不愛想に店内を眺めている。
「……大幅なアップデートなら、それが終ってからで良かったんじゃない?」
「そうはいかないよ。ミレールだって感動してたじゃないか。早くにこの世界を楽しみたかったんだ」
「今日1日でやっとL2なのよ。しばらくは町の周囲で頑張らないといけないわ」
初心者ということだろう。
正攻法で進んでいるなら問題ない。今日は荒地で一日中スライム狩りということなんだろうが、L2に上がったなら野ウサギ狩りも頑張れそうだ。
「ん! NPCでL16なんて嘘だろう」
「あまり他人のレベルを見るのは感心しませんね。一応断るのがこの世界の流儀ですよ」
「あ、あぁ……。済まない。それにしても、NPCは恵まれてるってことになるのかな」
「北の王国のイベントに参加してたんです。トロルやオーガも出ますから、これぐらいのレベルでないと、プレイヤーの皆さんに協力できないんですよ」
私の話に興味を持ったんだろう。
その辺りのことを詳しくと言われたんだけど、私が簡単に話した内容で頷いてくれたから少しは理解できたのかな?
「この町ではレベル3以上のパーティが動員されたと聞いたけど、すでにL13になったプレイヤー達もいるってことか! 先行組に違いないが、俺達も頑張らないとな」
「レベル5になったら東の港町トランバーに向かうのも良いかもしれない。でも、PKには気を付けてね。この町でも起こったけど、東のPK犯は捕まっていないの」
「物騒だな。ありがとう気を付けるよ」
イケメンさんが笑みを浮かべて礼を言ってくれた。思わず笑みを返したけど、これぐらいはサービスの1つだよね。
「おいおい、本当かよ? 俺達はそろそろ東に向おうと思ってるんだが」
声の主は、5人パーティの男性だった。革鎧を着こんだ戦士風の男が3人と女性の魔法使いとレンジャーかな?
「一時期はこの町の警邏さん達も動員したみたいなんだけど、探索している内にピタリとPKを終えたみたいなんだよね。ひょっとして北に向かったのかもしれないけど、行くんだったら、狩りの途中でも見張りは必要よ」
「まったく、困った連中だよな。この世界で連絡ができないからリアル世界で情報交換してると聞いたぞ」
それなら警邏さん達やお巡りさん達にも分からないはずだ。案外、町のどこかに拠点を構えてたりしてね。
しばらく警邏さんには会ってないけど、明日にでも情報交換した方が良いのかもしれないな。