034 イベントは続く
どんな名剣だろうと、敵を斬り続けて行けばやがて切れ味が悪くなる。
鋼の短剣はすでにボロボロだし、刃の血のりが斬撃を鈍くする。
結局、昼前には短剣をバッグにしまいこんで、現在はホブゴブリンが持っていた3mほどの槍を振り回している。
その槍でさえ、穂先はすでにボロボロだ。
少し間が空いたなら、穂先を斬り落として杖として使った方が良いのかもしれないな。
「お姉ちゃん、これあげる!」
私の後ろから接近してきたGTOの上からタマモちゃんが2mほどの棒を投げてくれた。
思わず受け取って、それまで使っていた槍を近づいてきたホブゴブリンの戦士に投げつけた。
グェ……、と変な声を出してその場に倒れてくれたから、魔獣の群れから急いで反対方向に駆けだした。
200mほど離れれば一安心できる。
水筒を取り出して、一口飲むと口元を拭った。
それにしても……、これって両端が鉄で覆われてる。ホブゴブリンが持ってたのかな? 今まで杖を使っていたホブゴブリンは魔法使いだけだし、こんな長い杖じゃなかったんだよねぇ。
どこで拾ったんだろう?
そんな思いで、去って行ったタマモちゃんの姿を見ようと北に目を凝らしたんだけど、すでにタマモちゃんの姿は北の彼方へと消えて行った。
始まって4時間も経っていない。
夕暮れ前に、軽く食事を取った方が良いのかもしれないな。イベントはかなり長いんだからね。
杖を両手に持って、再び魔獣の群れに近づいていく。
すでに魔獣の群れは、攻撃目標を砦に変更したらしく、後ろから近づく私に全く気が付かないようだ。
GTOが跳ね飛ばした魔獣の息の根を止めながら北に向かって歩いていくと、私に気が付いて襲ってくる魔獣も出てくる。
襲ってくる相手には容赦しないけど、あまり私達が狩りとってもねぇ……。
ハァ! 気合を込めて振り下ろした杖の一撃で、ホブゴブリンの戦士が崩れ落ちる。素早く杖を心臓の位置に突いた。
ホブゴブリンが光の粉と共に消えていく。
通常なら魔石を残すんだけど、今はイベント中だからかな? 運営さんの話しではイベント中の活躍に応じて商品が用意されているそうだけど、私達NPCの配当はどうなるんだろう?
駆けては戦闘の繰り返し、まだ息のある魔獣に止めを刺しながら北上していると、後方から魔獣を跳ね飛ばしながらGTOが迫ってくる。
GTOに向かって手を振ると、私に向かってGTOが方向を変えた。
猛スピードで突き進んでくるGTOに跳ね飛ばされるかと思ったけど、私の横でピタリと止まった。
「ちょっと休もうか! タマモちゃんも疲れたでしょう?」
「でも、村の人達は頑張ってるよ?」
「向こうは人数が多いから交代で休めるよ。でも私達は2人だけだし、主役は村の中にいる冒険者達だからね」
ヒョイ! とGTOの甲羅に飛び乗ると街道沿いに東に移動した。
戦場から2kmも離れると、西から低い音だけがうねるように聞こえて来るだけだ。
すでに日は傾いてきている。夜の戦闘はシグ達の精神を著しく損耗させることだろう。
その時には私達が魔獣の後ろでどれだけ働けるかにある。
そのためにも、休憩は必要だろう。
小さな焚き火を作ってお茶を沸かす。
タマモちゃんが焚き火で炙ってくれたサンドイッチの残りを、2人で分けて頂いた。
「はぁ、頑張ってはいるんだけど、今回はいくら倒しても魔石が出ないんだよね。収入がゼロになってしまうんじゃないかな?」
「お姉ちゃん、運営さんのお知らせを最後まで読んだの? 今回の参加者でイベント終了まで生存した場合は賞金が出るみたい」
ん? 慌ててイベントの情報を表示して最後まで読んでみた。
プレイヤーが主体なのは仕方がないけど、確かにNPCは対象外とは書いていない。対象外とあったのは、イベント貢献度のランクだけだ。
私達は、レベルに応じて装備が変わるみたいだから新たな武器が欲しいわけではないし、【スキル】だって固定されている。
どちらかというと、この世界で暮らす軍資金が気になるぐらいだから、賞金が得られるなら丁度良い。それに、あちこちの町を回ってても、狩りの獲物を持ち込むことで格安で泊まれたからね。
「千デジットぐらいは期待できるかしら?」
「ハリセンボンに一か月泊まれるぐらい?」
このイベントが終わったら、トランバーの町でのんびりしても良さそうだ。
それとも始まりの町であるトラペットで新たな異人さん達を歓迎した方が良いのかな?
「イベントが終わったら?」
「お姉ちゃんについていくから、どこでも良いよ」
リアル世界での10年ほどの命を、タマモちゃんはどう考えているんだろう?
