023 姿の見えないPK犯
ホルンの町の大通りはT字形に作られている。
私達が転移した教会は、T字の左端にあたるから、そのまま右手に進んで警邏さん達の事務所に向かった。
警邏事務所の扉を開けると、前回来たから私達を知っている警邏さんがいたようだ。
ジロリと睨みつけた警邏さんの中から、若い男性が私達に近づいてくる。
「確か、モモちゃんと、タマモちゃんだったね。俺は『ヒデキ』っていうんだ。たぶんPKのことを知って来たんだろう? こっちに来てくれ」
手招きしてくれたから、私の後ろに隠れているタマモちゃんを連れて大きなテーブルに近寄った。
「まったく、若い娘さんを見ると直ぐに声を掛けるんだから……。ごめんなさいね。私は『ユリコ』、ヒデキとバディを組んでるの」
「はあ、トラペットのダンさんに、チュートリアルで警邏さんの情報が分かるコードを頂いたんですけど、先ほど見たらPKの話があったのでやって来たんです」
「ダンからその話は聞いてるよ。最初のPK犯を捕まえてくれたんだ。それぐらいの情報はモモちゃん達に渡した方が良いという上役からの指示だからね。その点に問題は無いんだが……」
PK犯の襲った相手はL10ということだ。
となれば、単独犯ならL10以上だし、パーティだとしてもL9前後ということになる。
「前回と同じPK犯でしょうか?」
「可能性はあるな。だが、どうやら単独犯では無さそうだ。今回は2人同時に襲われてる。しかも初撃で死に戻りしているから、相手の情報が全く分からないんだ」
場所はトランバーまでの海沿いということだ。
あの辺りは経験値を稼ぐには丁度良いからね。
ん? それなら、海岸地帯にはたくさんプレイヤーがいるんじゃないかな?
「気が付いたか? 目撃者がいないんだ。少なくとも【忍び足】を持った連中だと当たりを付けて冒険者ギルドにも注意して貰ってるんだがね」
【忍び足】のスキルを上げると【隠形】を得ることができる。
私がL25の『忍者』になれば、【隠形】を持てるから相手に察知されずに初撃を与えることができる。
でも、現在のプレイヤーレベルでは、そこまでレベルを上げられるはずがない。
初期のボーナスでAGI(素早さ)を極振りしてゲームを始めたのかもしれないけど、それなら初撃で相手を倒すことなど難しいんじゃない?
「レムリアには課金アイテムは存在しない。となると極振りしてもたかが知れてるはずなんだがね」
「北の王国に向かう前に、少し資金稼ぎをしたいと思ってます。この辺りで狩りをして様子を見てみますね?」
私が海岸地帯を指差したら、説明してくれたおじさんが笑みを浮かべて頷いてくれた。
「助かるよ。トラペットから2人程回して貰ったんだが、これで少し監視範囲を狭めることができそうだ」
警邏事務所を出ると、大通りを南に向かって歩く。
南門の門番のお爺さんに頭を下げて街道を歩きだしたのだが、街道の周囲にはプレイヤーの人達がほとんどいなかった。
「渚か西の荒れ地で狩りをしてるのかな?」
「街道には余り獣がいないみたいね。それなら、タマモちゃん!」
私の意図に頷いて、GTOを召喚してくれた。
甲羅にまたがると、タマモちゃんがムチをパチン! と弾く。途端に、GTOが東に向って駆けだした。
街道から渚までは10kmほどだから直ぐに海が見えてきた。砂浜近くでは大勢のパーティが狩りをしている。
やはり、経験値と収入が欲しいということなんだろうな。
冒険者達の邪魔をしないように、南へと下っていく。
「私達も狩りをするんでしょう?」
「ハリセンボンのおばさんのお土産は欲しいよね」
ついでに私達がどれぐらい強くなったかも分かるはずだ。
タマモちゃんが腕を伸ばして教えてくれた獲物はヤドカニだった。
「いいよ!」と答えると、GTOの速度が上がる。
先ずは、私が最初になる。弓矢を取り出して弓を引き絞った。
タン! と弦が鳴り、放たれた矢がヤドカニの甲羅に突き刺さった。
タマモちゃんが一球入魂を振りかざし、すれ違いざまに甲羅を叩く。
「あれ! 倒しちゃったよ」
「前回より簡単だったね。やはり強くなってるみたい」
ヤドカニをバッグに収納して、次の獲物を目指して南を目指す。
たまに周囲のプレイヤーの様子を見るんだけど、挙動不審のプレイヤーは見当たらない。場所が違うんだろうか?
日が傾くころ、前方にトランバーの石垣が見えてきた。
明日は、北西を調べてみようかな?
