032 黒鉄(くろがね)出現!
翌朝は、周囲の賑やかさで起きてしまった。
トランバーの漁師さん達も朝が早かったけど、ここは開拓村の筈だから、のんびりと寝てられると思っていたんだけどねぇ。
「相変わらずの朝寝坊だな。とりあえず朝食を貰ってこい。話はそれからだ」
井戸の水で顔を洗っていたら、シグがやってきて嫌味を言われてしまった。
直そうとは思ってるんだけど、こればっかりはねぇ。
村のおばさん達が大鍋で作っていたスープと黒パンを受け取って、焚き火の1つに向かう。シグやタマモちゃんもいるみたいだ。
「まったく、私達が恥ずかしくなってしまう。食べながらで良いから聞いてほしいんだ」
返す言葉も無いから、食事を頂きながらシグの話を聞くことになった。
どうやら、防衛の役割分担らしい。
「私達は、門の右手だ。左手は私達と同じくL13の『荒鷲』が受け持つ。広場の両側にNPCのパーティが半数ずつ民家の屋根に上がる。残ったNPCのパーティとリーザに『荒鷲』の魔法使いが門の櫓に上がる」
「私達も、最初は弓が使えるんじゃない?」
レナの言葉にシグが頷いている。
最初は弓で数を減らしたいところだ。
「最初だけだ。矢筒1個分を放ったところで、広場に下りる。放つ場所は今日中に青年団の連中が作ってくれる」
「矢の数が足りないってこと? でも、足場を作ったら、柵を越える時に利用されないかな?」
良し悪しの典型だね。
出来れば作りたくないけど、そうもいかないだろう。でも、それならば……。
「簡単に撤去できるってこと?」
私の言葉に、シグが笑みを浮かべる。
「その通り。弓は使いづらいだろうが、近くに放つんだから少しばかり足場が不安定でも問題ないだろう? 直ぐに壊せれば、バリケードとしても利用できるからな」
「バリケードの後ろからなら、村人だって槍を使えるでしょう? 少ない人数なんだから、手伝ってもらえるなら嬉しい限りね」
リーゼ達もシグの考えに賛成のようだ。
「昼過ぎに弓矢を配ると、朝方聞いたよ。モモも持てるだけ持っていけ!」
後方からの弓は有効と考えたんだろうな。だけど、この世界では私は主役に成れないんだよね。
「バッグにもあるから、一掴みで良いよ」
「その短剣は使えるのか?」
そういえば、シグ達は私の弓の腕だけを知ってるんだよね。
ちょっと疑うような皆の視線は、私の近接戦闘の腕を信じていないようだ。
「多勢に短剣は向かないだろうが?」
「もうちょっと長い方が良いけど、今はこれで十分よ。片手剣より短いんだけどね」
「相変わらずだな。これを持ってけ!」
シグが片手に出現させて武器は、私の持つ短剣と良く似た短剣だった。
「二刀流とはいかないだろうが、少しはマシになる」
「ありがとう。私のは亜流だからね。でも、プレイヤーの中にはいるんでしょうね?」
「まだ見てはいないが、きっといるんじゃないかな? ケーナはそんなことにはならないと思うけどね」
「上級職を選ぶ時には、相談に乗ってください」
ケーナがシグに頼んでいる。
私にも相談してくれても良さそうなんだけど、私が二刀流の真似をするからそんなことはしないということかな?
とりあえず、シグから短剣を受け取ってベルトに刺し込んでおく。
「とりあえずは、そんなところだ。一応配置位置を見といて欲しいな。遮蔽が欲しい時は、青年団に言えば可能な限り用意すると言ってたぞ」
「なら、早めに見とこうよ」
レナの言葉に、私達は腰を上げる。
とうに食事を終えてお茶まで飲んでいるから、私はタマモちゃんを誘って村の外に出てみることにした。
「街道に沿って、100歩以上離れてから荒れ地に入るんだぞ! さもないと落とし穴に落っこちてしまう」
「100歩ですね。了解です!」
杭が何本か並んでいるから、あれが100歩の位置に違いない。丸太の柵から50mぐらいかな?
短弓の射程を考えると、杭の内側なら効果が出そうだ。
魔法の飛距離は30mぐらいだから、遠距離攻撃で弓の優位はゆるぎないところがある。
とはいえ、3千を超す魔獣が押し寄せてきたら、落とし穴がどれほどの効果を持つかは分からないと思う。
数はそれ自体が脅威であり暴力とも言えるからね。
「この杭の並びから村に近づかなければ良いんだよね?」
「そうなんだけど、あまり近寄らない方が良いよ。GTOは強力だけど、止められてしまったら、たちまち魔獣が群がってくるから」
うんうんとタマモちゃんが頷いているけど、だいじょうぶかなぁ? ちょっと心配になって来た。
「しもべの1つが使えると思うの。『黒鉄』だからね」
自慢げな表情で私を見上げたけど、思わず首を傾げてしまった。
黒鉄と言えば、鋼鉄製の何かということなんだろうけど、ファンタジーの世界とすればゴーレムということなんだろうか?
