024 PKとPKK
早々とヤドカニを2匹狩ったところで、今度はヤドカリを探し始めた。
案外見つからないのは、元々個体数が少ないんだろうか? 確かにヤドカニよりしたたかだったんだよね。
「見付けた! 間違いなくヤドカリだよ」
タマモちゃんの伸ばした腕の先には、小さな三角が動いている。ちょっと距離があるけど、ヤドカリの周囲には冒険者の姿も見えない。
「狩れそうね。プレイヤーの冒険者もいないから丁度良いかも」
「お姉ちゃんが最初だよ!」
タマモちゃんがGTOの速度を上げながら、一球入魂を手にした。
私は弓矢を装備して、ゆっくりと引き絞る。GTOが直前で方向を変えるにはまだ間がある。
満月に引き絞った弦が指から離れると、ヤドカリの頭部に矢が突き立つ。やや遅れてタマモちゃんの一球入魂が唸りを上げて背負った貝を粉砕した。
「まだ動いてる!」
「もう1度で片付きそうね」
最初にトランバーにやって来た時は、あれほど苦労したヤドカリだけど今回は簡単に狩ることができる。
レベルが一気に6も上がっている。それだけ個人のパラメーターも上がっているし、武器を扱うレベルまでもが上がっているのだ。その上、武器そのものの攻撃力も上がっているから、トラペットとトランバーを繋ぐ街道を塞いでいた大イノシシさえ、今の私達の敵じゃないんじゃないかな。
2匹目のヤドカリを狩った時にはお昼を過ぎたころだった。
ここからは、少し内陸に移動して野ウサギを狩ることになる。
さすがに渚から遠ざかると、プレイヤー達があちこちで狩りをしている姿を見ることができる。
彼らの邪魔にならないように、野ウサギを狩ることにした。
5匹を矢で射止めて、お土産の確保が終了する。
さて、帰ろうとGTOを北に向けて進んでいた時だった。
「あのパーティ、何をしてるのかな?」
「あれね。弓を構えてるから野ウサギなんじゃない?」
タマモちゃんの質問に、タマモちゃんの視線の先にいるパーティを見て答えたのだが、そのパーティを取り巻くように2つのパーティが近づいている。
PKなのか!
思わず脳裏に浮かんだけど、PKって、大勢で行うものなんだろうか?
狩りをしているパーティは3人だけど、北西と北東方向から近づくパーティは4人と5人になる。
PKによって得られる経験値は、PK相手の三分の一だし、所持金は四分の一だ。PKで得られた経験値を9人で分けるなら地道に獣を狩った方が得なようにも思えるんだけどね。
「ちょっと、北側のパーティの様子がおかしいよね?」
「うん。でも、手前のパーティは狩りをしてるパーティじゃなくて、奥のパーティに近づいてるよ」
そうなのかな? 地図を開いても、この距離だから動きをきちんと見られないんだよね。
タマモちゃんの目は、私よりも優れてるんだろうか?
思わず、身を乗り出してタマモちゃんを見てしまった。
何と! オペラグラスを使っている。
「タマモちゃん。それ、どうしたの?」
「これ? ホルンで警邏のお姉さんに貰ったの。遠くが見えるから便利だよ」
レムリア世界に、こんなものを持ち込んで良かったのかな?
まぁ、警邏さん達はこの世界の運営にも関わっているんだから、問題ないのかもしれないけどねぇ。
「ひょっとして、PKKなのかしら? でも、そんな話はまだ聞いてなかったよね」
「PKKって?」
「PK犯を狩る犯人よ。偽善者なんでしょうけど、警邏さん達からのお咎めはないみたいね。PK犯を倒せば経験値や所持金の一部が貰えるから、いずれは出てくると思ったんだけど……」
そんなPKK犯は犯人と認定されるんだろうか? 警邏の人達とその辺りのことも聞いておいた方が良いのかもしれないな。
狩りをしていたパーティが急に足を速めて南に向かって駆けていく。
どうやら、一矢で野ウサギを狩れなかったみたいだ。それでも怪我を負わすことができたから、最後まで頑張るつもりなんだろう。
北西のパーティが急に荒れ地から立ち上がって北に向かっていく。
同時に北東のパーティが身を屈めて草むらに姿を消した。
やはり連携してPKをするのではなく、PKとPKKということになるんだろう。
「少し速度を上げて帰ろう。GTOなら誰も追いつけそうもないし」
「それじゃぁ、行くよ!」
ヒデキさんの言っていたPK犯は姿を見せないらしいから、先ほどのパーティとは異なるんだろう。とはいえ、PKが行われようとしていたことは間違いない。
プレイヤーの人数がどんどん増えているから、最初からこの世界でPKを楽しもうという人もいないとは限らないだろう。
それと同時にPKKを楽しもうとする人達もいるとはねぇ……。
トランバーに入ると、ハリセンボンに行ってお土産をお姉さんに手渡した。
「まあ!」なんて驚いていたけど、すぐに笑顔に変わったから今夜の食事は期待できそうだ。
「ちょっと出掛けてきます!」
「早く帰って来るんだよ。でないと、漁師達に全部食べられてしまうからね!」
台所から聞こえてきたおばさんの大声に、手を振って答えると足早に警邏事務所を目指して歩き始めた。
だんだんと夕暮れが近づいてきているから、大通りにはプレイヤー達が溢れている。獲物を速く換金して、行きつけの食堂でお酒を楽しむつもりなのかな?