北門の手前でGTOから下りると、トランバーの町に入る。
門番さんへの挨拶は欠かさずにしておく。色々と教えて貰えるから仲良くしておくのが鉄則だと思う。
「おや、あんたらか! しばらく見なかったから北の王国に向かったとおもってたんだがのう」
「別に急ぐ旅でもありませんから。今からハリセンボンに行くところなんです」
「婆さん達が、首を長くしてたぞ。顔を見せたら喜ぶじゃろうな」
なら急がないと! お爺さんに手を振って石垣沿いに港を目指すことにした。
時計周りに石垣の内側の通りを巡って港に出る。
まだ、大型船の運航は始まっていないようだ。港には漁を終えた小舟がたくさん繋がれていた。
大きなハリセンボンに明かりが灯っているから、すでに食堂は開店してるんだろう。
「今晩は!」
「あら、モモちゃん達じゃない。ずいぶん早いお帰りだねぇ」
扉を開けて挨拶したら、おばさんが私達を迎えてくれた。
5泊の宿泊をお願いすると、快く引き受けてくれたし、お土産のヤドカニ3匹で宿代をタダにしてくれた。
「モモちゃん達の場合は現物支給で十分さ。明日はヤドカリをお願いしたいね」
「頑張ってみます」
部屋は、前と同じ場所ということらしい。テーブルに座っていると、パエリアと焼いたヤドカニの足が出てきた。
「まったく便利な客だなぁ。明日も期待してるぞ!」
「ヤドカニを獲った冒険者は市場に下ろしてしまうからなぁ。そうなると、この店では無理だろうよ」
漁師さん達の料理にもヤドカニが混じっているらしい。足は焼いて、頭は鍋になるらしい。捨てるところはほとんど無いってことかな。
「渚近くで狩りをする冒険者は多いんですか?」
「いることはいるが、あまり獲れないようだな。どうにか鉄砲魚というところじゃないか?」
「この間は、鉄砲魚の群れに追われていた冒険者がいたなぁ」
逃げ惑う冒険者の姿を思い出したのか、漁師さん達が笑い声をあげる。
そんな姿を全員が見たということなんだろうか? 10人近い漁師さんがいることを考えると、結構多いってことかな?
いつもより料理が豪華になったから、漁師さん達のワインの消費量も上がっているようだ。お姉さんが笑みを浮かべて私達にジュースをサービスしてくれた。
「たまにヤドカニはうちでも手に入るんだけど、ヤドカリは無理なの。山の方に向かうなら野ウサギが良いわね。野ウサギパイは誰もが好物なのよ」
「ヤドカリに野ウサギですか! 野ウサギはどの辺りに?」
「冒険者の話しでは、浜近くの荒れ地にもいるらしいわよ」
うんうんと、タマモちゃんと頷きながら聞いておく。野ウサギ狩りはそれほど難しくないから、先ずはヤドカリを先にすれば良いんじゃないかな?
野ウサギはトランバーに戻る途中で狩れそうだ。
翌朝。まだ朝日が上がったばかりだけど、港は賑わっている。
漁師さん達が船を出したところだから、漁師のおばさん達が一仕事を終えて、ハリセンボンでお茶を飲んでいた。
「あら、また来てたんだね。道理でうちの宿六がヤドカニを食べられたわけだ。となれば明日は家族で来た方が良さそうだ」
「先を越されないようにしないとねぇ。あんた達もそうしなよ」
ヤドカリ2匹では足りそうもない。タマモちゃんと顔を見合わせて溜息を吐いた。
「頑張ってね!」とお姉さんが朝食を運んでくれた。
いつもの魚のスープに丸いパン。小さなリンゴのような果物は、おまけなんだろうけど、これで何も獲れなかったら、パンとお水の夕食になりそうだ。
さっさと、朝食を済ませると。大声で笑い声をあげてるおばさん達に手を振って出掛けることにした。
「頑張るんだよ!」
ハリセンボンの外に出ても、おばさん達の声が聞こえてきた。
「たくさん獲らないといけないね」
「でも、おばさん達が楽しみにしてくれるんだから」
期待してくれるのは嬉しいんだけどね。
先ずは、南の浜に出掛けようと、タマモちゃんと共に西門に向かって歩き出した。
西門に向かう通りは、冒険者達で賑わっていた。これから私達と同じように狩りに出掛けるんだろう。
トラペットの町からやってきたはずだから、最低でもL5ぐらいはあるんだろうな。
自信に満ちた表情で歩いているのも、そんな自分達の力を誇っているからなんだろう。
「君達も狩りなのかい?」
「ええ、宿のおばさんに夕食の食材を頼まれてるんです!」
「なら、あまり浜に近づかない方が良いかもね。この頃、大きなヤドカリが上がって来るんだ。L8以上じゃないと、ちょっときついかもしれないぞ」
気の良さそうなイケメンの戦士は、4人パーティを組んでいた。男女2人ずつだから、ひょっとしてリアルでもお付き合いをしてるんだろうか?
私達に注意する男性の後ろで、機嫌の悪そうな表情をしている魔法使いがこのイケメンのお相手なんだろうな。
「無理はしませんよ。難しければ野ウサギでも良いって言ってくれましたから」
「なら、海がたまに見えるぐらいの場所だな。結構いるんだぞ。俺達もそれが目当てだからね」
トランバーを囲む石垣沿いに南に向かうと、途中に道が出来ていた。
農家が作った道にしては、立派な道だけど石畳ではなく、土を踏み固めたような道だ。
ずっと南に続いているから、トランバーの周囲に作られた村の1つがこの世界に新たに作られたということかな?
プレイヤーの数に合わせて、次々と村が作られるんだろう。