035 イベントの終わり
朝が訪れたところで、GTOの甲羅に乗って村の状況を小型双眼鏡で眺めてみた。
かなり柵が焼けているけど、かろうじて破られてはいないように見える。村から幾筋の煙が上がっているのは昨夜の火事が消えた後なのだろう。勢いのある煙ではなく薄く見えるだけだからね。
「やはり黒鉄は強力!」
タマモちゃんの言葉に村の東門を眺めてみると、黒鉄が両腕を使ってトロル達と交戦中だった。
黒鉄の方が少し大柄だから、トロル達が苦労しているようにも見える。あの場所から動くことが無ければ東門を破ることは不可能なんじゃないかな?
「そうなると、南門が気になるよね?」
「移動してみる? 魔獣の群れは余り変わらないように見えるんだけど」
3千が2千になったとして、どれぐらい見掛けが変わるんだろうか? 私にも昨日と変わらないように見える。
素早い動きでGTOが村の南に移動する。
こちらはオーガが門を破ろうとしてるけど、近づくと【火炎弾】の集中攻撃を受けている。
倒すのは難しくとも、MPが切れなければそれで十分のように思えるな。
「北と西には門が無いから、南の魔獣を相手にするよ!」
「とりあえずGTOでぶつかれば良いよね。3回で様子を見る」
タマモちゃんの提案に、双眼鏡を覗いたままで小さく頷いた。
直ぐにGTOが走り出したから、杖を持って甲羅の上に立つ。タマモちゃんも一球入魂を肩に担いでやる気満々なんだけど、あれって結構重かったんだよね。タマモちゃんは私以上に力があるのかしら?
直ぐに魔獣の群れにGTOが衝突して、魔獣を次々に跳ね飛ばし始めた。
近づいてくるホブゴブリンにタマモちゃんが一球入魂を振るい、私は杖をくるくると回しながらゴブリンの放つ矢を叩き落としていった。
オーガが目の前にくると、タマモちゃんが【火炎弾】を放つ。
自分の腹で炎が飛び散ったから、慌ててオーガがその場を離れる。矢があればなぁ……。あのオーガに射込むことができるんだけどねぇ。
2体のオーガに【火炎弾】を放ったところで、GTOが西に向かって速度を上げる。
オーガ以外にも魔獣がたくさんいるから、蹂躙できる範囲でGTOを使うつもりなのだろう。
村から数百mほど離れたところで、再び南門に向かってGTOが駆けだした。
都合3回の攻撃で数十体は始末出来たんじゃないかな。
「あまり減ったように見えないよ?」
「ここは、こちらに群れを誘導させるしかなさそうね。私が下りて戦うから、GTOで東西に移動しながら魔獣を狩ってくれないかな?」
「お姉ちゃんの直前でいいよね?」
中々分かってきたみたい。それなら私に対する魔獣の圧力を軽減できる。
まだ非力だから、取り囲まれたら脱出できなくなりそうだ。
GTOで南門の手前300m付近にまで接近したところで、甲羅の上から飛び降りた。
「がんばってね!」
応援してくれるタマモちゃんに手を振ってこたえる。
さてと……、杖を担いで魔獣の群れに近づくと、すぐに灰色オオカミが私目がけて走ってくる。
少し体を捻って襲い掛かる寸前に身をかわして杖を鼻先に叩きつけた。
キュ~ン! と鳴き声を上げて倒れたから、殺せたのかな?
続いて2匹目を倒していると、私の存在にゴブリン達が気が付いたみたいだ。
十数体で襲ってきたところを、東からやって来たGTOに跳ね飛ばされている。残った数体なら、私が相手にしても問題はない。
1時間ほど、魔獣の後衛の片付けをしたところで、近づいてきたGTOに乗って南に移動する。
だいぶ倒したはずなんだけど、やはり終わりが見えないよね。イベント終了までは、1時間ほど残っているだけだ。
このイベントの勝利条件は村人であるNPCの損耗だから、柵さえ破られなければ上位の評価を得ることができるだろう。
できれば、NPCの被害をゼロにしたかったけど、火の手が上がったぐらいだから何人かは亡くなってるんじゃないかな?