使役獣をしもべと言っているようにも思えるから、案外当たってるんじゃないかな?
「拠点防衛に使えるってことか……。なら、東門の前に置けないかな?」
「分かった。明日の朝に用意するね」
シグ達の守りが容易くなるだろう。門の前なら破壊槌に怯えることも無いし、守備位置が固定なら、シグ達が魔獣のリーダーを倒す時でも邪魔にはならないはずだ。
シグのことだから、相手のHPが減るまで待ってるかもしれないな。
「お姉ちゃんは1人で相手をするの?」
「できればその方が良いかな。二手に分かれればそれだけ魔獣を相手に出来るでしょう? タマモちゃんはなるべく外側で刈り取ってほしいの。それなら私が危なくなった時に助けてくれるでしょう?」
「お姉ちゃんの近くで刈り取っていく!」
私が刈り取られないように注意しないとね。GTOにぶつかったら大怪我では済まされそうにないもの。
とはいえ、明日は早く起きなければいけないようだ。
イベントの続く時間制限みたいなものはあるんだろうか? 手元に個人ファイルを広げて、イベントを確認した。
「朝10時から24時間ということね。24時間戦えるのかな?」
ドリンクでも飲まないといけないんだろうか?
少なくとも、お茶ぐらいは水筒に用意しておこう。
村を遠巻きにして一周したところで、東門の広場に戻ってきた。
すでに昼食時を過ぎていたらしく、おばさんが私達にお茶とハムサンドを手渡してくれる。
「あんた達が最後だよ。明日はたっぷりとハムサンドを作っておくからね」
「ありがとうございます。どこが安全かは分かりませんけど、上手く隠れていてくださいね」
「私等は、教会に避難するのさ。あそこは太い丸太で組んであるし、外壁は漆喰で固めてあるからね」
そう言って笑っているけど、どんな魔獣が来るかはまだ分からないんだよね。
「この辺りの魔獣はどんな種類がいるんですか?」
「そうだねぇ。灰色オオカミはよく見かけるし、ホブゴブリンに追いかけられたという連中もいたねぇ。そうそう、私等の2倍ほどもあるオーガやトロールも森の中で見たと老人が話してたよ」
ホブゴブリンにオーガ達も混じるのか……。
ホブゴブリンは人間より少し背の低い筋肉質の獣人だ。ドワーフほどではないけど、人間よりは力があると聞いている。
オーガは人間より大きく身長は2mはあるし、トロールは更に大柄だ。どちらも武器は棍棒なんだけど、叩かれたらプレートメイルなどひしゃげてしまうだろう。
出来れば、丸太の柵を越えられない灰色オオカミが主体だと良いんだけどね。
「おや、戻ってたんだ? どうだった?」
シグが私の隣に腰を下ろして問いかけてくる。
食べていたサンドイッチの残りを急いで飲み込むと、シグに顔を向ける。
「シグ1人? ああ、ケーナ達は足場のお手伝いね。……そうねぇ。かなり無謀だとは思うけど、タマモちゃんのしもべを門の前に置いておけば少しは役に立つんじゃないかな?」
私の話を聞いて興味をそそられたようだ。今度はタマモちゃんにシグの視線が向かう。
「使えるのか?」
「大きいし固いからだいじょうぶ!」
「まあ、あの亀には驚かされたからなぁ。あの亀が門の前にいたら、魔獣も近寄れないだろう」
「それが、あの亀じゃないの。違う使役獣らしいんだけど……」
私の言葉にシグが首を傾げている。
無理はない。私だってどんなものが出てくるか分からないんだもの。でも、『黒鉄』というくらいだから、鋼鉄のゴーレムと当たりは付けてるんだけどね。
「大きくて頑丈なら門を守るには丁度良い。その分、私達の配置を門から減らせられるからな。ありがたく協力を受けさせてもらうよ」
良く分からないものだけど、取りえず味方になってくれるならありがたいということなんだろうか?
タマモちゃんが無い胸を反らして自信ありげに胸を叩いているから、シグは苦笑いを浮かべている。
そんなことで、魔獣襲撃の前日は過ぎて行った。
翌朝。朝食を頂くとサンドイッチを包んでもらって、タマモちゃんと東門を出る。
村の外から魔獣を迎撃するのは私達だけだから、シグ達が門の上の見張り台や柵の足場から身を乗り出すようにして私達に手を振ってくれる。
「さて、この辺りで『黒鉄』を出してほしいな。でも、ちゃんと門を守れるの?」
「お姉ちゃんは心配し過ぎ! だいじょうぶだよ。束になっても魔獣に倒されることは無いんじゃないかな?」
隣を歩く私を見上げるようにしてタマモちゃんが答えると、ムチを取り出してピシ!
と音を鳴らした。
近くに大きな魔方陣が現れて回転を始めると光を放ち始める。
一際眩しい光が周囲を包むと、先ほどの魔方陣の場所に出現したのは……、ロボットだった。