病院からあまり出なかったと病室で聞いたことがあるから、この世界ではあちこちと飛び回るんじゃないかと思ってたんだけどねぇ。
「なら、ハリセンボンでお土産を集めて始まりの町に向かおうか? かなりプレイヤーが増えてるから迷ってる人もいるんじゃないかな」
「この世界の暮らし方を教えるの?」
「そこまでは出来なくとも、これからどうすればよいかぐらいは教えてあげられるでしょう?」
うんうんとタマモちゃんが頷いているけど、狩りを教えてあげようなんて考えてるのかな?
さて、だんだん暗くなってきた。村では柵の外側に篝火を張り出したみたいでいくつもの明かりが見える。
魔獣の群れも、森から引っこ抜いてきた木を使って大きな焚き火をいくつも作っているようだ。
焚き火の燃えた薪を村に向かって投げるつもりなんだろうか?
「タマモちゃんは、水系統の魔法が使えるんだよね?」
「氷の【アイレス】とお湯を出す【フーター】があるけど……」
「なら、【フーター】をあの焚き火の上に出せないかな? 水なら火を消せると思うんだけど」
「やってみるね。でも上手く行くのかなあ」
ちょっと不安があるみたいだ。でも魔法で出せるお湯の量が多いなら消せるんじゃないかな? それに消すことができなくとも火を弱めることはできるだろう。
今度は2人でGTOに乗ると、タマモちゃんの後ろで甲羅に立ち上がって杖を構えた。
GTOの甲羅は最初はかなり不安だったけど、かなり安定してるんだよね。足が甲羅にしっかりとホールドされる感じがするから、何らかの魔法の効果が働いているようにも思えるぐらいだ。
私達を乗せたGTOが村に向かって一気に駆けだした。
どんどん速度が上がってきたけど、甲羅の上に立つ私は風圧に負けることも無く仁王立ちのままだ。
「東から焚き火を巡るよ!」
「MPが尽きたら、離れてね!」
村の四方に焚き火が作られているのだ。全ての焚き火に【フーター】を使えるかどうかはタマモちゃんのMPだよりになるけど、全て使い切るわけにもいかないだろう。
MPポーションで少しは復活できるけど、今のところ市場に出回っていないからね。使うのはためらいたいところだ。
「あれから行くよ!」
「周りは何とかするからね!」
魔獣の群れに突っ込む感じだ。魔獣がGTOに跳ね飛ばされているけど、そんなことを気にせずにGTOに向かってくる。
杖を振り回しながら飛んでくる矢を落とすのが現状での私の仕事になる。
「【フーター】!」
タマモちゃんの気合の籠った声が聞こえてきた。
ちらりと焚き火に目を向けると、直径1mはありそうな水の球体が焚き火の上に作られて、燃え盛る焚き火に落下した。
大きな音を立てて焚き火の炎が弱まる。
完全には消えないようだけど、これで少しは間が作られるだろう。次の焚き火を目指してGTOが突き進む。
タマモちゃんが腕を伸ばした先には、黒鉄がオーク達を相手にしている姿が見えた。
オークの振り下ろす棍棒にビクともしないでカウンターパンチを叩き込んでいる。黒鉄の周囲にオークやトロル達が横たわっているのは、まだ命の灯が消えていないのだろう。
見張り台の上から、そんなオーク達に矢が浴びせかけられていた。
「次の焚き火はあれだよ!」
「かなり魔獣がいるから、素早く通りすぎてね!」
杖で矢を払ってはいるんだけど、全てを弾けるわけではない。何本か私に当たっているし、タマモちゃんも一球入魂で払いきれない矢を何本か受けているようだ。
再び、焚き火にお湯が落とされる。
直ぐに魔獣の群れから離れて、今度は北に向かってGTOを進めた。
1方向の焚き火にお湯を落としたところで村から離れて体の矢を引き抜いて【サフロ】を使って治療する。
痛みの感覚は設定で減衰させてはいるんだけど、やはり痛みはあるし、HPは減っていくんだよね。
全快したところで、次は北の焚き火が目標だ。今度は後方から突っ込んで焚き火にお湯を落とすことにした。
後ろからだとあまり矢を受けずに焚き火に到達できる感じだな。
4方向の焚き火にお湯を落として再び村の東に出た。
焚き火の数が減ったのがはっきりとわかる。それなりに効果はあったようだ。
時刻はすでに22時を過ぎている。
もう2時間ほど暴れられるかな?
レムリア世界では、毎夜零時を過ぎればMPが最大値まで復活する。HPは眠らないといけないみたいだけれど、MPでいくらでも戻せるからね。
零時前に魔獣の群れに突っ込んで【火炎弾】をMPの続く限り放って引き上げる。
少し休憩を取っていると、MPが最大値まで回復した。
残り10時間。まだ村の柵は健在のようだ。村の中にいくつか火の手が上がったけど、直ぐに鎮火したから延焼することは無かったんだろう。
「タマモちゃん。疲れた?」
「まだだいじょうぶ。でも、イベントが終わったらゆっくり眠りたいな」
思わず、タマモちゃんの頭を撫でてあげた。
私もそうだからね。
でも、今は頑張りどころだ。熱いお茶を飲みながら村に目を向ける。
暗闇の中、シグ達も頑張ってるに違いない。
ケーナも泣き言を言わずにちゃんと協力してるんだろうか?