ちょっとはしゃいだ会話を仲間達としているそばを、私達は通り過ぎていく。
冒険者ギルドに向かう冒険者は多いけれど、警邏事務所に入る冒険者はいないんじゃないかな?
そんなことを考えながら、事務所の扉を開く。
「おっ! 確かモモちゃん達だな?」
「モモちゃんだって! しばらくだな。元気でいたか」
警邏さん達の中で、いつの間にか名前まで知られてしまった。
私達を目ざとく見つけたハヤタさんが、こっちにおいでと手招きしている。
ホールにいた警邏の人達に軽く頭を下げると、ハヤタさんのところに向かった。
「実は……」
トランバーの南で見た、状況をハヤタさんに話していると、いつの間にか警邏の人達が私達の周りに集まって来た。
「とうとうやって来たか……」
「非合法ではありますが、一応目を瞑ることで関係機関とは内諾が得られてますよね?」
ハヤタさんが、上役らしき男性に確認している。
「警察庁とは内諾が取れている。……というか、司法機関サイドのPK要員と考えた方が良いな。俺達は取り締まれるだけだが、あくまでPKの現場を押さえた時だけだ」
「PKKは、ある意味法の執行官だと?」
んん~。と上役さんが考え込んでいる。状況はかなり複雑だということなんだろう。
「とりあえず、飲み物を運んで来い! モモちゃん達も知っておいた方が良いだろうな」
トランバー周辺の地図が乗せられた大きなテーブルに私達はお茶やコーヒー、それにジュースのカップを持って話を聞くことになってしまった。
「先ず、PKは見つけ次第、対処するのは現状で構わん。次にPKKだが、現状での取り締まりは止めておこう。こちらのPK対処の邪魔をしなければ問題ない。警邏やPKK同士の戦いにならなければ問題はないだろう。モモちゃんもその辺りは注意してくれよ」
「先ほど、司法機関のPK犯と言いましたが?」
「ああ、やってることは変らんからな。レムリア世界での愉快犯ともなればリアル世界でそのまま通り魔になりかねないぞ。この世界で愉快犯が成り立たないと彼らは知らしめてくれるはずだ」
それなら、レムリア世界でのPKが成り立たないように規制すれば良い、と思うのは私だけなんだろうか?
「さらにプレイヤーが増えていく。レムリア世界は日本の仮想現実世界そのものだ。となると……」
「テロですか? さすがにそれは」
「いや、分からんぞ。日本には1億人を超える人達が住んでいる。さらに1千万人を超える外国籍の人達もいるんだからね。主義、主張もいろいろとあるだろうからなぁ」
「となると、イベントも考えないといけませんね。その辺りはだいじょうぶなんですか?」
「分からん。別の部署だからなぁ」
残念そうな表情で唇をかみしめている。
大企業の弊害ということなのかもしれないな。
「PKKは見て見ぬ振り、PKは対処するということで良いんでしょう?」
「それでいい。一応、警察庁側に俺達のPKK要員としてモモちゃんを申請しておくから、PK犯を狩っても交番のお世話になることは無いぞ」
PK犯を狩るとPKKになるとなれば、私も広い目で見るとPKK要員ということになるのかもしれない。
最後に、地図上で今日の現場を教えたところで私達は事務所を出ることにした。
「ちょっと待ってくれ! これを渡しとくよ。ホルンでタマモちゃんは貰っただろうから、これはモモちゃんのだ」
ハヤタさんがバッグから取り出して渡してくれたのは、小型の双眼鏡だった。タマモちゃんのオペラグラスより少し倍率が高いらしい。
今日のような状況を観察するには必要になるんだろうな。
あまりそんな状況に巡り合いたくないけど、先ほどの上役さんの話ではだんだん増えそうにも思えてくる。
でも……、『イザナギ』さんの気掛かりは、それだけじゃないように思えてくるんだよね。
ひょっとしたら、私達の存在そのものをあまり知られたくなかったのかもしれないな。
タマモちゃんと一緒に、ハリセンボンへと歩いていく。
あれほど賑やかだった通りがだいぶ落ち着いてきた感じだ。その反対に、宿や酒場では通りにまで店内の喧騒が聞こえてくる。