「残り30分もないから、これで終わりになるのかしら?」
「そうみたい。イベントボスはいなかったのかな?」
イベントには付き物のようだけど、こんかいの場合は余りにも防衛側の数が少ない。
レベル差の大きな魔獣の投入は運営側でも避けたんじゃないかな。
村の様子を見ていると、青空に大きくカウントダウンの数字が急に表れた。
時刻を考えると、残り5分程度でこのイベントが終了されるみたいだ。
周囲に注意を向けながら、2人でカウントダウンを見守ることにした。
村ではまだ攻防が続いているようだけど、私達の仕事はこれで終わりにしよう。
突然、村から歓声が上がり、魔獣が北に向かって去っていく。
開拓村への魔獣襲来イベントはこれで終了ということなんだろう。
タマモちゃんと顔を見合わせて笑みを交わす。ゆっくりとGTOを村の東門に移動させて、黒鉄を回収する。
GTOを帰したところで、開かれた東門から村の中に入った。
「やあ、無事に終わったな。ケーナが心配していたぞ」
「GTOで魔獣を跳ね飛ばしていただけだから私達は安全だったよ。ところで評価は?」
私の問いにシグが笑みを浮かべた。
焚き火の傍に座っていたけど、私を見てここに座れと手招きしている。
「たぶん『S』評価だ。村人3千人の中で、亡くなった者は10人程で済んだ。プレイヤーも死に戻りをした者は誰もいない。神官職が5人いたからだろうが、やはり普段は頼りないが怪我を負った場合には一番頼りに出来るからな」
おとなしいレナなんだけど、一番活躍したのかな?
ケーナも何度かお世話になってるはずだから、神官職を下に見ることは無いだろう。パーティプレイをしてるんだから、各自の役目をしっかりこなさないといけないのが、少し分かってくれれば良いんだけどね。
「これからシグはどこに?」
「そうだなぁ……。この辺りでもう少しレベルを上げようかな。王都を見てから、今度はトラペットの西を目指そうと思ってるんだ」
「他の始まりの町を見るということね。北の大帝国にはまだ足を延ばさないと?」
「まだ早い気がするな。ベジート王国の王都で一段落だ。生産職のスキルもあるから、そちらのレベルも上げておきたい。自分達の装備を自分達で作れるなら、安上がりだろう?」
いたずら好きな目を私に向ける。
それもおもしろそうだけど、私はプレイヤーのお世話を頑張ることにしよう。でも、もう少しマシな武器が欲しいよね。
この王国で手に入るなら揃えてから移動しようかな。
「お姉ちゃん! ここにいたんだ。門の前の大きなロボットが頑張ってくれたんだよ!」
「黒鉄と言うの。タマモちゃんのしもべなんだけど、私も昨日初めて見たんだ」
「ゴーレムとは異なるようね。トロル相手に一歩も引かないんだから凄いとしか言いようがないわ」
リーゼの言葉にレナやケーナも頷いている。
タマモちゃんがニコニコ顔なのは、自分のしもべが褒められたんで嬉しいのかもしれないな。
「ケーナ。シグ達の言うことを良く聞くのよ。私達はトラペットに移動するから」
「ええ~、この後も一緒じゃないの?」
「新しくゲームを始めるプレイヤーもいるでしょう。そんなプレイヤーにこの世界のことを教えてあげなくちゃね。ケーナはシグ達が一緒だけど、この世界に来て友人を探すプレイヤーだっているのよ」
特に、幼い連中にそんなプレイヤーが多いようにも思える。
ちゃんとパーティを組めるだけの人数が揃わないから、この世界にやって来た途端に変な連中の勧誘に乗ってしまうのも多いようだ。
その辺りのことも運営側が考えているらしいと警邏の人が言っていたけど、現状ではどうにもならないんだよね。
「そういえば、大幅なアップデードがイベント後にあると連絡があった。あまりゲームの内容が変わらなければ良いんだけどなぁ」
「1つはPKの規制と聞いたけど?」
「それそれ! 私も聞いたよ。PKは可能だけど、PVPとの違いを明確にするらしいと友達が言ってた」
ケーナさえ情報を得ているようだ。この世界に住む私達の情報源は限られているからね。トラペットに行ったら、ダンさんに詳しく教えて貰おうかな?
「私達は狙われることはあっても、こっちから手は出さないからね。【索敵】スキルで周囲の状況は大まかに分かるし、PK犯なら名前の表示が黄色か赤だから直ぐに分かるさ」
シグが心配ないと言い切ってるけど、【索敵】の有効範囲は意外と狭いのだ。せいぜい半径100mほどだろう。さらに相手が【隠身】や【隠形】などのスキルを使ったら、攻撃されない限り発見は難しい。
私としては、PK禁止が一番だと思うんだけどね。
「お前等、ここにいたのか! 少し場所を開けてくれないか? これから魔獣を退けたお祝いの準備があるそうだ。祝いは日暮れだから、それまでは近場で一眠りでもするんだな」
私達の前に来ていきなりの言葉を浴びせて去って行ったのは、どのパーティに所属している男性なんだろう?
もうちょっと言い方があるんじゃないの! と私達一同の思いだったけど、それが伝わる前に消えてしまった。
「まあ、仕方ないな。南の広場に場所を移すか!」
シグの言葉に、私達は腰を上げて歩き始めた。
全然眠くはないんだけど、これは戦闘でハイになっているせいに違いない。
酒を飲んで一眠りしたら、起きたら昼過ぎになっていたなんてことにならないように夕方からのお祭りは自粛しなければなるまい。